
ミネラウヴァ王国では毎年、王家主催で新年を祝う宴が開かれる。恒例行事というものだ。正直、煩わしいという気持ちが強い。招待客の数は百を優に超える。貴族、王国の官僚と王国騎士団の中でも上位者、そして神殿関係者と御用商人も宴に招待される。王都に駐在している他国の外交官も。
その招待客たちと一言二言、言葉を交わすだけでも、かなりの労力が必要。軽い挨拶程度のやり取りでは済まない相手もいる。会話の内容が楽しければ良い。だが退屈な話を延々続けられるとウンザリしてしまう。そんな内心を隠す術は、すでに身につけているが、それはそれで疲れるものだ。
こういう時、王子という立場が嫌になる。我が儘だとは分かっていても、湧いてくるこの思いは抑えられない。
「ウィリアム殿下。初めてお目にかかります。セイム=マコウでございます」
「おお、マコウ男爵か。良く来てくれた」
会いたかった招待客もいる。マコウ男爵はその一人だ。彼の領地の近くにあるダンジョンで起きたダンジョンサチュレーションで、クリスティーナを冤罪から救ってくれた恩人。直に御礼を伝えたいと思い、私に許されている招待枠を使って、来てもらった。
「この度はご招待いただきありがとうございます。私のような者を招待していただけるなど、過分なご配慮に恐縮しております」
「そのように思う必要はない。男爵にはクリスティーナが世話になった恩がある」
「そ、それは……」
マコウ男爵の表情が強張った。緊張とは違う。怯えのような表情だ。どうして、このような反応を見せるのか。理由が分からない。
「男爵が真相を究明してくれたおかげで、クリスティーナの無実は明らかになったのだが……」
「その件ですか……いえ、その件だとしても、殿下に恩などと思われるようなことはしておりません」
マコウ男爵は謙遜を知る人物のようだ。恩に着せてくるような人物ではないと分かったことも良かった。ただ「その件」という言葉は気になる。別に何かあるということなのか。あるとすれば、それは何か。
「他に何かあるのか?」
「……カイト=メル殿から何もお聞きになっていないのですか?」
「カイト……カイトからは報告を受けている。ダンジョンサチュレーションは住民には大きな被害を出さずに終わったと……他にも何か?」
カイトからはマコウ男爵について、ほとんど話がなかった。駐留騎士団に問題があったようで、それを調べていたという程度だ。だが、マコウ男爵の聞き方は、それだけではない何かがあることを示している。カイトは何かを隠しているということだ。
「……恐れながら、私の口から話して良いものなのか……少なくとも、この場でお話することではないと考えます」
誰が聞き耳を立てているか分からない、この場所では話せない。こういう意味だと理解した。やはり、カイトは何か隠し事をしている。何を隠しているのか。何故、隠したのか。本人に聞けば、素直に白状するか。しないだろうと思う。私は知るべきではないとカイトは思ったのだ。
「……宴の後に別の場を設ける。そこで聞かせてもらいたい」
「しかし……いえ、承知しました」
マコウ男爵は少し躊躇いを見せたが、受け入れた。自国の王子の頼み、命令として受け取ったのだろう。
「では、後ほど」
「はっ」
この場を離れていくマコウ男爵。心なしかその足取りは重いように見える。カイトの隠し事を話すことへの躊躇いがまだ残っているのだと、勝手に、考えた。
カイトが何を隠しているのか私は知らなければならない。悪事だとは思っていない。悪事だとしてもクリスティーナの為だ。彼はクリスティーナを守るために、転移魔法を使って、現地に戻った。これがもう罪なのだ。
彼が現地に戻った結果、クリスティーナの冤罪は晴れた。真犯人が見つかっただけでなく、駐屯騎士団の不正まで暴かれた。この事実はマコウ男爵が調査した結果となっているが、きっとカイトも関わっているのだろう。私は、ただ王都で待っているだけであったのに。
「どうした? 周囲の者たちが近づけないでいるよ?」
「兄上」
兄上が声をかけてきた。そうしてしまうほど、私の雰囲気はおかしかったのだろうか。「周囲の者たちが近づけないでいる」と兄上は言った。そういうことなのだろう。
「何か心配ごとかな? そうだとしても、今ここで考えることではないね」
「申し訳ありません」
「ウィリアム。私のほうが、お前に負担をかけてしまっていることを申し訳なく思っている。私に背負えることであれば、遠慮なく任せてくれ」
兄上は優しい。この優しさが国を治めるのに必要だと私は思っている。一部の者たちは私が勇者だから次期国王にと考えている。だがどうして勇者を国王に相応しいと思うのか。魔族と戦う力だけで、国を豊かに出来るのか、民を幸せに出来るのか。私は違うと思う。
国を、民を守る力にはなれる。だから私はそれをする。だが国王は兄上だ。私は兄上が治める国を守る為に戦うのだ。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。でも、違うのです。心配ごとではなく……ちょっと……勝てないなと思う男がいて……」
「ウィリアムに? それは驚きだ。でも……良いことだね?」
「良いこと、ですか?」
兄上に泣き言を漏らしてしまった。このような場で。兄上は「良いことだ」と言ってきた。何が「良いこと」なのだろう。
「背中を追いかける相手がいるのといないのとでは、いるほうが楽だと思うよ? 進む方向を迷わないで済む。孤独を感じることもない」
「……そうですね」
兄上の言う通りかもしれない。「進む方向を迷わないで済む」というのは、少し違うかなとは思う。同じ場所を目指していないことが分かるから。でも、勇者という漠然とした目標よりも、遥かに目指すものが分かりやすい。自分はまだまだ。こう思うと人々が期待する勇者になるという重圧から、少し解放される気がする。勇者を目指す前にやらなければならないことが明確になるから。一歩一歩進むしかない。こう思えるとその一歩に手応えを感じられるようになる。
「しかし……ウィリアムにそんな相手が? 驚きだ。アントンやイーサンではないね。二人はそういう存在にはなりえない」
「……どうしてそう思うのですか?」
幼い頃から、何であれ、競い合ってきた二人。でも兄上は、二人は私が背中を追う相手ではないと断言した。断言できるほどの理由があるのだ。
「二人はウィリアムを気にしているから。背中を追いかけたいと思える相手は、追いかける側を見ていない。先を見ているから背中が見えるのだよ」
「……そうですね」
兄上の言葉に納得した。私のことを気にしていない。見るべきものを、自分が目指す先を、もしかすると、守るべき人だけを見ているのかもしれない。
「そういう相手に出会った。良い出会いだ」
「……兄上も私が背中を追いかける相手です」
「嬉しいことを言ってくれるね? でも、私などはさっさと追い抜いて、もっと先に進んでくれ。ウィリアムは私の自慢の弟だからね」
この人が王として治めるミネラウヴァ王国を私は守る。その為に強くなる。その為に出来る全てを行う。改めて。これを誓った。