月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第7話 馬飼の仕事、ではない

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 リルの毎日はレイヴンとルミナスの二頭の馬の世話、それとプリムローズ、そしてローレルの世話、という言い方はローレルが怒るだろうが、も加わった。馬に乗る練習だけでなく、剣の訓練についても二人一緒に行うことになったのだ。
 リルとしては、本音は、迷惑な話だ。プリムローズ一人を教えるのでも大変。別にリルは剣術の師匠ではない。人に剣を教えた経験など、ほぼないのだ。その状況でさらにレベルの違うローレルにまで教えることになった。時間は一緒ではあるが、教え方が異なる。これは思っていたよりも、ずっと難しかったのだ。

「目は悪くない。これは分かりました。ですが、プリムローズ様には致命的な欠点があります」

「致命的……それは何?」

 致命的な欠点という表現はかなりきつい。あからさまに落ち込んだ様子のプリムローズだが、欠点はそのままにしておけない。何が悪いのかリルに尋ねた。

「力。剣を振る力が足りません」

 反応は悪くないのだ。だがリルと剣を打ち合わせる力がない。リルはかなり手加減しているのだが、それでも打ち負けてしまうのだ。

「それは……鍛える」

「そうですね。でも、年齢の問題でもあります。これについては焦る必要はありません」

「そうなの?」

 焦るなと言われても焦る。プリムローズは今すぐに周りを守る力が欲しいのだ。

「もちろん、少しずつ鍛えてもらいます。ですが、それは一人でも出来ること。この時間は得意をより得意にすることに使ってもらいます」

「得意……頑張る」

 自分に得意なことなどあるのか。プリムローズはそう思う。思いながらもリルの言葉は嬉しかった。都合の良い考えだと分かっていても、認められている気がした。

「では、この木の棒を持ってください」

「えっ、木?」

「軽い剣は持っていないので、替わりです。御当主様に我儘を聞いてもらえるのでしたら、自分にあった軽い剣を作ってもらってください」

「……分かった」

 我儘と思われることはしたくない。だが、自分に合った剣は欲しい。どうするかは今すぐ決められないが、リルの言うことは理解した。「分かった」はこういう意味だ。

「じゃあ、行きます」

「う、うん」

 新たな、強くなる為の鍛錬が始まる。そう思ってプリムローズは身構えている。

「……いや、固くなっては駄目でしょ? 最初に言った通り、体の力を抜いて。前後左右、どこにでも素早く動ける体勢を作ってください」

「分かった」

 一度、大きく深呼吸。肩を上下させて力を抜く。

「俺の動きを良く見て。とにかく剣を合わせること。良いですか?」

「……分かった」

 力を入れ過ぎて体が固くならないように気を付ける。あとはリルの動きを良く見て、剣を出す方向を見極める。じっと、リルの動きをじっと見つめる。

「……いや、そんな見つめられると」

 大きな瞳でじっと見つめられると、リルのほうは照れてしまう。

「ええ? だって、リルが良く見ろって」

「ああ、言い方が悪かったです。ただどう言えば良いのかな? 一点を見つめるのではなく、体全体をぼんやりと見る感じ。ぼんやりと言うとまた迷うかもしれませんけど」

「……リルはどうしているの?」

 リルが言った通り、「ぼんやり」と言われるとプリムローズは混乱してしまう。「良く見る」と「ぼんやり見る」が結びつかないのだ。

「俺ですか? 今言った感じです。広い範囲を視界に入れる感じ? 剣を振るにしても腕だけが動くわけじゃない。足、肩、目線とかとか。動き出しのきっかけは色々です」

「……そうだね」

 実際に自分でも渡された木の棒を振ってみる。軽い棒は腕だけでも動かせたが、先ほどまで使っていた剣ではそうはいかないことは分かる。さらに足を踏み込んでから、肩からなど、リルが言ったきっかけを試してみる。

「あとは剣の軌道を予測して、自分の剣を合わせる。ただあまり予測に頼っても、裏をかかれることがあるので、そこは最後まで目を逸らさず、きちんと見極めて。でも他の動きも見なければならないので、視野は」

「ええ……」

 要求が多すぎる。リルの説明通りにことを自分が出来るとはプリムローズは思えなかった。

「まあ、慣れです、慣れ。ということで、今度こそ慣れる鍛錬を始めます」

「分かった」

「はい、行きます」

 リルは両手に木の棒を持っている。まずは右から軽く。プリムローズはそれに自分の木の棒を合わせてくる。押し込むことはせず、すぐに左から。プリムローズもそれに合わせる。

「はい、はい、はい」

「はい、はい、はい」

 タイミングを合わせてリルの振る棒に自分の木の棒を合わせる。ここまでは順調、だったのだが。

「はい、ははい」

「えっ、ええ?」

 リルにタイミングをずらせれ、咄嗟にそれに反応出来なかった。

「タイミングに捉われて雑になっていました。一回、一回、丁寧にやらないと。ひとつひとつの俺の動きを良く見て」

「あっ、そうか」「おい?」

「では、もう一回」

 また同じ鍛錬を始めようとするリル。

「おい!?」

「……なんですか?」

 それをローレルが邪魔をした。

「扱いが違わないか?」

「扱い?」

「プリムには丁寧に教えているのに、僕は放ったらかしか!?」

 ローレルはずっと素振りをやらされていた。プリムローズがリルに教わっている間、ずっとだ。それに不満を感じているのだ。

「素振りの鍛錬をしているじゃないですか?」

「何も教わっていない」

「始める前に言いました。右の肩の上に構えて、そこからやや斜め、正面真下に振り下ろしてくださいと」

 初めからずっとローレルを放ったらかしにしていたわけではない。最初にローレルの鍛錬に付き合い、リルなりに実力を見た上で、素振りをやってもらっているのだ。

「……これに何の意味がある?」

「ええ……それも説明しましたけど? ローレル様はプリムローズ様とは違って、剣を振る力があります。ですからその得意を伸ばす。より速く、力強く触れるようになるには素振りが一番です」

「得意を伸ばすか。なるほど…………じゃない! プリムより力が強いのは当たり前だろ!?」

 得意を伸ばすという言い方は嬉しい。だが比較対象がプリムローズでは、得意とは言えない。性別が違う。年齢もローレルが上。力が強いのは当たり前だ。

「当たり前と決めつけるのは良くありません。見た目が若くても、弱そうに見えても、実はとんでもなく強い人は世の中にいくらでもいます」

「それは……そうかもしれないが……」

 ただの屁理屈。それに惑わされそうになったローレルだが、かろうじて堪えている。

「じゃあ、はっきりと言います。ローレル様は目はプリムローズ様に劣ります。反応も特別速いわけではありません」

「……そうか」

 劣等感。ローレルが常に持ち続けている感情を、リルの言葉は刺激する。妹にも自分は劣る。可愛がっているプリムローズ相手であっても、やはり落ち込んでしまう。

「だから強くなる為には一点を極めるのが良いと思います」

「一点を極める?」

「小細工を全て排除して、ただ向かい合ってお互いに剣を振り下ろす。早く剣を振り下ろしたほうが、相手を先に斬ったほうが勝ちです」

 そういう勝負には滅多にならない。そうならない、させない為に技がある。

「そんな単純なものではない」

 そうであることはローレルだって分かる。戦いはそんな簡単なものではないことは、実戦経験がなくても知っている。

「はい。ですが、全ての小細工を無にするくらい剣を速く振れたら? 相手のほうが先に剣を振り始めても、それを超える速さで剣を振れたらどうですか?」

「……そんなことは出来ない」

 理屈では分かる。だが、実現可能なこととはローレルには思えない。まして自分には到底出来ることではないと思ってしまう。

「出来ます。目が良くなくても、反応が少し鈍くても、剣を速く振ることは出来ます。ただひたすら、その一点を磨くことに全てを費やせば出来るはずです」

「……僕にも出来ると思っているのか?」

「出来ると思っているから、鍛錬してもらっています。もちろん、勝敗は時の運。全ての勝負に勝てるとまでは言いません」

 剣を速く振ることに才能はいらない。日々の努力が全てだとリルは思っている。もちろん、その日々の努力は並大抵のものではなく、それが出来ることも才能のひとつ。だがその才能は生まれ持ったものではなく、後から得られるもの。どれだけ強い意志を持ち続けていられるかだ。

「……そうか。僕にも出来るか」

「正直言えば、誰にでも出来ることです。問題はやるか、やらないかです」

「そうだな……」

 初めから諦めていては出来るようにならない。こんなことは分かっている。分かっていても出来ないのだ。

「少し厳しいことを言わせてもらいますと、途中から手を抜いていましたね? きちんと出来ていたのは初めの二十振りくらい。あとの素振りは何の役にも立ちません」

「…………」

 放ったらかしにされていたわけではない。どうせ出来ないと、おざなりの教え方をしてくる騎士たちとは、リルは違うのかもしれない。ローレルの心にこんな思いが浮かんだ。

「偉そうなことを言わせてもらいますと、自分を信じないと辛い鍛錬なんて続けられません。まずはご自身を信じることから始めたらどうですか?」

「簡単ではない」

 自分を信じたい。そうしたいが、その自分自身にローレルは何度も裏切られてきた。信じて裏切られる。自分自身の問題であっても、辛いものなのだ。

「……そうですね。逃げ出したくなる気持ちは簡単には消せないですね。でも……逃げ出した後の後悔はもっと辛かったりしますよ?」

「……知っている」

 ずっと後悔している。「どうして、あの時にもっと」という思いは数えきれないほど心に浮かんでいる。取り戻せないことを思い知り、さらに後悔の念が強くなる。ローレルは、ずっとそういう思いを抱いている。

「経験済みですか……じゃあ、良いじゃないですか。とりあえずやってみれば。駄目で逃げ出したらまた後悔すれば良い。そうなれば、また何か始めようと思うでしょう」

「……お前、いい加減だな?」

「それは褒め言葉ですね? 丁度良い加減で生きられたら、人は楽になれます」

 実際は楽に生きられていない。生きたいという思いがあるだけで、それを実現しようとは考えていない。考えてはいけないとリルは思っている。

「楽に……楽に生きるってどういうものなのだろうな?」

「さあ? 俺も知りません」

「お前……まあ、良いか」

 自分が知りもしないことを、偉そうに語っている。いい加減な男だと思ったが、実際はそういうことではないのだろうとローレルは思い直した。リルは自分が望む言葉を選んでいる。自分の気持ちを分かっている。生まれ育ちはまったく違う、自分とは異なる経験をしてきたはずのリルだが、そうであっても自分と同じ思いを抱いている。そういう相手なのだと。

 

 

◆◆◆

 母屋の書斎で家臣からの報告に耳を傾けているイザール候。領地についての報告ではない。騎士団についてでもない。私的な、家に関わることなど完全に私的なこととは言えないが、件の調査を家臣に命じていたのだ。

「……馬だけでなく剣も教え始めたのか」

 命じた調査はリルについて。彼の日常について、怪しい動きはないかなどを、見張らせているのだ。

「ローレルは真面目に教わっているのか?」

 リルについての報告の場だが、息子のローレルのことがイザール候は気になった。何をやらせてもすぐに止めてしまうローレル。その彼がリルに馬と剣を教わっている。どういう状況か知りたいと思ったのだ。

「今のところは真面目に鍛錬をなされております」

 家臣は「今のところは」という言葉をつけて問いに答えた。ローレルがどういう人間であるが、イザール侯爵家の使用人たちは皆、分かっているのだ。ローレルに言わせれば「分かっているつもりになっている」だが。

「そうか……あの男はきちんと教えられるのか?」

「どうでしょう? 教えている内容までは分かっておりません」

 すぐ近くで様子を探っているわけではない。会話の内容までは分からないのだ。それでも何をやっているかは分かるはずなのだが、命令を受けた家臣が騎士ではない。剣術の鍛錬についての知識がない。

「そうか……馬に乗れて、剣も使える。これで槍や弓まで使えたら、騎士か従士だな?」

「本人にさりげなく聞いてみたところでは、旅をする中で身に付いたものだと言っております。まったく嘘とは言いきれないとは思いますが」

「確かにそうだな」

 だがその実力が、一人で何人もの騎士崩れと戦って倒せるくらいのものとなれば、それは自然に身に付くようなものではない。きちんと訓練を受けた人間であるはず。しかも見た目の年齢通りであれば、幼い頃から鍛えてきたということだ。
 この考えをイザール候は家臣に伝えない。新たに雇った者に問題ないか調べろ。この程度の命令しか、この家臣には伝えていないのだ。
 リルは善か悪か。悪であった場合の対応は明確だ。だが善であった場合はどうするべきか。この答えをまだイザール候は持っていない。

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