月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第9話 これは出世なのか?

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 リルはまたイザール候に呼び出された。今回は用件が分かっている。プリムローズを守るということを口実にして、ラークの従者を叩きのめした。相手はイザール候の息子であるラークの従者だ。咎められることは、やる前から分かっていた。分かっていたが、黙って見ていることが出来なかったのだ。
 はたして処分はどのようなものになるのか。これを考えながら母屋にあるイザール候の執務室に向かったリルだったが。

「……えっと……それが罰ですか?」

「罰? 何を言っている? 私はローレルの従者を……ま、まあ、そう思う気持ちは分からないでもない」

 イザール候に命じられたのはローレルの従者を務めること。これがラークの従者を傷つけた罰、ではない。イザール候にはそんなつもりはない。

「いえ、そうではなく……呼び出されたのはラーク様の従者の件だと思っていました」

 リルにもローレルに仕えることそのものが罰だという思いはない。ラークの従者を傷つけたことについて、イザール候が何も言わないことに戸惑っているだけだ。

「ああ、あれか……確かに少しやり過ぎだな。ただ、良い前例になった。私の命令に忠実にプリムを守る者がいることを周囲に知らしめた」

「……ご当主様の命令に忠実であるのは当たり前のことではありませんか?」

 イザール候の言い方だと命令に従わない家臣がいることになる。それが事実であれば、何故なのか。リルは気になった。

「……恥を晒すことになるが……お前は知っておくべきだな。プリムの母が平民であることは知っているな?」

「はい。ラーク様の話で知りました」

 何もかもをプリムローズは話しているわけではない。小さなことだが、これはイザール候に知っておいてもらうべきだとリルは考えた。

「彼女は妾だった」

「……はい」

「……ああ、これだけではお前は分からないか。第二夫人ではない。正式に妻として認められた立場ではなかったということだ」

 貴族には複数の妻を持っている者がいる。アークトゥラス帝国ではそれが認められている。だが、プリムローズの母の立場はそれとは違っていた。正妻に、イザール侯爵家には認められていない私的な関係だったのだ。イザール候が正式な妻にしようとしても身分から認められなかっただろうが。

「何が違うのですか?」

 愛人や浮気についてはリルも知っている。平民でもあることだ。だがそういう関係の女性を正式な立場にするということは、よく理解出来ない。

「分かりやすく言うと、プリムはイザール侯爵家の人間として認められていない」

「えっ……そうなのですか?」

「私の娘であることは間違いないことなので、引き取ることは認められた。だがそこまでだ。家臣たちにとってプリムは仕える相手ではない」

 実際のところは、正妻を気にして、そういう態度を見せている家臣も多くいる。イザール候とプリムの母の関係は、正妻が認めたものではない浮気。浮気となると平民と同じで、正妻は激怒しているのだ。正妻としての自分を蔑ろにされたという、恋愛感情とは異なる怒りのほうが大きい。

「……そうだとしても、ご当主様のお子様であることは事実なのですから」

「妻を蔑ろにすることは、息子たちを蔑ろにすることと同じ。当家での将来を考えれば、無視することは出来ない」

 イザール侯爵家に長く仕え続けたいと思えば、跡継ぎである正妻の子たちの機嫌を損ねるわけにはいかない。現当主の娘であることよりも、それは優先する。正妻の息子たちに仕える家臣たちの間にも争いはあるのだ。プリムローズに対するものとは違う、後継者争いというものが。

「……そういうことですか」

 完全には理解出来ない。だがリルは、ラークの従者が躊躇うことなくプリムローズに剣を向けた場面を見ている。あの従者が特別なのではないことは分かった。

「だがお前は妻を気にしない。私の命令に忠実に、ラークの従者を撃退した。そういう存在がいることを周囲が知っただけで意味がある。つまらない嫌がらせは減るだろう」

「……だからローレル様の従者、ですか?」

 リルは間違いなく正妻の機嫌を損ねた。このような緩い表現ではなく激怒させているかもしれない。その怒りを少しでも静める為に、正妻の子であるローレルに仕える。こういうことだとリルは考えた。

「いや、違う。ローレルは妻に好かれていない」

「実の子だと思っていましたが?」

「実の子だ。だがローレルは……そうだな。従者になるのだから、これも知っておかなければならないか」

 まだリルはローレルの従者になることを受け入れていない、なんてことはイザール候には関係ない。イザール候にとっては既に決定事項なのだ。

「当家の守護神については知っているな」

「はい?」

 いきなり「守護神」なんて言葉が出てきた。リルにはまったく想定外の展開だ。

「なんだ? 知らないのか?」

 だが驚いているのはイザール候も同じ。彼にとっては、ここで驚くリルのほうが驚きだった。

「申し訳ございません。知りません」

「お前は帝国の臣民ではなかったのか? どこの出身だ?」

「一応、生まれも育ちも帝国ですので、帝国臣民だと思いますが……」

 どうやら帝国の臣民にとっては知っていて当たり前の常識。自分が知らないのが異常なのだとリルは考えた。実際は、イザール候のほうが間違っているのだが。

「そうなのか? それは……いや、我らが狭い世界で生きているだけなのかもしれないな。では、アネモイの神の四家も知らないのか?」

「ああ……何かで聞いた覚えがあるような……」

 聞き覚えがある気はする。だが、それが何なのかまでは、すぐには思い出せない。

「良い。一から説明しよう。アネモイの神の四家は帝国建国の功臣、その裔の家だ。当家はそのひとつ。他にネッカル侯爵家、セギヌス侯爵家、ムフリド侯爵家の三家がある」

「ああ、思い出しました。ええ? 当家もそのひとつだったのですか?」

 初代アルカス一世帝と彼を支えた功臣たち。この話についてはリルも知っている。帝国建国のいくつかの逸話と共に、帝国臣民であれば知っていて当然と言える知識だ。だが功臣の四家の具体的な名まではリルは知らない。語り部である吟遊詩人に会ったことが、縁なく、一度もないのだ。

「そうだ。皇帝家と四家にはそれぞれ守護神がいる。当家であれば、収穫の神ノトス。守護神獣は旋風の大鷹だ」

「守護神獣というのは?」

 また知らない言葉が出て来た。

「具体的な力を与えてくれる存在だ。私の立場では本来、このような言い方をするべきではないのだが、要は魔法だ」

「魔法ですか……それを守護神獣……精霊魔法のようなものですか?」

 具体的なイメージがリルの頭の中に浮かんだ。それが間違いではないのか確かめる為に、さらに問いを重ねる。

「それも答えづらい質問だが、似た存在だと言っておこう。精霊魔法は知っているのだな?」

 守護神獣と精霊はまったく別、とはイザール候も考えていない。たんに呼び方が違うだけ。神霊などという言葉も同じ存在を示していると考えているのだが、守護神の加護を得ている家の当主として、ここまでは口に出来なかった。

「おとぎ話の知識です。でも、なんとなく分かりました」

「守護神の加護は当家の血を引く者に与えられる。誰が認められるかは成人式を行わないと分からないのだが、確実に与えられない者は分かる」

「……瞳の色、ですか?」

 ローレルと兄妹たちの違い。それは瞳の色だ。ローレルだけが青い瞳を持っている。

「その通りだ。ローレルは生まれた時から跡継ぎの資格を持たなかった。それによってあれも辛い思いをしてきた」

 ただでさえ末弟ということで、残っている若い家臣は少なかった状況で、さらに生まれた瞬間に後継失格の烙印を押されたのだ。ローレルに仕えようと思う若い家臣はいない。
 さらに実の母からも、そのような子供を産んでしまったことは汚点、というように思われている。ローレルもまた家中で孤立していたのだ。

「お叱りを受けるのを承知の上で申し上げますが、守護神の加護はそれほど大事ですか?」

 守護神の加護を受けられるかどうかと、優れた当主の資質を持つかどうかは別。リルはこう考える。

「……それが当家の存在意義。侯爵位を与えられている理由だからな」

 イザール候にも似た思いがないわけではない。だが、加護を失えば三百年続いたイザール侯爵家は滅びるかもしれない。そのリスクは犯す勇気などない。

 

 

「……加護がどうかは関係なく、私はいずれお暇を頂く身です」

 この件でイザール候を追求することに意味はない。それで問題が解決するわけではない。こう考えて、リルは話を戻した。ローレルの将来に関係なく、リルはイザール侯爵家をそう遠くないうちに去る。ずっと従者でいることなど出来ないのだ。

「分かっている。三年だ。三年、仕えてもらいたい」

「三年というのは?」

 イザール候は期限をきったつもりだが、それでも三年は長い。そこまで長くリルは帝都に留まるつもりはないのだ。

「ローレルはこの春に騎士養成学校に入学する予定だ。卒業までの三年間、従者として仕えてもらう」

「騎士養成学校? ローレル様は騎士になるのですか?」

 お世辞にも武の才能があるとは言えない。それでどうして騎士を目指すのかが分からない。ローレルからそういう話を聞いたこともない。

「ローレルは家を出ることになる。生活の為に職を得なければならない。選択肢は役人か騎士のいずれか。役人は登用試験が難しく、武の家である当家は……コネがない」

 ローレルでは登用試験を受かることはほぼ不可能。さらに無理やりねじ込む強力なコネがイザール侯爵家にはない。騎士しか選択肢はないのだ。

「ああ……ですが、危険な仕事です」

 強引に押し込んで騎士にしたとしても、実力がなければ命を落としてしまうかもしれない。それはどうなのかとリルは思う。

「帝国騎士団であれば、それほど危険ではない。仕事も色々だ」

 帝国騎士団が実戦に出ることなど、滅多にあるものではない。さらに騎士団の仕事には帝都治安を担当する部署もある。リルが知る憲兵のような役割だ。元々は別の組織だったのが、財政難の影響を受けて、いくつかの組織が統廃合された。その結果のひとつだ。

「そうですか。知りませんでした」

 騎士は命を賭けなければならない危険な仕事だ。だが騎士の頂点に位置する帝国騎士団の仕事はそれほど危険ではないとイザール候は言う。リルの知らなかった事実だ。

「騎士養成学校を無事に卒業し、帝国騎士団への入団が叶えば、従者は必要なくなる。ローレル自身が従士として人に仕えることになる。それまでだ」

「……お話は分かりました。ただ三年というのは」

「プリムを守るように命じている。それをお前は受け入れたはずだ」

「えっと……どういう関係が?」

 ローレルの従者になることと、プリムローズを守れという命令にどのような関係があるのかリルは分からない。どちらかというと相反する命令のように思う。

「長くとも三年以内にアイビスは成人式を行う。まず間違いなく守護神に認められるだろう。そうなればプリムの命を狙う理由はなくなる」

「……まったく理解出来ていません」

 さらに関係のない話が出て来た。長男のアイビスの成人式が終わると、何故、プリムローズを狙う理由がなくなるのか。リルにはまったく分からない。

「そうであって欲しくないが、プリムの命を狙う者は、彼女を後継者にさせない為である可能性がある」

「はい。私もそう……いえ、そうなのですか?」

 もっとも可能性が高い理由だ。そしてその場合、犯人はイザール侯爵家の人間ということになる。

「あくまでも可能性だ。だが仮にそうである場合、アイビスが成人式で後継者と認められれば、命を狙われることはなくなる」

「……まだ分かっていないのですが……誰が後継者と認めるのですか?」

 長男であるアイビスが次期侯爵であることは、すでに決まっていること。そうリルは考えていた。だがイザール候の話ではそうではない。現当主であるイザール候が決めることでもない。

「守護神だ」

「……えっと、どのように?」

「それは話せない。イザール家の人間で、かつ、当主となる者だけが知ることだ。とにかく認められる。それによって守護神獣の力は引き継がれるのだ」

「えっ……? 守護神獣の力って……」

 これまでとは違う意味で、リルはイザール候の話が理解出来なかった。

「守護神により守護神獣の力を与えられるのは、たった一人。成人式は力を継承する儀式でもある」

「……今はご当主様がその力を使える?」

 現当主であるイザール候の下に、今はその力はある。説明通りであれば、そうなる。

「そうだ。ただ正確に答えると私は力を使えない。これは言い訳ではなく、守護神獣の力を顕現出来る者は滅多に現れない。父も、私が知る限り、祖父、曽祖父もそうだった。守護神に認められ、力を承継出来ても、使えることは別なのだ」

「……そうでしたか。ちなみに、これはアイビス様には失礼なのですが、認められなかった場合は?」

「ラークの成人式を待つことになる。だが心配は無用だ。守護神は長幼の序を尊重する。確実にアイビスは後継者として認められる」

 守護神はどういう基準で後継者として認めるのかは分かっていない。ただ過去の実績がこれを示している。一番最初に成人式を行う者が守護神の加護を得ることが、圧倒的に、多数なのだ。

「……守護神、守護獣の力というのは、皇帝家と四家にしか与えられないものなのですか?」

「いや、そうではない。皇帝家と四家の力には劣るが、他にも守護神の加護を得ている家はある。貴族とも限らない。今の帝国騎士団長は平民からの成り上がりだが、守護神獣の力を使える。だからこそ、平民から騎士団長まで上り詰めたのだろう」

 守護神獣の力を得ている人は大勢いる。ただその力の強弱にはかなり差がある。皇帝家とアモネイ四家の力は一段、抜けていて、そうだから帝国を大きく出来たのだ。

「そうでしたか。分かりました」

「分かったか。では三年間、頼むぞ」

「えっ? あれ?」

 従者になることを了承した覚えはない。だが、イザール候はリルの同意など、はなから必要としていないのだ。

「騎士養成学校での学びは旅の役に立つはずだ。お前の為にもなる」

「……えっ!? 私も行くのですか?」

「当たり前だ。だから従者にするのだ。ああ、家中の者たちの手前、従者としているが、養成学校には従士として届け出るからな」

 リルを従者、従士にする理由。騎士養成学校に通うローレルの世話をする者が必要だからだ。ローレルが問題を起こさないように抑えることも必要。それが出来るのはローレルと友好な関係にある唯一の家臣、リルしかいないのだ。

「馬飼の仕事が。それにプリムローズ様の護衛もあります」

「馬は乗って行けば良い。プリムについては……少し考える。養成学校に同行させても良い。入学していなければ行ってはならないという規則はない」

「い、いや、あると思いますけど?」

 実際にない。授業を受けられないというだけだ。そうであるのに、一日中、養成学校にいる人など普通はいないが。ただこれを議論しても意味はない。イザール候の考えが変わることはないのだ。

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