月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第16話 口説かれた、のかな?

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 クラリスにはサーベラスが良く分からない。入所時の霊力判定で「卒業は無理」と言われるほどの低評価を受けた。講義の時間はいつも上の空。体力作りの訓練でも、いつも周りから遅れていた。霊力は少なく、武器型はまともな形を成していない。判定通りの落ちこぼれ。そのはずだった。
 だが訓練が実戦的なものになるにつれて、サーベラスの見方が少しずつ変わってきている。訓練に対する取り組み姿勢は、他の誰よりも熱心だと思えるもの。その日に上手く行かなかったことを、翌日の訓練では、完璧とまではいかなくても、修正してみせる。その為に夜に一人で自主練習を行っていることを、すでにクラリスは知っている。
 さらに霊力に関係のない部分での戦闘能力は、同期全体でも中の上か、上の下くらいに位置するとクラリスは見ている。そう思わせる動きを訓練で見せているのだ。

「入所前に訓練を受けているのだろうね?」

「えっ?」

「サーベラスのこと」

 サーベラスへの見方を変えているのはクラリスだけではない。サムエルも見直していた。

「……でも彼の霊力は」

 本当は「霊力の制御について訓練を受けているようには思えない」と言いたいのだが、サムエル相手では止めておいた。自分たちが入所前に訓練を受けていることは、一応、隠すことになっているのだ。サムエルも、おそらくは同じ秘密を持っているだろうと思っていても。

「守護兵士としてではなく、一般兵士かもしれない。騎士の可能性のほうが高いかな? 騎士も霊力を使えないほう」

「……それはあり得ますね」

 サーベラスを見直しているのは霊力に関係ない部分の戦闘力。本人の体の動きだ。それは、騎士になる為の訓練を小さい頃から行っていたことで身につけたものであるかもしれないとクラリスも思った。

「守護霊なんて宿さなかったほうが彼にとって良かったかもしれない」

 一般騎士であればサーベラスは優秀だと評価されたかもしれない。サムエルはこう考えているのだ。

「そういう言い方は駄目よ。彼は人一倍努力をしている。守護兵士としての力を身につけようと頑張っているの」

「……そうだね。彼の努力は認めるべきだ」

 努力は認める。だがその努力が必ず報われるとは限らない。この考えを、クラリスの気分を害さないように気を付けて、サムエルは言葉にした。体の動きは上の下であっても、敵の防御を打ち破る霊力の強さがなければ、攻撃は当たらない。それが現実だとサムエルは考えている。
 そう思うのも仕方がない。クラリスが上の下と評価する動きを、サーベラス本人はまったく評価していないのだから。

(遅い)

(ごめん。隙が見えなくて)

 サーベラスに評価されないのも仕方がない。体の動きを指示しているのは、戦闘訓練など受けたことがないルーなのだ。

(隙は見つけるものではなくて作るもの、は、さすがに要求が高すぎか……最小限の動きで次々と攻撃目標を変える。まずは、これで行こう)

(分かった。でも、サーベラスは凄いね? 僕の考えにすぐに反応してみせる)

 防御だけでなく、攻撃訓練もサーベラスはルーに任せることにしている。ルーに戦闘訓練を多く積ませる為だ。

(いや、全然、遅れている。ルーの判断の遅れと俺の反応の遅れ。これが改善出来れば、もう少しまともに戦えるようになるはずだ)

 今の動きはサーベラスが求めるレベルから大きく劣っている。ルーも自分自身も、もっと速く動けなければいけない。霊力の不足を補う為には、他の部分で相手を凌駕しなければならないと考えているのだ。

(実戦も僕がやるわけじゃないよね? 防御は僕の役割だって分かっているけど)

(基本はそうだけど、霊力では防ぎきれない攻撃は、体の動きで避けなければならない。俺が気づけていない攻撃をルーが先に気づいた場合は、これと同じことが必要だ)

 攻撃はサーベラス。防御はルー。これが基本的な役割。だがルーの霊力では受け止めきれない攻撃は避ける必要がある。それは体を動かすサーベラスの役目。今の霊力では絶対に必要な備えだ。

(そうか……そうだね)

 サーベラスたちの戦い方は「敵の攻撃は避ける」が原則。受けて粉砕されてば、ルーは霊力を削られる。ただでさえ少ない霊力が減ってしまうのだ。そういう事態は、出来るだけ避けなければならないと考えて、そういう戦い方を身につけられるように二人は訓練に取り組んでいる。

「ここまでにしよう。頑張っているね? かなり動きが良くなってきたよ」

「ありがとうございます」

 今日の指導教官はレンブラント教官。褒めて伸ばすタイプで、サーベラス本人は納得していなくても、必ず褒めてくれる。他の見習い守護兵士たちにも同じ対応だ。それを喜ぶ人たちは少なくない。クラリスたちのチームは皆、サーベラスは除いてだが、そうだ。

(……明らかに僕たちの時とは違うね?)

 サーベラスの次に指導を受けているのはクラリス。レンブラント教官の動きは明らかにサーベラスたちの時とは違う。

(彼女は優等生だからな。それだけが理由とは限らないけど)

(えっ? まさか、先生が教え子に手を出そうとしているってこと? 確かに彼女は可愛いけど……)

(そういうのどこで覚えてくる? 俺の知識ではないはずだ)

(さあ?)

 当然、サーベラスが考えた理由は、ルーの妄想とは違っている。ただ、サーベラスのそれも何の裏付けのないものであることは、ルーの妄想と同じだ。

(意識を集中させて、動きを読んでいたほうが良い。俺たちも早い段階で指導教官にあの動きをさせなければならないからな)

(そうだね)

 まだまだ指導教官は手を抜いている。それは分かっているが、そう遠くない時点で、止めさせなければならない。手を抜いていては指導が出来ないと思わせなければならないのだ。今、レンブラント教官がクラリス相手に見せている動きも、越えなければならない。

(……彼女、剣も結構、使えるんだね?)

 クラリスの本来の武器型は弓矢であるはず。だが今、霊力で作った剣を使って、戦っている彼女の動きは、かなり良い。ルーにもそれが分かるほどの動きを見せている。

(近接戦闘にも対応できるようにしているのだろうな。ただ、あれでも兵士なのか……騎士ってどこまで強いんだ?)

(指導教官は騎士だよ?)

(本気にさせた時にどの程度か……そうか。剣が本来の武器ではない可能性もあるか)

 霊力で剣を作るというのは高度な技量ではないとされている。兵士よりも強さも練度も上であるはずの騎士の戦い方は、自分たちが教わっているものとは根本的に違う可能性があることにサーベラスは気がついた。

(もっと長い間、特別士官学校を見られていたら良かったのに)

 養成所に来る前に、ルーは特別士官学校を三回ほど視察に行っている。当然、許可を得てのことではない。忍び込んで授業の様子を見ていたのだ。だが、たまたまやっていた授業がそうだったのか、内容は特別なものではなかった。発見と思えるようなものは、何も知ることは出来なかったのだ。

(集団で学ぶことは基本的なこと。独自の戦い方は個人で編み出したりしている可能性もある。手の内は隠しておいたほうが良いからな)

(必殺技ってこと? なんだか恰好良いね?)

(どうだろうな? どんな敵でも一撃で倒せる技があるなら知りたいけどな)

 守護騎士全員がそのような技を持っているはずがないとサーベラスは思う。多くの守護騎士は地道に自分の技量を磨き、少しずつ力を高めているはずだと。

(そうか。皆が皆、一騎当千の力を持っているのなら、この国はもっと大きくなっているね? それとも他の国も同じくらい強いのかな?)

(……さあ? そうでないほうが俺たちにとって良いことは分かるけどな)

(地道に頑張る側だからね)

 足りないものは沢山ある。その不足を全て補うことは難しいだろう。霊力の問題など、どうすれば良いか分からない課題もあるのだ。それでも自分たちは諦めることはしない。そうルーは思っている。諦めることなく、少しずつでも前に進むことが楽しいのだ。サーベラスと歩む毎日が、ルーは楽しいのだ。

 

 

◆◆◆

 チームを一つにまとめるのはリーダーである自分の役目。クラリスはこう思っている。正しい考えだ。だが、彼女が考えているほど、養成所におけるチームリーダーの責任は重くない。チームは養成所にいる時だけのものであり、卒業すれば多くはバラバラになる。チームリーダーも守護兵士としてどこかに仕えるのであって指揮官になるわけではないのだ。
 だが彼女は、自分が考えるチームリーダーの責任を果たそうとしている。チームの結束をより高める為に何が必要かを考えている。マイクとローランドは良い。彼らとは長い付き合いであり、クラリスにとっては、気心が知れている間柄。協力的であるのも間違いない。サムエルも同じ。クラリスをリーダーとして立て、チームをまとめることに協力しようとする意思も感じられる。
 問題は残りのメンバーだ。ブリジットは相変わらず、常に不満げだ。クリフォードは時々、対抗心をむき出しにしてきて、クラリスを困らせる。チーム内でも競争は必要だとクラリスも思う。だが、それが激しすぎるのは問題だと考えているのだ。
 そして、もっとも問題なのはサーベラス。クラリスはこう思うようになっている。サーベラスはブリジットのように不満を漏らすことはない。クリフォードのように競争心をむき出しにすることもない。クラリスの邪魔はしていない。助けることもしない。チームに対して無関心なのだ。
 ではクラリスも放っておけば良い、とはならない。本人の望まない干渉をするべきではないと思ったこともあったが、近頃はそれは間違いだと思うようになった。サーベラスは周りに対して無関心かもしれないが、周りはサーベラスに対して、そうではないことに気が付いたからだ。
 クラリス自身もそうであるという自覚はあるが、重要なのはクラリス自身の興味ではない。サーベラスとクリフォード、ブリジットとの関係性だ。
 サーベラスとクリフォードは仲が悪い。クリフォードが一方的に難癖をつけているだけであるが、それがクラリスには不思議だった。クリフォードがそういう態度を見せる相手は、サーベラスだけなのだ。よほど相性が悪いのかもしれない。だが、良くも悪くも二人の関係が他とは違うのは間違いない。
 ブリジットも他と違うという点で同じ。ブリジットはサーベラスには助言を求め、それを素直に聞くのだ。同じ三番という低い評価を受けた者同士という意識かもしれない。もしかすると異性として興味を持っている可能性もあると、クラリスは考えている。とにかくブリジットはサーベラスに、クラリスとは違う顔を見せるのだ。
 もっとサーベラスから信頼されるようになれれば、彼がチームの団結に協力的になってくれたら、自分と残りの二人との関係性も変わる。クラリスはこう考えているのだ。その為には、もっとサーベラスとの距離を縮めなければならない。

(……貴方は副官なのですから……駄目ね。これでは責めているみたい)

 夕食後、一人でサーベラスが鍛錬を行っていることをクラリスは知っている。二人きりで本音で語り合うには良いシチュエーション。そう考えて、近くまで来たのだが、どう話を切り出せば良いか分からない。それを考えることなく、この場にきてしまったのだ。

(素直に相談があると話すべきね。実際にそうなのだから)

 無駄に遠回りな話し方をしても良い結果にはならない。これくらいのことはクラリスにも分かる。質問をすれば、素直にサーベラスは答えを返してくれる。ブリジットだけでなく、誰に対してもそうであることを、実際にその場にいて、自分も質問をして、クラリスは知っているのだ。

(じゃあ、タイミングを見計らって)

 鍛錬を邪魔しないように、区切りの良さそうなところで声をかけようとクラリスは考え、その機会を伺うことにした。

「……誰?」

「あっ……」

 だがサーベラスが先に気が付いてしまった。気が付いてしまったのは間違いないのだが、

「ごめん! 邪魔しちゃった?」

「邪魔すると分かっていて、わざと姿を見せましたよね?」

 サーベラスが気づいたのはブリジットが側にいることだった。実際はクラリスがいることにも気が付いていて、邪魔されるまで放っておこうとサーベラスは考えていたのだが、それは彼女には分からないことだ。

「どうしても聞きたいことがあって」

「何ですか?」

 鍛錬の邪魔をされたというのに、サーベラスにはそれを怒っている様子がない。実際は怒っているかもしれないが、クラリスにはそう見えない。自分がもっと早く声をかけていればとクラリスは思う。そうしていてもブリジットに邪魔される結果になっただろう、とも思う。

「サーベラスは攻撃する時に何を考えている?」

「……それ聞きます? もしかして、ブリジットさんは本能のままに攻撃しているのですか? それはそれで良いと思いますけど」

「からかわないでよ。そんなはずないでしょ? 今日、途中でどこを攻めれば良いのか分からなくなって。そういう時、どうすれば良いのかと思って」

 からかわれてもブリジットは嬉しそうだ。彼女の顔が見えているわけではないのに、クラリスはそう感じる。二人はやはり仲が良いのだと思い、自分がそうでないことを寂しく感じた。

「ああ。今日はそれで合格なのではないですか?」

「どういうこと?」

「攻め手がないと感じられたことで合格。指導教官は隙を消して、それにブリジットさんが気づくかを試したのではないですか?」

 どこを攻撃して良いのか分からなかったブリジットは、指導教官に隙がないことに気が付いたということ。それで正解だとサーベラスは思っている。隙がないのに攻撃しても、反撃を受けるだけなのだ。

「そういう意味か……それは嬉しいけど、攻撃出来ないままなのは問題よね?」

「そうですね。もう一段上に行く必要があります。隙を作らせる段階です。ただこれの正解はひとつではありません。相手によって、その時の状況によって、取るべき手は変わってくると思います。だから僕が教えられるのはこれだけ。打開策はその時にブリジットさんが考えなければなりません」

 常に通用する手など存在しない。その時、その時で最善の手は変わってくる。今、サーベラスが教えられることはないのだ。

「ええ……自分でと言われても……」

「いくつもの攻撃パターンを考えておいて、それを試してみたらどうですか? 失敗したら、何故、駄目だったのかを考えれば良い。今は訓練期間ですから」

「いつものやつね……そうね。それを繰り返して、自信をつけていくしかないわね」

 このブリジットの台詞を聞いてクラリスは驚いた。彼女から、このような前向きな言葉を聞くのは、これが初めてなのだ。クラリスのブリジットに対するイメージは、自分の能力を卑下し、常に自身なさげで、不満を呟いている。こういうものだったのだ。

「明日、同じような場面になったら、僕も見ているようにします。それで気が付いたことがあれば教えます」

「ありがとう。この感謝を君にどう伝えれば良い? ちなみに今、二人きりだけど?」

「人に見せる趣味は僕にはありませんから」

 二人きりではない。声の届く場所にクラリスが隠れている。

「邪魔者め。じゃあ、次の機会ね。今日はこれで、おやすみ」

 クラリスが隠れていることにブリジットも気が付いていた。気が付いていて、わざとサーベラスを挑発するような真似をしたのだ。それにサーベラスが乗ってこないことは分かっていても。クラリスへの小さな嫌がらせ。けん制の意味もある。ブリジットがサーベラスを好む理由は助言を与えてくれることだけではない。クラリスにまったく興味を向けていないことが分かるからだ。

「……それで? 二人きりになりましたけど、どうしますか?」

 ブリジットが去って行くのを確かめて、サーベラスはクラリスに声をかけてきた。後半は小さな意地悪。ブリジットとの会話のノリが残っているのだ。

「……お話があったのですけど」

「話をするだけですか。残念」

「からかわないでください。私は真面目な話がしたいのです」

「では、どうぞ」

 クラリスが変に緊張している様子なので、サーベラスはブリジットとの会話と似た雰囲気にして、彼女の気持ちをほぐそうと考えたのだが、それは失敗だった。

「……ブリジットさんと仲が良いのですね?」

「えっ? やきもちですか……では真面目な話にならないですね? どういう意味でしょうか?」

「彼女は私とはあのように話をしてくれません。私はもっと彼女と仲良くなりたいのです」

「……それを僕に言われても。僕はそういうことは分かりません。知っていることがあるとしても、それは貴方が望むものではないと思います」

 人と仲良くする方法などサーベラスは知らない。仲良くなった振りをして、相手にも仲良しだと思わせる方法は知っているが、それは相手を騙すこと。クラリスが求めているのはそういうことではないと分かっている。

「でも貴方は……私のどこが駄目なのですか?」

「……もしかして口説いています? それともそうやって思わせぶりな態度を見せて、相手を信頼させるのがクラリスさんの手ですか?」

「私はそんなことしません」

「私のどこが駄目。続く言葉は、どうすれば私を好きになってもらえますか、だと思うけどな……でも、そうじゃない。、結局、何を聞きたいのですか?」

 クラリスが何を話したいのか、サーベラスには良く分からない。目的はおおよそ分かっているのだが、それを自分に相談する気持ちが分からないのだ。

「私はチームを一つにまとめたいと思っています。その為に、どうすれば良いのかを知りたいのです」

「……どうぞ。やりたいようにやれば良いと思います」

「貴方もチームメイトの一人です!」

 結局、少し言葉は違うが、クラリスはサーベラスを責めているような口調になってしまった。そうなってはいけないと考えていたはずなのに。

「チームを一つにまとめたいというのはクラリスさんが求めていることです。僕はそんなことは思っていません」

「そういう人がいてはチームはまとまりません」

「……クラリスさんが言うチームを一つにするというのは、無理やり全員を自分の考えに染めるという意味ですか? そうであっても僕は同じことを言います。勝手にどうぞ」

「……違う。私は、そういうことを望んでいるわけではないの」

 サーベラスの言うような形は、クラリスが求めているものではない。チームが一つになるということは、他人に強制されて実現することではない。そんなチームは良いチームではないと、彼女は思っているのだ。

「では何を望んでいるのですか? それが何であっても、僕や他の人が求めているものと一致していなければ同じだと思います。クラリスさんは他の人が何を求めているか知っているのですか?」

「……私は……私は、それを知ろうとしなかったのですね?」

 サーベラスが、ブリジットが何を求めているのか。きちんと聞いてこなかった。それにクラリスは気づかされた。サーベラスは、ブリジットが求めていることに応えているだけ。だからブリジットはサーベラスに聞くのだ。自分はどうだったのか。自分のアドバイスはブリジットの話を聞いた上での内容だったのか。違っていたのだとクラリスは思った。

「分かりません。でも貴方がそう思い、それが悪いことだと考えるなら、改めれば良い。それだけのことです」

「そうします……もう一つ聞いて良いですか?」

 愁いを帯びていたクラリスの表情に明るさが戻った。迷いが消え、気持ちが軽くなったのだ。

「……何ですか?」

「私が求めたら、貴方は応えてくれますか?」

「……普通、口説いていると思うよな……でも、それはチームメイトとして、副官としてかな? そういうことですね? それが僕の仕事であれば、そうするしかないと思います」

「簡単には落ちてくれませんね」

「えっ?」

 気持ちが軽くなり、クラリスも、サーベラスをからかってやろうという思いが湧くようになっている。

「でもそれで十分です。チームメイトとして、副官として、私を支えてください。お願いします」

「分かりました」

 まっすぐに求めれば、サーベラスは応えてくれる。最初にこう考えていたくせに、クラリスは少し遠回りをしてしまった。だが、それで良かったと思っている。自分が気づいていなかったことを気づくことが出来た。それは遠回りしたおかげ、その結果、サーベラスの考えを、少しだけでも、聞くことが出来たのだ。

(……なるほど。追い込んで、弱みを見せるように仕向けたわけだね?)

(はっ? 何のことだ?)

(クラリスさんのようなタイプを落とすには、こういうのが有効だってサーベラスは言っていた)

(違うから、俺はそんなつもりはない。ルーの初恋の相手に手を出すはずがないだろ?)

(どうだかね)

 クラリスの気持ちは晴れたが、ルーの気持ちはひどく曇る結果となってしまった。クラリスには全く関係ないことで、彼女がこれを知る日など永遠に来ないが。

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