
同級生の友達を持つのは小学校以来のこと。もっとも相手も友達だと思っているかは分からない。同級生に無視されることがずっと続いていた自分は、普通に話をしてくれるだけで友情を感じてしまう。安あがりの友情だ。
相手には同級生と友達の間に差はあるのだろう。だが、そんなことは気にしない。小学校以来の普通の学校生活。今はそれが楽しくて堪らない。
ただ一つ問題がある。この友達、コルテス君は話し好き、噂好きで自分が興味を持たない話題も、かまうことなく話し続けてくるのだ。
「今、話題になっているのはクリスティーナ様とエミリーがいつ衝突するかだな」
「衝突って……仲が悪いのか?」
興味がないからといって無視をしては、この小学校以来の友達が離れて行ってしまうかもしれない。会話を繋げることが必要だ。こういう対処が出来るようになった自分は大人になったと思う。
虐められるようになったきっかけは、父親からの暴力によるストレスと栄養バランスなどまったく考えていない、ただ量が多いだけの弁当を毎日食わされて、太ったせい、だけでなく、鬱屈した気持ちを、周囲に気を使うことなく、表に現していたせいかもしれない。
こんなことも考えられるようになった。元の世界と通年すれば、自分ももう三十を過ぎた。少しは大人にならないと。
「知らないのか? ウィリアム王子とエミリーが急接近している。婚約者であるクリスティーナ様としては面白くないはずだ」
恋愛ゲーム要素が自分の知らないところで動き出していた。それもお約束の悪役令嬢役も決まっている。この世界にストーリーがあるのであれば、それと関わらないところで生きていたい。自由になりたいのに、ゲームストーリーの強制力に縛られるなんて事態は、絶対に避けたいのだ。
だが、クリスティーナという女の子が悪役令嬢の役目を与えられていそうなことは気になる。彼女には悪魔がついている。その気になれば、悪逆非道なことが出来るはずだ。
もし、そういう事態になれば、自分はその悪魔と戦うことになる。名持ちになった悪魔と。それは避けたい。
「婚約破棄なんて、簡単に決まるものなのか?」
「それは簡単ではないだろう? でもさ、エミリーはいずれ聖女に認定されるはずだ。勇者と聖女が結ばれることを望む人は多いだろ? 僕だってそれで王国が栄えるなら大歓迎だ」
「勇者って戦いが起きる時に現れるものじゃないの?」
「えっ……?」
自分の言葉にコルテス君は驚いている。勇者と戦いを結びつける発想がなかったようだ。この世界の人々は、これが普通なのか。少し不思議に思った。
「違うの? 俺は勝手に勇者と聖女って魔族との戦いで活躍するものと思っていた。考えすぎていたな」
常識とは違う考えも危険だ。おかしな奴だと思われて避けられるようになり、やがて疎まれるようになる。
「……確かにそうかも。ええ……魔王国との戦争か……」
「いやいや、だから俺の考え違いだって」
「でもさ、勇者と聖女の称号を持つ二人の結婚を認めたら、魔王国はそういうことかと思うよな?」
自分の考えにコルテス君も同調してきた。想定外の展開だ。ただ、コルテス君の考えは、きっかけを作った自分も気になる。公爵家との婚約を破棄させて、聖女を次の王妃に据える。王国に野心があると魔王国に思われる可能性は否定出来ない。
「……そんなこと考えていないよな?」
ミネラウヴァ王国が魔王国に攻め込む可能性。そんなことは絶対にあってはならないのだ。
「雲の上の人たちが何を考えているかなんて分からないよ」
「ええ……」
「いや、仮定の話でそんなに嫌がらなくても」
「だって俺の……俺の実家、魔王国との国境に近いから」
自分は地方の男爵家の三男ということになっている。本当の所属とは別の、中央の人たちで知る人はまずいない、平民とそう変わらない暮らしをしている男爵家だ。正直に平民で入学する案もあったが、それでは学校内での活動に制約が生まれる。平民が足を踏み入れてはいけない場所というのが学校内には存在するのだ。地方の男爵家でも同じだろうと、自分は思っているが。
「それは……あれだな。でも仮定の話だから」
「そ、そうだよな。仮定の話だ」
だがこの仮定の話は、たまたま聞いていた人たちの興味を引くことになった。全寮制の学校、それも初年度は外出制限がある。そういう生活が続いていると、どんな内容でも人々の間で広まるのだ。退屈は危険。自分がこれを知るのは、少し先の話だ。