月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #149 罪と罰

異世界ファンタジー 四季は大地を駆け巡る

 パルス王国と魔王軍との間で、また大きな戦いが行われた。イーストエンド侯爵領に向かっていたパルス王国軍に対して、イエナ率いる魔王軍が奇襲を仕掛けたのだ。戦闘が開始したばかりの時こそ、魔王軍が優勢に戦いを進めていたが、すぐに膠着状態に入る。あらかじめ王都から奇襲を警戒するように伝えられていたこともあって、それなりに備えていたパルス王国軍。混乱に陥ることなく、すぐに迎撃態勢を整えることが出来たのだ。
 パルス王国正規軍とウエストエンド、ノースエンド両家軍との混成ではあるが、十分に精鋭と評することが出来るパルス王国軍。対する魔王軍も魔族を中心とした強力な軍勢であるが、優斗が参戦していない分、イーストエンド侯爵家との戦いの時よりも戦力は劣る。正面からの戦いとなると、お互いに相手に決定的なダメージを与えることは容易ではなかった。
 ただ戦いが長引けば継戦能力に勝る魔王軍が優勢になる。それを理解しているイエナは昼夜攻め続けて、パルス王国軍の疲弊を図る。パルス王国軍も敵がそのような戦い方を選ぶことは分かっている。陣地をガチガチに固めて、守勢に徹することで、一度の参戦人数を少なくして、騎士や兵士を休ませる戦い方を採った。
 短い期間ではあるが、南部での戦い、そして情報は少ないがイーストエンド侯爵家軍との戦いも分析し、パルス王国軍は魔王軍との戦い方を研究していた。その成果が出ているのだ。

「イエナになど任せるから、などと言っている場合ではないか」

 その戦いの様子についてライアンは、ユーロン双王国との国境近くのパルス王国領土内の森の中で聞いている。優斗が、イエナと彼に従う魔族を参戦させたことには苦々しい思いを抱いているが、彼の苦戦は他人事ではない。これからライアンたちも、パルス王国軍に戦いを挑むのだ。同じように対策が練られており、苦戦する可能性は否定できない。

「あの? そのイエナという人は?」

 美理愛も一緒に報告を聞いているのだが、イエナというのが何者か分からない。初めて聞く名前だった。

「一度会っている。廊下でな」

「……ああ、あの人……やはり味方になったのですね?」

 イーストエンド侯爵家の屋敷であった魔族。その時の様子を思い出して、美理愛は苦い顔になる。

「味方ではない」

「優斗の味方という意味です」

「それも正しいか分からないが……まあ、そこは俺には関係ない」

 イエナは優斗にとっても信用出来る味方ではない。ライアンはそう思うが、自分には関係ないことだと切り捨てた。

「関係なくはないと思いますけど?」

 それに異論を唱える美理愛。敵味方の区別は別にして、一緒にパルス王国と戦う相手であることは間違いない。無関係とは言えないはずだと思っている。

「では関係を持ちたくないに変える」

「本当に嫌いなのですね?」

 まるで拗ねているような態度。こういう子供っぽいライアンを美理愛は初めて見た。実際は、美理愛をからかっている時も子供みたいなのだが、彼女は初めてだと思っている。

「嫌いなのは認める」

「どういうところが?」

「……それをお前が知る必要はない」

 美理愛の好奇心を煩わしく思い始めたライアン。そもそもイエナについては、話をすることも嫌なのだ。

「必要はあります。信用出来ない人であれば尚更、どういう人か知っておくべきです。それによって避けられる問題もあるかもしれません」

「……人を多く殺すことを強さの証明だと思っている愚か者だ」

「強いことは強いのですね?」

 人を多く殺しているということは、それが出来る強さがあるということ。美理愛はこう考えた。

「自分よりも弱いと分かっている者を百人殺すことが、強さの証明になると思うか?」

 イエナはライアンとは違う。ライアンが求めるのは強者との戦い。相手が強ければ強いほど良いのだ。だがイエナは負けることを避けようとする。勝てるから戦うのだ。

「……それはただの人殺しです」

 勝てる相手を選んで戦い、そして殺す。それは力を競うのではなく、殺すことを目的として戦っているということだ。

「だから、そう言っている」

「優斗はそんな人を仲間に……」

「あれの戦う目的も、自分の気に入らない奴を殺すこと。目的は合致している。判断は間違っていない」

 パルス王国の者たちを殺戮する。これは優斗の目的のひとつ。その為にはイエナは適任だ。ライアンの考えでは、ただ敵の数を減らすという目的に限っては、という条件付きだが。

「……それは復讐ではないですね?」

 自分を騙し、裏切った人たちに限定することなく、気に入らないという理由で、それもない無関係な人まで殺すのでは復讐とは言えない。

「今更。パルス王国の貴族を仲間にすると決めた時点で、本来の復讐ではなくなっている」

 仲間にした南部貴族の大半は元新貴族派。優斗を策略にかけた新貴族派の一員、復讐する相手だ。それをしなかった時点で、優斗の目的が復讐でないことは、ライアンには、明かだった。

「ではもう約束は無効ではないですか?」

「約束したのはパルス王国を滅ぼす手助けをすること。その目的は今はまだ放棄されていない」

「今はまだ、ということは放棄される可能性があると考えているのですね?」

 約束が無効になることを美理愛は望んでいる。自分が犠牲にならなくてそれが実現出来るとすれば、それは美理愛にとって喜ばしいことだ。

「たとえば、奴がパルス王国の玉座を望んだ時。後を継ぐのは滅ぼすとは言わない。俺たちでは考えらえないが、あの男であればあり得る。何を約束したか正確に覚えているか怪しいものだからな」

「……それ、私に教えて良いのですか?」

 美理愛も今の優斗であれば、あり得ると思う。約束の詳細を知っているのは当事者の二人と、その場に立ち合った美理愛。他に、それは契約違反だと忠告出来る者はいない。今この場に同席している淫魔族の女性も知ったが、彼女が優斗に知らせるはずがない。

「あの男に話すか?」

「いえ、絶対に話しません」

「だろうな。ただ以前も言ったように、今の世の中の在り方を壊すという点では、あの男には価値がある。パルス王国という名は残っても、中身はまったく別の国になるだろう。さらにそれは他国にも波及していく」

 ライアンが優斗に期待する、唯一の点。今のこの世界の常識を打ち壊してくれるのではないかという期待だ。

「……魔王はそれを求めていたのですか?」

「何?」

「どうなのかと思って……私は魔王がどういう人だったか知らないから」

 ライアンが敬愛する魔王はどういう人だったのか。美理愛はそれを知りたいと思った。自分たちと同じ異世界から来た人が、自分たちとは違い勇者として選ばれることがなかった人が何を考え、魔王になったのかを。

「魔王様か……どうだろうな。俺の知るあの人は守ることだけを考えていた。その力を得たあと、どうするつもりだったかは聞いていない。十分と言えるだけの力を得る前に亡くなられたからな」

「どういう経緯で魔王になったのですか?」

「お前のその好奇心の強さは、どうしてだ?」

「知りたいのです。私たちと同じ異世界人で、私たちとは異なる道を選んだ人のことを。何故その人は貴方に慕われているのかを」

 自分とは違う、そして恐らくはヒューガと似た存在。そう思う前魔王のことを美理愛は知りたいのだ。

「…………あの人が魔王になったきっかけは俺たちだ」

 少し考える素振りを見せたライアンだが、美理愛の望み通りに前魔王について語り始めた。

「俺とヴラド、ケイオス、ケルベスの四人が殺されそうだったところを助けてくれたのがきっかけだ」

「人族からの迫害ですか……」

「同族からもだ」

「えっ?」

 同じ魔族から殺されそうになるというシチュエーションが美理愛には分からない。そもそも四大魔将と呼ばれたライアンとヴラド、他の二人もだが、を殺せる魔族がいるのかとも思う。

「当時の俺は弱かった。記憶にはないのだが、幼い頃に大怪我をして、その影響がずっと残っていたのだ。弱者に生きる資格はない。俺のところもそんな考えで、居場所を失った俺は部族を離れた。他の三人も事情は違うが部族にいられなくなったのは同じ。あちこち彷徨っている中で、魔王様に出会った」

「……運命の出会いなのね?」

 この世界で偶然出会った魔王と四人。その五人が魔族をまとめることになったのだ。偶然ではなく運命と考えるべきだと美理愛は考えた。

「運命といえるかどうか。最初に魔王様と出会ったのはケルベスで、俺たちみたいな、はぐれの存在を知った。彼女は旅をしながらも、はぐれと思われる魔族の噂を気にして、それを耳にすると事実か確かめるようになった。その中で俺たちも見つけてもらっただけだ」

 初めはちょっとした同情からのお節介。目的のない旅の中で、やることを見つけただけだった。

「もしかして他にもいたのですか?」

「ああ。魔王様の言うことを聞かずに逃げ出した奴もいたが、他の奴らは部族に戻った。戻ることを許されなかったのが俺たち四人だ。居場所のない俺たちを見捨てることが出来ずに、魔王様はずっと面倒をみてくれた」

 だがそれでは許されなくなった。帰る場所のない彼らの面倒を見なければならない。旅のついでではなく、行く場のない魔族の面倒を見ることが彼女のこの世界でやるべきこととなった。

「いつまでも旅を続けていられない。人族に見つからない場所を探して、そこで暮らそうと考えたのだが、そういう場所は他の奴らの縄張りであることが多い。何度か諦めたのだが、あちこち転々としているのはやはり危険。居場所は必要で、それを作る為にはそこを縄張りとする魔族と戦わなければならない。その覚悟を決めた時が本当の始まりだ」

「戦えたの?」

「前に話しただろ? 俺の怪我は魔王様に治してもらった。異常がなくなったことで俺は本来の力を取り戻せた。他の奴らも弱いわけではない。ケイオスは弱かったが、奴にはそれを補う頭脳があった。魔王様に戦う工夫というものを教わった奴は、その力で俺たちを勝利に導いた」

 魔族の戦いは基本、個々の力を正面からぶつけ合うというもの。卑怯な戦い方をする者がいないわけではないが、それも十分に練られた作戦には敵わない。それぞれの能力を活かした戦術という武器が、彼らを特別な存在にしたのだ。

「それで?」

「あとは一気だ。力を示せば従う者は出てくる。魔王様は弱者を迫害しない。差別も許さない。力なき者たちは皆、魔王様の下に集った」

「……守る為に彼女の下に集まったのね?」

 その人たちをパルス王国は攻めた。攻めて居場所を奪ってしまった。改めて、それに参加した自分の罪の重さを美理愛は知った。

「……あの男のやり方には納得できないものがある。だが、だからといってパルス王国の罪が消えるわけではない。我々には戦う理由がある」

「……そうですね」

 魔王はパルス王国に殺されたわけではない。こんなことを言っていたライアンの本音を美理愛は見た気がした。ライアンはやはりパルス王国を恨んでいる。前魔王が作ってくれた自分たちの居場所。それを壊したパルス王国を憎んでいる。美理愛にはそう感じられた。

 

◆◆◆

 戦況は悪化する一方。この状況をなんとしてでも打開しなければならない。こんな焦りがパルス王国にはある。連日、会議は行われているが何度行っても良案は出てこない。毎日会議を行っていても事態を好転させる何かが起きるわけではない。それを期待にするには、まだ時は足りないのだ。

「……ユーロン双王国との交渉はどのような状況だ?」

 これを問うパウエル相談役の顔は疲労の色が濃い。朝から晩まで打ち合わせ。それが終わったからといって気が休まるわけではないのだ。

「一時休戦の合意は取れ、すでに戦闘は行われておりません。ただそれで軍を引けるかとなりますと……」

 一時休戦に対してはユーロン双王国はあっさりと合意した。相手方にとっても魔王、というより魔族の出方は気になる。パルス王国の次は自国である可能性もあるのだ。だからといって戦争を終結させるという結論には、すぐには繋がらない。魔王の矛先がすぐに自国に向けられないのであれば、パルス王国の領土を奪う絶好の機会なのだ。

「感触も分からないのか?」

「前線指揮官の反応は悪いものではないようです。しかし終戦の判断を行うのは国王ですので、期待すべきではないかと」

「軍人と政治の判断は違うか。そうだろうな」

 魔族と戦闘になった場合にどうなるかは考えても、リスクをとってでもパルス王国との戦争を続けるという判断までは、前線指揮官がすべきことではない。決定は国王、その周りにいる文官たちが考えることだ。

「一部でも軍を下げられないかの検討は続いております」

「……それをユーロン双王国は隙だと考える可能性があるが……ウエストエンド候の判断に任せるしかないか」

 魔王軍と戦う戦力は少しでも増やした。だがユーロン双王国に防衛線を突破されるような事態になれば、どうにもならなくなる。だがそれをこの場で考えても正解は出ない。現場に任せるしかないとパウエル相談役は考えた。

「東方防衛の作戦はどうですか?」

 ユーロン双王国についての議論は終わりとみて、アレックス王が別件を尋ねてきた。今度はパウエル相談役が回答者。イーストエンド侯爵家から送られてきた作戦案の検証はパウエル相談役の担当だ。

「悪くはありませんな。ただ作戦は一言にすると、時間稼ぎ。敵に勝つ為の作戦案ではありませんでした」

「時間稼ぎですか……」

「意味はあります。時間稼ぎをしている間に王都防衛態勢を整える。もしくは迎撃軍を編制して送り込む」

 イーストエンド侯爵家の作戦案は急襲に備えてのもの。それに続く作戦計画が必要で、それはイーストエンド侯爵家ではなく王都が考えるべきものだ。

「……その為の軍勢がない」

 だが王都には迎撃軍を編制する兵力がない。籠城策を選んでも、はたして十分と言えるか微妙だとアレックス王は考えている。

「作るしかありませんな」

「臨時徴兵か」

「普通であればそうですが、魔族相手に通用するかは疑問ですな。ただ死なせる為に戦場に送り込むことになる可能性があります」

 十分に訓練を行っていない新兵を戦場に送っても、魔族相手ではただ殺戮対象を与えるだけ。パウエル相談役はそう思う。

「他に方法はありません」

「守るべき領土を狭めるという選択もあります。全土から貴族家軍をかき集めれば、それなりの数になるのではないですかな」

「……それを貴族家が受け入れると思いますか?」

 放棄する領土は貴族家の領地でもある。自領を捨てろと命じられて、貴族家が従うとはアレックス王には思えない。

「簡単ではないでしょうな。だが命令を拒否しても、結局は領地を失うことになる。それが嫌であれば……難しいところですな」

「……許可は出来ません」

 領地を守る為のもうひとつの選択。それは優斗に臣従を誓うこと。ある程度、そういった貴族家が出ることを覚悟して、命令を発する。アレックス王にはその決断は出来ない。優斗と自分のどちらを選ぶのか。それを貴族家に問う覚悟が定まらないのだ。