月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

継ぐ者たちの戦記 第49話 反魔族連合

異世界ファンタジー 継ぐ者たちの戦記

 襲撃者の追撃は断念した。激戦を終えたアークのダメージがそれを許さなかった。正確には、アークが自治区を出ようとするのをミラが許さなかった。いつものようには戦えない状態で追撃を行って、万一があっては大変だ。それに一晩明けてから追いかけて、はたして見つかるのだろうかという疑問もある。もしまだ襲撃者が近くに留まっているとすれば、それは再襲撃の意思があるということ。そうであれば、また準備を整えて、迎え撃てば良いのだ。
 ということで、再襲撃への備えは自治区で暮らす人たちに任せて、アークは休養日。

「えっ、どうして? お前、魔族……何族?」

「知らない」

 自分は魔族の中でもなんという種族なのか。これをアビルは知らない。幼い時に誘拐され、奴隷にされていたので分からないのだ。殺された姉は知っていたかもしれないが、奴隷生活の中で、そういう話をする機会はなかった。解放されてからも、アビルの記憶では、同じだ。

「知らないのか? まあ、良いけど……もう少し、体力あっても良さそうだけどな?」

 詳しい種族は分からなくても魔族であることは間違いない。魔族であれば、人族に比べて、もっと体力があるはずだとアークは思っているのだ。だが体ならし程度の運動で感じるアビルの動きは、優れているようには見えなかった。

「……これから鍛える」

「そうだな。でも鍛える前に、お前、痩せすぎているから、もっと食べないと駄目だ。きちんと食べて、体を鍛える、これ大事」

 アビルの境遇を知らないアークだが、この提案は正しい。幼い頃、充分な食事を与えてもらえなかったことが、アビルの成長を阻害しているのだ。

「分かった」

「それはこの先の話として……剣の基本を教えるか」

 強くなりたいというアビルの希望をどう叶えてやるか。体力づくりは、この先、何か月、何年もかけて行うこと。そこまでアークはここにいない。そうなると教えられるのは剣の基本。こう考えた。アークにとって、もっとも得意な領域だ。

「剣を使ったことは?」

「ない」

「じゃあ、握り方からか」

 まずは初歩から。剣の持ち方からだ。まず自分の握りを見せ、アビルに真似させる。アビルが持った剣を手で揺らし、握りの強さを確かめて、修正。かなり丁寧な教え方だ。正しい握りが出来ていないと、この先の鍛錬で無駄が出る。アーク自身が教わったことだ。

「うん。素振りを始める。俺のを見ていろ」

「分かった」

 中段に構えた状態から剣を振り上げ、足を踏み込むと同時に振り下ろす。踏み出した足を戻すのと一緒に、剣をまた振り上げる。そしてまた足の踏み込みと合わせて、剣を振る。何度も何度も繰り返す。

「……まずはこれ。難しいことは考えなくて良い。意識するのは足の踏み込みと剣を振り下ろすタイミングだけだ。剣を振ることに慣れること、あと体づくりにもなる。やってみろ」

「……分かった」

 アークを真似て剣を振るアビル。十回、二十回、五十回になってもアークは止めない。じっと剣を振るアビルを見ている。

「はい。止め」

「はあ、はあ、はあ、はあ」

「まったく体力がないわけではないか……でも、まだまだだな。この十倍くらい剣を振っても、乱れないようにならないと。どうする? まだ続けるか?」

「つ、続ける」

 まだ息をきらしているアビルだが、この程度で終わるはずがない。彼は強くなりたいのだ。アークのように強く。

「じゃあ、一緒にやるか」

 休養日だからといって、鍛錬を休むアークではない。アビルに教えるという口実で、自分も素振りを始めた。その様子を、瓶底眼鏡の奥からジト目で見ているミラ。文句を言いかけたのだが、アビルもいるので、素振りくらいはと思って我慢したのだ。アークの思うつぼというやつだ。

「よろしいのですか?」

 ソニード自治区長がミラに問いかけてきた。彼もアークの体を心配しているのだ。

「剣を振るくらいは。それに駄目と言っても、私に隠れてやろうとするでしょうから」

「目の届くところで行われているほうが安心ですか」

「はい」

「彼は……魔族に偏見を持たないようですね? 貴女のおかげでしょうか?」

 アークに魔族への偏見はない。襲撃者を撃退したのはそれが仕事だからかもしれない。だが、今こうしてアビルに剣を教えているのは仕事とは関係ないことだ。ミラとパーティーを組んでいることで、アークから偏見を取り去ったのだとソニード自治区長は考えている。

「……それは少し違います。アークは人が嫌いなのです。人族であろうと魔族であろうと関係なく、嫌いな人は嫌いなのです」

「そういう平等ですか……それでも彼は我々を守り、あの子に剣を教えています」

「はい。人が嫌いになったのはそうなる理由があるから。アークの本質は優しい人です」

「なるほど……どうして我々が抵抗を放棄しているか聞いていただけますか?」

「……はい」

 本当はアークに伝えたいのだ。だが、ソニード自治区長はあえてミラを選んだ。アーク本人にどういう言い方で伝えるべきか、考えがまとまらないのだ。まだ早いという思いもある。

「人族の敵ではないと証明する為です」

「それは……命よりも大切なことなのですか?」

 ミラには理解出来ない。これまで、恐らく、何人も命を落とした。それでもこの自治区を襲おうとする人族がいる。人々の犠牲は、問題の解決に繋がっていない。

「命が大切だからです。我々は、我々の祖先は先の大戦で人族に味方し、魔王軍と戦いました」

「そうでしたか……」

「だから、もしまた魔王が現れたら、その魔王は我々を皆殺しにするでしょう。魔王にとって、魔王に従う魔族にとって、我々は許されざる裏切り者なのです」

「…………」

 これを聞いてミラは、自治区の人たちが仲間の命を犠牲にする理由が分かった。魔王復活となれば。この世界が魔王に支配されるようなことになれば、ここにいる全員が殺される。性別も年齢も関係なく、皆殺し。その事態を防ぐ為。
 魔王、そして魔王に従う魔族と戦い、勝利しなければ、彼らは救われないのだ。

「人族だけでは魔王に勝てません。ですが、それを理解している人族は少ない。平民だけでなく、貴族も分かっていないでしょう」

「でも国王は分かっているのですね?」

「はい。だから各国に自治区があります。ですが、自治区が存在する理由を広く知らしめることはしてくれない。嘘の情報のほうが広まっているのが現状です」

 危険な魔族を隔離している場所。この認識のほうが広がっている。これでは自治区の意味がない。自治区に暮らす魔族も人族の敵にされてしまう。
 自治区で生きる多くの魔族の本音は、魔王と戦う責任を放棄したいのだ。人族だけで戦えば良いと思っている。だが、その結果として魔王の勝利で終わっては、生きる場所を失うことになる。耐えるしかないのだ。

「……もしかして……アークに希望を見ていますか?」

「分かりません。ですが、彼は我々と共に魔王と戦う宿命を背負っている。これは間違いないと考えています」

 アークは希望となりうるか。そこまでのことはソニード自治区長には分からない。待ち焦がれていた人物ではある。だが、それは自分たちの命運が決まる時の訪れを意味する。魔王の復活、新たな魔王の登場かもしれないが、などあって欲しくないのだ。

「宿命……そんなもの……そんなものをアークに背負わせないでください!」

「ミラ殿……?」

「アークは……アークと私は……」

「そんな戦いを望んでいない、ですか? 分かります。我々もそうですから」

「……ごめんなさい」

 誰も魔王との戦いなんて望んでいない。背負わされているのはここで暮らす人々も同じ、同じどころか、彼らは二百年間、背負わされ続けてきた。そのせいで、仲間の命を犠牲にさせられてきた。本当に辛い想いをしてきたのは彼らなのだ。ミラはそれに気付いた。気付かずに自分の感情をぶつけてしまったことを後悔した。
 驚いた表情でアークがこちらを見ている。そのアークに笑みを浮かべて手を振るミラ。なんでもないという合図のつもりだ。それでも、あとからアークに聞かれるかもしれない。どうして大声を出したのか、理由を聞かれる。でも答えたくない。話すべきなのだろうと頭では分かるけど、感情が受け入れられない。
 ミラはアークとは、明るい未来だけを見ていたいのだ。

 

 

◆◆◆

 反魔族連合(Anti Demons Union)、略称、ADUの実体は把握されていない。魔族に強い反感を抱く人族は少なくない。そういう人物は、行動を起こす時、ADUを自称する。それが魔族に危害を加えることへの大義名分のようになっているのだ。そこまでADUという存在が、反魔族感情に影響を与えているということだ。
 表に出てくるのは、そういった自称ADUばかり。捕まえて尋問しても、ADUについては何も知らない。実際にきちんとした組織がない、ということではない。中核となる組織はある。その事実は各国も把握している。ただ、中核組織は闇に潜んで、自称ADUの人々を扇動するばかりなので、どれだけの構成員がいて、どこに本部があってなどの情報が各国の諜報組織でも、まったく掴めないのだ。
 だが確かに組織は存在し、その組織を動かしている人物はいる。

「ハイランド王国の拠点が壊滅? どうしてそんなことになったの?」

「それが、拠点を襲われたことに腹を立てて、総動員で自治区に攻め込んだようです」

「馬鹿な真似を。感情で動くなんて、所詮は野盗の集団ね? それで? 結果は?」

 ハイランド王国にある魔族の自治区。その近くにADUは拠点を設けていた。拠点といっても中核組織のそれではない。末端の、自称ADUと大差のない野盗もどきの人員の為のアジトだ。

「半数以上が討たれたようです」

「その結果ではなくて」

 末端の構成員にどれだけ犠牲が出ようと気にしない。彼らは道具。人族の間に反魔族感情を広げる為の道具に過ぎない。その者たちが犠牲になることで、それは実現するのだ。

「それが……護衛任務に就いていた勇者ギルドのパーティーにやられたそうで」

「魔族は戦闘に参加していないと言うの?」

「はい。そのようです」

 それでは意味はないのだ。魔族に人族が殺された。この結果を残さずに死んでしまっては道具の役目も果たせていない。

「……本当の役立たずね。それで拠点が壊滅って……補充はいつくらいに出来そうなの?」

 死んでしまった分はまた補充しなければならない。そして自治区への挑発を繰り返すのだ。何度も何度も。魔族に人族が殺されたという事実を、何度も作る。犠牲は一人でも良いのだ、必要なのは回数。それが噂になれば、魔族が常に人族を殺しているように人々はとらえる。それがADUの狙いだ。

「それが……犠牲者の数が多すぎて」

「どういうこと? どれだけの数がやられたの?」

「五百か六百か」

「何ですって!?」

 想定していなかった数。拠点壊滅という話は最初に聞いたが、それはひとつの拠点のことだと思っていたのだ。

「周辺拠点から総動員して攻め込んでいます。千は集めたという話で、その半数以上がやられたと報告を受けております」

「そんな馬鹿な……それで本当に魔族は戦っていないというの?」

「報告ではそうなっております」

 実際に見たわけではない。生き残りでかつ逃亡しなかった者から聞いた話だ。信じがたい話ではある。だが彼の立場では報告内容をそのまま伝えるしかないのだ。

「……五百から六百……役立たずどころか疫病神ね、野盗もどきでもそれだけの数を集めるのがどれだけ大変か」

「数か月では不可能かと」

 年単位の期間が必要になる。ただ野盗を集めれば良いというものではない。魔族に対する強い反感を持っている、もしくは待たせられる人族でなければならないのだ。
 それでも彼が「数か月」という言葉を使ったのは、その期間で回復出来なければ意味がないことを知っているからだ。

「分かっているわ。ハイランド王国でその数を失ったのは痛いわね……戦略を練り直さないと……まあ、なんとかするわ」

「勇者候補のパーティーについては、どういたしますか? 後々、脅威になる可能性がないとは言えませんが」

「そのパーティーの情報は掴めているの?」

「手元の情報では、ハイランド王国支店のポラリスというパーティーが依頼を受けたことになっております」

 つまり、その手元の情報は最新の情報ではないということ。いつ、どのパーティーが自治区にいるのかADUは把握しているということだ。

「ポラリス……ああ、思い出した。そのパーティーなら放っておいて良いわ。すでに手は打ってあるから」

「分かりました。報告は以上となります」

「では下がって良いわ」

「はっ」

 部屋を出ていく部下。

「……ほんと使えない。仕方ないわね。末端では、これから何が起きるか知らないのだから」

 これから何かが起きる。ADUが起こそうとしている。世の中が大きく動き出すのだ。

「いよいよね。世界は変わる。私が変えて見せる。魔族を滅ぼし、平和な世界を作るのは私」

 これがADUの目的、ではない。近くはあるが、これは彼女個人の目的、夢だ。彼女はこれを実現するためにADUに加わり、組織の中で地位をあげてきた。

「お父様、貴方が認めなかった娘がそれを実現するのよ。女の私だって勇者の血を引いていることを分からせてあげるわ」

 家族を捨てて。家族を裏切って。

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