月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第25話 残された者の努め

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 大切な家族。そう思える存在を失った彼だが、その日常は大きく変わらない。変わらな過ぎて、リキなどは、逆に心配になるくらいだ。
 朝早くから郊外に出て、走って開墾場所に向かう。開墾と鍛錬を兼ねた作業を行って、午前中の大半を過ごす。その中にはリキ、だけでなく一緒に開墾を行うようになった仲間たちへの指導も含まれる。リキが農地所有者になって、皆そこで働く予定なのだから、国軍兵士になる為の鍛錬は必要ないはずなのだが、リキたちがそれを望んでいる。彼は彼らの憧れ。彼のようになりたいと皆、思うようになっているのだ。
 今の彼であれば、彼ら以外にも同じように思う同年代がいてもおかしくない。体を覆っていた脂肪はすっかり消えて、筋肉質でありながら細身に見えるようなバランスの良い体形に変わっている。顔も頬の肉が消え去り、その分、冷たい雰囲気が強調されるようになったが、美男子と評して間違いのない外見になった。あとは幼さが消えれば、後に『黒の貴公子』と呼ばれる容姿に完全に変貌する。今の彼を外見で馬鹿に出来る者はまずいないだろう。
 さらに北方辺境伯家という王国貴族の中でも頂点に立つ家柄。社交界でも、彼の所業が広まらなければ、人気者になるに違いない。本人はそんな評価などまったく求めておらず、悪事を行うことに躊躇しないので、実際に人気者にはならないが。これは過去の人生での話だ。
 少なくとも今のリキたちにとって彼は、自分たちを貧困から救ってくれる恩人。容姿や家柄だけでなく、日頃の努力と気さくな性格、その行いが憧れる理由になっている。

「……アオ、本当に大丈夫か?」

「その問い意味あるか?」

「確かに……大丈夫なはずがない」

 過去の人生にはリキのような存在はいない。北方辺境伯家の公子である彼に普通に話しかける平民。彼が弱みを隠さない相手などいなかった。

「だからといって何もかも放棄するわけにはいかない。やるべきことはやらないとな」

「すまない」

 そのやるべきことの一つが、自分の為の開墾作業。それを考えるとリキは申し訳なくなる。

「謝るな。開墾は俺が勝手に進めたこと。それに作業は俺にとって鍛錬だ。自分の為にやっていることだ」

「……そうだな」

 それに体を動かしていたほうが、余計なことを考えなくて済む。彼が言葉にしなかったことも、リキには分かる。リキ自身がそうなのだ。彼女を失って悲しんでいるのはリキも同じ。彼女は彼と同じように、リキにとって憧れの存在だったのだ。

「もう一息だ。人数が増えたおかげで、予定よりも早く終われる。この分なら、あと二回は行けるな」

「二回?」

 もっと手伝って欲しい、なんて思いは我儘であると分かっている。それでも二回という区切りは、リキには驚きだった。彼の好意に甘えるつもりはないが、もっと手伝ってくれるものと思っていたのだ。

「ああ……こういう時に言いたくなかったけど、俺、十五になったら学校に行くことになる。自由な時間がなくなるから開墾を手伝えなくなる」

「そうだったのか……」

 彼とも会えなくなる。こう思うと、堪えていた涙が零れそうになってしまう。

「まだ二年近くある。それにその時になれば、リキだって俺と一緒に開墾している場合じゃなくなるはずだ」

「そうだな」

 農作地を得てもそれはようやくスタートラインについただけ。収穫を得られるようにし、それを増やし、人を雇えるくらいにならなければならない。さらに開墾を進め、農地を拡大することも必要だ。リキもかなり忙しくなっているはずなのだ。リキももう成人。自由な時間がなくなるのは彼と同じなのだ。

「さぼっていないで作業するぞ」

「あっ、分かった」

 作業に入る前に意識を集中させる。体内の魔力を感じ、それを全身に巡らしていく。晴れた外の光の中では、良く見えないが、ぼんやりと体が輝けば、それが準備完了の合図。素の自分に比べると遥かに力強くなれる。ずっと鍛錬を続けて、リキもここまで出来るようになれた。
 一方で彼のほうは、注意深く見てみても体を覆う光は見えない。では、魔力の活性化が出来ないのかというと、そうではない。体内の魔力を静かに、水が浸透するかのように体内に広げていく。完璧に、彼は満足していないが、制御しているのだ。だから体外に漏れ出す魔力がない。彼の体が光らないのはこれが理由だ。リキはまだここに至っていないのだ。
 魔力で得た力で、彼自身が調達した、鉄製の鍬を振るう。地面に深々と突き刺した鍬を楽々と引き出す彼。それを何度も何度も繰り返す。周りの、魔力の制御がまだ出来ない子供たちとは明らかに作業スピードが違う。
 木の根があればそれを力任せに地中から引きずり出す。さすがに一人では無理な時は、リキや他の子供たちと協力して。力を込める場所に魔力を集中させる。その時は、その場所がぼんやりと光るのだ。必要な場所に魔力を集中させる。ずっと続けてきた鍛錬が着実に成果を表している。
 ただ今の彼にそれを喜ぶ気持ちは湧かない。自分自身よりも、もっと喜んでくれるだろう人を失った悲しみが、それを許さなかった。

 

 

◆◆◆

 午前中の鍛錬が終わると、午後は勉強の時間。これも変わらない。そしてそれを行う場所も、彼は変えていない。変わったのはそれを一人だけで行うこと。そこに住んでいた家族はもういないということ。
 建物を続けて使う上で、彼は少し浪費した。火事の跡を綺麗に掃除するだけでなく、道に面した側の建物の一部を壊して、そこに墓を作ったのだ。かかったのは工事費だけでなく、本来の家主である貸家人へ渡した金もあり、彼自身にとっては結構な金額だ。開墾許可申請の保証金にする為に、自家に嘘をついてため込んでいた金だが、彼はどうしてもそうしたかった。縁者のいない死者の為の共同墓地ではなく、家族を知る人が暮らしているこの場所に墓を置きたかった。皆に家族を忘れないで欲しかった。
 墓を作ったことで彼の日課に加わったことがある。墓に供える為に毎日、郊外で花を摘むことがそれだ。午前の鍛錬から戻ってきて、摘んできた花を供えて、家族の冥福を祈る。彼は毎日、これを行っている。
 それを見る家族を知る人たちにとっては、涙を誘う行いだが、彼は周囲がどう思うかなど考えていない。冥福を祈ったあとは建物の中に入り、熱心に勉強する。そんな毎日を繰り返しているだけだ。
 ただ勉強の内容は少し変わってきた。彼が学んでいたのは一日だけの家庭教師に勧められた歴史と、過去の記憶を記した紙に書かれている必要だとされる知識。このうち後者については無視するようになった。やらなければならない勉強ではなく面白いと思える勉強を選ぶようになっているのだ。
 今は歴史を学んでいて興味を持った戦術。彼はもう覚えていないが、どうせ王国中央学院で学ぶことになるからと紙に残しておかなかった分野だ。
 勉強は本を読んで、ではなく空想の中で行われている。戦術書の類は庶民が買うようなものではないので値段が高い。使っていないのに使ったと嘘をついて自家から金をせしめている彼としては、さらに戦術書を買って欲しいと頼みづらい。もともと出来ることなら自家には頼りたくないと考えている彼なのだ。これについては、大人として必要とあれば自分の感情を押し殺す、ということが出来ないでいる。
 頭の中で、歴史書に書かれている戦場をイメージする。地形、軍の配置などを思い浮かべるだけでも大変だ。全てが記されているわけではないので、勝手に想像する部分もかなりある。それでも、歴史書に記されている勝者の戦術を、敗者の失敗を空想しているだけで楽しい。時間を忘れて没頭できる。その間は、大切な家族を失った悲しみを忘れることが出来る。彼が求めているのはそれだ。

(…………)

 だからといって、ずっと家族のことを忘れているわけではない。本当に忘れたいのであれば、墓をこの場所に作らない。彼はこの場所にいない。
 悲しくても思い出に耽る時間が彼には必要なのだ。

(……今日はあいつの部屋で寝てみようかな)

 こんなことを考えると「変態!」と怒鳴る彼女の声が聞こえる気がする。「ここで寝るよりも広いだろ?」と言い訳してみても、「変態! 変態! 変態!」と言い返される。彼の顔に苦笑いが浮かぶ。

(……腹減ってきたな)

 こんな風に思うと「お待たせ。遠慮しないで沢山食べなさい」と言う母親の声が聞こえてくる。優しい、でも彼の考えが間違っていると思うと、厳しく叱ってくれる美しい母親の姿が浮かんでくる。

(……俺は強くなれるのかな?)

 こんな不安を心に浮かべると「アオ。自分を信じねえでどうする? お前は強くなる。俺がそう信じているんだ。間違いねえ」と言ってくれる父親の声が思い出される。自分を信じ、認めてくれた強くて優しい父親の憧れの背中が、心に浮かんでくる。
 温かい家庭の温もりが恋しくなる。

(…………ん?)

 不意に感じた何者かの気配が、彼の心を現実に引き戻した。自らの気配を消し、忍び足で気配のするほうに移動する。

「……します。どうか……様……俺たちに加護を」

 途切れ途切れの声。悪意を感じるようなものではない。そう考えて彼は、何かを呟いている男の背後、建物の外に出た。

「……何か用?」

「うわぁああああっ!? 出たっ!?」

 いきなり背後から声をかけられた男は、ひどく驚いている。死者に向かって祈っていたところに、いきなり声をかけられ、幽霊が出たのかと勘違いしたのだ。

「出た? 何が出た?」

「……子供……お前、誰だ?」

 まだ子供と言える年齢であることは間違いない。だが、美少年とされるようになった彼の容姿は、この辺りの子供とは思えない。これはこの男の偏見に過ぎないが。

「……この家の住人だ」

「マラカイさんの……ああ、もしかしてアオか?」

「俺のこと知っているのか?」

 彼のほうは男の顔に見覚えがない。会ったことのないはずの相手が、何故自分を知っているのか気になった。

「マラカイさんが息子が出来たって自慢していた」

「……そう。今日は、墓参り? だとしたら、ありがとうございます」

 父親が自分のことを自慢していた。それが彼にはとても嬉しく、それと同時に悲しみが心に広がってきてしまう。その悲しみを表に出さないように抑え込んで、彼は男に礼を告げた。息子として。

「いやあ、礼を言われるのは、ちょっと気が引けるな」

「どうして?」

 男の返事は彼にとって意外なもの。礼を言われたのだから、「どういたしまして」くらいで返せば良い。だが男は礼をいわれることに引け目を感じるように言っている。何か特別な理由があるのだと彼は思った。

「冥福を祈るというより、頼み事をしに来ただけだから」

「亡くなった父さんに頼み事? 叶えられるはずがないのに?」

「困った時の神頼みって言葉知っているか? 俺のはそれ。もうすぐ喧嘩があるのだけど、マラカイさんにはもう助っ人は頼めないからな。せめて空の上から見守って欲しいと思って」

 喧嘩の負けは濃厚ということだ。もともとそういう不利なほうにマラカイは助太刀していた。その頼みのマラカイがいなくなれば、勝機はほぼない。

「そうか……」

 そういった事情は彼も知っている。父親が正しいと思う側に助太刀していたことも。

「せめて恥ずかしくないような喧嘩をする。応援してくれ」

「分かった。頑張って」

 

 

◆◆◆

 マラカイが亡くなった影響が花街に出ている。それも悪い影響だ。花街は派閥間、表向きは店間、の小競り合いがかなりある。花街が生み出す利を多く得ようと思えば、店を、それも客が集まる良い店を傘下に入れること。店ごとでなくても、女性の取り合い、客の奪い合いは頻繁に起きている。
 そんな争いを治める方法のひとつとして喧嘩があるのだが、弱者に味方するマラカイがいなくなってしまったことで、強者の横暴がまかり通るようになってしまっているのだ。
 今日もそんな喧嘩が行われている。喧嘩の原因は年に一度行われる太夫の序列決め。太夫は花街の頂点に立つ、とされているが、太夫という位は一人だけに与えられるものではない。それぞれ、一定以上稼いでいる店に限られるが、太夫がいて、その太夫の中でも序列が決められることになる。当然、一番となれば価値は高まり、上客も増える。他の太夫から乗り換える客も、これは褒められたものではないが、いる。太夫を抱える店にとっては重要な決定だ。
 その重要な決定に強者の横暴が入ったのだ。太夫の序列決めは人気投票。花街で働く人、客は誰でも無記名で投票出来る。これまではそうだった。だが今回そのルールが変えられることになったのだ。客は上客限定。その上で記名投票、誰が誰に投票したか分かるようにするという変更だ。
 上客の数は働く人たちに比べれば極少数。投票結果に影響を与えるものにはならない。そして記名投票となれば、皆、自分の店にいる太夫に入れるしかなくなる。多くの従業員を抱える店の太夫が一番になる仕組みだ。無記名では複数投票などの不正がまかり通るというのが、変更を推し進める側の主張。だがそんなものは口実に決まっている。自店の太夫を一番にする為だ。
 その横暴が店主の会合では僅差であるが通ってしまった。傘下に入れている店が多ければ、店主の投票でも勝ちを得られる。強者が強者であり続けることになる。
 そういった横暴に待ったをかける手段が喧嘩。今回、待ったをかけたのは桜太夫が所属する店。これまで通りの人気投票であれば、桜太夫が一番になれる。それが正しい評価だと考えての行動だ。
 だが勝機はない。負けるのが分かっていても黙って見過ごすわけにはいかない、という意地だけで始めた喧嘩だ。そうだったはずなのだが。

「大変です!」

 結果が出るのを桜太夫と一緒に待っていた店主のところに、かなり慌てた様子で店の男衆が飛び込んできた。

「どうした? 何か問題が起きたのか?」

「それが……勝ちました」

「何?」

「我々の勝ちです! 喧嘩に勝ったのです!」

 店中に響き渡るような大声で、自分たちの勝利を告げる男衆。それを聞いた従業員、客からも、どっと歓声が湧いた。まさかの勝利に皆、驚いている。

「勝った……そうか。よく頑張ったな」

 店主も驚いている。近頃は桜太夫の人気が急上昇していることもあって、かなり稼ぎは良くなっているが、まだまだこれからという状況。もともと男衆は接客力重視で、喧嘩に強い者を集めているわけではなく、相手よりも強力な助っ人を雇う金も伝手もない。勝てるとは、少しも思っていなかったのだ。

「それが、助っ人のおかげでして」

「助っ人? 今回は誰も雇っていないはずだが?」

 勝機がない状況で、無駄に助っ人に金を払う必要はない。喧嘩を売ったというだけで、小さな意地を見せるというだけだが、目的は果たしているのだ。

「それが飛び入りで」

「見ず知らずの人間を入れたのか?」

 そんな真似は許されない。それが本当の味方であるかなど分からない。味方を装う敵の回し者である可能性だってある。今回の喧嘩相手はそういうことを平気で行う奴らなのだ。

「まったくの見ず知らずではありません。マラカイさんの息子、アオです」

「えっ?」

 助っ人したのがアオだと聞いて驚きの声を漏らす桜太夫。アオというより、マラカイに反応したのだ。

「なんと……」

 店主もかなり驚いている。驚くと同時に、見ず知らずの人間を味方に加えたことへの不満は、綺麗さっぱり消えた。

「マラカイさんに比べると、まだまだ頼りないですが、あの年であの強さです。マラカイさんは良い二代目を育てました」

「そうか……そうだな」

 ただの乱暴者だったマラカイが、当時、百合太夫と呼ばれていたリーリエに恋をして、馬鹿なところは裏表のない真っ直ぐな心に、暴力は人を守る力に変わった。マラカイと百合太夫だったリーリエの成長を側で見ていた店主は、それを思うと、目頭が熱くなる。

「さて、もう皆、戻ってきます。迎えてやってください」

「ああ」

 一人その場を立って、店の玄関に向かう店主。桜太夫はその場に残ったままだ。太夫となると軽々しく人前に姿を現すことも許されないのだ。
 場を立った桜太夫が向かったのは窓。外から自分だと分からないように、少しだけ扉を開けて、外の様子を確かめてみる。

「……あれは?」

 店の前で大喜びしている人たちがいる中、一人、店を離れて行く背中が見えた。まだ子供だと思われる背中だが、肩で風切って歩く姿はマラカイに少し似ている。

「……まだまだだね。もっと良い背中になるんだよ、アオ」

 その背中に向かって、聞こえるはずもないのに、声をかける桜太夫。憧れのマラカイとリーリエの死を知ってから初めて、桜太夫の口元に、作られたものではない、笑みが浮かんでいた。

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