
彼女が何を考えているか分からない。自分一人で、このメンバーの中に入ろうと、どうして思えるのか。それともこれはただの偶然なのか。偶然、いつものメンバーになったところに彼女だけが紛れ込んできただけなのか。
そんなはずはない。学校側が本当に今回の野外授業では、いつもとは異なるメンバー構成で参加させようと考えていたなら、四人が揃うはずがない。たまたま揃っても選び直すはず。やはり、これは意図して選ばれたメンバーということ。その目的は何なのか。
ウィリアム殿下との接近を図る為。これが一番可能性が高い。野外授業のメンバーとなれば、嫌でも一緒に行動するしかないのだから。そうだとして、彼女の企みは成功するのかしら。ウィリアム殿下は、ほぼ完全無視。視線を向けることもしない。さすがに厳しすぎると思うけど、私の為にやっていることだとなると何も言えなくなる。少なくともウィリアム殿下が納得する謝罪が必要だと思う。
確かに彼女はそれを試みた。謝罪を口にした。でも謝罪の言葉だけで許されることではない。彼女は謝罪しても、アントンとイーサンは非を認めていない。そんな謝罪には意味がない。
もしかすると、そんな甘い考えなのかしら。彼女に謝罪させておけば、それで解決とでも思っているのでしょうか。これまでの彼らの悪事はエミリーの力だけで出来ることではない。彼女が実家の力を借りても無理。実際に策略を実行したのはアントンとイーサン、もしくは二人の親。彼女の謝罪など、やはり何の意味もない。
「……無駄に手数が多くないですか?」
「手数? ああ、戦っている時のことね?」
彼女とカイトの会話が聞こえてくる。彼女の相手をしているのはカイトだけ。二人が会話しているのは、私たちが彼女の相手をしないから。カイトが相手をすることで、彼女が私たちに絡まないようにしてくれているのも分かっている。
「もしかして、わざとですか?」
「ええ、そうよ。レベルを上げる為にそうしているの」
「レベル……良く分からないのですけど、それで強くなれるのですか?」
彼女は戦い方を工夫している。カイトから見れば無駄なことに見えるようだけど、実際はそうではないのかしら。私にも、彼女の話していることは分からない。
「えっと……レベル上げは必要でしょ?」
「それはそうです。剣術も魔法もレベルが高いほうが良いに決まっています。ただ、手数を増やす意味が分からなくて」
カイトの言う通り。レベルは低いよりは高いほうが良いに決まっている。でも戦いで無駄な動きを増やすことの意味は分からない。それでは逆に弱くなってしまうのではないかしら。
「繰り返し同じスキルを使うことでレベルが上がる……違うの?」
「違うというか……それは何で学んだのですか?」
「えっと……知り合いに教わって……効率的に強くなる方法だって」
効率的に強くなる。そんな方法があるのであれば、私も実践しようと思う。でも彼女の話は今一つ納得出来ない。納得出来ないことは、きっと続けられない。
「……エミリーさんはダンジョンで本格的に戦うのはこれが初めてですよね?」
「そうよ」
「では、これまではどうやって、そのレベルを上げてきたのですか?」
「普通に魔獣と戦って。ダンジョン以外にも魔獣はいるでしょ?」
森の中にも、山の中にも魔獣はいる。魔物もいる。そういう相手と戦うことで実戦経験を積む。彼女のやり方は私と同じ。これには何の違和感もない。カイトが特別なの。子供の頃から、いきなりダンジョンの魔獣と戦う人なんて普通はいない。その普通ではない生き方を彼はしてきた。
「その魔獣相手に、同じ攻撃を繰り返して、ですか? それでレベルが上がる?」
「このやり方のほうが効率的でしょ?」
「なるほど……」
カイトは納得していないみたい。「なるほど」という言葉を発していても、表情はそれを示している。彼が何に納得していないのかも私には分からない。どうすれば強くなれるか。家庭教師や自家の騎士に言われるがままに鍛錬を行ってきた私は、考えることをしてこなかった。
「スキルの選択も重要ね。加護に合ったスキルを伸ばすの。当たり前のことだけど、これがもっとも効率的」
これも当たり前のこと。王立騎士養成学校でも教える内容。でも彼女はやたらと「効率的」を強調する。これはどうしてなのかしら。
「確かにそうかもしれないけど……」
「カイトも……あっ、ごめんなさい。貴方は加護が……」
カイトの加護。私は知らない。私が知らないことを、どうして彼女は知っているのか。彼女は何を言おうとしたのか。とても気になる。気になるけど、聞けない。
「ちょっと待て。エミリー、君は何故、カイトの加護について知っている?」
私が聞けないことをウィリアム殿下が聞いてくれた。聞きたい内容は少し違うと思うけど。
「それは……その……」
「調べたのだな? どうやって? 方法によっては君の罪を問うことになる」
もし彼女が、学校が機密にしている情報を入手したのだとしたら、それは罪に問われる。カイトの情報は普通の学生のそれではない。退魔兵団の兵士としての情報で、それは一般学生が知って良い内容ではないはずだから。
「……その……イーサンが……」
「イーサンが騎士養成学校の情報を盗んだと言うのか?」
「違います! 情報を盗んだのではなくて、その、<鑑定>を……」
彼女の告白はこれはこれで衝撃的な内容。イーサンは<鑑定>のスキルを持っている。他人の加護やスキルを盗み見ることが出来る。もっともこれについてはカイトも同じだ。彼も<鑑定>を使えるはず。
「イーサンが<鑑定>を? 知らなかった……いや、スキルを持っているからといって勝手に他人の能力を盗み見て良いものではない」
「それは……私に言われても……私がお願いしたわけではないので」
「……それはそうだな。ただ君も他人の能力について軽々しく口にするべきではない」
「分かっているつもりです。だから、話しませんでした」
これでカイトが与えられている加護がどのようなものか知ることは出来なくなった。彼女は知っているのに、私は知らないまま。どうしてだろう。気持ちが苛立っている。彼女は私を常に苛立たせてきた。でも、この苛立ちは、きっとこれまでとは違う。
私は思いあがっている。カイトをもっとも知っているのは私。そんな風に思っていた。
「……別に隠すことではありません」
カイトに視線を気付かれた。苦笑いを浮かべて話しかけてきたカイト。私が何を考えていたかを知られてしまったのかもしれない。思いが顔に出ていたのかもしれない。きっと醜い顔だ。
「加護はありません」
「えっ……?」「なんだって?」
「ですから私は加護を持ちません。だからエミリーさんの言う効率的な鍛え方は私には当てはまらないな、と考えていました」
加護を与えられていない。そういう人がまったくいないわけではない。でもカイトは、彼の強さは、加護なしに得られるようなものなのか。加護を得ていなくても強くなれるのが退魔兵団のやり方なのか。
ウィリアム殿下もきっと同じことを考えている。普通ではない、非情なやり方で退魔兵団は兵士を育てる。その結果なのかと考えているのでしょう。
「加護がなくてもカイトは強い。私は貴方の鍛え方のほうが気になる」
「貴女のやり方が私の役に立たないように、私のやり方は貴方の役には立たないと思います」
役に立たないのではなく、今からでは無理ということ。幼い頃から特別な鍛え方をしてこなければ、カイトのようにはなれないということ。
「でも……」
「でも、どの加護だと、どのスキルを鍛えるべき、というのは興味があります。図書館で調べれば分かることなのでしょうか?」
「分からない。私はイーサンに教わっただけだから」
「そうですか……では自分で調べてみます」
何かある。カイトがわざわざ時間を使って調べようとするということは、言葉にしたことが本音であればだけど、何か重要な点があるということ。それは何か。私は何も考えられない。考えることをしてこなかった。カイトと同じ目線でいられない。それが悔しい。
カイトのことを知れば知るほど、自分の無力さを知る。頑張っているつもりで、甘えてきた自分を思い知ることになる。変わらなければ。私はもっと強くならなけれならない。戦う力だけでなく、生き抜く力を育てなければならない。