月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い これもプロローグ 出会い2

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 王立騎士養成学校は全寮制だ。身分に関係なく入校出来る、平等の精神という学校方針、また地方出身者の住居費用の負担をなくす目的もあって、全寮制と決められたのだ。
 だが前者の平等の精神については完全なものではない。寮の建物は貴族寮と平民寮に分かれている。設立当初は同じだったのだが、従者を連れてくる貴族の子弟と一人で入学する平民の学生では必要とする部屋の数が異なる。さらに護衛の都合からも二人部屋ばかりの建物の造りは問題があった。貴族家からの要望を実現するには、別に寮を建てるしかなかったのだ。
 結果、より広い部屋とより多い部屋数を備えた貴族寮の敷地は、平民寮とは比べものにならない広大なものとなった。


(……女子寮に潜入って……背徳感が……)


 彼は女性寮を見上げている。追ってきた相手がいるのであろう部屋は上階。身分が高い貴族家の令嬢の部屋だと、それで分かる。


(なんてことを考えている場合じゃないか)


 時間に余裕はない。ぐずぐずしていると、ここまでの努力が無駄になってしまう可能性があるのだ。
 物音ひとつ立てることなく移動する彼。壁のわずかな突起を利用して、するすると上に登って行った。


(……ここか……さてと)


 目的の部屋にたどり着いた。これからどうするか、彼は考え始める。中の様子が分からなければ、いきなり襲うわけにはいかない。こう考えたのだ。


「入ってこい。ただし、静かに」


 部屋の中から声が聞こえてきた。彼に気付いている者がいたのだ。驚きはない。予測できることだ。
 言われた通り、静かに窓を開けて、部屋の中に滑り込む。


「やはり、来たか」


 部屋の中には男がいた。これにも驚きはない。彼が追ってきたのは、この男なのだ。


「その女の子は?」


 この部屋に住む貴族のご令嬢はベッドで寝ていた。パッと見はただ寝ているように見えた。


「寝ているだけだ」


「そう……外に出ろと言ったら?」


「お前がそう望むならそうしても良い。だが俺は……戦いたくない」


「負けそうになったから休戦? それ、通用すると思う?」


 彼と男は戦っていた。殺し合いだ。彼がなんとか男を追い詰めたところで、ベッドで寝ている女の子が連れて行ってしまったのだ。黒猫の姿になっていた男を。


「……彼女に恩返しがしたい」


「悪魔の恩返し……聞いたことないな。悪魔って恩を感じるのか?」


 男は悪魔と呼ばれている存在。その悪魔を討伐することが彼の仕事だ。


「悪魔というのはお前たちが勝手にそう呼んでいるだけだ」


「そうだとしても今それは関係ない……起きないのか?」


 こうして会話しているだけで寝ている女の子は起きるかもしれない。起きて騒がれては面倒なことになる。悪魔と呼ばれる男はもちろん、彼も仕事を他人に知られてはならないことになっているのだ。


「大丈夫だ。すぐに目を覚ます状態ではない」


「やっぱり、何かしたのか?」


「……名前を頂いた」


「はあ!? あっ……ええ……?」


 驚きの声を抑えられなかった。それほどの驚きだった。悪魔に名前を与える。それはただ名前を考えてあげるということではない。名を与え、悪魔がそれを受け入れる。それは契約なのだ。しかもその悪魔の力に応じた膨大な魔力を必要とする契約。
 つまり、女の子は常人とは異なる膨大な魔力量を有していたということだ。


「名を与えられた私はクリスティーナ様の意に沿わぬことは出来ない」


「でも彼女が望めば人を殺す」


「クリスティーナ様はそのようなことをお命じにならない!」


「いや、声大きいから」


 彼女は目を覚まさなくても近くには護衛や従者がいるはず。大声を出してはその人たちに聞こえてしまうかもしれない。自分も大声をあげたことは棚に置いて、彼は男に文句を言った。


「お優しい御方なのだ」


「それは、お前は助けられたから……しかし、名持ちか……」


 名前を与えられて主を持つ。それだけでは与えられる側にメリットは少ない。より強い存在と主従関係になることで庇護下に入るというメリットはあるが、それだけではないのだ。名を持つことで力が飛躍的に増すのだ。魔物も同じだ。ネームドモンスターと呼ばれる魔物がいる。普通のオークは魔物の中では下の上、良くて中の下くらいの力だが、それがネームドとなると中の上になる。それくらい差が出るのだ。


「逃げることはしない。出来ない」


「そういう制約があるのか?」


「私が離れているとクリスティーナ様は魔力を失ったままになる。私は純粋な従魔としてクリスティーナ様にお仕えしたいのだ」


 名前を与えられても、命令がなければ、自由に行動出来る。契約ではあるが、強い縛りがあるわけではないのだ。ただその場合は与えた側は、契約に必要だった魔力に近い量を失い続けることになる。見境なく名前を与えることは出来ないのだ。


「ちょっと分からない。純粋な従魔って、何?」


「上手く説明できないが、一体化という言葉が近いか。実際にひとつになるわけではないが、それに近い状態だ」


 魔力は元の持ち主に戻る。従魔が力を使う段になるとまた魔力が与えられる。それでも繋がりがあるので、共有しているような状態だ。共有なので、別に魔法を使い、従魔が力を行使できない状態まで魔力を消費してしまうと、従魔は実体化も出来なくなってしまう。精霊獣を呼び出す召喚魔法と似た制約だ。


「彼女とひとつ……ちょっとうらやましいな」


 寝顔しか見えないが美形であるのは間違いない。その彼女と一体化。彼は卑猥なほうに思考が向かってしまった。


「クリスティーナ様に不埒な真似をするというなら、戦いも辞さないが?」


「冗談だから。冗談……まあ、良いか。任務の期限は三年だからそれまで誤魔化して……」


 目の前の悪魔討伐の期限は三年。正確にはこの地での彼の任務は三年間。彼は任務が始まったばかりで、この相手を見つけ、追い詰めたのだ。


「……本当に見逃してくれるのか?」


 無理な願いだと思っていた。相手が討伐対象である自分を見逃すはずがない。そう思っていたが、主となったクリスティーナの為にダメ元で頼むだけ頼んでみたのだ。


「お前が頼んだのだろ? 三年後に叱られるだろうけど、まあ、いつものことだ。落ちこぼれの俺に期待なんてしていないから大丈夫」


「落ちこぼれって……お前は……」


 彼は落ちこぼれなんて存在ではない。男のように悪魔として見られている存在にとっては最大級の脅威。そのはずなのだ。


「罰も慣れたものだからな。悪いと思うなら何か奢れ」


「それくらいのことは……」


 奢るだけで見逃してもらえるなら安いもの、というか安すぎる。目の前の彼は聞いていたような人族ではなかった。特別な存在という点ではその通りだ。討伐対処の悪魔を見逃そうというのだから。


「ああ、一応言っておく。俺は三年間、この学校に通う予定だ。その間、お前が悪いことをしようとしたら、その時は見逃さないからな」


 ここで見逃す理由には、影響はわずかだが、これもある。彼は三年間、この学校に通う。目の前の悪魔を、他にも学生に危害を加えようとする悪魔がいれば、その討伐を行うことが彼の任務なのだ。約束を破られれば、また戦うことになる。相手がどれだけ強くなっているとしても。


「分かっている。問題ない」


「じゃあ、そういうことで」


 話し合いは終わり。であれば、さっさとこの場所を去るべきだ。今の彼は女子寮に忍び込んでいる状態なのだから。窓から外に飛び出していく彼。


(……悪魔と呼ばれる我々が悪魔と呼ぶ男が、あのような者だったとは……もしかして、馬鹿なのか?)


 少なくとも彼はひとつ勘違いをしている。知っていて当たり前のことを知らないでいる。クリスティーナに名を与えられたという話を聞いて、彼は警戒を強めた。見逃す理由のひとつになったのだろう。だが、男は今初めて名持ちになったわけではない。元から名持ちで、それを上書きされたのだ。彼には名持ちの悪魔を、男には不本意だが、追い詰める力がある。それを本人は分かっていないようだ。


(……この方との出会いもまた、何かの兆しなのか?)


 クリスティーナは名を上書きした。それは最初に名付けるよりも力がいること。少し力がある程度の人族に出来るはずのないこと。だがクリスティーナが人族であることは間違いない。そういう女性と男は出会い、名を与えられた。ただの偶然とは思えなかった。運命という言葉は嫌いだが、その言葉が頭に浮かんでいた。

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