月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第22話 ゲームストーリーが動き出した

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 危険な目に遭ったことはない、と言えば嘘になる。よそ者には怪しげな人ばかりと思えるだろうが、ずっとこの場所で育った彼女にとっては、皆、ご近所さん。赤ん坊の頃から自分を知っている人たちだ。変な人に絡まれそうになっても周りの人たちが助けてくれる。そして父親は、彼女にとって誰よりも頼りになる存在だ。父親がどういう人物か知っている人は、彼女に悪さしようなんて考えない。
 だから彼女にとって今は生まれて初めて、本当の意味で、身の危険を感じる状況。恐怖で体が強張ってしまうのは仕方がないことだ。仮にそうなっていなくても、十人もの大人相手では、自力でこの危機を乗り越えるのは難しいだろう。

「まったく、とんでもない小娘だな」

 それでも彼女は頑張って抵抗している。これまで鍛えてきた能力を、完全ではないが、発揮して、この危機から抜け出そうとしている。
 彼女を襲った男たちにとって、想定外の反撃だ。

「仕方ない。少々、怪我させてもかまわないから、さっさと終わらせるぞ」

 男たちの側にはまだ余力がある。彼女に怪我をさせないように手加減していたのだ。だが、まさかの反撃を受けて、男たちはその手加減を止めようとしている。彼女にとってはさらに厳しい状況だ。

「さっさと押さえつけろ!」

 前後左右から一斉に男たちが彼女に襲い掛かる。それに対して彼女は、正面から来た男に向かって、思い切り蹴りを放つ。女の子が放った蹴りとは思えない衝撃を受けて、吹き飛ぶ男。だが蹴りという選択が正しかったかは微妙だ。次の相手への攻撃が、一拍遅れてしまった。

「は、放せ!」

 掴まれた腕を振りほどこうとする彼女。

「放せ! この変態!」

 だが腕を振りほどくどころか、別の男に背後から羽交い絞めにされてしまう。それでも懸命にあがく彼女。足をばたつかせて暴れるが、背後の男にはダメージを与えることが出来ない。体格差があり過ぎて、体を持ち上げられてしまっているのだ。

「止めろっ! あっ……」

 その状態で腹部を殴られてしまった彼女。その痛みに、これまで以上に心に動揺が走る。常識を超える鍛錬を続けてきた彼女だが、戦闘経験は皆無。その未熟さが、彼女の状況を悪化させていた。

「暴れないように、もっと強く押さえろ!」 

「大人しくしろ! 小娘!」

 四人がかりで押さえつけた上で、縄を取り出して、彼女を縛り上げようとする男たち。なんとか逃れようとしても、がっしりと押さえつけられた腕と足は、思うようには動いてくれない。
 さらに体にかけられた縄が、彼女の自由を奪っていく。

「嫌だ……嫌だ……助けて……お父さん! 助けて!」

 逃れることは出来そうにない。恐怖が彼女の心を震わせる。彼女にはもう救いを求める声をあげることしか出来なかった。

「静かにしろ! 親父は助けになんて来ねえよ!」

 これを言う男たちは、彼女の父親が近くにいないことを知っている。知っているから、このタイミングで彼女を襲ったのだ。
 口に布を含まされ、叫ぶことさえ出来なくなった彼女。さらに頭から布袋を被せられようとしている彼女の目に映ったのは。

「ぐあっ」

 うめき声をあげながら宙を飛ぶ男の姿だった。

「な、何だ!?」

 いきなり吹き飛んだ仲間を見て、驚く男たち。

「……お前ら、何をしている?」

 男たちを睨みつける彼。状況はまだ理解出来ていないが、彼女が危険な目に遭っているのは間違いない。そんな状況を許すわけにはいかない。

「この……ガキは引っ込んでろ!」

 現れたのが彼女と同い年くらいの男の子だと知って、男たちの動揺はすぐに収まった。いるはずのない彼女の父親が現れたのだと思っていたのだ。

「はい。分かりました……なんて言うわけないだろ? この場から失せるのはお前らのほうだ」

「ガキが調子に乗るな!」

 彼に襲い掛かる男たち。多勢に無勢で、彼にとっても厳しい状況だ。ただ彼はまだ彼女よりは戦い慣れている。戦闘経験としては、前世のものではあるが、ある。彼女の父親、マラカイとの喧嘩の稽古を活かすことも出来る。
 実際に彼はそれを活かした。一撃必殺なんてものを求めない。近づく男たちを、次から次へと拳を繰り出して、倒すというより、払っていく。
 持久力であれば自信がある。男たちが使えない魔法も、身体強化だけだが、使っている。まったく勝ち目がないわけではない。素手での戦いだけであれば。

「こいつ……ガキだと思って侮るな! 全力で行け!」

 彼が侮れない相手であることは、男たちにもすぐに分かった。十人、一人は命令しているだけなので実質九人、を相手にして、倒されることなく粘っているのだ。

「素直に逃げれば良いものを」

 全力の意味。それは殺すつもりで行け、ということ。懐に忍ばせていた短刀を手に持って、彼に襲い掛かる男。

「ぐえっ……」
 
 男は腹を押さえて、うずくまることになった。

「「何!?」」

 それに驚く男たち。男たちはまだ彼を甘く見ていたのだ。本物の刃を見たくらいで、彼は動揺なんてしない。冷静に、相手との間合いだけを修正して、対応してみせた。
 一撃を入れただけで、また間合いを広げ、構える彼。

「……いつまで手間取っている! 早くそいつを殺せ!」

 彼の意図を指示役の男は、ようやく理解した。彼は時間稼ぎをしている。助けが来るのを待っているのだ。

「失敗したら、どうなるか分かっているだろうな!?」

 それを許すわけにはいかない。助けが、それもマラカイが現れるような事態になったら、それでこの計画は失敗。子供一人に手間取っている自分たちが、マラカイに勝てるはずがないと思っているのだ。
 激を飛ばされた男たちの表情が変わる。男たちは「どうなるか」を分かっているのだ。このまま手ぶらで帰るわけにはいかない。男たちも自分の命は惜しいのだ。

「周りを囲め! 同時にかかるんだ!」

 彼を囲み、タイミングを合わせて攻めかかる男たち。それをなんとか、わずかに出来る時間差を突いて、反撃する彼だが。

「くっ」

 後頭部に受けた衝撃に、思わず膝をついてしまった。すぐに横に転がる大きな石。背後にいた男が投げつけた石だ。石の気配など感じ取れない。彼の能力を知っているわけではないが、相手はそれを偶然、突いてきた。

「今だ!」

 さらに前後左右から男たちが襲い掛かってくる。それを地面を転がることで躱す彼。だが最初の四人を躱しても、さらにその周りにも男たちはいる。

「んぐっ」

 腹を思いっきり蹴られて、呻き声が漏れる。このままではまずいと、なんとか立ち上がろうとする彼だが、そこは相手も慣れている。そうはさせまいと彼を囲んで、途切れることなく蹴り続けてくる。

「……や、やば……」

 まだダメージは、後頭部を除いて、それほどでもない。だが、このまま耐えられるかはかなり怪しい状況だ。永遠に魔法の効果が続くわけではない。そうでなくても、強化はされてもダメージが無になるわけではない。

「んん……んんん……」

 口に布を含まされているのに、なんとか叫び声をあげようとしている彼女。縛られて不自由な体をなんとか動かして、彼のところに向かおうとしている彼女。
 それに応えて頑張ろうと思うが、男たちは隙を見せてくれない。本気でこのまま蹴り殺そうとしているのだと、彼は思った。

「ぐふっ……」

 ダメージが積み重なり、体中に痛みが広がっていく。とても身体強化魔法が効果を発揮しているとは思えない強い痛みが体中を襲う。いよいよ限界、そう彼は思った。

「こっちです! こっちで子供が襲われています!」

 耳に届いたのは誰かの叫び声。誰かが誰かを呼んでいる声。間に合ったかもしれない。その声を聞いて、彼は思った。少し先のほうにある曲がり角で、懸命に角の向こう側に手を振っている男の姿が見える。

(……あれ……あいつ……)

 朦朧としてきた意識の中で、彼はその男が知った顔であることに気が付いた。それは彼の付き人。だが彼の頭に浮かんだのは付き人としての男ではない。違う形で会ったはずの男だ。
 薄れていく意識。彼はそれを考えることが出来なくなった。視界が夜のように暗くなり、消えた。

 

 

◆◆◆

 アオの怪我は全治二週間。容赦なく蹴られ続けた割には、それくらいで済んだ。骨には異常なく、打撲だけ。一番酷いのは後頭部の怪我だったが、それも傷口が塞がれば気にならない。頭部にひどい衝撃を受けたのだから安静にしてなければならないと彼女には言われたが、本人はまったく気にしていない。この時点で自分が死ぬことはないと思っているからだ。
 それでも彼女が煩いので、鍛錬はかなり軽いものに変えている。基本は体に負荷の少ない水中での鍛錬。開墾作業もしばらく見送りだ。これについてはリキも手伝わせてくれなかった。今はもう彼が手伝わなければ、どうにもならないという状況ではないというのもある。
 それでも午前中一杯は郊外で時間を過ごしている。自然の中でのんびりしている分には彼女は文句を言わない。文句を言わないどころか、自分の側にいたほうが安心だと考えて、ずっと離れないでいる。
 怪我する前よりも、さらに二人は一緒にいる時間が増えているのだ。

「なんか……夫婦みたいですね?」

 そんな二人を見て、リキが揶揄ってきた。ただ半分くらいは本気だ。以前は子供っぽい喧嘩ばかりの二人だったが、今は意地を張ることが減っている。二人とも自然に相手を助け、相手に助けられているように感じるのだ。

「嘘をつけ。俺たちの年齢で夫婦に見えるはずないだろ? せいぜい兄妹だ」

「私が姉ね? 良かったね? 優しいお姉さんがいて」

 怪我をした彼の面倒を見てあげている自分のほうが姉。彼女はこう思っている。

「……負けたくせに」

 当然、彼は、世話されている事実は否定しないが、兄の座を譲る気はない。有耶無耶なままになっている彼の誕生日が、彼女のそれより二日遅れであることを話す気もない。

「あっ、それ言うかな? 結構、傷ついているのに」

「リサも父さんに習えば良いのに」

「それを許してくれないの知っているでしょ? 変なところで頭が固いというか古いというか」

 花街の花は美女と喧嘩。つまり、喧嘩は男の物だという考えが父親であるマラカイにはある。そのせいで、彼女に喧嘩を教えようとしないのだ。

「じゃあ、仕方がないから俺とやるか」

「怪我が治ってからね?」

「もう治っている。どこも痛いところはない」

 彼の怪我はとっくに治っている、と彼自身は思っている。だが彼女はそうではない。見えないところで問題はないかを、慎重に見極めるべきだと考えているのだ。

「無理しておかしくなったら困るでしょ? 焦らず少しずつ始めるの」

「普通、焦るから。十人くらい、楽々倒せるようにならないと、この先、困るだろ?」

 彼も負けたことにショックを受けている。十人の大人相手に勝って当然、などと思っていたわけではない。また同じようなことが起きた時に、彼女を守れるようにならなければいけないと思って、焦っているのだ。

「今度は私も頑張るから大丈夫。その為に一緒にいるのでしょ?」

「そうだけど……」

 彼女を一人にさせない。彼のほうもこう思っている。一旦、自宅に帰るなんてことは止め、彼女の家までずっと二人一緒で帰るようにしているのだ。

「そんなに心配なら俺たちも一緒にいましょうか?」

「「えっ?」」

「あっ、お邪魔ですね? 分かりました」

「そうは言っていない」

 リキを睨む彼。彼女とのことに関しては、リキに良いように揶揄われている。それが悔しいのだ。

「早く大人になれれば良いのに、と思います」

 大人になれば結婚出来る。また二人を揶揄う言葉ではあるが、それがなくても、こう思えるようにリキはなっている。将来に光が見えてきたおかげだ。
 開墾は順調。農作地となり、収穫を得られるようになり、さらに農作地を広げ、皆で働ける場所を作る。明るい未来を夢に描けるようになっている。
 それは二人のおかげ。自分にとって恩人である二人が、幸せになれれば良いのにとリキは心から思っているのだ。

 

 

◆◆◆

 二人がいない彼女の家。そこで両親は、滅多にない来客を迎えている。突然の訪問で、二人とも初めて会う相手だ。普通の来客ではないことは、相手の容姿で分かる。この街には不釣り合いな、きっちりとしたスーツを着た男性なのだ。

「突然押しかけて来て、申し訳ありません。私、ブラックバーン家で執事を努めております、ミルズと申します」

 さらに不釣り合いな、丁寧な挨拶を告げる男性。

「……ブラックバーン家?」

「北方辺境伯家よ」

 彼女の母親のほうはブラックバーン家が北方辺境伯家であることを知っていた。元太夫として当たり前の知識だ。

「北方辺境伯家が、なんだって家に?」

「さあ? それは聞いてみないと分からないわ」

 夫には「分からない」と言ったが、薄々、事情は察している。彼が娘を守る為に怪我をしたタイミングで、貴族家の執事がやってきたのだ。

「いつもレグルス様がお世話になっております」

「レグルス様? そんな人の世話をした覚えはないが?」

「いえ、貴家に毎日のように伺って、夕食までご馳走になっていると聞いております。名は、別の名を使っているようですが」

 レグルスの日常について北方辺境伯家はしっかりと把握している。当然のことだ。

「……アオか。あの野郎」

 貴族だとは知っていたが、まさかその中でも最上位の北方辺境伯家とは思っていなかった。彼は、この家で出される食事を、当たり前のように、美味しそうに食べている。今はもう近所の人々とも慣れ親しんだ様子で、普通に話している。貴族であることさえ忘れてしまうような振る舞いなのだ。

「本日は内々のご相談に参りました。レグルス様には、お嬢様にもまだご内密でお願いいたします」

「……それは話の内容次第だ」

 どうせ悪い話に決まっている。娘を守る為に彼は怪我をした。もう二度と会わないよう、なんて話であると父親は考えている。

「そうですか……では、それで結構です。ご相談は、そちらのお嬢様をレグルス様の妻として迎えたいというものです」

「……はっ!?」

 だが執事の口から飛び出してきたのは、まさかの内容。父親は、母親も、酷く驚いている。

「そのお許しを得たいのですが、いかがでしょうか?」

「ち、ちょっと待った! ほ、本気で言っているのか?」

 冗談としか思えない。もしくは、この会話そのものが夢であるか。仲の良い二人だ。将来、結婚なんてことになったら嬉しい、という思いはあった。だがそれは叶わぬ夢のはずだったのだ。

「もちろんです。誤解のないように先に申し上げておきますが、正妻としてお迎えすることを考えております」

「当たり前だ! あっ、いや、当たり前じゃねえか……」

 当たり前ではない。平民の娘が貴族に嫁ぐことそのものが異常なこと。あるとすれば、それは妾として囲われるくらい。それは父親も良く知っている。

「……条件は? 無条件というわけではありませんよね?」

 母親のほうは父親よりも冷静だ。そんな旨い話があるはずがない。何か裏があると考えている。

「ございます。お嬢様を養女に出していただきたい。さらに、その後はお嬢様とお会いになれることはないとお考え下さい」

「……娘を貴族にするということですね?」

「はい。その通りでございます。正妻に迎えるとなると、大変失礼ですが、貴家から直接というのは色々と問題がございまして。それに、お嬢様にとってもそういうお立場で、当家に嫁がれたほうがよろしいかと」

 平民出身となると、色眼鏡で見る者たちもいる。社交界の場で、恥をかかされることもあるだろう。執事の言葉は嘘ではない。

「……考えるお時間を頂けますか?」

「もちろんです。ただ先ほども申し上げた通り、お二人には結婚については、ご内密に。当家の場合、婚姻も勝手に進められるものではありません。王国への届け出が必要であり、逆にそれまでの間は内密に進める必要がございます」

 破談になる可能性もあると執事は言っている。養女になるのは、最低限の条件ということだ。

「……北方辺境伯家ともなると、煩わしいことが多いのですね?」

「ええ、まあ」

 母親の言葉には少し嫌味が入っている。結婚も自由に出来ない。平民の親は娘を送り出すことも許されない。そんな結婚を、出来ることなら娘にはさせたくない。自分たちのように好きな人と、我儘であっても好きなように一緒になって欲しい。こんな思いがある。
 だが、二人の結婚がそういう形でないと実現しないというのなら、受け入れざるを得ないという思いもある。二人は好き合っている。母親は、父親も、こう考えているのだ。叶えられるはずのなかった結婚の夢が現実のものとなろうとしていることを、喜ばないではいられないのだ。

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