月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第50話 まさかの志願者

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 リクルート活動を始めた。自分の就職活動ではなく、新しいメンバーの募集活動だ。分かっていたことだけど、簡単には見つからない。すでに優良人材は就職先が決まっている、わけではないことは分かった。貴族の学生はそういう状態なのだけど、平民の学生は違っていた。より良い条件の就職先を得る為に、三学年まで決めないそうだ。
 貴族の学生が早々と就職先を決めているのは、逆らえないから。自分の家よりも爵位が上の貴族家の学生に誘われてしまうと断りづらい。不興を買って、実家に迷惑をかけるわけにはいかない。結果、すぐに決まってしまう。特に同学年にはウォーリック侯爵家のアントンがいる。奴に誘われた貴族の学生は、断ることがない。上位家に気を使ってというだけでなく、ウォーリック侯爵家は最善の就職先でもある。断る理由がないのだ。
 ということで、平民の学生にターゲットを絞ってスカウトを続けているが、やはり、この時期に決めてくれる学生はいない。しかもアッシュビー公爵家に仕えたいと思う奇特な学生など、見つかるはずがない。

 

「でもさ。毎日、クリスティーナ様の顔を見られるよ」

 

「いや、王子様と競ってどうする? 勝ち目ないだろ?」

 

 クリスティーナの美貌を利用しようとしても、この答え。王子様に「常に仲良くしていろ」なんて言うのではなかったと、後悔している。

 

「気楽だと思わない? アッシュビー公爵家だ。失敗しても怒られない」

 

「あのさ、俺は強くなりたいの。剣で身を立てたいの。失敗するつもりはないから」

 

 アッシュビー公爵家の悪評を、逆に利用してやろうと思ったけど、これも失敗。優秀な学生が「楽が出来るから」で就職先を選ぶと考えるのが間違いだった。

 

「どこかの誰かにケツの穴を掘られるよりマシだろ?」

 

「誰の話だ? そんな奴、学校にいるかよ」

 

「いるだろ? 超優良士官先だけど、頭の中はエロいことばかりの雲の上の存在が。偉い貴族様になると両方いけるって話だ。まあ、あくまでも噂。デマだろうけどな」

 

 あまりにスカウトが上手く行かないので、せめて奴等の悪評を広めてやることにした。これは、何故か上手く行く。平民もゴシップネタは大好きみたいだ。
 ただ通用するのは平民の学生のみ。貴族の学生にこれをやると、すぐにチクられそうなので止めている。

 

「それさ、面白いけど大丈夫なのか? 噂を広げている犯人だと知られたら、ただでは済まないだろ?」

 

「俺はお返ししているだけ。デタラメを学校で広めたのは向こうが先だ。やられたからやり返している。それの何が悪い?」

 

 さらにクリスティーナの悪評も嘘であることを、さりげなく、のつもり、で伝える。この成果は良く分かっていない。

 

「命知らずだな。そういうところは面白そうだけどな」

 

 ウォーリック侯爵家という強大な敵を相手に、恐れることなく立ち向かっていく。この点がうけているようだ。詳しくは知らないけど、平民には上位貴族に思うところがあるのかもしれない。
 自分はなんだか、まったく貴族扱いされなくなっている。平民には素に近い態度で接したほうは良いと考えて、それを実践しているせいだろう。

 

「じゃあ、騎士候補に」

 

「それはない」

 

「駄目か……誰か良い人いない? 紹介してくれ」

 

「何度も言っているけど、難しいって。今の時期に将来を決める奴なんていない。ここに入学する奴らは皆、それなりに自信を持っているから」

 

 もう一つ、貴族と平民の学生で違う点がある。貴族の学生は幼い頃から、程度の差はあっても、剣術や魔法を習っている。加護が定まると言われている六歳を過ぎたところで<鑑定>を受け、戦闘系の才能があると分かると、すぐに学ばせるのだ。少しでも良い就職先を得られるように。
 これもスカウトを初めてから聞いたことだけど、貴族の学生の士官は政略結婚に似ている。有力家に士官が叶えば、それで実家も繋がりが出来る。自家では騎士団を持てない小貴族家はそれを目的に、嫡子を除いて、武の才能がある息子を王立騎士養成学校に送り込んでくるのだ。
 一方で平民の学生は、幼い頃から鍛錬なんてしていない。教えてくれる相手もいない。ダメ元で受けた入学試験で、初めて自分に武の才能があることを知る学生も少なくない。平民の学生には、自分がすでに失った、伸びしろがある。だから自らの成長を信じて、ぎりぎりまで就職先を決めないのだ。

 

「……じゃあ、騎士候補見習いでは?」

 

「何、その見習いって?」

 

「言葉の通り、見習い。俺がそう。卒業後に騎士になるという約束はしていない」

 

「そうだとしても一度、下に入ったら抜けられないだろ?」

 

 その通り。抜けてもらっては困る。自分は騎士になるつもりはない。それはなれない理由があるから。でも他の人にはそのままパトリオットの騎士になって欲しい。自分がなってあげられないから尚更、こう思う。

 

「でも、ウィリアム殿下と一緒に鍛錬が出来る。最近はほぼ毎日」

 

「…………」

 

 もしかして、これはスカウトする上で、武器になるのか。なんといっても勇者になる予定の王子様だ。強い騎士を目指す学生には憧れの存在に違いない。
 クリスティーナの為だ、くらい言っておけば。平民の学生の相手もしてくれるはず。王子様には客寄せパンダになってもらおう。

 

「その気になった?」

 

「なるはずないだろ?」

 

「あれ?」

 

 自分の勘違いだった。どうしてだろう。勇者と一緒に鍛錬。良い広告塔になると思ったのに。

 

「王子様と一緒なんて無理。緊張して鍛錬にならない。お前さ、俺たち平民だから。側にいるだけで緊張で固まってしまうから」

 

 これは自分の認識不足。この世界の身分差、その下位にいる人たちの気持ちを理解していなかった。彼らにとって王子様は、本当に雲の上の存在。同じ教室で息しているだけで緊張するくらいなのかもしれない。少なくとも最初の沈黙は、考えてくれていたのではなく、想像だけで固まってしまったということだ。

 

「でも強い人と一緒に鍛錬出来るのは魅力じゃないか?」

 

 近頃は鍛錬の場に常に王子様がいる。いることで騎士候補になってくれる人がいなくなるなどという事態はマズイ。

 

「ああ……だったら相手してくれよ」

 

「じゃあ、騎士候補に」

 

「そうじゃなくて、お前が相手してくれ」

 

「俺? 俺、強くないけど?」

 

 どうして王子様ではなく、俺なのか。まあ、偽の肩書とはいえ貴族なのに、「お前」呼ばわりされるくらい、まったく緊張してもらえていないけど。

 

「お前さ、そういう謙遜は相手によっては嫌味だぞ? 俺も対抗戦を……嫌味、聞こえたかもな?」

 

「えっ、何それ?」

 

「後ろ」

 

 後ろに何があるのか。振り向いてみれば、すぐに分かった。物覚えは、特に名前を覚えるのは苦手だけど、顔は覚えられる。知った顔がいた。剣術対抗戦の初戦で戦ったアントンのところの騎士候補だ。

 

「……何か?」

 

「ああ……その、騎士候補を探していると聞いた」

 

「探していますけど……それが何か?」

 

 アントンの騎士候補が何の用か。ろくなことでないのは明らかだ。

 

「……私は駄目だろうか?」

 

「……えっ? 出戻りってこと?」

 

「出戻りって……私はパトリオット様の騎士候補であったことはない」

 

「あっ、そうでしたか……えっと……アントン様の騎士候補である貴方が何故?」

 

 自分の勘違いだった。でも、そうであれば尚更、疑問だ。アントンの騎士候補がどうしてパトリオットに鞍替えしようとするのか。ウォーリック侯爵家の士官を止めて、アッシュビー公爵家を選ぶ学生なんて、普通ではない。

 

「私はもうアントン様の騎士候補ではない。君に負けて、追い出された」

 

「あっ……ごめんなさいと言ったほうが?」

 

「いや、謝罪は無用だ。君の方が強かったから私は負けた。正当な結果だ。それを恨むような者は騎士になる資格はない」

 

「はあ……つまり、士官先を失ったからパトリオット様に……本気ですか?」

 

 怪しい。かなり怪しい。アントンが送り込んできたスパイである可能性が高い。味方の振りをして、どこかで裏切るつもりだ。

 

「本気だ。私は奢っていた。アントン様の騎士候補になって、それで満足していた。君には、それに気付かせてもらった」

 

「そんなことは……」

 

 何だか真面目だ。真面目な振りをしているだけだと思うけど、真面目だ。ちょっと、悪い意味ではないけど。苦手なタイプかもしれない。

 

「正直を言えば、自分を鍛え直したいという思いだけだ。パトリオット様の騎士になるかは……為人など、色々と見させてもらいたいと思っている」

 

「それは、そうでしょう……ああ、じゃあ、私と同じ見習いということで?」

 

「許されるのであれば、それでお願いしたい」

 

 さてどうするか。疑いは消えない。でも、ここで断って良いのか。誘い続けている平民の学生たちの前で、自ら望んで騎士候補に、見習いだけど。なりたいと言ってくれた人を拒絶するのは正しい判断とは思えない。

 

「では、お願いします。同じ騎士候補見習いとして頑張りましょう」

 

「あ、ありがとう。私はマイルズ=マコウだ。実家は君と同じ男爵家だから敬語は無用だ。よろしく頼む」

 

「……分かった。よろしく」

 

 しばらくは様子見。コルテス君に様子を探ってもらうのも良いだろう。こちらにはプロのスパイがいる。素人がスパイの真似事をしても、すぐに見破れるはずだ。
 ということで、とりあえずだけど、一名確保。そういえばこの人、強いのだろうか。

 

「ん?」

 

「どうしました?」

 

「いや、何か……気のせいか」

 

 強かった。自分はどうしてこの人に勝てたのか。戦いの勝敗なんて、結構、分からないものだ。それで良い。パトリオットが求めているのは、大番狂わせなのだから。
 やっぱり、<鑑定>は安易に使うものではない。ランクBでも魔法の使用を感じ取れるようだ。あの女のことを確かめたかったのだけど焦りは禁物。あの女が転生者、それも元の世界で俺を知る人物であるのは明らかになった。あとは誰か、だけど誰であっても嫌いな奴であることに変わりはない。急ぐことはない。