
入学式を迎えて王立騎士養成学校の教授たちは高まる緊張に顔を強張らせている。入学式はいつもこんな感じ、ではない。今年が特別なのだ。彼らの憂鬱は今に始まったことではない。入学者が明らかになった時点で教授たちは戦々恐々。間違っても新入生の担当にはならないように。それを祈る日々が続いた。そうするには、当然、理由がある。今年度の入学生が豪華すぎるのだ。
筆頭は王国の第二王子、ウィリアム。王位継承権は第二位でありながら、次期国王就任を多くの人たちに期待されている俊英。神から与えられた才能とされる加護を、過去一人も存在していない、二つ持っている奇跡の人だ。しかも≪戦神の加護≫と≪勇者の器≫。将来、世界にその名を響かせることを約束されているようなものだ。だからこそ現在の王位継承権に関係なく次期国王と目されているのだ。
二人目がアッシュビー公爵家の次男、パトリオット。アッシュビー公爵家は遡れば王家に繋がる名家。近年は気位ばかりが高い、無能な当主が続き、<骨董アッシュビー>という陰口を叩かれるようになっているが、そうであるからこそ面倒な貴族家。その子弟が入学するとなれば教授たちも胃が痛くなるというものだ。さらにアッシュビー公爵家からは年子の姉も入学してくる。姉のクリスティーナは第二王子ウィリアムの婚約者。また別の意味で学校側が気を使わなければならない相手だ。
まだいる。ウォーリック侯爵家の長男、アントン。ウォーリック侯爵家は、爵位はアッシュビー公爵家に劣るものの、その権勢は王国貴族家で最大。アッシュビー公爵家とは真逆で、優れた当主を生み出し続け、豊かな領地とその財力によって強化され続けた騎士団は、王国貴族家の騎士団では最強と評価されており、実際にそう評されるに相応しい実力を有している。優れた貴族であるが、そうであっても有力貴族というのは学校から見れば、厄介なものだ。
そして王国宰相の長男、イーサン。爵位は子爵であるが、なんといっても王国宰相。王国官僚の頂点に立つ存在で、実際に関わることはまずないが、王立騎士養成学校の教授たちの上司でもある。
さらにさらに実家の爵位は男爵家であるが目立つ存在がいる。魔族に対抗出来る魔法。光属性魔法の使い手である女の子、エイミー。稀有な存在である光属性魔法が使えるというだけでも注目されるのだろうが、同学年には≪勇者の器≫を持つウィリアム第二王子がいる。勇者であるウィリアム第二王子と聖女が使う光属性魔法の使い手であるエイミーが揃った王国は、栄光が約束されたのも同然。こんな風に噂されているのだ。
(……ただの成長ゲームだと思っていたけど、恋愛ゲーム要素もあるのか? ていうか、これ、実在するゲームの世界なのか?)
たまたま隣に座った同期から今年注目の新入生からこの話を聞けた。思ったのはこんなことだ。あまりに役者が揃い過ぎていると思うのだ。
(実在するゲームの世界ってなんだよ? この世界が実在しているなら、ゲームではないよな……)
自分が考えたことに突っ込んでどうする。ゲームの世界が実在する。この設定はフィクションだ。自分が生きているこの世界は、異世界であろうと実在する世界。そうであればフィクションではない。ゲームではない。
(でもな……主人公は誰だろう?)
そうは言っても、やはり目立つ人物が揃い過ぎている。しかも勇者と聖女、とはまだ呼ばれていないようだが、の二人が揃った。ただの偶然とは思えない。
(……もしかすると、に期待していたけど……やっぱり、駄目だったか)
何かイベントが起きて、それを乗り越えることで自分は飛躍的に強くなる。そこからは主人公路線を突き進む、なんてことを期待していたが、それは無理そうだ。
仮にゲームストーリーがあるにしても、主人公は自分ではない。
「カイトくん。ランクD」
この世界に来て、ようやく自分のステータスを確認出来た。ステータスといってもこの学校で定められている能力ランクだけ。SからEの6段階で下から二番目だった。さきほど話を聞いた主人公候補たちは、入学していきなりAランク判定されたというのに。
(主人公ルートはなし……結局、自由に生きるルートを目指すので精一杯か)
与えられる役割がないのであれば、自由気ままに生きる。と言いたいところだけど、自分にはその自由もない。組織に縛られている。そうなった時からずっと思ってきた。いつか自由になってやる。自分が目指せるのはせいぜいその程度だ。それも当然。元の世界でも自由はなかった。父親に、同級生に存在することさえ、否定され続けていた。いつか自分を知る人が誰もいない国で暮らす。そう思っていた。この世界でも同じだということだ。
判定を終えて席に戻ろうと歩き出す。
「……あの生徒」
「何かありましたか?」
「判定の時に魔法の気配を感じました。何か細工したのではないかと」
こんな会話が耳に届いた。さすがは王立騎士養成学校の教授というところ。それとも何をしたか分からない程度のレベルと蔑むべきか。どうであれ、気付かれたことは事実だ。
「細工してDランクですか? 放っておきなさい。EがDになったからといって何も変わりません」
「学長がそうおっしゃるのであれば」
「……いえ、少し話しておきます。あの学生は何があっても放っておきなさい。処置が必要な時は私が指示します」
「……承知しました」
上手く誤魔化した、というより、やや強引に黙らせたのは学長。学長は話の分かる人物のようだ。ということではないか。変に注目させたくない理由が学長にはある。自分がここにいる理由を作った一人は、この学長なのだ。多分、きっと、実際は詳しいことは分からないけど。
王立騎士養成学校の学生。面倒くさい立場でなければいいけど。学校生活には、思い出したくもない悪い想い出しかない。まさかまた学生なんて、振りだけでも、やることになるとは思っていなかった。