悲しみを心の内に宿しながらも彼は前に進んでいる。進むしかないのだ。本来、彼の人生において苦難が始まるのは、まだ先のこと。今はその時に備えて、自分を鍛える時だ。実際には、その目的に対する意欲は以前よりも、かなり弱まっているが、自らを鍛えると…
大切な家族。そう思える存在を失った彼だが、その日常は大きく変わらない。変わらな過ぎて、リキなどは、逆に心配になるくらいだ。 朝早くから郊外に出て、走って開墾場所に向かう。開墾と鍛錬を兼ねた作業を行って、午前中の大半を過ごす。その中にはリキ、…
もう何度通ったか数えきれなくなったくらい通い慣れた道。その道を彼は速足で歩いている。本当は駆け出してしまいたいのだが、それを行っては不安が現実のものになってしまうような気がして、逸る気持ちを抑え込んでいるのだ。何もない。あっても、せいぜい…
遂にこの時がやってきた。両親から話を聞かされた彼女の心に浮かんだのは、この思いだ。この段階で説明されたのは養女になることだけなのだが、それでも彼女はこう思う。自分が貴族の養女になることを、彼女は知っていたのだ。養女になるだけでなく、名も変…
危険な目に遭ったことはない、と言えば嘘になる。よそ者には怪しげな人ばかりと思えるだろうが、ずっとこの場所で育った彼女にとっては、皆、ご近所さん。赤ん坊の頃から自分を知っている人たちだ。変な人に絡まれそうになっても周りの人たちが助けてくれる…
桜太夫の行列と共に花街を歩くことになったナラズモ侯爵。道中の好奇の目は心に痛かった。花街の人々は、行列がいつもの太夫道中とは違うことを知っている。ナラズモ侯爵が花街を訪れた理由を知っているのだ。事情を知らない客を除いて、事の成り行きがどう…