
ブレイブハートのサークル王国での指名依頼は、微妙な終わり方となった。ダンジョン開放のネックとなっていた魔馬種の魔獣は、結果、討伐されていない。危険がなくなったわけではないが、それを言うなら他の階層も同じ。もっと強い魔獣が生息している可能性もあるのだ。その点だけで、依頼は達成されていないということにはならない。
そもそもダンジョン開放の基準が明確ではない。ダンジョンの階層数にもよるが、なんとなく三階層くらいまでの調査を終え、地図と生息する魔獣、魔物をリスト化出来ればそれで終わり。その結果でダンジョンの危険度ランクが判断され、そこでの依頼ランクの基準となる。三階層までに生息している危険な魔物、魔獣を倒さなければならないという条件はないのだ。
もちろん、魔馬種の主のような魔獣とそれが率いる群れが存在することで、その先にまったく進めないということであれば、また話は違ってくる。依頼達成とするには不十分という主張も出来ただろう。だが、そういう状況にはなっていない。魔馬種の魔獣に懐かれた?アークたちはもちろん、同行していたアウローラのメンバーも四階層まで進んでいる。多くのパーティーで、それが可能であることを証明する為にアークたちが同行しなくても、アウローラは四階層に到達出来たのだ。魔馬種の縄張りを侵さないように、遠回りしなければならないという条件付きでだが。
だがその条件も当たり前のこと。戦う力がある、その自信があるパーティーは遠回りしなければ良い。それで大怪我をしたり、犠牲者を出しても、それは自己責任。どのダンジョンでも、どの依頼でも同じだ。自分たちの実力を正しく評価出来ず、達成出来ない依頼を引き受けた勇者候補が悪いのだ。
ということで、依頼主であるサークル王国は依頼達成と認めざるを得なくなり、アークとミラはサークル王国を離れることとなった。勇者の最有力候補であるアークとの距離を縮めたいと考えていたアプリコット王女にとっては、誤算だ。自分自身もそうだが、もっと多くの自国の魔族と接する機会を作りたかったのだ。
「もう帰国してしまったのですか?」
さらに最後に話す機会まで作れなかった。勇者ギルドから依頼達成の判定をもらうとすぐにアークたちは帰国の途についた。来る前から「速く帰りたい」と思っていたので、王都に戻ることなく、現場からそのまま出発したのだ。
サークル王国が嫌いというわけではない、彼らにとっては、馴染みのある土地から遠すぎるだけだ。
「帰りは急がないと言っておりましたので、すぐに追いかければ間に合うかもしれません」
責めるような口調で問われても、勇者ギルドのグラシアール支店長も困る。彼にはブレイブハートに滞在延期を強制する権限はない。勇者ギルドの支店長とはいえ、ブレイブハートの所属はハイランド王国支店。彼の管轄支店ではないのだ。
「急がない……それなのに、どうして王都に戻ってこなかったのですか?」
「帰りは急がないというのは、鍛錬の時間を十分に取りながら移動するということのようです。こちらに来る時の、何もせず、ただ移動するだけの毎日が嫌だったようで」
この説明も事実。ハイランド王国の特別自治区の魔族たちとの鍛錬後、初めての依頼で手応えを掴んだアークは鍛錬の時間を欲していた。魔族であるアウローラのメンバーに鍛えてもらうという選択肢もないわけではなかったが、これはアークのほうが遠慮した。同じ勇者候補。自分の為に時間を取らせてしまうのは申し訳ないと考えたのだ。
アプリコット王女にとっては必要ない気遣いだ。アークとの距離を縮める絶好の機会を失ってしまった。
「……所属を替えるというのは難しいのかしら?」
「所属……彼を引き抜くつもりですか?」
「難しいのかしら?」
距離の問題であるなら、アークをサークル王国支店の所属にしてしまえば良い。アプリコット王女はこう考えた。かなり大胆な考えだ。
「本人が強く望めば可能性ですが……」
アークが所属替えを求める理由がない。ハイランド王国支店、そしてハイランド王国そのものからの妨害も激しいはずだ。アークはただの勇者候補ではない。すでに本当の意味で勇者候補となっているという話だ。
「彼はどうすればそれを望んでくれるのかしら? 求めるものが分かれば良いのですけど」
アプリコット王女は強い意志を、言い方を変えると強引さを、持っている。最初からこれは無理と諦めることはしない。そうでなければ魔族との共生を推し進めることなど出来ない。
「可能性があるとすれば二つです。しかし……」
「聞かせてください」
「……ひとつは彼が探している姉の情報を提供すること」
アークが何よりも優先するだろうこと。「姉を救う為であれば魔王とも手を握る」と言い放ったほどだ。引き抜きが成功する可能性はかなり高い。
「ADUに攫われたという姉ですか……」
だが情報を入手、それもアークが信じるに足る情報を入手出来ればの話。手掛かりは何もない。反魔族主義、人族至上主義のADUと魔族との共生を謳うサークル王国に、対立以外の、接点などない。情報を入手しようと思えば力を行使するしかなく、それはADUへの宣戦布告と見做される可能性がある。
サークル王国はADUと敵対したいわけではない。あくまでも敵は魔王と魔王に従う魔族なのだ。それ以外との戦いで戦力を消耗させるのは避けるべき。それにADUも魔王を敵とする組織だ
「情報の入手にはかなりの困難が伴うことが予想されます」
グラシアール支店長もそれは分かっている。ADUに自ら仕掛けるような真似は勧められない。
「……もうひとつは?」
「彼らがハイランド王国にいられなくなる可能性。ただし、かなり低い可能性かと」
「どういうことかしら?」
「ミラは魔族です。私の知っている限り、ハイランド王国支店では魔族の勇者候補は珍しいはずです」
サークル王国がハイランド王国に比べて優れている点。それは魔族にとって暮らしやすい場所だということだ。ハイランド王国が魔族に対して排他的というわけではない。どの国も似たようなもの。サークル王国が特別なのだ。
「グラシアール支店長は、アークは彼女の為であれば所属替えを行うと考えているのですか?」
「可能性があるとすれば、です。絶対にそうなるという自信などありません」
そもそも所属替えを行う可能性がかなり低い。その中でわずかでも可能性があるだろうことをグラシアール支店長は考えただけだ。
「そうですね……彼女は……強いのですか?」
「支援役に徹していると聞いております。その支援魔法はかなりのものだとも。少なくとも彼女と同じことが出来る勇者候補は、この支店におりません」
魔族であれば同じ真似が出来るというものではない。種族によって得手不得手はある程度決まっているが、当たり前だが、魔族にも個性がある。ミラの魔法は彼女の鍛錬と経験によって磨き上げられたものなのだ。
「そうですか。彼にパーティーメンバーとして選ばれるだけの実力はあるということですね?」
「それは……まあ、結果として」
アークがミラを選んだのではない。その逆でもない。当時の二人は相手を選べるような立場ではなかった。誰も相手にしてくれていなかったのだ。この事実をグラシアール支店長は知っている。ハイランド王国支店から入手した情報だ。
「彼女がどれだけ優秀だとしても、ずっと二人だけというわけにはいきません。あと三人がどのように選ばれるのか……前勇者の時はどのようだったか、支店長は知っていますか?」
「前勇者と仲間たちがどのように出会ったかの記録はギルドにはありません。少なくとも私が閲覧出来る情報には」
前勇者とその仲間たちの情報はあまり残っていない。魔族である仲間の活躍を、各国の施政者が意図して、なかったものにした影響だ。多くの事実を知るはずの仲間の一人であり、勇者ギルドの初代ギルド長となったセイクリッドも、それらの記録を残さなかったとされている。勇者ギルドの支店長であるグラシアールでもその存在は知らない。
「……分かりました。機会があれば、私のほうでも調べてみます」
もしその記録を知っているとすれば、ギルド長。そうであれば評議会の場でそれを尋ねることは出来る。現時点で勇者の最有力候補であるアークのパーティーメンバーをどうするかの話。他の評議員も興味を示すはずだ。ギルド長も誤魔化せなくなる。その座を巡った競争が起きる可能性は否定出来ないが。
それについてはアプリコット王女は気にしていない。何もしなければ大国の意向で事が進んでしまう。小国であるサークル王国は勇者の仲間枠を巡る競争に参加することも出来ないで終わってしまう可能性のほうが高いのだ。
◆◆◆
サークル王国のアプリコット王女はなんとかして自分の身近な人間を勇者パーティーの一員にさせたいと考えている。その理由のひとつは、先の大戦後の外交関係を考えた結果だ。ハイランド王国は領土では小国。そうであるのに大国も無視できない発言力を持っているのは、前勇者ウィザムの存在があったからだ。勇者ウィザムが仕え、その子孫が今も臣下にいる。これがハイランド王国を大きく見せているとアプリコット王女は考えている。
彼女だけの考えではない。そう考える施政者は多い。そうなると、その先の考えも同じになる。
「初めまして、アーク殿、ミラ殿。私はエルギン王国の第二王子カノープスと申します」
「また王子……」
アークたちが泊っている宿屋を訪れたのはエルギン王国の第二王子。この町はエルギン王国の王都ではない。小さくないが王都からはそれなりに距離のある宿場町だ。王子という身分の人物が普通に現れる場所ではないはずなのだ。
「えっ?」
「あっ、失礼いたしました。サークル王国でもアプリコット王女殿下とお目にかかる機会を頂けたものですから、その……驚いて?」
「そうでしたか。アプリコット王女が自ら……」
考えていることは同じ。今の状況を知ればアプリコット王女も思うだろうことをカノープス王子も思った。ただ違いはある。アプリコット王女は父王が病気の為、全てではないが、王権の代行者という立場。実権を持たない第二王子であるカノープスより格上だ。カノープス本人もそれを認めているので、「やられた」という思いがある。
「失礼ですが、今日はどのようなご用件で?」
「ご高名なアーク殿を一目見たいと思いまして。それにお願いも」
「ご高名……どなたかと勘違いしておられませんか?」
一国の王子からこのような言い方をされる身ではない。アークはこう思っている。実際に「高名」は言い過ぎだ。ハイランド王国であればまだ分かるが、他国ではアークの名は知られていない。もちろん、勇者の最有力候補であることは勇者ギルドの評議会員、各国の国王しか、建前では、知らないことだ。
「いえ。ブレイブハートのアーク殿とミラ殿。千刃乱舞の勇名はエルギン王国にも伝わっております」
「ええ……もしかしてダンジョン探索のご依頼ですか?」
自分の名が知られているとすれば開放前のダンジョン探索依頼が関係しているはず。それの指名依頼でサークル王国まで行くことになったのだ。アークにもこの点についてはある程度、働きを評価されている自覚があった。
「それもお願いしたいところですが、ブレイブハートへの依頼は簡単ではないようでして」
「そうなのですか? どうしてでしょう?」
ブレイブハートへの他国からの指名依頼は抜け駆けを許さない為に制限されている。評議会まで、その旨を伝え、承認を得なければならないのだ。これはアプリコット王女のせい。彼女が評議会の場でいきなりそれを切り出し、自国へ呼び寄せることに成功したことで制限がかかったのだ。
アークを勇者とは正式には認めない。そうであるのに各国は、その日が来た時のことを考えているのだ。
「それは……実績をあげているからではないですか?」
アークは自分が勇者の最有力候補になっていることを知らない。父王から聞かされていたことだが、実際に本人にはまったく自覚がないのだとカノープス王子は分かった。
「我々だけで達成したわけではないのですけど……評価されることに文句を言うのはおかしいですか」
「今回お願いしたいのは私と手合わせ願いたいと思ってのことです」
「王子殿下とですか?」
「正確には私だけでなく、我が国の若い騎士たちの相手もしていただきたいと考えております」
アークの実力を確かめる為。それと同時に年の近いカノープス王子や自国の騎士たちとアークとの距離を縮める為。方法が違うだけで、サークル王国のアプリコット王女と考えていることは同じだ。
「……どう思う?」
「私にそう聞くということは興味があるのでしょ? 最初から鍛錬しながら帰国しようとしていたのだから良いのじゃない?」
鍛錬に時間を使うことに関しては、どういう形であろうとアークは無駄とは思わない。アークが望むならそれを邪魔するつもりはミラにはない。
「では、お願いします」
「本当ですか?」
「えっ……?」
「あっ、いえ、受けてくれるとは思っていなかったので」
自分たちと手合わせをして欲しい。これに応じる義務はアークにはない。一国の王子の頼みを断ることはないだろうと周囲は言っていたが、それでは嫌がっているのに無理やり引き受けさせることになるとカノープス王子は思っていたのだ。
「他国の剣術に触れられる機会はそうあるものではありませんから」
アークが興味を惹かれた理由はこれだ。幼い頃からアークは、魔法が使えないという致命的な問題を剣の技を磨くことでなんとかしようとしてきた。それしかなかった。剣術は各国の騎士団でそれぞれ違いがある。元は同じ流派である場合もあるが、それでも各国でそれぞれ独自の進化を遂げてきた。エルギン王国の剣術に触れることで、新たな発見を得られるかもしれない。こう考えているのだ。
剣術。これがサークル王国との差。技は身体的、魔力的に脆弱な存在が必要とするもの。このような考えが一般的な魔族に剣術なんて概念はない。魔族との接触のみを考えたアプリコット王女の失敗だ。エルギン王国も意図して剣術を使ったわけではないので、仕方のないことだが。
結果、アークとミラはエルギン王国の王都でしばらく滞在することになる。