
洞窟調査の指名依頼に参加することになったアークたちだが、実際に洞窟に向かったのはホープから話を聞かされてから半月が経ってからになった。その間は勇者ギルドの訓練場で、五人での連携を主に、訓練を行っていた。初めて組むメンバー。さらにメンバーの構成も、アークとミラにとっては、過去のパーティーとは全然違う。前衛の攻撃役はほぼアーク一人で担うことになり、中盤の盾役兼攻撃役をホープ。支援役のミラ、回復役の魔法士であるルミナス、そしてシェイドの三人は後衛。シェイドは暗殺士という物騒な呼び名の特殊職で探知探査魔法だけでなく気配隠蔽魔法も得意。近接戦闘能力がないわけではないが、得意の魔法を使った不意打ちが得意なので真正面から戦うことになる前衛ではなく、後ろに下がって魔法士二人の護衛という役割だ。護衛役は従魔獣のクッキーもいるのだが、残念ながらアークとミラの二人以外からは信用してもらえなかったのだ。
「……ここだ。洞窟の入口は正面に見える崖の裂け目。縄梯子で下まで降りる」
森を奥に進むと開けた場所に出た。人工的に切り拓いた場所であることは、建物が立っていることで分かる。
「ここは?」
「調査隊が準備した。あの建物には食料などが置かれている。長期戦になった場合の備えだ」
「ああ……なるほど」
訓練に半月をかけた。Sランク勇者候補にまでなる人は、やはり慎重に事を運ぶのだとアークは思っていたが。それだけではなかった。入口を見つけるのにかかった期間が、その後の準備も含めて、半月ということだったのだ。
「早速潜るぞ。中の様子を確かめないと始まらない」
到着してすぐに洞窟に入ることをホープは決めた。拙速は避けるが、無駄に時間を使う気もない。洞窟の中の様子は分からない。だからこそ、まず確かめることが必要との考えだ。
「最初に俺が降りる。アークが後に続け。あとシェイド、はしごの下の様子を探って、何かあったら教えてくれ」
「了解です」
シェイドの返事を聞くとすぐにホープは躊躇うことなく、縄梯子を降りていく。危険があればシェイドが教えてくれる。こう思っているからでもある。その後にアークも続く。
洞窟までは、予想していたよりも、遥かに近かった。ゴブリンロードとそれに従っていた妖魔がよじ登れる高さだ。深いはずがない。ただ洞窟の最深部に近い場所と思っているアークは、もっと地下深くまで降りるものだと勝手に考えていたのだ。
「まあまあ広いですね?」
洞窟の広さも考えていたようなものではなかった。常時依頼がある入口近くよりも広いくらいだ。
「妖魔の集団が住み着いている洞窟は奥のほうが広い。先に行けばもっと広い場所があるはずだ。妖魔の村ということだからな」
妖魔が住み着く洞窟は奥に近い場所ほど広い。人族が道路整備を行うのと同じように、妖魔も洞窟を広げていく。さらに住処がある場所は驚くほど広大だ。妖魔にとって村や町。数十、数百の妖魔が暮らせる空間になっているのだ。
「村……」
「お前が倒したゴブリンロードは人族で言う貴族。領地はそれなりの広さがあって当たり前だろ?」
「それだと一体どれくらいのゴブリンがこの洞窟の奥にいるのですか?」
領地に住む領民は数千。数万のところもある。それだけのゴブリンの群れにたった五人で立ち向かうのは、さすがに無理ではないかとアークは思った。
「それを調べに行くのだ」
「そうですけど……」
「ゴブリンについては、それほど心配するな。ゴブリンロードはすでに倒している。率いてきた数を考えれば、まだ若いゴブリンロードなのだろう。村の規模は小さいはずだ。出来たばかりの可能性もある」
森に出てきた群れの数は驚くほどではなかった。親玉であるはずのゴブリンロードが率いていて、あの数だ。それほど大きな集団ではないとホープは考えている。洞窟に住み着いたばかりで、これから集団を大きくする予定だった可能性だ。
ただゴブリンは心配しなくて良くても、もっと危険な存在がいる可能性がある。この依頼はそれを調べることが目的だ。
「揃いました。前後どちらにも反応はありません。どうしますか?」
「洞窟の入口の方向から考えると、こっちが奥のはずだ。ということでアーク、前を歩け」
「はい? ホープさんじゃないのですか?」
何が先にいるか分からない移動なのだ。もっとも強いホープが先頭を歩くものだとアークは考えていた。
「これだけの広さがあれば、お前のほうが適任だ。狭い場所になったら俺が変わる」
「……はあ」
人が一人通れるくらいの狭い場所は、確かにアークは戦いづらい。真正面から戦うしかないので、機動力を活かせない。だからといって広ければ自分というのはどうかとアークは思う。
それでも嫌々ながら先頭に立った。すでに洞窟の中。誰が前を歩くかで揉めている場合ではない。
「反応があったらすぐに知らせるから、あまり離れ過ぎないように」
移動はシェイドが魔獣や妖魔の存在を探りながら。とはいえ、ずっと魔法を発動し続けることは出来ない。そんなことをすれば、すぐに魔力が尽きてしまう。
結果、発見にはタイムラグが生まれる。あまり前に進み過ぎると、いきなり妖魔と遭遇なんて事態になってしまうのだ。だからといって、まとまり過ぎても良くない。特にヒーラーのルミナスには妖魔を近づけるわけにはいかないのだ。
「……ああ、そういうこと……いや、それならどちらが前でも……同じか」
アークが先頭。二番目はシェイドになっていた。ホープはどこかというと最後尾だ。後ろから奇襲されることを防ぐ為。それはアークにもすぐに分かった。であれば、どちらが前でどちらが後ろでも同じだろうことも。同じなので文句を言う意味もない。
自分でも、意味があるか分からないが、前方の気配を探りながら先に進むアーク。
「……教えてもらわなくても分かったな。ミラ!」
「行けぇええええ!」
アークの声に応えて魔法を放つミラ。周囲を照らしながら、炎がアークに向かって飛んでいく。
「あいつ、見えているのか?」
炎属性の支援魔法は力増強。攻撃力を高める魔法だ。ミラはそれを選んだ。結果としてアークが求める魔法だ。大きな足音を立てて近づいてきた妖魔はゴブリンではなくオーク。訳の分からない怒声をあげて襲い掛かってきたオークを、アークは一太刀で切り捨てた。
「……二……三、もっとか? ……大丈夫だな。ミラ!」
だがそれで終わりではなかった。足音はまだ洞窟に響いている。後続がいるのは間違いない。一瞬、後ろを振り返ったアーク。ホープが自分の後ろに移動してきているのを見て、ミラに指示を出す。
風が洞窟内に吹き荒れる。それがアークの体を包んだ途端、彼はオークの視界から消えた。
「ぶぉおおおおおっ!」
消えたアークに驚いて叫び声をあげた先頭のオークに背中から一太刀。すぐにアークは次のオークに向かう。先頭はホープが対応してくれる。訓練でこういう事態は想定済みだ。一撃で倒せない場合は、アークがダメージを与え、ホープがとどめをさすことになっているのだ。
「……あの子……訓練で分かっていたつもりだけど……」
後方で戦いの様子を見ていたルミナスが呟きを漏らす。アークが、Bランクが不釣り合いな強者であることは知っていたつもりだった。だが実戦で見るアークは、さらに強く見える。身体強化をしているとはいえ、オークの群れを楽々と、と言うとアークはそんなことないと反発するだろうが、倒せる力がある。
「ああ、言っていなかったか。オークナイトを倒したことがあるらしいよ」
「それは……今のようにミラと二人で?」
「そう。彼の参加に不安を訴えたらホープさんが教えてくれた。本当は秘密情報らしいので、ここだけの話で」
Bランク勇者候補を加えて危険な指名依頼に臨む。無条件で了承出来るものではない。シェイドは参加を躊躇った。その彼にホープは、アークに参加する資格があることを分からせる為にオークナイトの話をしたのだ。それが嘘ではないことはアークが持っている剣を見れば分かった。
「……ひとつ聞いて良いですか!?」
ルミナスとシェイドがそんな話をしている間に戦闘は終わった。倒した数は五体。アークとホープ。それぞれの一太刀で絶命させたのだ。先のほうで倒したオークの死体を見ながら、アークは気付いたことを、警戒を解かずに後ろで控えていたホープに尋ねてきた。
「何だ!?」
「オークの装備が同じに見えるのですけど、どうしてですか!?」
「お前……そんなことも知らないのか!?」
「オークはゴブリンと違って、人族のような社会形成をしていないって聞いています! だから装備が同じなのはおかしくないですか!?」
ゴブリンはこの洞窟がその一つであるように村や町を作っている。大きな群れになると武器を作る職人もいる。食料を確保する狩人もいる。独自の社会が作られているのだ。ただ狩る対象には人族も含まれているので、害になるのだ。
一方でオークはそうではない。基本、個として活動している。強い個が弱い個を何体も従えていることはあっても、ゴブリンのように職業と言える役割分担はない。オークにとって物や食料は奪うものなのだ。
「……オークが持っている剣や鎧は人魔大戦時に魔人族によって作られた物だ! だからゴブリンの武器よりも価値がある! これは常識だぞ!?」
「俺が知らない段階で常識ではありませんから! 俺のような下っ端も知っていて初めて常識と言えるのです!」
「オークナイトの群れを一人で倒す下っ端がいるかよ……」
同じ武器や防具を装備しているということはオークではなく、オークナイト。数に限りのある魔人族から与えられた武具は当然、強い者が持つ。弱い、ただのオークが何かの間違いで手に入れても、すぐに奪われることになるのだ。
同じ装備とアークが思ったということは、複数の個体が装備を付けていたということ。最低でも二体のオークナイトがいた。実際はもっとだろうとホープは思っている。
「はい!? 聞こえませんでした! 何ですか!?」
「なんでもない! オークの装備は帰りに回収する! 前に進むぞ!」
「分かりました! 進みます!」
オークの死体はそのままで、さらに前進。洞窟の大きさも現在地も分かっていない。調査にどれくらいの期間が必要になるか分からない状況では、とにかく先を急ぐしかない。ホープはこう考えているのだ。
「……彼、何ですか?」
シェイドが距離を詰めてきて、ホープに問いかけた。
「後衛を離れるな」
「すぐに戻ります。ただ……気になって。彼は何者です?」
周囲に危険な気配はない。一応はそれを確かめて、シェイドは前に出てきている。アークが近くにいない移動中でないと聞けない話だと考えたのだ。
「勇者だ」
「えっ……?」
「というのは冗談。ただアークと、目立たないがミラの成長の早さは異常だと俺は思っている。技は鍛えれば伸びる。だが鍛えることが絶対に必要で、それはひと月やそこらで成果が出るものではない。だが二人は違う」
持って生まれた才能。それがどれだけ凄くても、技術を伸ばす、熟練度を上げるにはそれなりの期間が必要だとホープは考えている。生まれた時から跳びぬけて強い者でも、その強さをさらに高めるには時間が必要なはずなのだ。アークとミラも努力をし、時間をかけている。だが結果が出るまでが驚くほど早い。さきほどのアークの戦いを見て、改めてホープは思ったのだ。
「成長ですか……」
「今は間違いなく俺のほうが強い。余裕で勝てると自信を持って言える。だが……そうだな、今の勢いで成長を続けられたら三年後は分からない。あいつらは俺が二十年以上かけてたどり着いた場所に、たった三年で追いつくかもしれない」
「…………」
Bランクにしては異常に強い。シェイドはこう思った。何をどうすればこんなに強くなれるのか。これが気になった。だがホープはシェイドが考えていなかったことを伝えてきた。今強いというだけでなく、これからさらに強く、それも驚くべき速さで強くなる可能性があることを。
ホープが冗談として口にした勇者。その言葉がシェイドの頭に浮かんだ。
「まっ、今の勢いで成長を続ければだ。誰もが壁にぶち当たる。それがいつで、乗り越えられるのかも今は分からない」
「……そうですね」
乗り越えられたら。それもまた驚くべき早さで乗り越えてしまったら。二人はどこまで進むのか。Sランク勇者候補であるホープを超えた後の彼らは。
「行くぞ。今は仕事に集中すべき時だ」
「……はい。分かりました」