
また野外授業が行われる。それにあたって王立騎士養成学校は護衛体制を強化した。かなり異例の体制だということは、詳細を聞かされていなくても、分かる。前回の悪魔による襲撃は、そうするだけの衝撃を王立騎士養成学校に、王国に与えたということだ。もしくはどこからかクレームが入ったか。それが出来る者など、数えるほどしかいない。
護衛役として紹介された人数は五人。ただこれが表向きの数であることを私は知っている。実際には、倍近い数がいる。護衛体制については、父上も詳しく教えてくれた。何かあった時、私にもしかるべき対処を行えということだと理解した。
周囲のざわめき。護衛役に対する不安か。もしくは護衛役として彼らが選ばれたことへの不安か。後者は彼らが何者かを知っているということだ。そうであれば、学校側がどれほど警戒しているか分かる。
「退魔兵団というのは……?」
クリスティーナは知らないようだ。彼女の呟きはそれを示している。
「退魔兵団は、対悪魔戦に特化した兵団。悪魔に対抗できる能力を持った者たちの集まりだよ」
「悪魔に対抗できる力というのは、どういうものなのですか?」
「詳しいことは知られていない。分かっているのは、悪魔が使う魔法への耐性を全兵士が持っているということくらいだ」
個々のスキル、能力については非公開。それは当然だ。その情報が悪魔側に漏れては、退魔兵団にとって大変なことになる。手の内を知られ、対抗策を取られては、戦うことなど出来ない。
「……兵士、なのですね?」
「そこを気にするか……彼らは元々、孤児か、親に売られた子供たちだ。だから騎士の称号は与えられないらしい」
悪魔と戦う力があっても、生まれ育ちを理由に騎士の称号を与えない。だから退魔兵団。退魔騎士団ではないのだ。王立騎士養成学校には平民の学生がいる。彼らは無事卒業出来れば、騎士になれる。この差は正しいことなのか。
「どうして、騎士として認められないのでしょうか?」
クリスティーナはこう言うだろう。分かっていたことだ。彼女の問いに対する答えを私は持っている。ただ、話すのは少し躊躇いを覚える。そうであっても話すべきであることを、私は知っている。
「彼らは……奴隷だ」
「えっ……?」
「身分としては平民だが、従属の魔法で縛られている。主の命令には逆らえない。だから、実質、奴隷だ」
これが一番の理由だ。彼らの立場は奴隷。奴隷契約はされていない。だから身分は平民のまま。それでも魔法で自由を奪われている。
「……あ、あり得ませんわ。従属の魔法なんてものは禁呪となっているはずです」
人の自由を奪う魔法。そんなものが認められるはずがない。禁呪になっているはずだというクリスティーナの考えは正しい。実際に指定されている。それでも退魔兵団ではその魔法は使われている。
「クリスティーナ。君は知っておくべきだと思って、私はこれを話している。でも……口外して良いことではない」
「それは……王国も認めているということですか?」
悲しみと怒り。王国がこんな非道を認めていることをクリスティーナは悲しみ、そして怒っている。この反応も予想出来た。私も話を聞いた時、同じ気持ちだった。
「……そうだ。彼らが悪魔に対抗する力を持っているのは、特別な方法を使ってのこと。身寄りのない子にしか出来ないような方法なのだと思う」
「…………」
どこまでも非道。クリスティーナは言葉を失った。誰も文句を言わない孤児や売られた子にしか施せない何か。唯一。文句を言える本人たちは魔法で、歯向かう自由を奪われている。
「ある意味、悪魔と似た存在。こう思われている面もあるそうだ」
「……そこまでしなくてはならないのですか? そうしなければ悪魔と戦えないのですか?」
「そうでありたくない。ただ彼らの本拠地は魔王国との国境近くにある。侵攻に対する最初の壁となる役目を与えられているということだ」
対悪魔ではなく、対魔族、対カンバリア魔王国戦に備えた兵団。退魔兵団とはそういう存在なのだ。クリスティーナには最初の壁という言い方をしたが、実際には時間稼ぎが出来れば良いところなのだろう。いくらなんでも侵攻を完全に止めるだけの力はないはずだ。
「ここからが本題だ。落ち着いて聞いて欲しい」
「本題……これ以上、何があると言うのですか?」
「……カイトは退魔兵団の兵士だ」
「…………」
大きく目を見開いて驚いているクリスティーナ。その見開かれた瞳に、少しずつ涙が貯まっていく。少しずつなのは、貴族の令嬢としてのたしなみか、意地か。人前で涙を見せない。それが染みついているのかもしれない。彼女はそういう人だ。
「コクエンは、黒い炎という字だ。今の退魔兵団は歴代最強と王国に評価されている。そう評価される活躍を見せている兵たちがいる。同じ年頃の兵士たち、五人だ」
「その一人が黒炎、カイト殿……」
「恐らくは。ただ先ほど確信を持った。退魔兵団の一人がカイトに、話しているようには見えないが、近づいて行った」
学長ではなく父上から黒炎について、その流れで退魔兵団について話を聞いた。だがカイトが黒炎だと断定する話は聞けなかった。気が変わったのか、何か事情があるのか分からないが、教えてもらえなかった。
だが今さっき、離れた場所に立っていたカイトに近づく者がいた、装いから退魔兵団の兵士であることが分かった。まず間違いなく、知り合いなのだ。
「つまり、カイト殿も奴隷のような扱いを受けているのですね?」
「そうだと思う。だからこそ、クリスティーナに伝えておこうと思った。すまない。私には彼の為に出来ることは何もない」
謝罪も伝えなくてはならないと考えた。彼らを従属の魔法から解放する。これは実現しない。彼らを悪魔と同一視しているから。これが本当の理由ではない。従属の魔法を使う口実としているだけだ。悪魔相手では仕方がない、という。
本当の理由はただ退魔兵団の兵士の忠誠を疑っているから。彼らに非道な真似をしたという自覚はあるのだ。力を得た彼らに復讐されることを恐れているのだ。それは退魔兵団の幹部だけではない。王国も同じだ。
復讐として彼らがカンバリア魔王国に寝返ってしまったら。国境の守りは無になる。それどころか退魔兵団は魔王国軍の先陣として攻め込んでくるかもしれない。絶対にないとは、私も、言い切れない。
「……私は……私も……無力です」
「クリスティーナ。今は何も出来ない。でも諦めない。私は、いつか……いつか、なんて言葉は空しいな……」
いつかは、ずっと来ないから、「いつか」なのだ。この言葉を約束に使っても空しくなるだけ。自分が嘘をついているだけに思えて、嫌になる。情けなくなる。それでも、諦めてはいけないと思う。自分の国が恥ずべき行為を行っていることを、ずっと見て見ぬ振りをしていることは許されないと思う。
自分に何が出来るのか。出来るようになる為には、どうならなければいけないのか。これは考え続けていかなければならない。せめて、これは誓おう。