
王家の恒例行事、新年を祝う会に出席していたら、ウィリアム殿下からの伝言を受け取った。閉会後に、正確には王家の方々が退席された後の時間で、話がしたいという内容。また何かが起きたのか。そう思ってしまった。
新年を祝う会も、本音では、出席したくなかった。事実とは異なる様々な作り話を耳にした人たちの好奇の視線を浴びるのが分かっていたから。実際にそういう場だった。アッシュビー公爵家の私が王家に嫁ぐことを喜ぶ人は誰もいない。婚約が決まった時から分かっていたこと。
父上と兄上も相変わらずだった。二人の鈍感さに苛立つ。私がウィリアム殿下の婚約者であることを、事あるごとに口にする。それで人々から敬意を向けられると思っているのか。逆に軽蔑の目で見られていることに二人は気付かない。気付いているのかもしれないけど、それをウィリアム殿下の威光を笠に着て、跳ね除けようとしているのかもしれない。さらに人々の軽蔑の思いが強くなるだけなのに。
この二人にアッシュビー公爵家を任せることは間違いであることを、皆、知っているはず。それなのにどうして正そうとしないのか。パトリオット兄上を次期当主にしないのか。私には理解出来ない。
暗い感情を引きずったまま、用意された部屋に向かった。そこにいたのは、予想外の人物だった。
「まずはクリスティーナ様にお詫び申し上げます。お詫びして許していただけるとは思っておりませんが、どうか謝罪させてください。申し訳ございませんでした」
私に向かって深々と頭を下げたのは、マコウ男爵。私が転移で飛ばされたダンジョン近くに領地を持つ方であることは知っている。謝罪される理由も。マコウ男爵に対する思いは複雑。理不尽に拘束されたことは許せない。でも、このマコウ男爵が私の冤罪を晴らしてくれた。恩人でもある。
「……何故、クリスティーナに謝罪を?」
「私を拘束しようとされたことを謝罪しているのだと思います。ですが、悪いのはマコウ殿ではなく、王国騎士団の駐屯騎士団であることは分かっておりますわ」
実際は「拘束されそう」ではなく「拘束した」。でもこれはウィリアム殿下に伝えるべきではない。カイト殿の考えに私も同意した。これ以上、この件について話題にしたくない。マコウ男爵は私の思いを理解してくれるか。
「……そのように言っていただけると気持ちが少し楽になります。ありがとうございます」
通じたのか。とにかく、これでこの話は終わりにしたい。
「マコウ男爵は冤罪であることを暴いてくれた恩人でもある。過ちは相殺ということで良いのではないか?」
「私もそう思っておりますわ」
「良し。では、この件はこれで終わりだ。それで……説明してもらえるか?」
私がここに呼ばれたのは別の理由。拘束された件でないのだとすれば、どのような内容なのか。これはマコウ男爵の話を聞かないと、まったく分からない。
「……はい。実は、駐屯騎士団の罪を暴いたのはカイト殿です」
「えっ?」「なんだって?」
「先ほど、殿下におっしゃっていただいた相殺というのは、本当は正しくはありません。私は罪を許される行いをしておりません」
「……カイト殿が罪を暴いたというのは?」
拘束の件はもう良い。それに、そんなことよりも事実を知りたい。カイト殿は何をしたのか。私は何も聞かされていない。
「ダンジョンサチュレーションを引き起こしたのが駐屯騎士団であることはカイト殿から教えられました。私はただその裏付けを取る為の調査を行っただけです」
「カイト殿は何故、それが分かったのですか?」
「詳しくは聞いておりません。ただ、話の内容からダンジョンで調査した結果だと思いました。ダンジョンの奥まで実際に行って、分かったことだと思います」
カイト殿であれば、出来るでしょう。それに現地に向かったのはカイト殿一人ではない。私などよりも、遥かに頼りになる仲間が一緒だった。
「……どうしてカイトはこれを話してくれなかったのか」
「これは勝手な推測ですが、クリスティーナ様の無実を証明するには、自分が関わったことを隠したほうが良いと思ったのでないかと。彼もまた罪を着せられていた身です」
「……第三者からの訴えのほうが信用されると考えたのか……確かにそうかもしれないが……」
私の為にカイト殿は自分の手柄を譲った。功を求める貴族や騎士では考えられないこと。ウィリアム殿下もこう考えているのでしょう。でも、彼はそのどちらでもない。立場は関係なく、そういう人なのだ。
「殿下は彼とはどのようなご関係なのですか?」
「どのような……難しいな。クリスティーナの兄、パトリオットの騎士候補……成長を競う相手だろうか?」
確かに殿下はカイト殿をどう見ているのでしょうか。殿下は接する相手を選ぶような方ではないと思う。ですが、彼との関係は他の人たちとは違う。自ら接する機会を求めているように見える。つまり、殿下との接点を求めない、それどころか避けようとしているカイト殿が普通ではないのですね。
「このようなことを申し上げるとお二人の気分を害してしまうかもしれませんが……」
「……かまわない。思うところがあるのであれば、話してくれ」
「彼はクリスティーナ様を無実にする為であれば、どのような手段でも選んだでしょう。もし駐屯騎士団に罪がなければ、他の手で別の誰かに罪を着せることも躊躇わなかった」
「それは……」
そこまでのことをするのか。するのかもしれない。カイト殿は現地に戻ると決めた時、はたして駐屯騎士団が犯人であることを知っていたのでしょうか。私と一緒にダンジョンにいた時、奥に向かってはいない。マコウ男爵の考える通りであれば、その時点では証拠を掴んでいない。
そもそも駐屯騎士団が奥に向かったのは、確か、私たちがいなくなってからということになっていた。そうであれば、カイト殿は何も知らなかったはず。それでも彼は戻ると決めた。何をしようとしていたのか。
「彼は危険な人物です。味方であれば頼もしいとも思います。新たな駐屯騎士団に彼がいてくれたらと思うほどです。ですが……殿下は彼を味方だと断言出来ますか?」
これをあえて伝えてきたマコウ男爵は、王国に誠実な人なのでしょう。殿下が不快に思う可能性のあることを、わざわざ話す人はそういるものではありません。マコウ男爵はそのリスクを恐れることなく、殿下に忠告してきた。殿下にとって信頼すべき人です。
でも私は、彼を悪く言う人を信頼しようとは思えない。私の為に罪を犯すことを厭わない彼こそを私は信頼したい。
「……信頼される人になりたいと思っている」
「……そうですか。では、これ以上、私は何も言うべきではありません。失礼いたしました」
「良い話を聞かせてもらえた、そういえば、今の話。駐屯騎士団が派遣される日は決まったのか?」
「いえ、まだです。ダンジョンにいる魔物が以前の想定より遥かに強力だと分かりましたから、王国騎士団も悩んでいるものと考えています」
以前より強力な駐屯騎士団が必要になった。それは分かる。でもそうであれば尚更、速やかに送り出すべきだと思うけど、何故それが出来ないのでしょうか。今もマコウ男爵の領地は危険に晒されているのです。
「……耳に入っているかもしれないが、大規模な悪魔掃討作戦が展開されている。国内に潜む悪魔を一掃しようという作戦だ」
そんな作戦が進行していた。それが王都でも行われているものなのか。そうであれば、アレクも見つかってしまう可能性がある。私はどうすれば良いのか。
「王国は戦争が近いとお考えですか?」
「分からない。そこまでの情報は、学生の身でもある、私には与えられない。だが……そうなのだろうな」
「殿下のご卒業は二年後ですか……」
戦争と言っているのは魔王国との戦争のこと。魔人族との戦いとなると殿下も参戦することになる。早ければ二年後。王国はそう考えているのか。そこから逆算しての掃討作戦なのかもしれない。
「正直、焦る……でも、やるしかない」
「何らかお力になれるよう当家も備えておきます」
「頼む」
戦争の足音が、まさかのこの時に聞こえてきた。カンバリア魔王国との戦争はいつか起きる。これは常識。でも、実際に戦争が起きるということがどういうことなのか、考えて来なかった。今、戦争が始まることを実感して、それに気が付いた。
ウィリアム殿下はどうか。この方はずっと戦う覚悟を求められてきたのでしょう。自らも覚悟を決めているのでしょう。でも私は、殿下のお役には立てない。