月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第23話 主人公として、女の子としての選択

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 遂にこの時がやってきた。両親から話を聞かされた彼女の心に浮かんだのは、この思いだ。この段階で説明されたのは養女になることだけなのだが、それでも彼女はこう思う。自分が貴族の養女になることを、彼女は知っていたのだ。養女になるだけでなく、名も変わる。アリシア・セリシールという名に。これも彼女は知っている。マラカイとリーリエという男女の間に生まれたリサという平民の娘が、貴族の養女になりアリシア・セリシールに生まれ変わる。ゲームストーリー通りの展開だ。
 ストーリー通りなのだから、両親に「どうする?」と聞かれても、受け入れる以外の選択はない。そのはずなのだが、彼女は「考えたい」という言葉を返してしまった。両親に気を使ったわけではない。本当に考える時間が欲しかったのだ。
 今の彼女は幸せだ。家はかなり貧しいが、そんなことは気にならない。両親に愛されて育ってきたという想いがある。その両親は、過去の話を知るようになってから、さらに尊敬できる素敵な親だと思うようになった。自分も母親のようになりたいと思える。父親のような男性と結婚したいとも思う。前世では得られなかった感情を、彼女は手に入れることが出来た。この世界に転生出来て良かったと、すでに思えているのだ、
 そして、出会えた幸運を喜ぶ相手は、両親だけではない。

「……ねえ、アオ。貴族ってどう思う?」

「はっ? なんだ、その漠然とした質問?」

「いや、貴族として生きるってどうなのかな、と思って」

 本当に聞きたいことはこれではない。だが彼女は自分の想いを上手く言葉に出来なかった。

「……それ、俺に聞いても意味ないの分かるだろ? 俺の答えは『最悪』だ」

「そっか……」

「まあ、一応言っておくと、個人的な感情を横に置いておけば、悪いことばかりじゃない。なんといっても特権というものがあるからな。平民だと容赦なく罪に落とされることが貴族では許されることがある。貴族がやってもまったく問題ないことが、平民が行うと罪になることもある」

 彼はその特権を利用して、この先も生きていく。貴族であることは最悪だという思いは本当だが、貴族であることを利用していることは認めないわけにはいかない。

「貴族は悪か」

「そういう解釈は間違いだな。貴族が悪なのではなく、そういう貴族を許す国が、制度が悪だ」

「おお、アオらしい考え。ちなみにそれを人前で堂々と平民が言うと?」

「罪に問われる」

 王国批判だ。かなり重い罪となる。王国に危険視されれば、死ぬまで牢獄暮らし、死刑もあり得る。民衆は王国に、貴族に従順でなければならない。そうでなければ王政も領政も成り立たない、そう考えられているのだ。

「貴族は平気?」

「……その場によると思うけど? 国を正しく導く責任は王家だけでなく貴族にもある。それは批判する権利があるということだ。まっ、力がなければ別のことで罪に落とされるかもしれないけどな」

 国政の場で、国王への申し入れとして自分の意見を述べる機会が貴族にはある。だからといって全てが許されるわけではないことを彼は知っている。結局、それを受けた国王がどう思うか。不快に思ったり、危険だと考えた時に相手を処罰できる力が、その時の王国にあるかどうかだと。

「……アオはどう?」

「俺? 俺は貴族だといっても自分自身は爵位を持っていない。意見を言う権利がない。子供が何を言っていると思われるくらいだろうな」

 これは嘘。彼が堂々と王国批判を展開すれば、かなり危険視される。後に北方辺境伯になる予定の彼なのだ。王国への反抗心を持つ北方辺境伯なんて存在は、最大の危険人物と見做されるだろう。

「……それは、普段の生活でも同じかな? たとえば、学校とか」

「お前さっきから何を聞いている?」

 彼女の質問の意図が彼には分からない。彼女との会話は雑談以外だと鍛錬や魔法など強くなる為のもの。貴族についてなどこれまでほとんど話したことがない。彼は貴族で彼女は平民。これがあるので避けていた面もあった。

「アオは貴族らしいところ全然ないから。普通の貴族の子ってどうなのかと思って」

「……なんかその言われ方、納得いかないけど……まあ、普通ではないか。普通の奴らね……考え方は人それぞれあるけど、なんだかんだで序列は絶対かな?」

 当たり前に身分を気にする人がほとんどだが、中には身分というものを気にしない人もいることを彼は知っている。第二王子などはその代表だ。ただ、だからといって身分格差がなくなるわけではないと思っている。

「考え方って?」

「平民とも分け隔てなく接しようという奴もいる。でも、それを爵位の低い家の子が実際に行おうととすれば、周りから強く批判される。力のある家の子がそれを言い出せば、内心はどう思っていようと、周りはそれに倣う」

「ああ……力ある人しか意見を通せないってことね。どこも同じか」

 ヒエラルキーは前世の学校でもあった。身分制度はなくても、そういうものは生まれてしまうのだ。人は、口では平等を訴えながら、そういうものを作ってしまうのだ。

「それはそうだ。貴族同士、国と国でも同じ。力ある者が支配する」

「そんな世の中良くないね?」

「単純にそうとは言えないと思うけど? 力のない者が上に立っても混乱するだけだ。大切なのは力ある者と正しいことを行う者が同じであることだと思うけど?」

 王家に力があり、国民にとって良い政治を行えば国は栄える。王家に力がなく、貴族が勝手を始めれば国が乱れる。ただ、その中でも良い領政を行う貴族はいて、そこで暮らす領民は幸運だ。ただその領民たちの幸運を守る力がやはりそこを治める貴族には必要になる。
 結局、一番は頂点に力があり、その頂点に立つ人が正しい国政を行うことだと彼は思っている。

「それだって単純じゃない」

 だが彼女は力ある人と正しい行いをする人が同じであるということは難しいと考えている。

「……悪人に力を与えることが間違い。それを許す社会が間違っているということだ」

 悪人である自分は力及ばず人生を終える。何度人生を繰り返してもそういう結末を迎えるこの世界は正しい。こんな風に彼は思ってしまった。自分の存在を受け入れられなくなった。

「……アオは、どうするの?」

 自分は力を得て、この国を良くする責任を与えられている。この国の頂点に立つ人と共に。決められた役割を果たさなければならない。だが、まだ彼女は心を決めきれていない。彼がどう考えているかを知りたかった。

「俺? 俺は……俺は……国を良くするよりも、大切な人を守る為に生きたい、と思っている」

 この言葉を口にするのは、かなり躊躇われた。だが、ここで嘘をついてはいけないと、彼女の表情を見て、彼は思ったのだ。
 ただ、今言葉にしたことは真実なのか。大切な人とは誰なのか。これを考えることについては、彼は放棄している。

「そ、そっか。えっと……も、もう少し考えてみる」

 さらに彼女は勘違いをした。今の彼の言葉は自分へのプロポーズではないかと考えてしまった。彼は今、彼女がまた襲われるようなことがないようにと、常に側にいる。彼女を守っている。国を良くすることよりも、それを続けたい。そう言ってくれているのだと思ってしまった。

「考える?」

 彼女の勘違いを分かっていない彼には「考える」の意味が分からない。

「あの、時間をください。大切なことだから、真剣に考えたいの」

 すぐに了承しなかったことで、彼は落ち込んでいる。さらに彼女は勘違いを重ねた。

「ああ……分かった」

 なんだか良く分からないが、彼女が「時間が欲しい」というなら待つだけ。その時がくれば、彼女は話してくれるだろうと彼は思っている。
 ただ「その時」は彼が思っているようには来ない。それを彼は知らない。

 

 

◆◆◆

 勘違いではあるが、彼女は真剣に考えた。彼の「国を良くするよりも、大切な人を守る為に生きたい」という言葉について。
 自分には国を良くする為にこの世界での人生を生きる責任がある。それを放棄して、大切な人の為に生きることは許されないはずだ。今は彼のことが好きでも、その思いはやがて相手を替える。彼女はこの国の王となる人を愛することになる。彼との初恋は良い思い出になるはずだ。実際には前世を生きている彼女の初恋は別にあるのだが、本気で彼女はこう思っている。十三歳の女の子になっているのだ。

「アオ……アオ……寂しいよ……離れたくないよ」

 瞳から零れ落ちる涙が止まらない。実際の自分は大人。子供相手に恋なんてするはずがない。こんな考えは綺麗さっぱり、涙によって流された。言い訳を失うと、ますます涙が止まらなくなった。彼と出会えた幸運を喜ぶ気持ちは、後悔に変わった。
 彼女はゲームストーリーに従う選択をしたのだ。
 それが彼女の定められた役割だから。これが彼女が決断した理由の全てではない。彼女が決断したのは彼の言葉を真剣に考えた結果だ。
 「国を良くするよりも、大切な人を守る為に生きたい」と彼は言った。だがそうさせては駄目だと彼女は思った。彼はこの世界を正しい方向に導ける人だと彼女は思っている。自分よりも遥かに彼のほうが主人公に相応しいのではないかと考えている。彼はきっとこの先も、リキたちのような人々を救ってくれる。もっと多くの人が彼との出会いを待っている。そんな彼を、自分のせいで、埋もれさせてはいけない。彼女はこう考えたのだ。
 自分は主人公としての役割を全力で努めるつもりだ。この国を良くする為に、出来るだけのことを行うつもりだ。それでも彼女は、彼はこの世界に必要な人だと思っている。どれだけ自分が頑張っても救えない人、そういう人たちがいることを彼女は知っているのだ。その人たちの為に、彼のような存在が必要なのだ。
 彼が何者か分かっていない彼女はそう思っている。
 こう思うのは彼女自身の為でもある。彼女にはひとつの懸念がある。ゲームは必ずしもハッピーエンドでは終わらないということだ。失敗すればゲームオーバー、バッドエンドだってあり得ることを恐れている。
 万一、自分が失敗しても彼がいるから大丈夫。彼女はこう思いたいのだ。彼に、自分の心の支えになって欲しいのだ。
 そんな理由を作らないと、彼との別れは辛くて耐えられないのだ。

 

 

◆◆◆

 翌日、何食わぬ顔で彼と一緒の時間を過ごした彼女。実際にそう出来ていたのかの自信は、彼女にはないが、とにかく何も話すことなく彼女は、彼との最後の一日を終えた。

「……父さん、母さん、今までありがとう。私は……私は、二人のことを、ずっと忘れないから」

「湿っぽい挨拶をするんじゃねえ。今日はお前の門出だ。もっと明るい挨拶にしろ」

「だって……」

 両親と会うのもこれが最後になるかもしれない。少なくともゲームストーリーの中で、両親が出てくることはない。彼女、主人公は一切の過去を隠しているのだ。

「その気持ちは嬉しいけど、新しい親のことも大切にするんだぞ? そうしてこそ、俺たちはお前のことを誇らしく思えるからな」

 これは本心。新しい家族とも幸せに暮らして欲しいと、心から思っている。それが彼女の幸せに繋がると思っているのだ。

「……分かった」

「あまり人を待たせるもんじゃねえ。もう行きな」

 彼女は養女となる先が、実際は北方辺境伯家が、用意した馬車に乗って旅立つ。すでにその馬車は準備万端で、彼女が乗り込むのを待っているのだ。

「……私は二人の娘に生まれて良かった」

 転生先の両親が二人のような人で良かったと思う。幼少期を幸せに過ごせたのを幸運だったと彼女は思っている。

「ああ。俺たちもお前が娘として生まれてくれて、本当に良かったと思っている」

 父親の想いは、特別な意味はなく、言葉にした通りのものだ。

「……じゃあ、行くね?」

「ああ、元気でな」「体を大切にね?」

 寂しそうな彼女に向かって「嫌になったら、いつでも帰って来い」とは言えない。「連絡をくれ」とも。二人がかけられる言葉は「元気で」くらいなのだ。
 名残惜しそうにしながらも、馬車に乗り込む彼女。迎えのほうは、彼女たち家族に比べれば、淡泊だ。彼女が乗るとすぐに扉を閉め、御者に出発の合図をした。
 ゆっくりと動き出す馬車。

「……やっぱり、結婚のことも話してやったほうが良かったんじゃねえか?」

「それは本決まりではないわ。貴族の結婚には色々な思惑が絡んでくるものなのよ」

 期待させておいて、破談になってしまったら、もっと娘は悲しむことになる。母親はこう考えているのだ。

「そうだとしても相手はアオだ」

 彼であれば娘を裏切るような真似は絶対にしない。父親はそう思っている。娘との別れに際して悲しみが薄いのも、彼が相手であれば、娘と二度と会えないなんてことにはならないだろうという楽観的な思いがあるからだ。

「アオだからこその心配もあるのよ」

 ただ母親のほうは楽観的とはほど遠い見方をしている。

「何だ、それは?」

「アオのことだから、きっとリサを正妻にしようとしてくれる。でも、北方辺境伯家が本当にそれを許してくれる保証なんてないわ。もっと良い縁談があれば、そっちを取る可能性だってある」

 そもそも北方辺境伯家が、平民の娘を嫁にしようと動いたことから異常事態なのだ。本来はあり得ない話で、その異常な状況が、必ず最後まで続くとは母親は思えない。北方辺境伯家ともなれば王家との婚姻も当たり前。そんな存在なのだ。

「だからそれはアオが」

「妾なら許されるかもしれないけど、それはアオが許さない。あくまでも本妻にと望んだ時、それに反対する北方辺境伯家はどう出るかしら?」

「それは……」

 いくら彼が頑張っても実家が反対しては結婚話なんて進まない。貴族の家では、そんな自由は許されないことくらい父親も分かっている。彼の気持ちなど無視して北方辺境伯家が動いたら、娘はどうなるのか。父親の心にも不安が湧いてきた。

「その時こそ、本人が望むなら家に戻ってくれば良い。私はそう考えているわ」

 悲観的なことばかり考えても仕方がない。娘が貴族になり、好きな人と結婚出来るかもしれない機会なのだ。それを見送るなんて選択はないことを、母親は分かっている。

「……そうだな。それに今より良い暮らしが出来るのは間違いない。悪い話じゃねえんだ」

「そうよ」

「さて。じゃあ、予定通り、今夜は娘の門出を祝って、飲むとするか。なんだか分からねえが、高そうな酒を頂いたことだしな」

 娘を迎えに来た者から渡された酒。別れの後にどうぞ、と言われて渡された酒だ。門出を喜ぶ為にと渡されたのか、悲しみを癒す為ということかまでは聞いていないが、どちらであっても父親も今夜は酔いたい気分。ありがたい酒だった。
 最後に、馬車が向かった東門に視線を向けて、すでに馬車の姿が見えなくなっているのを確認して、二人は家に向かって歩き始めた。

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