
◇◆◇ カイト ◇◆◇
少し話は聞いていたけど、これが勇者パーティーにとっては騎士学校の野外授業らしい。正直、「これで良いのか?」と思う。勇者と聖女の存在を国民に広く知らしめることには意味がある。こう言うけど本当に意味があるのか、自分には疑問だ。国民にとっては、勇者がいてもいなくても戦争に勝ってくれれば良いのだ。勇者がいるから苦戦していても、戦争のせいで暮らしが苦しくても、家族が死ぬことになっても納得出来る。こんな風に思うはずがない。それともこの世界の常識ではこう思えるのだろうか。
どうであっても、野外授業に出ているはずなのに鍛錬を疎かにして、勇者と聖女だというだけで持てはやされて、あちこちで接待を受けている。移動中は熱心に鍛錬しているので「疎かにして」は言い過ぎだとしても、強くなるのには関係ないことに時間を費やしているのは事実。多くを観ていたわけではないけど、異世界系アニメの設定でたまにある駄目な勇者パーティーみたいだ。
「これはこれは王子殿下、そして聖女様。ようこそお越しくださいました」
接待する貴族も大変だ。それとも勇者である王子と繋がりを持つ機会を得られたと思って、喜んでいるのだろうか。
「出迎えに感謝する。大勢で押しかけて、迷惑であろう」
「とんでもございません。王子殿下にお会いする機会を得られて、心から感謝しております」
これが本音かどうかも王子様への、ミネラウヴァ王国への忠誠心を持たない自分には分からない。どちらの可能性も考えられる。この貴族は確か、伯爵。伯爵であれば王都に登り、謁見する機会もあるのだろうか。これも自分には分からないことだ。
「早速だが、ひとつ頼みたい」
「なんなりとお申し付けください」
「この者はカイトという。私の護衛役だ。このカイトに屋敷を案内してもらえるか?」
着いて早々仕事だ。面倒だとは思わない。この為に自分は同行しているのだ。
「それは……皆様ご一緒ということではなく?」
言われた貴族は戸惑っている。王子様の言い方だと案内するのは自分一人であることは分かる。どうして護衛を案内しなくてはならないのかと思っているのだろう。
「そうだ。これは他言無用なのだが、王都で事件があった。悪魔が別人に、人族に化けていたという事件だ」
「えっ……?」
「驚くであろう? 私も驚いた。だが事実なのだ。そこで最初に伯の屋敷をカイトに調べさせたい。決して伯を疑っているわけではない。悪魔は周りの者が気付かないうちに入れ替わってしまうのだ」
「…………」
伯爵はかなり驚いている。身近に悪魔がいるかもしれないなんて聞かされれば、驚いてもおかしくはない。ただこの伯爵の驚きはそれではない。別に驚く理由があるのだ。
「案内してもらえるか?」
「……承知しました。すぐに案内して差し上げろ」
伯爵はすぐ後ろに立っていた使用人に案内を命じた。当たり前の対応だ。でも、それだとこちらは都合が悪い。
「申し訳ございません。我が儘を申し上げますが、出来れば奥方様にご案内をお願いしたいのですが?」
「……ど、どうして?」
動揺している。どうやら思った通りのようだ。ちょっと驚きだ。
「全ての場所を案内していただく必要がございます。いちいち許可を得るのは手間でしょうから」
「そ、それでしたら私が案内しましょう」
「伯爵様は殿下のお相手を努めなければならないのではありませんか?」
「……それは……はい」
王子様を放ったらかしにして自分が屋敷を案内する。こんな選択をするはずがない。選択するとしたら、そうしなければならない事情があるから。そうであることを周囲に分からせるわけにはいかない。こう考えたのだろう。それとも、諦めたか。
「私がご案内致します」
「お、お前……」
奥さんが自ら案内すると言い出した。この選択の理由も、はっきりとは分からない。
「カイト殿、どうぞこちらへ」
「はい。お願いします」
今は分からないだけ。すぐに分かることになる。奥さんの先導で部屋を出て、廊下を進む。
「……お願いがあります」
たいして待つことなく、奥さんから話しかけてきた。
「何でしょうか?」
「私一人の命で終わらせてください」
想定外の理由だった。進んで屋敷の案内を受け入れたのは、気付かれない自信があるか、そうでなければ、自分を殺して逃げるつもり。このどちらかなのかと思っていた。
「それは伯爵を見逃して欲しいという意味ですか?」
「…………」
「伯爵は貴女が魔族であることを知っている。知っていながら自分の側に、妻として置いている。隠しきれないくらい動揺していたことで明らかです」
伯爵は奥さんが魔族であることを知っている。だから動揺していた。それを調べる自分を遠ざけようとした。それとは真逆の、奥さんに案内を頼むという自分の要求に、さらに動揺していた。
伯爵の妻が魔族であったことを知れば、王子様たちも「なるほど、そういうことだったのか」と思うだろう反応を見せてしまっている。
「あの人は……いえ、そうです。知っています。でも、王国に対する忠誠は変わりません。決して魔王国に通じているわけではないのです」
「つまり、貴女も魔王国の為に伯爵の側にいるわけじゃない。サキュパス族なのですよね?」
魔族であることがなんとなく分かるだけで、種族までは分からない。姿形に関して、完璧に人族にしか見えないので、サキュパス族だと思っただけだ。サキュパス族は相手が望む姿で現れる。そうすることで相手を惑わすのだ。
伯爵が、この魔族の言葉を信じればの話だが、王国に忠誠を向け続けているというのであれば、心を操られていないということになる。信じればの話だ。
「……そうです」
「俺は退魔兵団の兵士です」
どのような事情があろうと悪魔は殺す。これが退魔兵団の兵士に課せられた義務だ。
「知っています。黒炎は私たちにとって天敵とされる存在。一目見て分かりました」
相手は自分が何者であるかを知っていた。「天敵」とまで言われるのは、どうかと思うけど、敵が来たことは最初から分かっていたのかもしれない。
「では、どうして逃げなかったのですか?」
そうであれば、どうして逃げなかったのか。逃げる機会はあったはずだ。最初は誤魔化せると思っていたとしても、そうでないことは途中で分かったはずだ。
「……あの人に疑いが向けられる」
「……知らなかったで済んだと思います」
伯爵が知らなかったと言えば、それで済む話だ。知っていたという証拠はない。疑わしい言動はあっても、それだけでは罰するには足りないはずだ。
「そうですね。でも、そう言わなかったら?」
「えっ? そんな可能性が…………きっと俺には分からない感情か」
知っていたことを否定しない。こういうことではない。彼女を愛していたことを否定したくない。きっとこういう思いなのだろう。自分には分からない感情だ。
「あの人は……あ、あの人は、そういう……だから、お願いです……あの人は見逃してください」
両方の瞳から零れ落ちる涙。作り物であるはずの顔、その瞳からどうして涙が流れるのか。やはり、自分を騙そうとしているのか。何の為に。涙を流した姿を見れば、俺が同情して見逃すとでも思っているのか。
無遠慮に手を伸ばして、指で涙をすくってみた。温かい涙だった。人の温もりを感じた気がした。
「わ、私は……これは……泣いているのですか?」
自分の瞳から涙が流れていることに気付いて、驚いている。これが演技であれば、良く考えられていると思う。そうである可能性はある。
「……俺は知らないのですけど、人族と魔族が愛し合ってはいけないという法律はありました?」
「あの……知りません。人族の法は……」
「仮に法律にあったとしても、愛を禁じる法なんて馬鹿げています」
自分は何を言っているのか。自分の口から出ていても自分の言葉ではないような。なんだか良く分からない感覚だ。ただ、言っていることは正しいという思いはある。
「人族と魔族が当たり前に愛し合う世界のほうが、今よりも遥かに素晴らしい世界。こう思いませんか?」
「……あ、貴方は……その言葉は……」
「そんな世界にどうすればなるのだろう?」
人族と魔族、他種族との対立がなくなれば、この世界はもう少し平和になるのだろうか。それとも種族間対立に関係なく、争いは消えないのだろうか。きっと争いは続く。元の世界が証明している。
では国が、宗教が、あらゆる垣根がなくなればどうか。そんな世界は存在しない。
「……貴方がそういう世界を造れば良いのではないですか?」
「自分が何を言っているか分かっています? 俺は退魔兵団の一兵士。戦争が始まれば、真っ先に死ぬ一人です」
「……きっと貴方は……自分が何者であるかを分かっていないのですね?」
「……それは正しい。俺は何者で、どうしてこの世界に存在しているのでしょう? 自分にも分かりません」
どうして自分はこの世界に転生したのか。以前は、いつも考えていたことだ。自分が特別な何者かではないことを知り、考えることを止めた。考えることが空しくなったからだ。
それでもこの思いが心から完全に消えることはなかった。自分はどうして、今ここにいるのか。何か意味があって欲しいと思ってしまうのだ。