月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第191話 旅立ち

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 領地に向かう準備で忙しくしているのはレグルスだけではない。レグルスの周囲の人々も色々とやらなければならないことがあって、忙しくしている。
 なんといっても一番は「何でも屋」のバンディー。王都を離れていることが増えたレグルスに代わって「何でも屋」を運営していたバンディーだが、今回の件はそれとは違う。任務を終えてもレグルスが戻るのは領地であって王都ではない。王都には何か用がある時しか来ることはなく、しかも「何でも屋」に関わる用件では、それは許されない。レグルスは「何でも屋」の運営から完全に離れることになってしまうのだ。レグルスが死んだとされた時と同じ覚悟をもう一度、というだけでなく、実務上の問題を完全に解決しなければならない。
 当初は「何でも屋」も新領地に移してしまえば良いなんて安易なことを考えていたバンディーであったが、それはレグルスに否定された。付いて来て欲しくないということではなく、全従業員に行き渡るほど仕事があるとは思えないのだ。だからといって家臣として雇うことも出来ない。「何でも屋」の従業員の多くは花街出身。貴族家の仕事など出来ない。
 明日食べるものにも困るという切迫した状態であれば、レグルスも受け入れを検討しただろうが、そうではない。「何でも屋」はそれなりに繁盛しており、従業員は生活に困窮しない程度の稼ぎは得られているのだ。
 結果、「何でも屋」は、正確には「何でも屋」本店は王都に残ることになり、レグルスの領地には支店を置くことになった。支店はバンディーの強い希望だ。レグルスと「何でも屋」の関係を途絶えさせたくないと考えているのだ。

「東方辺境伯領、ですか?」

「そう。中心都市のアークトゥルスに支店を置けることになりました」

 さらに「何でも屋」は東方辺境伯領の中心都市であるアークトゥルスに支店を置くことが決まった。バンディーは更に忙しくなることになる。

「どうして?」

「どうして? どうして支店を開くのかという意味であれば事業拡大。そうではなく、どうして支店を開けることになったという意味なら、コネを使いました」

 商売を行うとなれば、領主の許可が必要だ。辺境伯家領の中心都市となると、すでに多くの商家が店を置いている。新規参入は難しいものだが、そこはコネでなんとかした。といっても、東方辺境伯がレグルスと繋がりのある商家の支店を置くことに利を、キャリナローズの父親としての個人的な利だが、感じたからこそだ。これがクレイグの西方辺境伯家であれば、何か裏があるのではないかと疑って許可は出さないだろう。

「そうですか……東部最大の都市であれば仕事はありそうですね?」

「そう思いました。教会にも支店開設については話してあるから、仕事を回してもらえるかもしれません」

「それは、ありがたいですね」

 このような人脈を「何でも屋」の為に使って良いのかとバンディーは思ってしまう。このような人脈を持つレグルスを王国の外れに追いやってしまって良いのかとも。その王国の外れの先の国にも、良い関係かは微妙だが、人脈があるのだが、そこまではバンディーも知らない。

「分かっていると思うけど、信用が何よりも大事。新しい土地で信用を築くのは大変なことだろうから、最初は損をしてでも信用を守るように」

「はい。徹底させます」

 レグルスが築き上げた信用を無にするわけにはいかない。これがバンディーにとって一番のプレッシャーなのだ。

「裏との調整は俺よりも得意だろうから問題ないですね?」

「ま、まあ、裏の仕事をするわけではありませんので。それを分かってもらえば揉め事にはならないと思います」

 本人に自覚はないが、今となっては裏社会においてもレグルスのほうが顔が広い。レグルスを良く知らない相手だとしても、安易に手出しはしないはずだ。なんといってもレグルスは、裏社会のドンが顔と名を覚えた人物。それがその筋では広く伝わっているのだ。

「人選も任せます。ただし、王都のお客との関係は、きちんと考慮してください」

 「何でも屋」の仕事の中には、顧客との関係を大事にしているものがある。作業そのものよりも会って話をすることが目的という仕事だ。

「ああ、そうなると支店に行くことが出来る人間は限られてきますか」

「そうですけど、教会に引き継げる仕事もかなり増えたはずです」

 一人暮らしの老人、病気や怪我で寝たきりになってしまった人。そういう人に対するケアを教会は行うようになった。レグルスたちの行いを知って、教皇が指示したのだ。

「もしかして、それもあって支店を?」

「そうですね。王都での仕事が減るというだけでなく、アークトゥルスの教会にそういう取り組みに対する意識を持たせるという意味も」

 アークトゥルスに、と決まったのは東方辺境伯との繋がりによってだが、支店を出すことは教会の要望でもあった。王都であれば教皇の意向を受けてすぐに動くことになるが、遠く離れた教会ではそうもいかない。その地域の最上位者の考えが強い影響を与え、教皇の指示が無視されることも少なくないのだ。

「なるほど。良く分かりました」

「じゃあ、お願いします」

 「何でも屋」についてのバンディーとの打ち合わせが終われば、また領地に向かう準備。採用面接は一旦終了し、今は候補者の身辺調査中。エモンたちが調べた内容について目を通し、気になるところがあれば再調査を命じる。採用を行いながらも、その完了を待つことなく、現地の騎士団から届けられる情報に基づき、何を、どういう優先順位で行うかの検討を行う。焦っているというのとは違う。王都にはナラさん、ナラズモ侯爵のような領政について相談出来る人がいるので、そのほうが正しい結果が導き出せると考えたのだ。

「……あの、アオ」

「ん? どうした、カロ?」

 書類に目を通していたレグルスに、躊躇いがちにカロが声をかけてきた。

「僕……領地にはいかない」

「えっ…………あ、そうか……もともと追われていないと分かるまでという話だったからな。どう考えても大丈夫か」

 本来カロはジークフリート王子暗殺未遂事件の犯人の一人として王国に追われる身。レグルスが死んだことにした上に、ジークフリート王子が罪を許すと宣言したことで逃げる必要はなくなったのだが、本当に大丈夫か分かるまでレグルスのところで隠れていることにしたのだ。
 だがそれから何年も経ち、王国騎士団の一員としても働いている。捕まる心配をする必要は完全になくなったと考えても良いはずだ。

「…………あっ、違う! そうじゃない!」

「違う?」

「領地に行かないのはどうしてもやりたいことがあるから。それが出来たら、またアオのところに戻りたい」

 カロはレグルスから離れるつもりはない。一時、それがどれくらいの期間になるかは分からないが、別行動するだけのつもりだ。

「そうか。戻ってくれるのは嬉しい。でも、やりたいことって何だ?」

「僕は戦う力を手に入れたい」

「それは……戦える友達を作りたいということか?」

 ジークフリート王子暗殺未遂事件でカロを多くの友達を失った。その経験から、友達を戦わせることは二度としないと誓ったはず。レグルスはそれを知っている。

「そう」

「戦えば友達は傷つく。死ぬこともある。それが分かっているのに?」

「……それでも僕は戦いたい。僕だけが安全な場所にいるのは嫌だ。僕も友達と一緒に強くなりたい」

 戦闘になるとカロは現場を離れることになる。最近の任務のような混戦の場面では絶対だ。それがカロは嫌だった。嫌になった。ココも戦っているのに、自分だけが戦場に立てないのが悔しかった。

「そうか。その覚悟が出来ているのであれば良い。でも、当てはあるのか?」

「知り合いを探して聞いてみる。強い友達がいそうな場所を知っていると思うから」

「知り合いを探すところからか……」

 それはきっと、かなりの期間を必要とする。年単位の期間がかかるのは間違いない。

「ごめん。アオも皆もこれからもっと大変になるのに」

「別にカロは楽するわけじゃない。俺たちよりも、もっと大変かもしれない。分かった。じゃあ、ケルを連れて行け」

「えっ?」

「カロが戦う力を持てるまでの護衛役。ケルならどんなところでも同行出来るはずだ」

 カロは猛獣使いの中でも特別な能力を有しているが、それでもすべての獣が友達になってくれるとは限らない。カロを殺そうとする猛獣もいるはずだとレグルスは考えた。ケルであれば大抵の猛獣には勝てる。勝てない時はカロを連れて、素早く逃げられる。

「……でも、ケルはアオの」

「カロの友達でもある。ケルはきっと力になってくれる。実際にもうそのつもりだ」

「えっ、あっ」

 カロの足下にケルが尻尾を振って座っていた。カロに愛想を振りまいているのではなく、レグルスに向かって「任せろ」と言っているのだ。カロにはそれが分かった。

「頑張れよ。頑張って、それでもダメな時は戻って来い。一緒にどうすれば強くなれるか考えよう」

「アオ……ありがとう」

 分かっていた。レグルスは絶対に自分がやりたいことをさせてくれることは。そうであるのに中々言い出せなかったのは、カロのほうにレグルスと離れ離れになることへの躊躇いがあったから。

「早く戻って来なよ。カロと友達がいないと不便だから」

「そうそう。俺、忍び込むの出来ないから。早く戻ってくれないと困る」

「ジュード、スカル……」

 そして他の仲間も自分の我儘を応援してくれる。

「カロ、頑張れ」

「……うん。頑張るよ」

 そしてココも。ココに情けなく思われないような、自分自身が恥じることのないような強い男になる。カロをこう思って、仲間たちとの別れを決めたのだ。再び合流した後に、ずっと一緒にいられるように。

 

 

◆◆◆

 レグルスたちが王都を発った。特別何かがあったわけではない。すれ違う人々が旅商人の一行と勘違いするような様子で、何事もなく王都を出て行った。
 エリザベス王女が同行するということになっていれば、また違ったかもしれない。王家の人間が旅立つのだ。煌びやかな鎧を身につけた近衛騎士団が同行することになり、その行列はかなり目立つものになっただろう。だが、エリザベス王女は王都に残ることになった。黒色兵団の団長としての責務よりも王女としてのそれを優先すると決めたのだ。
 王国は動乱の時代を迎える。エリザベス王女の持つ未来視の能力は、国王の指標となるかもしれない。アルデバラン王国を守る力になるかもしれない。そう考えた結果だ。
 だがエリザベス王女の未来視は全てを見通せるものではない。今この時、動乱を引き起こす原因となる人物が、何を考えているかなど分からない。

「……発ったか」

 ミッテシュテンゲル侯爵家のジョーディーが、これから何を為そうとしているかなど視えないのだ。

「はい。かなり急行しておりますので、一月もかからず、領地に到着するかもしれません」

「それは荷馬車を置き去りにしてだな?」

 荷馬車はそんなに速く移動できない。魔力を使って常人を遥かに、馬さえも超える速度で走れる特選騎士が特別なのだ。

「その通りです。レグルスと彼に付いて行ける数人が先行しました」

「……追跡は?」
 
「罠の可能性を考え、独断で止めさせました。申し訳ございません」

 速く移動すれば、その分、気配を隠すのが難しくなる。ただでさえ気配に敏感なレグルスたちだ。追跡は確実に気づかれ、待ち伏せされる可能性がある。こう考えた部下は、ジョーディーの許可を得ることなく、追跡を止めさせていた。

「いや、正解だと思う。彼のもっとも厄介なところだ。なんとかしたいな。諜報戦で上を行かれると、裏をかかれることになる」

「組織の全容を掴むにはまだ時間がかかりそうです」

「花街繋がりではなかったのかな?」

「過去に遡れば同じ流れのようですが、今は直接の繋がりはありません。我らの組織にもおりますが、「はぐれ」と呼ばれている者たちです」

 ジョーディーの組織にも花街の人たちと流れを同じくする人たちはいる。諜報能力を持つ人材を確保しようとすれば、そういう人たちに繋がるのだ。

「潜り込ませることは出来ないのか?」

「レグルスに味方しているのは、ひとつの一族だそうです。一族以外の者が潜り込むのは不可能と聞きました。また仮に同族を寝返らせても、すぐにあぶり出されるとも」

「どうやって?」

 潜入者をあぶりだす方法があるのであれば、自分の組織でも実行したい。ジョーディーはこう考えた。

「一族であっても信用はしない。一族の信用を守る為であれば、身内であろうと殺す。そういう者たちとのことです」

 かつてのエモンの一族はこんな風ではなかった。一族の規律など無に等しかった。だがレグルスに仕えると決めたことで、一族は遥か過去の在り方に戻ったのだ。鉄の掟を復活させたのだ。

「……そうか。分かった」

 その非情さはどのように築き上げられたのか。自分の組織もそうであるのか。そうではないのか。組織の頂点にいるジョーディーにも分からない。中核となる仲間たちは、もっと血の通った集団であるはずだ。それが良いことなのか悪いことなのか。レグルスに仕える組織ということで、ジョーディーは考えても意味のないことを考えてしまう。

「計画はどうされますか?」

「予定通りに進める」

「予定通りなのでしょうか?」

 ジョーディーたちの計画は本格的に動き出す。だが、それは当初考えていたスケジュールとは違っているのだ。

「……焦りがあるようだ。だが、私たちにとって、この計画変更は悪いことではない。これまでに比べれば良い結果が得られるはずだ」

「承知しました。では、指示を出します」

 アルデバラン王国にいよいよ動乱の時が訪れる。だがそれさえも、更なる混沌をもたらす為の準備に過ぎない。様々な思惑が入り乱れ、混沌が生まれていくのだ。

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