月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第101話 決着の時はまだ遠く

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 ノートメアシュトラーセ王国にて新王が即位したという情報は、それがクーデターによるものであることと合わせて、すぐに中央諸国連合に加盟している各国に伝わった。加盟各国の諜報は、連合内にも向けられている。必ずしも一枚岩とは言えない中央諸国連合。他国の動静をいち早く知る為に、内に向けた諜報のほうが敵国に対するそれ以上に力が入れられているくらいだ。このような大事を隠すことなど出来ない。
 それに隠す気もオトフリートにはない。自ら加盟各国に向けて即位を伝える使者を送っている。中央諸国連合の支持を自らに集める為だ。
 だが、そういった働きかけに対して加盟国はほぼ無反応。国王即位を祝う言葉が届けられれば、かなり良い反応と言える。だがそういう国も、そこまでだ。それ以上、加盟国側からノートメアシュトラーセ王国に何事かを働きかけることは一切ない。
 中央諸国連合にとって大切なのは、大国の侵攻を跳ね返す力がノートメアシュトラーセ王国にあるかどうか。オトフリートとジギワルドのどちらでも良いから、アルカナ傭兵団をまたひとつにまとめて、力を取り戻して欲しいという思いだ。もしノートメアシュトラーセ王国にそれが出来ないのであれば中央諸国連合からの脱退、は位置関係によっては難しい国もあるが、も視野に入れなければならない。それがはっきりするまでは、大国の侵攻がないことを祈りながら、傍観しているだけだ。
 これは生き残っているだろうアルカナ傭兵団の上級騎士たちの多くの行方が不明であることが影響を与えている。彼らがどちらに付くか、付かないかによって状況は大きく変わる。さらにノートメアシュトラーセ王国の王であり、アルカナ傭兵団の団長であった皇帝ディアークの死を証明する確たる証拠をオトフリートが示せないことは、各国が旗幟を鮮明にすることを阻んでいる。

「ジギワルドは反逆した王国騎士団第一大隊と共に国境の砦に入りました」

 さらにオトフリート陣営は、ジギワルドに先手を取られる。拠点となる国境の砦を奪われてしまったのだ。逃げるジギワルドを追撃出来なかった結果だ。砦にいた軍はまったく抵抗することなく、明け渡してしまったのだ。

「国境の砦か……」

 どの国でも良い。中央諸国連合加盟国のどこかの軍が協力してくれれば、砦を南北から攻められる。追いつめ、討ち取ることが出来るとオトフリートは考えたが、それをしてくれる国などない。それどころか隣国との往来の自由を得たジギワルドは、自分に協力するように積極的に働きかけるはずだ。

「こちらの戦力は王国騎士団二大隊。数では優っておりますが」

 反乱時の主力であった近衛騎士団は壊滅的な損傷を被って、戦力として計算出来る状態ではない。王国騎士団直卒部隊もシュバルツによって甚大な被害を受けている。オトフリート陣営の軍は戦闘に参加しなかった王国騎士団第二大隊と第三大隊の二大隊だけだ。数としては倍以上。だが、たかだか二倍の戦力で砦に籠る敵を討てるのか。難しいとセバスティアンは考えている。

「いくら国内側から攻めるといっても、やはり守る側が有利。二倍の数では勝てるとは言いきれない」

 国内側からであれば砦の背面から攻めることが出来る。といっても砦は砦。攻城側は籠城側の十倍の兵力、少ないたとえでも三倍の兵力が必要と言われている。二倍という数では勝てるという自信が持てない。

「ですが、国境を押さえられているというのは大きな問題です」

 二倍の兵力では勝ちきれないと考えているセバスティアンであるが、だからといって傍観するわけにはいかないとも考えている。さらに状況が悪化するだけだ。

「戻ってきた上級騎士が取り込まれると?」

「その通りです」

 現在、行方不明の上級騎士はディアークを除いて六名。ルイーサなど生きていても絶対に味方にならない者はいるが、そうとは限らない者もいる。といってもセバスティアンの頭に浮かんでいるのはシュバルツだけだが。

「こちらの味方になろうと考えている者が、ジギワルドがいると分かっている砦近くを通るはずがない。問題にはならない」

 だがオトフリートはセバスティアンのようには考えない。仮に、まずないと考えているが、シュバルツが味方する気になったとすれば、ジギワルドの勢力に気づかれないように行動するはずだ。

「しかし、陛下であれば心配はしませんが、王母様が同行することになったらどうですか?」

 シュバルツを説得できるのはオトフリートか母である、今は王母と呼ばれているアデリッサ。これはオトフリート自身が言ったことだ。アデリッサが同行しなければならない状況で、道なき国境を通過出来るのか。そもそもアデリッサは国外に出られるのか。セバスティアンはこれを心配している。
 オトフリートを支持したのはシュバルツが味方になるからこそ。それが実現出来ないとなると、セバスティアンとしては、反乱に組した意味がなくなってしまうのだ。

「確かにそうだな」

 シュバルツが味方しない可能性をオトフリートは、特にセバスティアンに向かっては、口に出来ない。彼が味方する理由は、オトフリートも良く分かっているのだ。

「恐れながら、ヴォルフリックが味方するとなれば中央諸国連合加盟国の中にも、こちらへの支持を明らかにする国が出てくると思います。砦攻めは先延ばしにするとしても、彼との交渉は速やかに進めるべきです」

 さらにシュバルツを味方に取り込むことは、中央諸国連合加盟国の支持を集めることにも繋がると考えている。過大評価、とは言えない。皇帝ディアーク、はまだ生死不明となっているが、法王アーテルハイド、力のテレルというアルカナ傭兵団の実力上位者三名を失った今、その三人に次ぐ力を持っているのはルイーサとシュバルツの二人。シュバルツが傭兵団の対抗戦でルイーサを瞬殺、実際に殺したわけではないが、していることから、彼のほうが上位実力者と見ている人も多いのだ。

「分かっている。まずは居場所を突き止めること。だが、リーヴェスからはまだ何の連絡もないのだ」

 シュバルツの居場所を探し当てる。その為に、もっとも確率が高いと考えたベルクムント王国にリーヴェスを送り込んだ。ベルクムント王国までとなると往復するだけで何か月もかかる。今の時点で連絡など届くはずがない。

「……もう一度、教会の支援を受けることは出来ないのですか?」

 現状は自陣営のほうが不利な状況。それを打開できる可能性のあるシュバルツが味方になる日も遠い先。そうなると目先の戦いに勝利する為に、協力を得られる可能性のあるところ、全てに要請するしかない。

「要請はしている。回答待ちだ」

「そうですか……」

 反乱当日以降、教会関係者の姿を見ることはない。オトフリートの王権が確立していない状況であるのが分かっていて、どうやら彼らはノートメアシュトラーセ王国を去った。
 はたして彼らの目的は何だったのか。ノートメアシュトラーセ王国の玉座を正統な、前国王の血筋に戻す。これが教会が近衛騎士団長に助勢する理由だと聞いていたが、今になってようやくセバスティアンは、それを疑うようになっている。

「まだ使者を送ったば  

 

◆◆◆

 ノイエラグーネ王国にあるフルーリンタクベルク砦。ベルクムント王国侵攻時、シュバルツたちが籠って、激戦を繰り広げた場所だ。そのフルーリンタクベルク砦から西に進んだ山中。ベルクムント王国軍の侵攻路であり、敗退後の撤退においてノートメアシュトラーセ王国軍の猛烈な追撃を受けて、多くの犠牲者を出したその山の中に、今となっては誰も使うことのなくなった山小屋がある。

「本当に来るのかしら?」

「それを自分に聞かれても……情報を掴んだのはルイーサ殿の従士ではありませんか」

 その山小屋を、少し離れた場所からルイーサは見つめている。戦車のベルントも一緒だ。反乱軍との戦いで大怪我を負った二人。まだその怪我は完全に癒えていない、癒えていないどころかベルントは片腕を失ってしまっているが、二人はノートメアシュトラーセ王国を遠く離れ、ノイエラグーネ王国までやって来ていた。
 示し合わせてのことではない。同じ目的で移動していた二人が、偶然出会って共に行動しているのだ。

「愚者がこの国にいるのは間違いないわ。ただ、あそこでリーヴェスと会うというのがね……」

 オトフリートの命令でシュバルツを追っているリーヴェスも、この地にやってくることになっている。シュバルトと、二人が見張っている山小屋で落ち合うという情報をルイーサの従士たちが入手してきたのだ。
 だがこの情報についてはルイーサも、さすがに都合が良すぎると考えている。ルイーサの目的は、どうやらシュバルツの手に渡ったらしい神意のタロッカを奪い、そのカードに認められたシュバルトを、力づくでも従わせること。そこにさらに吊るし人のリーヴェスまでやってきてくれるというのだから、実にありがたいことだ。

「……来た」

「リーヴェスが先」

 本当にリーヴェスは姿を現した。かなり警戒している様子が、離れたこの場所からでも良く分かる。気配を察知されないように息をひそめるルイーサとベルント。まだリーヴェスが現れただけ。肝心のシュバルツの姿が見えないうちは、動くことは出来ない。
 そんな二人に気付かず、外から中の様子を探り、それでも慎重に扉を開けるリーヴェス。もう一度、周囲を探る様子を見せると、扉の中に体を滑り込ませていった。中で待つつもりであろうことは、それで分かる。どのような待ち方をしているかまでは分からないが。

「…………」

 沈黙の時が流れる。だが、その時はそう長くはならなかった。シュバルツが姿を現したのだ。リーヴェスと同じように周囲の気配を探りながら山小屋に近づくシュバルツ。扉の前に辿り着いたあとは、躊躇うことなく扉を開いて、山小屋の中に入って行った。

「行くわよ」

「ルイーサ殿、自分と貴女では目的が違う」

 ベルントがノイエラグーネ王国にやって来たのは、力のテレルの最後の頼みを実現する為。シュバルツが何をするつもりであろうと、彼を支える為だ。

「会って話をしないと始まら、えっ!?」

 ルイーサの話を遮ったのは爆発音。聞き覚えのある火薬兵器が爆発した音だった。

「……何と?」

 シュバルトとリーヴェスがいた山小屋が吹き飛んでいる。屋根も壁も吹き飛び、土台部分がかろうじて残ったそ場所にシュバルツが立っているのをベルントは見た。
 さらに、かなりふらふらしながらも、ゆっくりと立ち上がってきたリーヴェスであろう人影。その炎で焼けただれた体は、シュバルツに近づくことも出来ずに後ろに吹き飛んだ。

「……どういうこと? 何が起きたの?」

「……見れば分かるのではありませんか?」

「見ればって……あいつら……」

 どこに潜んでいたのかシュバルツ以外の人影が集まって来た。その複数の人影は、それぞれ持っていた細長い杭のようなものを地面に突き立てていく。その彼らの行動の意図はルイーサには分からない。

「……思い出しました。彼らが団にいた目的は、ギルベアト殿の復讐の為でした」

 目を凝らして見てみれば、杭は地面ではなくリーヴェスの体に打ち込まれていることが分かる。何故そのような残酷な真似をするのかと考えれば、すぐに理由は思いついた。

「復讐って……そんなことの為にリーヴェスを殺すのは馬鹿げているわ! リーヴェスはカードに認められた人間なのよ!」

 そのリーヴェスをシュバルツは殺してしまった。新たに吊り人のカードに認められる人物がいつ現れるか、出会えるかも分からないのに。ルイーサにとっては、あり得ない行動だ。

「……ルイーサ殿はまだ分かっていないようだ」

「私が何を分かっていないと言うのよ?」

 ベルントの言葉にムッとするルイーサ。こういう感情を彼女はコントロール出来ない。

「何故、反乱が起きたか。オトフリートに組する団員がいたのか」

「なんですって?」

 さらにルイーサの表情が厳しいものに変わる。反乱の正当性などルイーサは一切認めない。どんな理由であっても許されないことなのだ。

「今殺されたリーヴェスはクズだ。むやみやたらと人を殺すことは好まない自分でも、あの男は殺してしまいたくなる」

「だから何?」

「そうであるのに、数々の悪事を働いていることが明らかであるのに、ただカードに認められたというだけでリーヴェスは全てを許されていた。殺すべきクズを殺すことが許されず、多くの団員が我慢を強いられてきた」

「だから、何を言いたいの!?」

 ベルントが何を言いたいのか、まだルイーサは分からない。これが分からなくては、多くの団員が団長であるディアークを裏切り、オトフリートに付いた理由も分からないのだ。

「元々の我らはもっと自由に生きてきた。虐げられ、蔑まれ、追いつめられて生きていたが、それでも思うがままに生きようとしていた。アルカナ傭兵団はそんな我々にさらなる自由を与えてくれるはずだった」

 特殊能力保有者が生きるには極めて不自由な世界。だからこそ、彼らは自由を強く求めた。善悪など関係なく、思うがままに行動することが、せめてもの抵抗だった。アルカナ傭兵団はそんな彼らに生きやすい世界を提供してくれるはずだった。

「はずだった……実際は違ったと言うつもり?」

「そう思う者は多かった。我慢していれば、いつかそういう日が来ると信じていた。だが、その日はいつまで経っても来なかった」

 皆が高い志を持って、アルカナ傭兵団に集ったのではない。我慢が出来なくなる者もいた。

「簡単なことではないと分かっていたはずよ?」

「分かっていたつもりだった。だが、傭兵団にいてもそれに染まることなく、思うがままに生きようとする存在が現れてしまった。この先もずっとそうあり続けるのだろうと思わせる人物が」

「…………」

 誰のことかはルイーサにも分かっている。シュバルツ以外にあり得ない。

「次代は、それも出来るだけ早い時期に彼を次の団長に。そういう思いが、決して少なくない団員の心にあったのです」

「過大評価ね?」

「そうだとしても彼は希望だった。だが傭兵団は彼を排除しようとした。希望を摘み取ろうとした」

「……そんなことは……ない」

 シュバルツを排除しようとしていたのは団長のディアークではなく、ルイーサだ。

「今となってはどうでも良いことです。彼は傭兵団から放れ、野生の狼に戻った。あれが黒狼団、シュバルツ・ヴォルフェの頭としての顔なのでしょう」

「…………」

 シュバルツの視線が自分に向いている。離れていてもルイーサには、それがはっきりと分かった。

「確か、目には心臓を、歯には脳みそを、でしたか? 逃げたほうが良いのではないですか? 今の状況はリーヴェスだけでなく、貴女を誘い込む罠でもあると思います」

 リーヴェスが復讐対象であるのなら、共にいた、ギルベアトと戦っていたルイーサもまた確実に復讐対象。リーヴェスと落ち合うという情報は、ルイーサを誘い出す為の罠に間違いない。

「……分かった。行くわよ」

「自分は残ります」

「えっ?」

「テレル殿との約束があります。遺言とも言える約束です。命を失うことになっても違えることは出来ません」

 テレルは最後の時に「シュバルトを支えてやって欲しい」とベルントに伝えた。その約束を果たす為には、逃げ出すわけにはいかないのだ。

「……勝手にすれば」

 シュバルツたちを迎え撃つという考えは、ルイーサにはない。無理やり従わせても、などと考えていても、まさか殺し合いになるとは思っていなかった。シュバルツが今も自分を復讐相手と考えているとは、まったく考えていなかったのだ。
 傷が癒えておらず、万全の状態ではない今は仕方がない。こんな言い訳を頭に浮かべながらルイーサは去って行った。

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