体が回復してきたところでヒューガはセレに外出の許可を取った。外出といっても遠くまで出かけられるはずはなく、出歩いて良いのはエルフの都を囲む結界の中だけだ。
まったく問題ない。ヒューガが寝ている間に大森林の季節は冬に変わっていた。許可の有無に関係なく、雪に埋もれた大森林を遠くまで歩く度胸は彼にはない。
結界の位置をルナたちに尋ねながらエルフの都を散策してみたのだが、ヒューガが想像していたのとはかなり違っていた。パルス王国の都や他の街のように城壁のようなものは存在しないのだ。
深い木々の間に点々と古い石造りの建物が存在しているが、それらにエルフが住んでいる様子は見られない。建物を結ぶ石畳で造られた道が王都全体に広がっていると聞いたが、今は雪に埋もれていて、その全体像はよく分からない。
エルフの国は滅んだとヒューガは聞いている。その言葉通り、今ここにいるエルフの数はヒューガが想像していた以上に少ないのだ。
もしかして、王城の中にいたエルフが全てなのかもしれない。そんなことも思った。
それでは国の再興を長老が訴えても、セレがその気にならないのは理解出来る。それでもかつての王国を知っているエルフたちにとっては悲願なのだ。その気持ちもヒューガは分からなくもない。
どちらにしても自分には関係のない話。ヒューガはそう割り切っている。
ヒューガがやるべきことは、この大森林で生き抜く力を身につけること。その為には鍛錬しかないのだが、それについても悩んでいる。
ここまで来る間で大森林の魔獣の強さは理解した。今のヒューガでは一対一でも厳しい相手だ。今までの鍛錬では足りない。かといって何をすれば良いのかも分からない。
せめてギゼンに自己鍛錬の方法くらいは教わっておけば良かった。そんな後悔の思いも湧いてくる。
「ここまでだよ」
「ん? 結界が切れてるの?」
ルナの声でヒューガは考え事から意識を戻した。
「そう」
「でも、まだ先に建物があるけど?」
「でもそこまでしか結界はないよ」
「そうなんだ……結界って都全体を囲んでいるわけじゃないのか……それだと結界の外の建物に住むのは大変じゃないか?」
ルナがこの先に結界はないと言うからにはないのだ。だがそれでは、先に見える建物に住んでいた人は大変だろうとヒューガは考えた。
「昔は都全体を囲んでた」
「そういうことか。それはエルフの王国が滅んだせいかな?」
「王がいないから」
ルナの答えは微妙なもの。王国の存在に関係なく、王がいるかいないかなのだとヒューガは理解した。
「……それってセレが王になれば解決するのかな?」
「そうだけど、簡単に王にはなれない」
「でも、セレは王女だったんだろ? 王になるには血統以外に何か必要なの?」
「そう」
王族であれば無条件で王になれるわけではない。セレが玉座に就くことを拒否しているのは、これも原因だ。
「何が?」
「認められる必要がある」
「認められる? エルフの王を認める人がいるってこと?」
「そう」
「それってどういう人?」
「人じゃない。偉いもの」
「えっと……もしかして神様とか?」
「神様? うーん、そんな感じ?」
ルナは考えているのではない。ヒューガの頭に浮かんだ【神様】がどのような存在なのかを読み取って、それとその存在を比べているのだ。
「エルフにとっての神様みたいな存在がいるんだ。どうすればその神様に認めてもらえるんだろう?」
「……知らない」
「そっか。今はそれについては良いや。じゃあここまでだね。結構せまいな。あとは大森林の中を縫うように通じる道みたいな結界もあるんだよな?」
「ある」
ヒューガがセレと共に歩いてきたのはその一部。大森林の様子をもっと知る為に、その道も歩いてみようとヒューガは考えている。
「それは何処から通じてるの?」
「この少し先」
「続いていないのか……どれくらい離れてるんだろう?」
都の結界と道は途切れていた。そうなると一度、結界の外に出なければならなくなる。それが可能なのかを判断する為に、ヒューガはルナに距離を尋ねた。
「ほんの少し」
「えっと、距離でいうと?」
「距離?」
「距離の単位って知らないのかな?」
「単位?」
ルナは距離も単位も理解してくれない。ヒューガの頭に中にある知識を読み取ったとしても、一メートルがどれくらいかが分からない。
「僕が今の速さで移動したらどれくらいの時間だろ? あっ、ダメか、時間の単位が必要だな。そうなると……僕の歩く足の幅で何歩くらいだろ?」
「うーん。二百くらい?」
「……なんとなく分かった。ありがと」
とてつもなく離れているというほどではない。だが魔獣に襲われる可能性が全くないかとなるとそうでもない。
エルフの都の結界は円心上になっていると仮定して半径二百メートというところ。行動が許されるのはその中だけとなると、かなり狭い。
「困ったな」
「困ったの?」
「ちょっとね。強くなるにはどうすれば良いか分からなくて」
「ヒューガは強いよ」
「そんなことない。結界の外で魔獣と戦うには今の何倍も強くならないと……」
結界に出ても、魔獣に襲われても倒せる強さが必要だ。そうでなければかごの中の鳥。何事かを為せるとは思えない。
「……強くなりたいの?」
「ああ、結界の中に籠っているだけじゃあ、意味ないから。せっかく来たのだから大森林を自由に動けるくらいには強くなりたいな」
それはかなりの高みを目指すということなのだが、ヒューガは分かっていない。この世界の知識がまだまだ少なく、大森林がどういう場所か理解していないのだ。
「ヒューガはどうすれば強くなれるの?」
「その方法がわからない。鍛錬をするしかないんだけど、どういう鍛錬をすれば良いのか。強い人に教えてもらうのが良いんだけどな」
「じゃあルナたちが強い人を探してみる」
「探せるの?」
もし本当にそれが出来るのであれば、是非お願いしたいところだ。
「ルナたちが皆で探せば見つかるかもしれない。足りなければルナたちを増やせば大丈夫だと思うけど……」
「増やす?」
「仲間になってもらうの。良い?」
「別に良いけど」
仲間が増えるのは良いことだ。それで師匠を見つけることが出来るのであれば、もっと良い。
「じゃあ、仲間を増やすよ。良い?」
「だから良いよ。それでどうするの?」
「お願いするだけ。良い?」
「……良い」
さすがにこれだけ問いを繰り返されると何かあるのだと分かる。それでもヒューガはルナの問いを肯定した。
「じゃあ、お願いする」
実体化していたルナが白銀の光に戻って、四方八方に散らばっていく。それと入れ替わるように新しい光の玉が周囲に集めってくる。
その途端、徐々に体から抜け落ちていく魔力。
「ああ、やっぱこうなるんだ……」
抜け落ちる魔力の量が徐々に加速していく。そして――ヒューガはまた気を失った。
▽▽▽
気が付いた時には、仁王立ちといった感じで、腰に手を当ててベッドの横に立っているセレが見えた。どうやってここに来たのかは当然覚えていない。
「えっと……」
「貴方は馬鹿なの?」
「……ごめん」
反論の余地はない。まったく同じ失敗、とヒューガは考えていないが、繰り返したのだ。
「元気になったから外出を許可したと思ったら、また倒れているなんて一体何をやってたのよ?」
「いや、仲間を増やすっていうから許可しただけで……」
「どういう結び方をしたらそうなるのよ? 普通は精霊が力を与えてくれるのよ。それが何で倒れるほど魔力を奪われるわけ?」
「そんなの僕が分かるはずない。とにかくルナたちと結んだらこうなった。今回は仲間を増やすっていうから、新しいルナたちに僕の魔力を分け与えることになったんだろ?」
「ルナ……ねえ、それってどういうこと?」
ヒューガの説明を聞いたセレは怪訝そうな顔をしている。
「僕と結んだ精霊たちに付けた名前」
「「なんと?!」」
足元のほうであがった驚きの声。セレだけでなく長老たちも部屋にいたのだ。
「……嘘でしょ? ねえ本当に精霊に名前を付けたの?」
「呼び名がないと不便だから」
「……貴方よく無事でいるわね? いえ、無事かどうかは分からないわ」
不安そうな表情でヒューガを見つめているセレネ。精霊に名前を付けるということは、セレに限らずエルフたちにとってただ事ではないのだ。
「どういう意味?」
「精霊に名前なんて付けたら、精霊の属性そのものが変質しちゃうのよ。そうなると精霊はもとの精霊ではなくなるわ。属性の変質に耐えられなくなって精神に異常をきたしてしまうの。それだけではないわ。結んだ相手までその影響でおかしくなってしまう。悪霊に取りつかれた感じっていえば分かるかしら?」
これがエルフの常識。精霊に名をつけるなんてことは、あってはならないこととされているのだ。
「そんな感じはなかった。ルナたちも強くなれたって喜んでいたし。僕も変になってない」
「確かに変になっている様子はみえないけど……どういうこと?」
セレは足元のほうにいる長老たちに向かって問いかける。セレの知識ではヒューガの状況が理解出来ないのだ。
「分かりません。精霊に名を付けるなどエルフにとっては禁忌といえるもの。余程無知な者しか犯すことはありません。過去に過ちを犯した者どもは例外なく……」
「いや、待て」
もう一人の長老は何かを思い付いた。
「何か知っておるのか?」
「他にも精霊で名を持つ者はいる。それは誰が名づけたのだ?」
精霊に名をつけることがあってはならないことであれば、何故、名を持つ精霊がいるのか。それに疑問を持ったのだ。
「精霊といっても特別な存在だ。始めから持っていたのだろう?」
「そうだろうか? 仮にそれらも誰かに名づけられたのだとしたら……」
「そんな馬鹿な。そんなことがあるはずがない。仮にそうだとすれば小僧が結んだ相手は……」
長老二人での議論が始まってしまった。
「出来れば僕にも分かるように話してくれるかな?」
「……他にも名をもつ精霊はいる。実際に会ったことなどないがな。それらはエレメンタルと呼ばれており火、水、風、土の四属性の精霊たちの王とも言われているものだ」
「エレメンタル……四精霊のことかな? たしか……サラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノーム」
「軽々しく名を呼ぶな!」
元の世界での知識を口にしたヒューガを長老は怒鳴りつけた。つまり、そういう名だということだ。
「呼んだらまずいの?」
「当たり前だ。精霊に呼びかければどこにいても相手に届く。用もないのに呼び出してしまって機嫌を損ねてみろ。我等エルフは精霊の加護によって生きているのだ。精霊の王たちを怒らせて支配下にある精霊たちにそっぽを向かれるような事態になれば生きてはいけん」
「あっ、なるほどね。それは悪かった」
「他人事のように言うな。お前が無事でいられるのも精霊の加護によって都が守られているからだ。精霊の加護を失って結界が解けるようなことになれば、お前だってこの大森林では生きてはいけんだろ?」
「結界って精霊の力なのか……ん? ということはエルフの都の結界が狭まっているのは精霊の加護が少ないからなのか?」
「……答えにくいことを聞くな」
これを言う長老の顔は渋い。言葉にした通り、あまり聞かれたくないことなのだ。
「精霊にそっぽを向かれるような事実が過去にあったってこと?」
「だから答えにくいことを聞くな!」
「それ、答えてるも一緒だ」
「…………」
「この際だから聞いても良い? 僕が考えるに多分それってエルフの王国が滅んだことと関係があるんだろ?」
「それは……」
ヒューガの問いに口籠もる長老。これもまた答えづらいこと。つまりその通りなのだ。
「ふん、良いわ。どうせ隠しても精霊に聞かれれば分かることなんだから。貴方の思っている通りよ。結界が今のような状態になっているのはエルフの国が滅んだことと関係があるの」
ここで隠しても無駄だと考えて、セレが説明を始めた。
「やっぱりな。それで?」
「百年以上前、パルスが大森林に兵を送ったことは知ってる?」
「知らない」
「それもそうね。パルスの目的は大森林の制圧。大森林は危険な場所ではあるけど、手付かずの資源も豊富にあるの。それだけではないわ。目的には私たちエルフの確保も含まれていた」
「資源はともかくエルフが目的って」
そんな動機で戦争は始まるものなのかとヒューガは思う。ついでなのだろうとは思うが。
「目障りだってのもあったのでしょ? 大国であるパルスを無視する国が隣接しているってのが」
「それで?」
「こっちも黙って大森林を攻められるのを見ているわけにはいかない。当然、反撃に出た。でもね。地の利があるといって味方の数は少ない。しかも相手は大森林がどうなろうと構わない。最低限、資源さえ手に入れば良いのだから」
「火攻めか?」
セレネの言い方でヒューガはパルス王国が何をしたのか、すぐに分かった。
「そう。大森林のあちこちから火をつけながら攻めてきたの。兵との戦いだけならまだ戦いようがあったけど、森林を燃やされてはね。精霊の力は弱まるばかり。時間が経つにつれてこちらは不利になるばかりだったの。このままでは負けると思った味方は乾坤一滴の勝負にでた」
「勝負って?」
「残ったエルフと精霊の力のほぼ全てを使って魔法を行使した。ほとんど禁忌ともいえる精霊魔法ね」
「……よく精霊が言うことを聞いたね?」
禁忌と言うくらいだ。味方も傷つくことになる。それを行使することを精霊が受け入れたのがヒューガは不思議だった。
「……無理やりよ。精霊は基本的には結んだ相手の頼みは断れない。たとえ自分の命を失うことになったとしても」
「そこまでする必要があったの? 大森林を手放すという選択肢もあったはずだ」
「そんなことが許されるか!」
ヒューガの言葉に、また長老が怒鳴り声をあげてきた。彼にとって大森林の放棄は許されない選択なのだ。
「ちょっと黙ってて! 今になって思えばその選択肢もあったわ。でも私たちエルフのプライドが人族に負けることを許せなかった」
「その為に精霊を犠牲にしたの? それでは加護を失うのも当然だ」
「人族のお前に何が分かる!?」
いちいちヒューガの言葉に突っかかってくる長老。これにはヒューガも頭に来た。頭に来たきっかけはこれではないが。
「エルフの気持ちなどわかるか! だが自分たちのプライドの為に大切な仲間を犠牲にすることが正しいとは俺には思えない!」
「時には大切なものを犠牲にしなければならないことだってある!」
「ああ、そうだ! でもそれはプライドなんてちっぽけなものじゃない! もっと大切な何かを守る為だ! プライドなんてものは真っ先に捨てなければならないものだろ!?」
「…………」
ヒューガの普段は見せない剣幕に、その言葉に長老は言葉を失う。自分が間違っていることは長老も分かっているのだ。
「……もういいわ。私たちは間違ったの。それは認めなければいけないわ」
「セレネ様……」
「それを認めないと私たちはやり直すことは出来ないの。精霊たちも許してくれないわ」
「……すみません。頭では分かっているのですが、ついあの時のことを、今までのことを思い出すと……」
「これまでの苦難は私たちエルフの自業自得よ……まあいいわ。話を先に進めましょう。禁忌の精霊魔法を使うことでパルスの兵は撃退出来た。一人残らずね。でもその代償は多くのエルフと精霊の死。生き残ってもおかしくなってしまった精霊も多くいたわ。いずれにしろ結果として精霊の力が弱まった大森林はエルフたちが住むには厳しい場所に変質してしまったの」
パルス王国軍を撃退する為に、これ以上ない大きな犠牲を払った。結果として、それがエルフを危機に陥れている。禁忌の魔法を使用したおかげで救われたとは言えない。
「だから多くのエルフが大森林を逃げ出した。お前たちはよく残れたな?」
「生き残った中で極めて親しい精霊たちはその後も変わらず私たちを助けてくれたわ。そういった精霊たちと結べていた者だけが大森林に残れたって言ったほうがいいわね」
「なるほどね。それで納得がいった。逃げ出したエルフが戻ってこれない理由は仲間の為じゃなくて、この大森林ではもう精霊と結べないからなんだろ?」
「……そうよ。全くというわけじゃないけどね。過去を知っている精霊のほとんどは私たちとは結ぼうとしないわ。そして同じ属性の精霊たちは簡単に記憶を共有できるの。新たに結んでくれる精霊は個としてその相手に余程の好意を持った時だけよ」
大森林の精霊たちの多くはエルフにそっぽを向いている。それでは戻ろうとしないのも当然だ。生まれてくる子供は精霊と結べないかもしれないのだ。
「それじゃあ。いずれ大森林のエルフは滅びるんじゃないか? どうすれば許してもらえるんだ?」
「……それは分からないわ」
「エルフの王になるには神様のような存在に許してもらう必要があると聞いた。その存在に許しを請うしかないんじゃないか?」
そういった存在であれば精霊も話を聞くのではないか。もしかするとその存在であれば精霊を従わせることも出来るかもしれないとヒューガは考えた。
「なんでそれを?」
「ルナに聞いた」
「そう……そうね。多分それしかないのだけど……」
「会えないの?」
そう思うならすぐに行動を起こすべきだ。だがセレの反応は鈍い。なにか事情があるのだとヒューガは思った。
「ここに来てから何度か試してみたけど……応えてくれない」
「その存在って、ここにいるの?」
「いると言えばいるわ」
「……どういう意味?」
「王城の最深部に神殿があるの。歴代の王はそこで即位の儀を行っているわ。資格のあるものがそこにいけば会うことが出来る。そう言われているわ」
会いに行けば必ず会える相手ではない。そんな気軽な相手であれば、エルフもとっくの昔に行動を起こしている。
「資格のあるもの……それはセレじゃないのか?」
「私では応えてくれなかった」
「……セレには悪いけど、別のエルフが資格を持っているのかもしれないな。いっそのことここにいる全てのエルフを連れて会いに行ってみればどうだ?」
誰でも良いから会えれば良いのだ。それで今の問題が解決出来るなら。ヒューガはこう思って、この提案を行っている。
「……そうね。そうしてみるしかないかもね」
それにセレも納得した様子なのだが。
「「セレネ様!」」
長老たちは反対なのだ。
「血筋云々を言っている場合ではないのよ。そもそもエルフの王は血統によって決められるものではないでしょ? このままでは大森林のエルフは滅びる。私はそんなことになってほしくないの。誰が王でも良いのよ。エルフの為に相応しいものであれば」
「……じゃあ、出来るだけ早く試してみるんだね。ちょっと休んでいいかな? さすがにまだ本調子じゃないみたいだ」
「分かった。じゃあ、お大事にね」
「ああ」
セレはそうでもないが、長老の二人は少し落ち込んだ様子で部屋を出て行った。彼らにしてみればセレが女王になる形が望ましいのだ。それだけ二人はセレに期待しているか、忠誠を向けているということ。
だがそんなセレでも認められない。その理由がヒューガには分からない。
「ルナ、もういいよ」
「ん」
先ほどからルナが近くにいるのをヒューガは感じていた。そのヒューガの声に応えてルナは実体化してベッドの横に現れる。
「……なんか大きくなってない?」
ルナの体は明らかに大きくなっている。少し前までは手の平程度の大きさだったのに、今現れたルナはヒューガの膝の高さくらいの身長だ。
「ルナたちの仲間増えたから、ルナも大きくなった」
「なるほどね。なんかますますディアに似てきたな……まあいいか。それでルナたちはお腹一杯になったのかな?」
「うん。今度は早かった」
「そうか。それは良かった。聞きたいことがあるんだけど。セレたちとの話は聞いてた?」
「聞いてた」
ヒューガはこの為に、セレたちに嘘をついて引き上げてもらったのだ。彼女たちと話すよりも精霊であるルナと話すほうが事実は分かる。そう考えた結果の選択だ。
「やっぱり神様に許してもらう必要があるのかな?」
「うーん。神様がルナたちや他の精霊たちに仲直りしろって命令することはないと思う」
ルナのこの話が事実だとすれば、神様、と表現しているだけでどのような存在かヒューガは分かっていないが、にエルフを守ろうという意思はないことになる。もしくは精霊にとっては絶対的な存在でない可能性だ。
「神様が許してくれても駄目なのかな?」
「それは分からない。ルナたち以外の精霊も誰かと仲良くしたいと思ってる。でもきっかけがないだけ」
「仲直りするきっかけってこと?」
「そう」
「そっか……そうだよな。ある日突然、仲直りってわけにはいかないからな。なんか良い手はないかな?」
許すにも許すきっかけが必要だ。それをエルフは作れていない。さきほどのセレたちの様子だと作ろうともしていないとヒューガは思う。
「ルナたちには分からない。ルナたちはヒューガと結んだから忘れちゃった」
「忘れた? そう、じゃあ他の精霊たちは教えてくれないのかな?」
「知りたい?」
「そうだね。セレは大切な仲間だから」
「セレはヒューガの仲間なの?」
意外そうな表情を見せるルナ。彼女にはヒューガとセレが仲間だという認識がないのだ。
「そう。セレは僕が困っていたところを助けてくれた。だから僕もセレが困っているのを助けてやりたいんだ」
「……ヒューガの頼みなら。でも全員に聞くのは大変」
「代表みたいな人はいないのかな? その人が納得してくれたら皆も納得してくれるような」
「……いるけど、ちょっと怖い。怒らせるとルナたち消えちゃうかも」
「そんな存在なのか。うーん、じゃあ無理には頼めないな」
「でもルナが聞かないとヒューガが困らない?」
「そうだけど、セレが大切な仲間であるのと同じように、ルナたちも大切な仲間だからな。危険な目にあわせたくない」
「……いいの?」
「ああ、ルナたちが怖くない相手に少し聞いてもらえれば良いよ。これはエルフの問題だ。ルナたちが無理する話じゃない。エルフが過去にやったことは実際良くないものだからね。それを許してもらうために当事者であるルナたちが無理をするのはおかしいと思う」
「わかった……ディアもヒューガの仲間なの?」
「えっ? ああ、さっき名前を言っちゃってたか。ディアは……そうだな、一番大切な人かな」
「一番?」
「あっ、ルナたちが大切な人じゃないって意味じゃない。ルナたちも大切だ。だけどディアはやっぱり特別で何もかも捨てても守りたい人かな」
「そう……」
「怒った?」
ルナがどういった感情で自分と結んでいるのかがまだヒューガには分からない。独占欲があるのかないのか。それによっては、ディアの話をするのは避けるべきかもしれないと。
「ううん。人にはそういう相手がいるって知ってる」
「そっか」
この知識もヒューガの記憶から来ている。ヒューガの考えをヒューガの記憶や知識に基づいて判断すれば、納得するのは当然だ。だからといってルナたちに自我がないわけではない。
「ヒューガが大切な人はルナたちにとっても大切な人。だから知っておく必要があった」
「そう。じゃあさ、もしディアが困っているときはルナたちはディアも助けてくれるか?」
「もちろん。ルナたちとヒューガはつながっているからヒューガがディアをどれだけ大切にしているか分かる。ヒューガの大切な人はきちんとお手伝いしてあげる」
ヒューガの為になること。これがルナたちの一番の目標なのだ。その為にルナたちはやるべきことをやろうと考えている。
「それって俺の気持ちが分かるってことだよな。ちょっと恥ずかしいな。でも、頼む」
「わかった。じゃあ、ルナたちは他の精霊たちに話を聞きにいってくる」
「ああ、頼みごとばっかりで悪いな」
「……全然。ヒューガはルナたちに与えることを普通と思ってる。これくらい何でもない」
ヒューガはルナたちが自分の為に何かをすることを当然とは思っていない。対等の存在としてお願いを、そして感謝を告げてくる。これがルナたちには嬉しいのだ。
「そう言ってくれると助かる。じゃあお願い」
「わかった」
エルフにとっての神様とはどういう存在なのか。唯一神なのか、それとも日本神話やギリシア神話のように様々な神が存在するのか。ここまで考えたところで、人族にとっての神がどのような存在なのかを調べていなかったことにヒューガは気が付いた。
この世界における宗教の存在はパルス王国の都では感じられなかった。そうなるとエルフにとってだけの神なのか。それともエルフが特別な存在なのか。
ルナと話をしていると神と呼べるような存在が当たり前のように感じる。もとの世界では別に信仰心なんてなかったのに。やはりここは異世界なんだと、改めてヒューガは感じた。