
ウォーリック公爵の領地は王国北部にある。カンバリア魔王国との国境がある北に領地を持つ意味。それは王国の盾として頼りにしているということだ。元は王家に繋がる血筋のウォーリック公爵家。王国、国王から信頼を預けられる家だったのだ。
その領地は、公爵家のものとしては、大きい。王家の血を引いているが故に公爵家というのは冷遇される。王位簒奪を企むだけの力を蓄えさせない為だ。その中でウォーリック公爵家の領地が割と大きいのは、軍事費の負担もまた大きくなるからだ。まったく軍事力を持たないのでは北に領地を与えた意味がない。魔王国の侵攻を、一時的であっても、食い止めるくらいの力は必要なのだ。
だがこれらは過去のこと。今のウォーリック公爵家はまったく頼りにならない。かつてはそれなりだった軍事力も、いつの間にか無に等しくなった。本来、軍事に使うべき税収を、公爵家が贅沢をする為に使うようになってしまったのだ。並みの贅沢ではない。散財という言葉が使えるくらいの無意味な浪費を繰り返したのだ。
ここまではそれを放置してきた。ウォーリック公爵家が悪評にまみれようと王家には関係ない。遡れば血が繋がる公爵家がそんな有様であれば、逆に王家は安泰だ。ウォーリック公爵家を担いで謀反を起こそうなんて考える者は、決して現れないだろうから。
「とはいえ、北の守りをいつまでも疎かなままにしておくわけにはいかない」
これを考えなければならない時が来ている。すでに手遅れかもしれない。それでも何も手を打たないというのは違うと思い始めた。そうするきっかけがあった。
「お考えは理解出来ますが、はたして上手く行くでしょうか?」
宰相は全面的に賛成というわけにはいかないようだ。何事にも慎重な宰相らしい。いや、違うか。ウォーリック公爵家に関しては慎重さを失うのが、このところの宰相だ。
「パトリオットは確かにまだ若い。だが、それでも父親よりは良いだろう? 戦う力も手に入れた」
パトリオットは竜を倒した。竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の称号を手に入れた。戦う力も得た。一息で建物を焼き払う力。竜殺しというより、竜そのものだ。その力は魔王国との戦いに役に立つだろう。領地はパトリオットに任せるべき。こう思えるようになった。
「一応、兄もおります」
「その存在を気にする必要があるか? パトリオットの兄は父親と同じで散財することしか知らない無能だ」
後を継ぐ予定の長子も愚者。自らの力を高める努力もせず、領地に籠って、贅沢三昧の日々だ。公爵領を任せるに相応しくないのは明らかなのだ。
「それは分かっております。私が懸念しておりますのは、今この時にパトリオットに跡を継がせること、それを決めることが適切であるかどうかです」
「……具体的には?」
「当然、ウォーリック公と長子は反発するでしょう。パトリオットの領政を邪魔することもあり得ます」
宰相の言う通り、あり得る話だ。そういったことを平気で行う愚か者。それがウォーリック公爵なのだ。だからパトリオットを当主に据えるべきだと考えたのだ。
「何もなくても立て直しが間に合うかは微妙なのです。妨害が激しければ戦いに間に合わないどころか混乱したまま、魔王国軍を迎えることになるかもしれません」
「ふむ……ウォーリック公と長子を更迭する必要があるか」
だがこれは簡単ではない。たとえ愚者であることが知れ渡っているウォーリック公爵であっても、跡継ぎの決定に王国が直接介入することを問題視する貴族家は少なくないはずだ。自家も同じ目に遭うかもしれない。こんな風に考えてしまうのだ。さらに現当主と本来の跡継ぎを拘束するなどという強硬手段を取れば、表立って批判する貴族家も出てくるだろう。
魔王国との戦いに臨むにあたって、貴族との間にわだかまりを生じさせるわけにはいかない。
「もっとも穏やかなやり方は、ウイリアム殿下の戦いに同行させ、その功績を持って、公爵の地位を譲らせるというもの」
「それでは魔王国との戦いの後になってしまう」
魔王国との戦争に備えてウォーリック公爵領を立て直させ、本来の盾としての役目を全うさせようと考えたのだ。 宰相の提案では意味がない。戦争が終わり、しかも勝った後になってしまう。
「魔王国との戦いが勝利に終わったとして、それで全てが解決したことにはなりません」
「……次の戦いに備えよと?」
分かってはいた。宰相は魔王国との戦いが終わったあとのことを考えている。戦争はそれで終わりではないと思っているのだ。
実際にそうなるのだろう。魔族という共通の脅威が消えた後、各国はどう動くのか。覇権を賭けた戦いが始まるのだ。その戦いに我が国は勝利出来るのか。
簡単ではない。魔王国との戦いで国力を消耗したあととなると、かなり厳しい状況になるだろう。
「はい。先の先まで考えて、ご決断すべきです」
「目の前の戦いでさえ、覚束ないというのにか?」
魔王国に勝てる保証などない。全力で当たってなんとか勝てるかどうかの相手であるはず。そうであるのに、更に先の戦いの為に余力を残しておくことを考えるなど、間違いだと思う。
「魔王国との戦いは必ず勝ちます。その為の準備は着々と進んでおります」
宰相の心強い言葉、とは残念ながら思えない。近頃の宰相は悪い意味で近道を選ぼうとする。結果的にだが、短慮軽率と見えてしまうのだ。かつてはこうではなかった。真逆の、深謀遠慮が宰相の持ち味だったはずなのだ。
「そういえば他国との交渉はどうなっている?」
戦う準備としてもっとも重要なもののひとつ。魔王国との戦争が始まった時、他国はどれほどの支援を与えてくれるのか。その程度によって戦況は大きく変わってしまうのだ。
最悪は何の支援も得られないこと。魔王国を消耗させる為に我が国が捨て石にされることだ。
「ザニア王国からは親善の使者が訪れることになっております」
「ザニア王国が使者を……親善の使者で間違いないのだな?」
ザニア王国は大陸最強と評される軍事大国。絶対に支援を得たい相手だ。一方で脅威を感じる国でもある。魔王国戦が勝利に終わったあと、確実に大陸制覇を狙って動き出す国と見ている。
「はい。関係を深める目的で、ウイリアム殿下と同世代の若い騎士も同行してくると聞いております」
「それは自国の力を見せつける為ではないのか?」
その者たちがどれほど強いかは分からない。今から情報を得ることも難しいだろう。だが軍事大国であるザニア王国が弱者を同行させるはずがない。ウイリアムたちよりも遥かに強い者たちを揃えて、自国の強さを見せつけてくる可能性がある。
魔王を倒せる勇者がいてこその我が国への支援。それを無用と判断させるような事態には絶対にしてはならない。
「逆に見せつけてあげれば良いのです。殿下にはそれが出来ます」
「……そうだな」
ウイリアムの価値を他国に示す必要はある。ザニア王国はその良い機会を作ってくれるかもしれない。これは以前から考え、話し合われていたことだ。宰相は上手く事を進めたということだろう。
そうであるのに心の中のもやもやが消えない。これは何故なのか。いつか始まると思われていたカンバリア魔王国との戦い。その「いつか」が自分の代になってしまったことへの恐れなのか。答えは出ない。何だか分からないから「もやもや」した気持ちなのだ。