
今回の野外授業での課題はダンジョン探索。ダンジョンはミネラウヴァ王国だけでなく、大陸中にいくつもある。最初に発見されたのは、王国の歴史に残っていないほどの昔だが、その実態は未だに解明されていない。
今回訪れたのは洞窟型ダンジョン。だがダンジョンはただの洞窟とは明らかな違いがある。まずは階層構造になっていること。洞窟型ダンジョンには、階段など明確な区切りがあるわけではないのだが、坂を下って、ある位置まで来ると、それまでとは明らかに違う空間になる。住み着いている魔物や魔獣の種類も変わる。さらに階層主という強力な魔物や魔獣がいて、それを倒さないと奥に進めないようになっていたりする。
階層構造以外でも普通の洞窟と違うのは、そこが魔物や魔獣にとって住みやすい場所になっていること。住みやすいという表現は少し言い過ぎかもしれないが、各階層に水場があり、食料は、原則、弱肉強食の世界だが、最も弱い魔物や魔獣でも繁殖するに充分な食料があったりするのだ。陽の光の当たらない洞窟であるのに。洞窟の外に出なくても、魔物や魔獣が繁殖出来るようになっているのだ。
ダンジョンは魔物や魔獣の繁殖場として、何者かによって作られた。こう思われている。それも尋常ではない力を持つ存在に。もしかすると神によって。
神の創造物という仮説が生まれるのにも、きちんとした理由がある。ダンジョンにはあちこちトラップが仕掛けられている。落とし穴や隠し扉、くらいであれば、神の創造物なんて仮説にはならない。魔法を使ったトラップもあるのだ。それもかなり高度な魔法もあるようだ。ダンジョンで初めて発見され、世の中に広まった魔法も少なくない。最終的には、多くが禁呪になっているようだが。
そして決め手は、ダンジョン内にある宝物。何故か宝物がダンジョン内で見つかる。それも中には本当の意味でのお宝も。武器や防具、魔道具の中には、現代で最高と評価される魔道具師や武具師であっても、劣化版の複製を作ることしか出来ないような、失われた技術で製作された物があるのだ。神器と呼ばれている。当然、滅多に見つかるものではない。
これが理由で、ほぼ全てのダンジョンは各国で国の直轄地とされていて、何人も国王の許可なく入ることは禁止されている。それでも盗掘を試みる者は多いそうだ。かなりの実力がなければ、命を落とす結果になるのが明らかであるのに、命を賭ける価値が、ダンジョンで見つかる宝物にはあるということだろう。
ちなみにミネラウヴァ王国は<破魔の剣>と呼ばれる神器を所有している。先の魔王国との戦争で、救国の英雄と称えられたアイマン三世陛下がお使いになられた剣だ。
さて、ここまでは書物などで得た知識。実際にダンジョンに入るのは、これが初めてだ。このダンジョンは王都に近く、ミネラウヴァ王国内では最古とされている。お宝などは掘りつくされているそうで、住み着いている魔獣、魔物の情報は揃い、地図も出来上がっている。
王立騎士養成学校の授業に、それも一学年の授業に使うには最適なダンジョンということだ。
今回の野外授業は五日を予定している。とはいえ、実際にダンジョンに入るのは各自一度だけだ。一斉に何十人もダンジョンに入っては授業にならない。警護の都合もある。一日一グループ。一グループ、十人ほどでダンジョンに入るのだ。
今日は三日目。同じグループにはクリスティーナ、パトリオット、カイト、コルテスがいる。アントンたちも。有力家の人間をひとつにまとめたようだ。三日目であるのは、初日と二日目のグループはダンジョン内に罠などがないか確かめる役目を、知らずに務めさせられたのだろう。
同行している護衛、退魔兵団は、カイトを数に入れないで、三人。残りの五人はダンジョンの入口で見張りに立った。全員が黒い布で顔を覆い、目元しか見えないが、体つきで女性が一人混ざっているのは分かった。
今はカイトと彼らのことを考えて仕方がない。考えるだけでは何も解決出来ない。
「そろそろ何か出てくるかもしれない。気を付けよう」
先頭を進むアントンが警戒を呼び掛けてきた。入口からすでに百メートルは進んだ頃、入口の光はとっくに見えなくなっている。彼の言う通り、何か現れてもおかしくないところまで来ている。
護衛を除いた編成は、前衛をアントンと私、それとアントンの騎士候補が務めている。中盤にはエミリーとアントンの騎士候補、パトリオットとカイトがいる。後衛はクリスティーナ、イーサン、二人の護衛としてコルテスだ。分岐があった場合はカイトが後衛に下がって、後方からの不意打ちに備える。こう決めている。
「クリスティーナ様!」
「なっ!?」
突然の叫び声。それもクリスティーナの名を叫んでいる。何が起きたのか。後方を確認しようとしたところで。
「ウィリアム! 前だ!」
アントンが前方の異常を知らせてきた。咄嗟にそれに反応し、先の様子を確かめようとした。これが間違いだった。
後方の騒ぎが大きくなる。明らかに異常事態が起きている。前方に何があるのか確認することなく、まだ後方に視線を向けた。
「……そんな?」
クリスティーナが光に包まれていた。地面の輝き。それで魔法の光だと分かった。慌ててクリスティーナを助けようと動く。だが。
「ウィリアム! 駄目だ!」
「離せ、アントン! クリスティーナが、クリスティーナが!」
「気持ちは分かる! でも、お前に何かあったら王国はどうなる!?」
王子である自分の身を最優先にすべき。こんな常識はどうでも良い。クリスティーナを守れない俺に何が出来る。王国を救うなんて話は、戯言だ。
アントンを振り切り、クリスティーナの下に駆けつける。だが、遅かった。
光は薄れ、クリスティーナの姿も消えた。私より先に光の中に飛び込んだカイトと共に。
「……術式魔法か……何の魔法か分かるか?」
「分かるはずないだろ? 黒炎じゃ、あるまいし」
退魔兵団の兵士たちは冷静だ。怒りを覚えるほどに。だが、それが彼らの仕事。事が起きるのを防げなかったのであれば、次の対応を考えなければならない。
「そのカイトくんが飛び込んだのだから、即死系じゃないでしょ?」
「……夢魔。TPOって知っているか?」
「知ってる。カイトくんに教えてもらった」
「そうじゃなくて……その名を口にするな」
分かっていたことだが、カイトは退魔兵団の兵士。黒炎という通り名を持っている兵士だった。そして、恐らく、彼らは歴代最強と評される理由となっているカイトと同年代の兵士たち。女性が「ムマ}を呼ばれたのは通り名だろう。
私も悔やんでいるままでいられない。対処に動かなければならない。クリスティーナを一秒でも早く助ける為に。
「少し良いか?」
アントンたちは少し離れた場所に集まっている。恐らく、今の話は聞こえていない。だが、このまま彼らに話をさせておくわけにはいかないだろう。
「今、まだ調査中です」
「私はウィリアム。この国の第二王子だ」
「……お偉いさまですか。それでもまだ答えられることは少ないと思いますが?」
私が第二王子だと知っても、素っ気ない態度。それを無礼とは思わない。カイトはそれなりに自分を取り繕っていたのだな、なんて今はどうでも良いことを思っただけだ。
「第二王子の私は一般学生よりも、少し事情を知っている。君たちのことも……黒炎という仲間のことも。この前提で話を聞かせてもらいたい」
「なるほど……少し離れますか?」
「ええ、面倒くさ~い。私があいつ等全員、眠らせてあげる」
「夢魔、頼むから黙っていてくれ。まったく……どうしてカイ、いや、あいつはこういう時にいない?」
女性の兵士は少し面倒な性格なようだ。彼の話を聞く限り、彼女と上手くやれるのはカイト。どうでも良い情報だ。
クリスティーナが消えた場所から離れる。退魔兵団の兵士全員が付いてきた。
「君たちの考えを聞かせてくれ」
「考えといっても……術式魔法が発動した。ただ俺たちでは何の魔法か分からない。分かるとしたら黒炎だ。だが……彼は今ここにいない」
カイトが黒炎であることを私は知っている。それが分かっていても、彼は言葉を選んで話している。あまり意味あることではない。たんに私が信用されていないだけだろう。
「ただ、こう考えることも出来る。彼が飛び込んだということは、即死するような魔法じゃない」
「……彼は、あの時間でそれが分かるのか?」
発動していた時間は、長いようで短い。実際は数秒だろう。それも事態を把握し、光の中に飛び込む決断をするまでの時間となれば、本当にわずかな間であったはずだ。それで黒炎、カイトは術式の内容を読み取ることが出来たのか。
「あくまでも推測です。ただ……これは言うべきではないのかもしれませんが……彼に彼女の為に命を捨てる理由が?」
「……分からない」
それはない、とは言えなかった。どうしてか。私は、もしかして、カイトに嫉妬しているのだろうか。何も考えず、クリスティーナの為に動ける彼を羨ましいと思っているのか。
「仮に魔法が転移魔法だとすれば、なんとかなるでしょう。あれはどんな場所でも生きられる男です。ただ……」
「ただ、何だ?」
「お嬢様は苦労するかもしれません。ちなみに貴族はスライムを食べることなんて?」
「あ、あるはずがない。というか食べられるのか!?」
なんという例えなのか。スライムを食べる。そんなことを考える人族などいるはずがない。魔人族でも、他種族でも同じだろう。だが、きっとカイトは食べるのだ。好んでのことではないとは思う。それでも生きる為に食べる。「どんな場所でも生きられる」という言葉は、そういうことなのだろう。
「術式魔法の解析を……無理かもしれませんけど」
「魔力の残滓があれば、なんとか……」
「犯人はあいつらですか? だったら殺しますけど?」
クリスティーナが消えた場所。術式魔法が描かれていた、要は魔法陣の中で、アントンたちが何かをしている。術式の解析を行っているのだと思いたい。そうでないのであれば、彼の言う通り、アントンたちを疑わなければならなくなる。
そうなのか。ここまでのことを行うのか。否定したいと考えながら、否定しきれない。どうしてこのようなことになってしまったのだろう。