月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第17話 変化を試みる人たち、拒む人たち

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 養成所での訓練はますます活気を帯びている。これは指導教官たちにとって予想外の状況だ。入所から半年以上経てば、同期の間でも力の差ははっきりと現れるようになってくる。自分の能力の低さを思い知り、努力ではどうにもできない現実を知り、やる気を失う見習い守護兵士が出てくる頃なのだ。落ちこぼれとなった、そういう見習い守護兵士を救おうという意思は養成所にはない。養成所は、彼らを指導する教官たちも現実を知っているのだ。
 だが、今期入所の見習い守護兵士からは、今のところ、そういう人は出ていない。その理由は明らかだ。指導教官が見放すことになるはずの落ちこぼれを救おうとする動きが、見習い守護兵士の中から生まれたからだ。

「動きそのものは悪くないと僕は思います」

「そうですね。私もそう思うわ」

「じゃあ、何が駄目なのよ?」

 サーベラスもクラリスも動きは悪くないという評価。では自分の何が問題なのかをブリジットは尋ねた。

「速さ。動きの発想が良くても、余裕で見切られるような速さでは相手に通用しません」

「速さ……あれ以上、速く動くの? 出来るかしら?」

「今、出来ないのであれば、出来るような努力をするしかありません。やはり、もう少し体幹を鍛えるべきです。速く動いてもバランスを崩さないでいるには強い体幹が必要です」

 問題があればそれを修正する為の訓練をする。この方針はずっと変わっていない。養成所もまったく異なる方針で指導しているわけではない。

「体幹訓練か……地味なのよね」

「でも必要な訓練です。体づくりにこれで終わりはないと思います」

 違いがあるとすればこれ。養成所はきっちりとカリキュラムが組まれていて、訓練内容は基礎的なものから応用へと変化していく。それは問題ない。問題があるのは、ある時点で切り捨てられる訓練が出てくることだ。限られた期間で様々なことを教え込まなければならないのだ。そうなるのは仕方がない。だが、訓練と共に、そこで身につけるべきものを身につけられなかった見習い守護兵士も切り捨てられることになる。落ちこぼれが生まれるのだ。

「仕方ない。やるか」

 見習い守護兵士たちは、その行われなくなった訓練を自主的に復活させている。個人で自分に足りないところを鍛える訓練を行うようになったのだ。それも、方法や質を必要に応じて変えて。それを可能にしているのは。

「サーベラス。悪いがうちのメンバーも見てもらえるか?」

「クラリスさんが良ければ」

 サーベラスの存在だ。彼は訓練をみて、その人に何が足りないかを判断出来る。さらにその足りないものを、どのような訓練で身につけていくかを教えられる。チームメイトたちがそれを証明したことで、他チームも頼りにしてくるようになったのだ。

「……自分の訓練は大丈夫ですか?」

 サーベラスにも行わなければならない訓練がある。彼も成績が悪いほうで、怠ければ落ちこぼれとなるレベルだ。他のチームの面倒まで見ることになって、自分の訓練が出来なくなっては申し訳ないとクラリスは考えている。

「あと三十分くらいであれば大丈夫です」

 相談を受けている間もサーベラスは訓練を続けている。正しくはルーが。今のルーにとっては、他の人の動きを見ることが大事な訓練。戦い方を、戦う時の人の動きを見て、それを先読みする訓練を行っているのだ。

「……ではお願いします」

 そんなことはクラリスには分からない。守護霊が勝手に自分を鍛えるなんてことは常識ではないのだ。人の為に自分を犠牲にする、自己犠牲の精神がサーベラスにはある、などと勝手に勘違いをしている。

「えっと……ああ、貴方。反応速度の問題ではないですか?」

「えっ? 俺のこと知っているの?」

 まだ何も相談していないのに、サーベラスは問題を指摘してきた。されたほうは驚くに決まっている。ルーが観察していて、あまり得るものはないとサーベラスに判断された見習い守護兵士なのだが、これは伝える必要のないことだ。

「守りに入るタイミングが遅いことは、自分でも分かっていますよね?」

「分かってる。でも、どうして良いか分からなくて。前に習ったことをやり直してもみたのだけど、上手くいかない」

 以前行っていた訓練をやり直す。クラリスたちのやり方は、すでに他のチームの人たちも知っている。

「……じゃあ、僕とブリジットさんがやっている方法を試してみますか?」

「試す。どうすれば良い?」

 これを知りたいのだ。自分の悪いところは、多くの人が分かっている。だがそれを直す方法が見つからない。サーベラスには、この半年、様々なことを試みた経験がある。その経験に基づく方法を教えて欲しくて、他のチームの人も相談に来るのだ。実際に教わっているのは、半年どころではない経験からの助言だが。

「まずは遊びのような訓練です。これには相手が必要です。小石を集めて、相手に投げてもらう。左右上下に散らしてもらって、それを手足で受け止めるのです。ただし、受け止める手足に霊力を展開して」

「なるほどね」

「最初はゆっくり。十の十出来るようなら、少し速くして、また出来るようになったら速く。おもいっきり投げても十の十、受け止められるようになったら訓練は終わり。けっこう時間かかると思いますので、同じ悩みを持っている人とやるのが良いと思います」

 完璧にはぎりぎり届かない速さで行い、それに慣れていく。完全に対応出来るようになったら、また少しだけハードルをあげる。無理だと諦めないように、頑張ればなんとか出来るかもしれないと思えるところで行うのが大切。これは、諦めが早いブリジットを相手にして覚えたことだ。

「たまに相手してもらっても?」

「もちろん。ある程度、出来るようになったらガスパー教官に相手をしてもらうのも有りだと思いますけど」

「えっ? あの教官に?」

 ガスパー教官の厳しさは誰もが知っている。出来れば避けたい相手というのが大多数のガスパー教官に対する評価だ。

「ぎりぎりを攻めるのが上手な教官だと僕は思います。こう思って、一度、相手をしてもらったら分かると思いますけど」

「……前向きに考えてみる」

 サーベラスに勧められても、すぐに「そうする」とは言えない。だが指導担当は交代制。そのうちガスパー教官の指導を受ける時がくる。その時にサーベラスの言葉が正しいかどうか分かるはずだ。
 そのガスパー教官は離れた場所で、他の指導教官と共に、見習い守護兵士たちの様子を眺めている。

「……指導教官の面目丸つぶれだな」

 今日のガスパー教官は直接の指導担当ではなく、相談受付係。訓練で疑問が出たり、上手く出来ない点などについて相談を受ける役目だ。だが見習い守護兵士たちが相談に行くのはサーベラスのところ。彼らは指導教官ではなく、サーベラスを頼りにしているということになる。

「あれで皆のやる気が高まるのであれば、良いではありませんか。問題が出てきた時に止めさせれば良いと私は思います」

 レンブラント教官も今日は同じ役割なのだが、彼は気にしている様子を見せない。

「私は止めさせるべきだとは言っていない。私を含めた指導教官のやり方が、教わる側に正しいと思われていないことが問題だと言っているのだ」

「彼らもそこまでの意思は持っていないと思いますけど?」

「そういうこと……いや、そうであると良いな」

 無意識であろうと、多くの見習い守護兵士たちがサーベラスの助言のほうが自分の役に立つと考えているのは間違いない。そう思われる指導のやり方が問題なのだと、ガスパー教官は言いたいのだ。ただそれをレンブラント教官に理解してもらっても意味はない。守護兵士養成所の指導法は国が作ったもの。彼にそれを変える権限はないのだ。
 では国に伝えれば変えられる、というものでもない。守護兵士養成所は国の施設ではない。五家が共同で運営する場所なのだ。五家それぞれの思惑が混ざりあって、運営されている場所なのだ。

 

 

◆◆◆

 指導教官が集まっての全体会議。議題は今期入所の見習い守護兵士たちについて。彼らが独自に行っている訓練について話し合いが行われることになった。実に良い試みだ、などという話ではない。否定的な意見を持つ指導教官が多くいて、その人たちの要求によって開かれた会議だ。

「彼らは兵士、命令に忠実に動かなければならない兵士なのです。これを忘れてはいけません」

 否定派の意見のひとつは、指揮官の命令に忠実でなければならない兵士が、養成所のカリキュラムとは関係のないことを勝手に始めるのは問題だというもの。見習い守護兵士たちがそれを行う目的を無視すれば、正しい意見だ。兵士がそれぞれ自分の考えで動いては組織はバラバラになる。バラバラになれば戦場で負ける。養成所がそのような兵士を育てるわけにはいかない。

「現実に彼らは他の期と比較して優秀だ。これについては、どう考えるのですか?」

 肯定派の意見はこれ。彼らの試みは実績をあげている。成果を出している方法を止めさせるべきではないという意見だ。

「彼らの優秀さは、もともとそのような者たちが、同じ期に集中しているだけのこと。これは皆さんもご存じのことではありませんか?」

 今期入所の彼らが優秀であるのは、もともとそうであるから。肯定する理由を否定する意見もある。

「私は知らない。どういうことか説明してもらえるか?」

「ガスパー殿……それについては」

 ガスパー教官の問いに顔をしかめる否定派の指導教官。この場で、説明を求められるとは考えていなかったのだ。

「議論を行うのに必要な情報であれば、共有すべき。それとも共有すると問題になる情報なのかな?」

「そんなことはありません」

「では説明してもらおう」

 ガスパー教官は再度、説明を求めた。おおよそのことは分かっている。分かっているが、情報を隠したまま議論を進めようとする態度が気に入らないのだ。

「……今期入所の見習い守護兵士たちの何人かは、特殊幼年学校の出身。幼いころから訓練を受けております。優秀であって当たり前なのです」

「特殊幼年学校はわずか三年で、しかも八年前に閉鎖された……いや、これを追求するのは性格が悪いか」

 特殊幼年学校が閉鎖されたあと、そこに通っていた生徒たちは五家に引き取られた。通常よりも若い時に儀式が行われ、宿霊者になった。宿霊者になって、守護戦士としての訓練を受けた。これは五家の守護騎士の地位にある人であれば、大抵は知っている事実だ。公にされていないだけで。

「私は気にしません。隠すつもりもありません。特殊幼年学校閉鎖後に、彼らに訓練を施していた者であれば、知っていることですから」

「そうだな。話を本題に戻そう。その訓練を受けていない見習い兵士の実力は例年と比べてどうなのだ? それで彼らの試みが成果をあげているか分かるはずだ」

 優秀なのは入所前から訓練を受けいていたから。では訓練を受けていない人たちはどうなのか。これも答えを知っていての問いだ。だが性格が悪いと思われても、はっきりとさせるべきだとガスパー教官は考えている。

「……例年よりは少し優秀でしょう。ですがそれも優秀な生徒に引っ張られてのことである可能性があります」

 そうでない見習い守護騎士の成績も例年よりは上。それは認めても、それが彼らの自主的な取り組みの成果であるとは認めなかった。

「引っ張っているのは優秀な生徒か?」

 サーベラスはこれまでにない低い評価を受けた見習い守護兵士。見習いのままで終わると判定された劣等生だ。今もそういう評価だとは、ガスパー教官は思っていないが。

「クラリスは他の期と比べても優秀だと思いますが?」

「……確かに彼女は優秀だ」

 否定派の指導教官は、引っ張っているのはクラリスだということにしようとしている。クラリスも主導的な立場にいるのは確かだ。だが、サーベラスがいなくてクラリスだけで同じことが出来るとはガスパー教官には思えない。それは他の指導教官も分かっているはず。
 では何故、サーベラスを外そうとするのか。それをガスパー教官は考えている。彼が目立ってしまうとことで五家の争奪戦になることを恐れて。これはすぐに否定した。すでにサーベラスは目立っているのだ。

「ここはどうでしょう? 成果を確かめる意味でも、実地訓練の時期を早めてはいかがですか?」

 ガスパー教官が考えている間に、別の指導教官が提案をしてきた。実地訓練の時期を早めるという提案だ。ではその実地訓練とは何なのか。

「何故、それを急ぐ必要がある?」

「実地訓練の目的はガスパー教官もご存じのはず。その目的を果たす為には、早めることが必要だと考えたからです」

「育とうとしている者たちを失うことになる」

 実地訓練は、実戦的訓練ではなく、本当の戦闘を行うことになる。力不足であれば大怪我、それどころか命を失うこともある訓練だ。実施時期を早めることは準備期間を奪うということ。死の可能性を高めることになる。

「より高い木を育てるには間引きも必要です。これを議論する必要がありますか? これは決められていることなのです」

「……全員を守護兵士として育てるよりも大切なことなのか?」

「それは私には分かりません。決められているから、それに従うだけです」

 養成所のカリキュラムで決められているから。そうであっても、それが間違いであれば正すべき。ガスパー教官はそう思う。だが、それが実現しないことも分かっている。今のように、それを利用して、自家の有利に物事を運ぼうとする者がいる。ここでガスパー教官が変更を要求しても、彼も自家を有利にしようとして変更を求めているのだと考える者がいる。中身に関係なく、無条件で反対する者たちだ。
 確かに今の王国は駄目だとガスパー教官は思う。五家がお互いに他家の腹を探り合い、良い変化さえも拒む今のこの国は。誰かが変えなければならないのだ、と。

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