月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第2話 怪しいことが多すぎる

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 馬が大人しくなったところで御者を代わった彼。そうしたくてしているわけではない。女の子に任せては、また同じ結果になるだけ。自分がやるしかないのでやっているだけだ。
 女の子はその彼の隣に座っている。馬車の中には何体もの死体がある。いくら親しい人たちの亡きがらだとはいえ、そうであるからこそ、その中にずっといるのは辛いという理由だ。

「……あの、私はプリムローズ。貴方は?」

「俺はリルです」

 御者台の上で、ようやく自己紹介。この瞬間まで、それどころではなかったのだ。

「リルさん。リルさんは、どうしてあんなところで寝ていたの?」

「えっ、そこ?」

 名乗り合った後の最初の質問が「どうして木の上で寝ていたのか?」というのは、少しリルの意表を突いた。寝ていた本人だから、そんな風に感じるのであって普通に気になるだろう。人々が行き交う街道の上の木の枝で寝る人など、普通はいない。

「ごめんなさい。でも、気になって」

「一応、護身のつもりです。寝ている間に荷物を盗まれたくないので」

「えっと……あそこで何を?」

 ただプリムローズが求めていた答えは、寝ていた場所が木の上であることは関係なかった。もう目の前には街がある。そうであるのに街の手前の街道で寝ていた理由が気になっているのだ。

「……あっ、そういうことですか。帝都に向かう途中だったのですけど、あまりに疲れてしまって、休んでいました。街がこんな近くにあると知らなかったので」

「そうだったの……帝都で暮らしているわけではないのね?」

「はい。ずっと宛のない旅をしています。一度くらいは帝都を見ておこうと思って」

「宛のない?」

 旅には目的がある。彼女の知識ではそうなのだ。宛のない旅というものが、どういうものなのかイメージ出来なかった。

「はい。特に目的地はありません」

「……えっと……目的地のない旅をしている理由を聞いても良い?」

 リルは命の恩人。強く感謝しているが、怪しさも感じている。自分の質問が尋問のように受け取られないかとプリムローズは気になった。

「かまいません。目的地だけではなく、目的もありません。帰る家がなくて、ここでずっと暮らそうと思える場所にも出会えていません。ああ、目的がないは嘘ですね。ずっと暮らしたいと思える場所を見つけることです」

「帰る家がない……それは、その……?」

「両親は亡くなりました。親戚がいないわけではないのですけど、負担になるのが申し訳なくて。出来るだけ、自分の力で生きていこうと思って、旅をしています」

 同情されないように、軽い口調で両親が亡くなっていることを伝える。食事や仕事を得る為にわざと同情を引く時もあるのだが、今はその時ではない。彼女の同情を買っても、何も得るものはないのだ。

「……同じだね? あっ、ご両親を亡くされているのだから、リルさんのほうが私の二倍辛いね? 私は母だけだから」

「……そうでしたか。でも多分、辛さは同じくらいです。俺は母の記憶がありません。死んだ悲しみは父の分しか知りませんから」

 しかも、逆に彼のほうが彼女に同情することになった。

「でも私には母との楽しい想い出がある。その分、私のほうが……幸せを競っても意味ないね?」

「そうですね」

 彼女にとって今のこれは、不幸自慢ではなく、幸せを競うこと。親の死の話題をそう表現できる彼女は、自分よりも大人なのではないかと彼は思った。恨みを抱いて生きている自分よりも、ずっと精神的に大人だと。

「旅は楽しい?」

「う~ん。正直、辛い時もあります。立ち寄った場所で仕事が見つからなかったり、思うように稼げない時はひもじい思いをすることになる。それに嫌な仕事をするしかない時も」

 飢え死にするよりはマシ。そう思って引き受けても、嫌な思いがなくなるわけではない。そういう仕事が当たり前にある、この世の中が嫌になることもある。

「……私には無理、かな?」

「旅をしたいのですか? それであれば二つのことを身に付ける必要があります」

「それは何?」

 旅に出ることなど出来ない。許されない。それは分かっていても何が必要かは知りたいと思った。

「腹ペコに慣れることと、自分の身を守る力。この二つは絶対に必要です。ああ、訂正します。不潔に慣れることの三つです」

「不潔……頑張ります」

 顔の前に両手で握り拳を作って、決意を示すプリムローズ。そういう問題ではない。

「いや、頑張ってどうにか……こちらからも質問良いですか?」

 ということを言おうとしたリルだが、途中で話を変えた。

「何?」

「襲ってきた男たちは後ろから来ました? それとも前から来ました?」

「えっ……?」

 ここでまさかの襲撃の話。楽しい会話を求めていたプリムローズにとっては意外であり、望まない話題だった。

「その前にプリムローズ様はどちらに向かっていたのですか?」

「……今向かっている方向。帝都の北にある屋敷に帰るところ」

「そうですか。それで男たちはどちらから?」

「……分からない。馬車の中にいて、襲われていると分かった時にはもう囲まれていたから。どうしてこんなことを聞くの?」

 襲撃者たちがどちらの方向から来たのか、プリムローズは分かっていない。馬車の中にいて囲まれるまで気付かなかったのだ。

「……どうしようかな? でも、説明しないわけにはいかないか。今から話すことは、何の証拠もない俺の想像です。それでも良いですか?」

「うん」

「どうして男たちはあの場所で襲ったのでしょうか? 気絶していたので正確な距離は分かりませんが、目の前の街からそう離れていない場所ですよね?」

「……そうだと思う」

 彼女は襲撃場所から目の前の街までの距離感をおおよそ把握している。何度も通っている場所なのだ。リムの考えている通り、近いと言える距離だ。

「後ろから追ってきたのであれば、もっと早く襲撃するのが普通だと思います。目撃者に通報された場合、街に近いと事が終わる前に憲兵がやってくるかもしれない。あの街に憲兵がいるのか知りませんけど」

「……いると思う」

 しかもそれなりの数がいる。帝都に続く最後の関所だ。守りは固められている。

「では、どうして? 考えられる可能性の一つは、あの街で待ち構えていて、プリムローズ様たちがやってきたのが分かってから襲撃場所に向かったというもの」

「つまり?」

「まだ仲間がいるかもしれません。あの街に」

「…………」

 リルの最後の言葉を聞くまでもなく、プリムローズは状況が分かっていた。まだ子供でも、それくらいのことを考える力はあるのだ。

「ちなみにあの街を迂回して帰ることは?」

「出来ないと思う」

「でしょうね? 関所を避けるような真似をすれば、こちらが犯罪者にされる」

 実際には方法はあるはずだとリルは思っている。一人、二人、関所の人間に気付かれずに壁の先を抜けるくらいのことは、いくら帝都近くの関所であっても、可能だと。
 だが失敗した時のリスクをプリムローズに負わせることは出来ない。責任を取れる立場ではない。

「どうするの?」

「最初に言った通り、根拠のない推測です。それに……関所からはすでにこちらを確認出来ているはず。ここで街道を逸れたり、戻るわけにはいきません」

「……そうね。それに街中であれば、乱暴な真似も出来ないよね?」

「ええ、そう思います」

 絶対ではない。身を守る為には楽観視は禁物。安易に人を信用することもすべきではない。それが帝国に仕える人であっても。そうであれば尚更。
 旅をしているこの三年くらい、リルはずっとそうやって生きてきたのだ。

「とりあえず、これを羽織ってください。顔も隠して」

「う、うん」

 渡されたのはリルが着ていたマント。プリムローズは素直に、言われた通りにマントを羽織って、深々とフードを被って顔を隠した。

「…………」

 ただ、旅塵にまみれたマントは間違っても清潔とは言えなかった。

「……不潔に慣れる第一歩です。匂いにも」

「……頑張ります」

 汗と誇りの匂いに頑張って耐えているプリムローズを横に座らせたまま、リムは馬車を先に進ませる。

「あっ、そうだ。肝心なことを聞き忘れていました。プリムローズ様は貴族ですよね? 家名と爵位を教えてください」

「イザール家。父の爵位は侯爵なの」

「えっ、侯爵? 侯爵家のご令嬢がなんであんなところに?」

 侯爵は貴族の中でも上位。平民のリルにとっては雲の上の存在だ。侯爵家のご令嬢となれば、まさに箱入り状態。外を歩くこともしないものだとリルは思っていた。

「親戚のお見舞いに行った帰りだったの」

「一人で? あっ、一人というのは家族の中で、という意味です」

「父や、一人を除く、兄たちは忙しいので私が代表して」

「……そうでしたか。分かりました」

 あえてプリムローズが「一人を除く」と言った兄はどうしているのか。これを疑問に思ったリルだが、尋ねることは止めておいた。正しくは先延ばし。もう関所に到着するところなのだ。

 

 

「……イザール侯爵家の方々ですか?」

 関所の番人はリルが話す前にイザール家の人間であることを認識していた。馬車を見れば分かることだ。

「はい。そうです。急ぎ、街道の先に向かって欲しいのですけど」

「街道の先……どうしてですか?」

「ここに来る途中に盗賊に襲われました。大怪我をしたまま取り残された人がいて、その人たちを助けて欲しいのです」

 盗賊に襲われたことを隠すという選択をリルは選ばなかった。馬車の中を見られれば、何かあったことは知られる。隠したことで変に詮索されてしまう可能性を避けるべきだと考えたのだ。

「そうですか……分かりました。すぐに向かわせます」

「……驚かないのですか?」

 襲撃について話をしたのは、相手の反応を確かめる意味もある。

「い、いえ、驚いています。ただ盗賊は珍しいことではないので」

「物騒な世の中です。ただ、まさか自分たちの身に降りかかってくるなんて……旦那様にどう話せば良いのか……」

 従者になりきっているリル。相手が騙されているかどうかは気にしない。疑われていようと、やり通すしかないのだ。

「貴方たちはこの先にある官舎で休んでいてください。この先の護衛を付けましょう」

「いえ、後ろに怪我人を乗せていますので、先に医師のところに向かいます。急ぎますので、これで失礼します!」

「えっ!? ち、ちょっと待って!」

 制止の声を無視してリルは馬車を走らせる。ここは少し無茶をしても、とにかく突破すること。思っていたよりもプリムローズの家の爵位が高かったので、後でどうにでもなるだろうと考えたのだ、どうにもならなくても、その時は自分はいないと。
 これが誤った考えであったことを、リルはそう遠くない時期に知ることになる。

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