
救援要請は発した。緊急事態用の伝書鳩を使ったので、すでに王都に要請は届いているはずだ。だが、そこまでだ。救援は鳩のように空を飛んでこられない。到着するまでには、ひと月かそれ以上の期間が必要だ。その頃には、私は生きていない。私だけでなく、騎士たちも。
逃がした領民たちの無事を願う。生き延びることは出来るだろう。だが、魔物に占拠された町に戻ることは出来ない。魔物が撤退したとしても、荒れ果てた町でどうやって暮らして行くのか。作物などひとつも残っていないかもしれない。町に迫ってきた魔物の数は、そう思わせるとてつもない数のようだ。
ダンジョンサチュレーションの脅威は知っていた。だが知っていただけだ。実際にそれが起きた時、領地の被害はどれほどのものになるのか。起きた後の備えとして何が必要なのか。何も考えてこなかった私は、領主失格だ。
そんな無能な私に出来るのは、命尽きるまで魔物と戦うこと。少しでも魔物の数を減らすこと。町の被害をわずかでも減らすことだ。
「門を開けろ! 負傷者を収容するのだ! 急げ!」
駐屯騎士団の騎士たちが撤退してきた。多くがかなりの怪我を負っている様子。彼らでは止められなかった。こういう時の為にこの地に配置されている騎士団でも。
「すぐに来るぞ! 戦闘準備を急げ!」
すぐに魔物の大群が現れる。この外壁が最後の防衛線だ。ここを突破されれば、もう市街地への侵入を許すということ。戦いは負けだ。
「……そんな……まだあんなに?」
すぐ近くにいる騎士が思わず弱音を漏らした。他の者たちも同じ気持ちだろう。言葉にしなかったのは、あまりの事態に絶句しているだけだ。駐屯騎士団はほとんど数を減らせなかったようだ。それともかなり減らして、これなのか。今は確かめている時間はない。とにかく目の前に迫る魔物を追い払う以外にない。
「放てぇええええっ!!」
号令で、一斉に矢が放たれる。ただの気休め、せいぜいが開戦の合図の意味しかない。通常の矢が当たったくらいで倒せる魔物ではない。
それでもわずかでも怪我を負わせ、動きを鈍らせ、次の攻撃がとどめになることを願って、矢での攻撃を続ける。
「何なのだ、あの魔物は? あのダンジョンのどこにあんな魔物が?」
「泣き言を言う暇があれば攻撃しろ! 間を空けるな!」
激を飛ばしたものの、騎士の気持ちも分からなくはない。魔物の大群の中に、人の背丈の三倍はあろうかという巨大な魔物が混ざっている。あれほどの巨体な魔物がダンジョンにいたというのは驚きだ。ダンジョンには、まだ未知な魔物がいたのだ。
もし分かっていれば。王国騎士団の編成も違ったものになっていたはずだ。凶悪な魔物に対抗できる騎士がここにいたはずだ。これも泣き言だ。
「近づけるな! 投石用意!」
こちらの矢の攻撃を物ともせず、魔物の大群は町の防壁に迫ってくる。防壁の手前にある濠を超えられたら、次は投石での攻撃。セオリー通りの戦い方だ。魔物の大群に通用するかは別にして。
「……何だ? 馬鹿な!?」
「矢を放て! 濠に近づけるな!」
「狙い撃て! あのでかぶつだ!」
巨大な魔物が濠に投げ入れているのは大木。大きな岩を投げている魔物もいる。それに比べれば小さい岩も、他の魔物が次々と投げ入れている。濠を埋めようとしている。魔物の意図は明らかだ。だが魔物というのは、そんな知性があるものなのか。
「無理だ! 投石の準備を急げ! 数も増やせ! すぐに来るぞ!」
濠を埋められるのを止められない。元から矢の攻撃は通用していない。止められるはずがなかったのだ。私も動揺している。正しい指示を出せないでいる。
「魔法攻撃の用意!」
防壁のすぐ側まで来られたら投石だけでなく、魔法による攻撃も行う。この距離であれば、確実に当てられる。実際は接近されてからが勝負なのだ。
「魔獣だ! 止めろ!」
だが襲ってくる魔物の大群は、こちらをあざ笑うかのように、新しい攻撃を繰り出してくる。魔獣が駆けてくる。足場がない空中を。こんな敵とどうやって戦えば良いというのか。
本格的な戦いになる前に、心が折られそうだ。
「迎撃用意! 剣、抜け!」
一気に接近戦に持ち込まれる。魔獣が防壁の上に到達し、乱戦になれば、魔法での攻撃はままならなくなるかもしれない。さらなる接近を許すことになる。
「よし、やった!」
「倒したぞ!」
空を跳ねるように駆けてきた魔獣が燃え上がった。魔法の攻撃が命中。多くがそう思った。実際に魔法が命中して、魔獣は燃え上がった。これは間違いない。
「……誰だ、あれ?」
騎士たちの手が止まる。魔獣が間近に迫っているというのに。それでも手が止まるような驚きなのだ。
魔獣の大群の中を歩いてくる者たちがいる。黒い装いの、おそらくは男たち。その男たちの周囲にはいくつもの影。魔法であることは間違いない。それ以外の想像が、私には出来ない。
急ぐ様子もなく、ゆっくりと近づいてくる男たち。魔物や魔獣が襲い掛かるが、男たちの歩みを止めることも出来ず、影の中で消えていく。
こちらに向かっていた魔獣が反転。その男たちに向かう。だが魔獣は男たちに近づくことも出来ず、空中で燃え上がった。漆黒のあれは炎なのだ。より近くで見て、それが分かった。
「……あれは……斬ったのか?」
さらに巨大な魔物も倒れていく。それも異常な倒れ方。巨体の上半身がまず地面に落ち、その後に下半身が倒れていく。魔物の体を一刀両断にした。そうとしか思えない倒れ方だが、そんなことが出来るのか。
さらに別の巨体の魔物が、今度は宙に浮いた。大きな地響きを立てて、地面に落ちた魔物。その魔物以外も、体が小さい魔物が次々と宙に跳ね上がる。
「あれは……」
四方八方に跳ぶ魔物。その中心に人がいる。魔物を殴っているようにしか見えない男が。あの巨体を素手で殴り飛ばしたというのだろうか。
「救援なのか……我らは……助かるのか?」
尋常ではない戦い方。こんな真似が出来るとすれば、王国騎士団本隊の上級騎士。貴族家の騎士団でも王国で名が通っている騎士のはずだ。
「あの……ひとつ聞きたいことがあるのですけど?」
「えっ? 君は?」
いきなり背後から声をかけられた。まったく気配を感じなかった。
「王都から来ました。騎士団長というのは、どの人ですか?」
「ああ、騎士団長なら……王都からということは君は王国騎士団なのか? そうであれば用があるのは駐屯騎士団の団長か。彼であれば、そこにいる」
王国騎士団の騎士には見えない。だが黒の装いは外壁の外で戦っている者たちと、まず間違いなく、同じもの。若く見える彼も同じ所属だということだ。
ここには騎士団長と呼ばれる者が二人いる。一人は当家の騎士団長。もう一人は王国騎士団所属の駐屯騎士団の団長。騎士団長といっても、王国騎士団本隊の騎士団長とは、まったく格が違うが。
「ありがとうございます」
軽く頭を下げて、駐屯騎士団の団長の下に向かう彼。何か気になる。救援にきた騎士であれば、自分も話を聞くべきか。
「貴方が騎士団長?」
「なんだ? 私は忙しい。用件があるのであれば、さっさと言え」
駐屯騎士団長はかなり苛立っているようだ。本来、魔物を抑え込むのは駐屯騎士団の責任。それが出来なかったので、気が立っているのだろう。
「では……クリスティーナ=アッシュビーを知っていますか?」
「……な、何の話だ?」
「貴方が王都に訴えたクリスティーナのことです。知らないはずないですよね?」
「そ、それは……そうだ。この事件の犯人はその女だ。だから私は王都に訴えた。それの何が悪い?」
駐屯騎士団長は何を言っているのか。クリスティーナ様は無実だ。それはもう分かっている。確かにダンジョンサチュレーションは起きた。だがそれとクリスティーナ様に何の関係があるのか。証拠は何もない。少なくとも私は知らされていない。
「発見。さて、騎士団長なのだから貴方も戦わないと」
「何を言う? 私は戦っている」
「安全な場所で立っているだけのことを、僕たちは戦っているとは言わない。前線に出ないとね?」
「私は指揮官だ! その必要はない!」
「うるさいな。大人しく言ってやっているうちに行けよ。自分で行けないなら手伝ってやる」
若い騎士の口調がいきなり変わった。彼は王国騎士団の騎士ではないのか。それとも若く見えるが駐屯騎士団長よりも階級が上なのか。
「うわっ。うわぁあああああっ!」
そのようなことを考えている場合ではなかった。なんと若い騎士は駐屯騎士団長を防壁の下に落としてしまった。何が起きているのか。何故、彼がこのような真似をしたのか。答えが見つからず、頭の中が混乱している。
「助けてくれ! 誰か!? 助けて!」
「意外と頑丈。腐っていても騎士団長は騎士団長か。でも、やっぱりうるさい。他の人たちは静かにしていましょう。魔物を残したまま、僕たちに帰られたくなければ」
「……分かった」
明確な脅し。王国騎士団の騎士ではない。では彼らは何者なのか。彼らは我々にとって救いなのか、それとも魔物以上の災厄なのか。考えても意味はない。目前の災厄。魔物を追い払えなければ我らは終わるのだ。