月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #151 決戦の足音

異世界ファンタジー 勇者の影で生まれた英雄

 西の大国ウェストミンシア王国の都。いうまでもなく西方最大の城郭都市であるその場所に、遠征を終えた将兵たちが帰還してきた。それを迎える王都の住民たちは大騒ぎ。勝敗に関係なく、とにかく家族が無事に帰ってきてくれた事実だけを喜んでいる人々も多いのだが、戦勝という結果は、その喜びを隠すことなく表すことを許すものであり、解き放たれた帰還を祝う人々の心は大きな声援となって王都の大通りを騒がせている。何度、勝利を重ねても変わらない光景。それが城下に広がっていた。
 それは王城内でも同じこと。大騒ぎというわけにはいかないが、大広間に集っている人々の顔には喜びの表情が浮かんでいる。

「見事な勝利だと聞いている。よくやったな」

 玉座から目の前に控えるフレッド将軍に声を掛けたのは、ウェストミンシア王国国王レオポルド=ラルクスタン。常勝を義務付けている国王ではあるが、期待通りの結果をもたらした将軍を褒めることを怠るものではない。

「はっ! ありがとうござます!」

 それがたとえ「よくやった」の一言だけであっても、常に厳しい国王が、笑みを浮かべて無条件に褒めてくれたということで、フレッド将軍は嬉しいのだ。

「祝いの席を別途、設けることにする。ノーマン、手配をしておけ」

「承知しました」

 命令を受けたノーマン宰相も言葉少ない。戦勝の宴はこれまで何度も行われている。細かな言及がないということは、これまで同様という指示だと理解しているのだ。

「さて、将軍には、疲れているかもしれないが、このまま会議に参加してもらう」

「はっ」

 頭は下げたまま、立ち上がって横に移動するフレッド将軍。そのまま上司である王国騎士団長ウィルソンの隣に並んだ。その顔はやや紅潮している。この場にいるのは文武の高官ばかり。恐らくは重要会議であろう場に同席を許されたことを喜んでいるのだ。

「ノーマン、まずは説明を」

「はい。東方がまた大きく動き出しました」

 ノーマン宰相の最初の一言で、大広間にどよめき声が広がった。ウェヌス王国を中心とした東方の状況は、この場にいるほとんどの人が理解している。ただこれまで、その多くが予想外の出来事ばかりだったのだ。今度は何が起きたのか。その気持ちが声になったのだ。

「ウェヌス王国がモンタナ王国に軍を派遣しました。その数は五千ほど。それと同時に東部に一万五千ほどの軍を展開しております」

「今度はモンタナ王国ですか……東部に展開した軍勢の目的は分かっているのですかな?」

 ノーマン宰相の説明に対して、ウィルソン王国騎士団長が問いを発してきた。その表情には呆れが浮かんでいる。ウェヌス王国は戦争続き。しかも敗戦というべき結果ばかりだ。そうであるのにまた侵攻戦を始めたことに呆れているのだ。

「まずモンタナ王国に軍勢を送ったのは内乱への支援という名目です。モンタナ王国では国王と王弟による争いが起こっており、ウェヌス王国は王弟を支援すると決めたとのこと。東部に展開した軍はゼクソン王国を警戒してのことと思われます」

「同盟国を警戒しなければならないような状況で、他国の内乱に介入ですか……」

 ウィルソン王国騎士団長の呆れ顔が強まる。モンタナ王国の内乱への介入は誤り。そう考えているのだ。軍人だからといって無条件に戦いを好むものではない。無謀な戦いは敗戦をもたらし、軍を弱体化させるだけだ。

「新王の強い意向で実現した派遣のようです」

「止められる者がいなかったわけですな。新王は思っているよりも強い力を持っているのか」

 ウィルソン王国騎士団長が無謀と評する戦いを、ウェヌス王国の軍部は止められなかった。それだけ国王であるエドワードの力が強いのかとウィルソン王国騎士団長は考えた。

「周りに力がなさ過ぎる可能性もあるでしょう」

 ただノーマン宰相は逆の意見だ。

「どういうことですかな?」

「トルーマン元元帥は未だに軍部に復帰していません。ゴードン元大将軍は顧問として復帰しましたが、逆に顧問としてしか復帰出来ない程度の信頼度ということだと考えます。スタンレー元帥も同様。国王の信頼を得ているようには思えません」

 今のウェヌス王国軍部には力のある存在がいない。権力を握るということではなく、国王に意見を通せるだけの人物がいないのだ。

「現場の頭、大将軍二人もその任について間もない。大抜擢であるので、組織を掌握し切れていないということですか……」

 ハーリーとカーの二人の大将軍も、エドワード王に意見を通す力はない。ノーマン宰相とウィルソン王国騎士団長が考える通りの状況なのだ。

「これでモンタナ王国での内乱介入に失敗すれば、エドワード王自身が周囲からの信頼を失うことになりかねません」

「……なんというか……そうなることを喜ぶべきなのでしょうな?」

「それは……」

 競争相手が勝手に弱体化していく。大陸制覇を実現する上では望ましい状況ではある。ただ、それを国王レオポルドが良しとするかは微妙なところだと二人とも思っている。

「楽に勝てることは悪いことではない。我々の達成感を高めるなんてことの為に、将兵に苦労させるわけにはいかないからな」

 国王レオポルドの答えは個人的には納得いかないが、国王としてはそうであることを望むというもの。臣下としても都合の良い答えだ。自分の気持ちと公の立場での発言は別ということに出来るのだから。

 

「モンタナ王国の状況次第で攻め込みますか?」

 楽に勝とうと思えば、ウェヌス王国が失敗から立ち直る時間を与えるべきではない。ノーマン宰相の発言は妥当なものであるだろうが、それを聞かされた人々の心には別の思いも浮かんでくる。
 ウェヌス王国との戦いは覇権を賭けた戦い。その決戦の日がいよいよ来る。それをこんなあっさりと決めて良いのかという思いだ。

「……攻める」

 大広間に大きなどよめきが響いた。国王の決断が為されたのだ。

「……承知しました」

 決断を求めたノーマン宰相にも心の動揺がある。会話の流れでウェヌス王国との決戦に対する判断を求めたが、いざそれが下されるとなると色々と心に浮かぶ思いがあるのだ。

「もっと手強い敵の成長を許すわけにはいかないだろうからな」

 だが国王レオポルドの思いは臣下のそれとは違っていた。

「もっと手強い敵……ゼクソン王国ですか……」

「エイトフォリウム帝国というべきではないのか? いや、本当の国名は分かっていないのかもしれないな」

「……はい。そうだと思います」

 エイトフォリウム帝国の皇帝としてソフィアがウェヌス王国を訪問したことはウェストミンシア王国にも伝わっている。だがグレンがエイトフォリウム帝国を継ぐ形をとったとはレオポルド王もノーマン宰相も思っていない。エイトフォリウム帝国はまったく違う国になっている。違う国になった上で、ゼクソン王国とアシュラム王国を従えているのだと考えていた。

「グレンがモンタナ国の内乱に介入する口実を得た時、はたしてウェヌス王国は勝てるのだろうか? ウィルソン、どうだ?」

「……グレンが守る側の戦いであり、ウェヌス王国がこれまで通りの戦い方を行うのであれば、結果もまたこれまでと同じになる可能性が高いと思われます」

 モンタナ王国の半分を味方とした上で、ゼクソン王国とアシュラム王国の二万を加えれば総勢約二万五千、ウエストミンシア王国が把握していない数を含めればもっと多い。ウェヌス王国が外征に使う軍勢を三軍三万が最大とすれば、数の上での差はこれまでの戦いに比べてないに等しい。条件付きだが、深く考えなくてもウェヌス王国が不利であることは分かる。

「ウェヌス王国の内乱介入を退けることによって、モンタナ王国もまた臣従国に加われば、ウェヌス王国は守る戦いでも厳しくなるかもしれんな。そうなったほうが我が国としても決戦のし甲斐はありそうだが」

 そこまでグレンの国が成長すれば、ウェストミンシア王国もウェヌス王国を笑っていられなくなる。少なくともその時点でウェヌス王国よりも強い国であることは間違いないのだ。

「将兵の練度は他国に劣るものではありません。英雄とまで呼ばれるグレン相手でも必ず勝利して見せますが、犠牲は増えることになりますな」

「……それはあの者たちの話を聞いた上でのことと考えて良いのだな?」

 自らも負けることなどまったく考えていないレオポルド王ではあるが、敵を軽視するような愚かな真似をするつもりはない。それを許すつもりもない。

「もちろんです。ただ……あの者たちの証言をそのまま受け取ってはおりません」

「ほう。何故だ?」

 ウィルソン王国騎士団長の言葉を受けて、レオポルド王の顔に笑みが浮かんだ。望ましい発言ということだ。

「自己を過大評価させる為に他者の評価を歪めるような者どもです。恐れながら、いつまであのような者たちに、それこそ過大な待遇を与えておくおつもりですか?」

 ウィルソン王国騎士団長が不満を伝えたのは、亡命してきたレスリー=ランカスターと結衣に対して。二人から話を聞いた彼は、好待遇を与えるような人物ではないと評価しているのだ。

「ノーマン?」

 レオポルド王はウィルソン王国騎士団長からの問いをノーマン宰相に振った。国王自身にとってはどうでも良いことなのだ。

「ウェヌス王国内において、ランカスター侯爵家の影響力は完全に排除されたものと思われます。この点でレスリー=ランカスターを抱えておく意味はありません」

 ランカスター侯爵家の生き残りとして、ウェヌス王国内での内通者を作り、工作を行う。レスリーの価値の一つをノーマン宰相は否定した。

「本人の能力は?」

「ウェヌス王国にいた時から、なんの経験も実績もございません。今後の可能性を否定するものではありませんが、特別扱いするほどのものとは思えません」

 さらにレスリー個人としての資質もノーマン宰相は否定する。あくまでも本人の売り込みに対する否定ではあるが、それでもう何の功績もない他国人のレスリーが取り立てられることはなくなる。ウェストミンシア王国にはもっと優秀な人材がいるのだ。

「女のほうは?」

「治癒魔法は使えます。前線の救護担当者としての仕事を与えるべきでしょう」

「……本人の要求は異なるものだったと聞いているが?」

 これを言うレオポルド王の視線は、息子であるリチャード王子に向いている。次代のウェストミンシア王国国王だ。

「共に国を捨ててきた恋人がいるというのに、平気で他の男に色目を使うような女性です。国民に彼女を国母として敬えと言う気にはなれません」

 結衣の望みはリチャード王子の妻の座。次代の王妃だ。だがその望みは叶えられそうにない。本人がこの話を聞けば、色目を使ってきたのはリチャード王子のほうだと言うだろうが、それが認められることはない。実際にリチャード王子は結衣から聞かされた境遇に同情し、礼儀として優しい態度を向けたが、色目を使った覚えはないのだ。

「彼女が持つ知識は?」

「検討しましたが、実現できることは少ないと思われます。もちろん、教育制度改革など取り入れられそうなものは進めておりますが、それでたちまち国力が上がるかとなると、そうではないと考えます」

 結衣の持つ異世界の知識への評価もそれほど高くない。それはそうだ。高く評価出来るものであれば、ウェヌス王国でも採用され、実現されている。そうならないことも結衣が、健太郎もだが、ウェヌス王国に不満を感じる一つだったのだ。

「もっと早く我が国に来てくれたら、ウェヌス王国を必要以上に恐れることはなかったか」

 勇者の存在はウェストミンシア王国に脅威を感じさせていた。その実力を過大評価させられていたのだ。もともと勝つための準備に万全を期すウェストミンシア王国ではあるが、勇者の存在はウェヌス王国との決戦を躊躇う理由にはなっていた。事実をもっと早く知ることが出来れば、その分、大陸制覇の実現は早まっていたかもしれない。

「その場合、まったく未知の強敵がウェヌス王国に存在する状況で戦うことになったかもしれません」

 ウェストミンシア王国が勇者に脅威を感じることなく、ウェヌス王国の東方制覇を防ぐことを優先していた場合、グレンは国を離れることにならなかったかもしれない。まったく無名の優れた将がいるウェヌス王国と戦うことになったかもしれない。ノーマン宰相は、後悔の思いを否定する為でもあるが、そのほうが自国にとって危険だったと告げた。

「しかるべき時に戦うことになったということか……なるほど。どうやら決戦と呼ぶにふさわしい戦いが出来そうだな」

 覇権争いの相手だったはずのウェヌス王国は自滅していっている。だがそれでウェストミンシア王国の大陸制覇が楽になったわけではない。新たな強敵が生まれただけだ。
 それで良いとレオポルド王は思う。大陸制覇という偉業は簡単に成し遂げられるものではない。そうでなければならない。だからこそ自分はその達成を強く求めるのだ。人々はようやく手に入れた平和を喜び、長く続けようと思えるのだ。

「モンタナ王国における情報収取能力を強化致します」

「許可する」

 モンタナ王国の戦況がウェストミンシア王国の行動を決める。諜報組織の投入を躊躇う必要はまったくない。

「軍は次の戦いの準備を。言うまでもありませんが、正式発令はまだ先になりますので特機密扱いとなりますので、そのつもりで」

「承知した」

 戦争準備を進めながらも侵攻先は今この場にいる重臣たちだけに留める。いつものことではあるが、あえてノーマン宰相は特機密とした。決戦の行方を左右する戦い。その重要性を全員で認識する為だ。
 西の大国ウェストミンシア王国がいよいよ動こうとしている。その事実をまだウェヌス王国は、グレンも知らない。