月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #150 指された一手

異世界ファンタジー 勇者の影で生まれた英雄

 王都での軍事会議。すでに事が動いている今となっては各地の状況が計画通りに進んでいるかを確認し、問題があればその解決策を検討することが主、であるべきなのだが今日の会議はそういうものではなくなっている。
 その理由はカー大将軍を通じて伝えられたアステン将軍の考え。現在の状況は自国軍の戦力分散を諮られた結果であり、モンタナ王国が主戦場となる可能性があるという情報だ。
 その報告を受けたエドワード王はすぐに軍部の高官全てを集め、会議を行うことにした。それがこの場だ。

「モンタナ王国が主戦場となる可能性は否定出来ません。我が国が王弟についたと知った国王が、アシュラム王国に頼るのは十分にあり得る話です」

 カー大将軍が伝えてきた情報に対してスタンレー元帥は肯定的な考えを示した。

「そうであれば、それに対する効果的な策も考えられているのだろうね?」

 エドワード王は最初から分かっていたように語るスタンレー元帥に不満げだ。ただ可能性を認めるだけでなくそれへの対応策も説明するように求めた。

「陛下が求められている効果的が、どの程度を考えられているのかは分かりませんが」

「……聞こう」

 スタンレー元帥の返答はエドワード王が考えていたものと違った。対策があることは良いことだがエドワード王はそれを素直に喜べなかった。

「アシュラム王国もしくはゼクソン王国の軍が国王支援の軍を送り込んでいると分かりましたら兵力を移動させます。まずはアシュラム王国国境の五千をハーリー大将軍の軍勢に合流。ゼクソン王国国境に送った一万のうち五千をアシュラム王国国境に移動させます」

「そんなものは策とは呼べない」

 スタンレー元帥の説明はただ兵を移動させるだけの策。そんな内容ではエドワード王は納得出来ない。

「しかし――」

「私から説明いたしましょう」

 スタンレー元帥の言葉を遮って、ゴードン顧問が割り込んできた。元帥であるスタンレーは軍の頂点。その彼とエドワード王を争わせてはいけないという判断だ。
 つまりエドワード王が不機嫌になるだろう話を聞かせるつもりなのだ。

「……どちらでも良い。納得のいく説明をしてくれるならね」

「敵がどこに兵力を集中させてくるか分からない以上は、こちらの兵力が分散することは避けられません」

 どこか一カ所に戦力を集中させれば、敵はそこを狙って攻めてくる。今の軍の配置に問題はないとゴードン顧問は説明してきた。

「そうだとしても、その分散の仕方が間違っていたのでは?」

 当然、エドワード王は納得しない。彼は軍に過ちを認めさせたいのだ。

「間違っているかはまだ分かっておりません。敵の軍勢はどこにも姿を現していないのですから」

「……アステン将軍の考えが間違っていると言うのだね?」

「いえ。正解はまだ出ていないと申し上げているのです。それにアステン将軍もあくまでも可能性を示しただけで、モンタナ王国が絶対に主戦場になるとは申しておりません」

「そうだとしてもその可能性が現実のものとなった場合の対応は考えておくべきじゃないかな?」

 ゴードン顧問は可能性の話としてこの議題を終わらせ、この場を逃れようとしている。こうエドワード王は考えた。

「考えております。さきほど説明した内容がそれですな」

「私には十分なものとは思えない」

「戦力には限りがあります。その制限の中で出来るだけ良い対策を考えるしかありません。そしてそれはすでに考えられています」

 ゴードン顧問は引こうとしない。意地になっているわけでも、非を認めまいとして誤魔化しているわけでもない。事実を述べているつもりだ。

「……モンタナ王国に進出していた場合、今の考えで対応出来ると考えているのだね?」

「はい。モンタナ王国内で戦いを収めれば、我が国の領土が侵されることにはなりません」

「なんだって……?」

 ゴードン顧問の答えはエドワード王の考えの外にあった。彼が求める対応は、そういうことではない。ゴードン顧問はモンタナ王国での策略が失敗する前提で話しているようにエドワード王には聞こえる。

「モンタナ王国での戦いは国王と王弟、それぞれを支援しての戦い。勝てるのが一番ですが、万一負けても王弟が負けるだけの話」

 実際にゴードン顧問は前提ではなく、一つの可能性として話をしている。

「王弟が負ければそれを支援している我が国の負けだ」

「実際はそうですが、なんとでも言い訳が出来ます」

「……敗戦の責任は免れない」

「そういうことではありません。グレン殿に向けて言い訳が出来ると申し上げているのです。王弟に求められて支援を行った。約束を破るわけにはいかないので貴国と戦ったと。逆に非難してみますか? 何故、国王を支援したのだとでも」

 ゴードン顧問が言う”言い訳”はグレンに対してのもの。負けた時の言い訳を用意しているのだ。軍人が考えることではない、とエドワード王は思う。

「……負けると考えているのか?」

「負ける可能性は当然あります」

「それはどれほどの確率だと思っている?」

「それにはお答え出来ません。計算で勝敗を導き出せる力はありませんので」

 戦争の勝敗を予測する計算式はない。仮にあったとして勝率六割は必ず勝てるとは言えない。勝率八割でも同じであり、勝率十割の戦いなどまず存在しない。

「……勝てもしない戦いを始めたのではないのだね?」

「そのつもりですがアステン将軍は異なる考えのようですな」

「どういうことだ?」

「彼は戦いを始めるのはまだ早かったと考えております。それはつまり、負けると考えているのではありませんか?」

「……理由は?」

 アステン将軍は負けを予感している。それはアステン将軍の優秀さを、トルーマンの話を聞いただけではあるが、知っているエドワード王を動揺させる話だ。

「さあ? 詳しい話までは伝わってきておりません。必要があれば伝令を送り、詳細を確認するべきだと思いますが?」

「……確認すべきことだと思う」

「ではすぐに送りましょう。閣下、手配をお願い出来ますかな?」

「もちろん。すぐに人を送りましょう」

 ゴードン顧問の求めに即答するスタンレー元帥。これは形式を整えただけだ。この会議が始まる前にゴードン顧問とスタンレー元帥は話し合いの場を持っている。そこでどのように会議を進めるかは決められているのだ。
 今のところその通りに話は進められている。

「……他にやるべきことは?」

「ただ数を増やすだけであれば第三軍を、少しでも質も求めるのであれば北方および西方辺境士団を投入するという方法もありますが、お薦めは出来ません」

「……そうだね」

 それを行えば西のウェストミンシア王国への備えがなくなる。計画立案の初期段階で消えている選択だ。
 ウェヌス王国軍は動かせるだけの数をすでに動かしている。さらに何とかしろと言われても効果のある策などない。それを軍部はエドワード王に分からせたいのだ。その為にアステン将軍を悪者にしようとしているのは保身もあってのことだが。

「仮に配置を移動するような事態になった時ですが、カー大将軍の代わりにアステン将軍をゼクソン王国とルート王国対応の指揮官にするのは有りですかな?」

「……アステン将軍を?」

「辺境将軍に任せるのは異例のこととは思いますが、ここは抜擢も必要かと思います」

「そうだね。私も賛成だ」

 優秀な将軍に指揮官を任せることに異論があるはずがない。今すぐに交替させても良いくらいだとエドワード王は考えた。
 これも軍部の望む通りの展開だ。カー大将軍は優秀ではあるが、やはりまだ経験が足りない。ここは間違いのない人物に任せるべきだ。それが勝ちの確立を増やすことになる。何割なんて計算は出来なくても。
 保身に長けていても負けることを良しとしているわけではない。勝たなければならないという思いはゴードン顧問たちも当たり前に持っている。今回に限っては、負けてはならないという気持ちだとしても、それは共通した思いなのだ。

 

◇◇◇

 重要な軍事会議が行われている時間。ギルバート宰相は会議に参加することなく、別の部屋で打ち合わせをしていた。打ち合わせという表現は正しくないかもしれないが公務は公務。文官の頂点である宰相と将来の王妃候補の打ち合わせなのだから。話の内容も真剣なものだ。いつもとは異なり二人とも固い表情で向かいあっている。

「……色々と聞きたいことがあります」

「はい。なんなりとお聞き下さい」

 それがどのようなことなのかギルバート宰相は分かっている。そうであるから表情が固いのだ。

「私には兄がいる。これは事実ですよね?」

 フローラが固い顔をしているのはギルバート宰相にとって、その主であるエドワード王にとって、あまり知られたくないであろうことを聞く為。
 この時点ではまだ記憶が戻ったことを明かすつもりはないので、こんな聞き方になっている。

「……はい。間違いありません」

 誰からそれを、とはギルバート宰相は聞かない。それを話すだろう人は大勢いる。追及しても意味がないと考えているのだ。

「どうして教えてくれなかったの?」

「兄上がどのような御方かもお知りになられましたか?」

「少し」

「そうですか……そうですね。フローラ様の兄上はこの国の軍人でしたが、戦争でゼクソン王国の捕虜になった後、その国の軍を率いて我が国と戦いました」

 真実を隠していることにギルバート宰相は、知ったらフローラが傷つくかもしれないと思いながらも、負い目を感じていた。フローラが、どこまでか分からないが、知ってしまったのであれば、もう隠すべきではないと考えた。

「……そのせいでこの国は負けたのですね?」

「はい。そう言っても良いと思います。フローラ様の兄上は我が国にとって裏切り者であり、多くの兵を殺した人物。この事実をフローラ様にお伝えすることが出来ませんでした」

「それだけ?」

「……兄上、グレン殿が敵に回ったのはフローラ様の敵討ちの為です。これを知ればフローラ様は傷つかれるかと」

 自分の復讐の為に多くの人が死んだ。こんな風にフローラに思わせたくはない。こういう想いが周囲の人々にはあった。

「傷ついたのは実際に戦った人、その人たちの家族です。その人たちの痛みに比べれば、私が受ける心の傷なんて傷とは言えない」

「……そうかもしれません」

 フローラらしいとギルバート宰相は思う。こういうことがすぐに口から出てくるのがフローラなのだと思う。

「そんな私をどうして陛下は王妃になんてしようとするのかしら? 私が王妃なることを受け入れられない人は沢山いるはずでしょ?」

 自分は多くの人の恨みを買っている。そんな自分が王妃に相応しいはずがないとフローラは思う。

「それはフローラ様を知らないからです。貴女を知れば人々の心から恨みなんて消えます」

「そんなことは分からない。普通は消えない」

 義父母を殺された恨み。それはずっと心から消えなかった。恨みなんてそう簡単には消えないとフローラは知っている。

「普通はそうかもしれません。でも私はフローラ様は普通ではないと考えています」

「……陛下は?」

「陛下とお呼びになるのですね?」

 エド。フローラはエドワード王をこう呼んでいた。呼び方の変化は心の変化。それも明らかに良い方への変化ではないとギルバート宰相は思う。

「……何も知らなかった時のようには呼べない」

「フローラ様が罪の意識を感じる必要はございません」

「それを決めるのは私だから」

「……そうですね。私が何を言ってもフローラ様のお気持ちが晴れるわけではない。ご自身で気持ちの整理を行う必要があるのでしょう」

 このことだけでなく他にも色々と。ただ気持ちを整理する上で必要な情報がある。それをフローラは知りたいのだ。

「陛下はいつ私が何とかって帝国の皇帝の娘だと知ったのかしら?」

「……いつでしたか……大公領で暮らしていて……ゼクソンとの戦いが終わった頃か、その直前か。いずれにしろフローラ様を大公領にお連れしてかなり時間が経った後です」

 エドワード王は決して血筋目当てでフローラとの結婚を求めているのではない。ギルバート宰相はそれを言いたかった。だが続くフローラの問いがそれを許さない。

「……それを公にしようと思った理由は?」

「それは……」

 フローラがセントフォーリウム皇帝家の血筋であることを公にしたことに、ギルバート宰相たちは納得していない。その事実を公表すればフローラを政争に巻き込むことになると考えていたのだ。
 自分自身が納得していないのだ。フローラが納得する答えなど返せない。

「陛下は国王になられた。昔のままではいられないのは私でも分かる。でもそうであればそれを話して欲しかった」

 以前とエドワード王との距離感は変わっている。それはいつ頃からだったのか。初めは小さなことだった。自分を遠ざけて密談を行うことが増えていった。まだ大公領にいた頃のことだ。そのきっかけがフローラは分かったような気がした。

「……陛下は国を立て直すのに必死なのです。以前のように余裕を持った暮らしはお出来にならない。それは理解していただけませんか?」

 エドワード王の変化をギルバート宰相も感じている。だがそれは大国ウェヌスを背負っているという重圧、物事が思うように進まない焦りから来る一時的なものだと考えている。

「陛下はどうしてまた戦争を始めたのかしら?」

「それは……」

 ギルバート宰相は答えに困ってしまう。グレンを敵、仮想敵という建前ではあるが、として戦う理由をフローラに上手く伝える自身がない。

「私の兄は戦争で多くの人たちを死なせた。陛下は何故、同じことをしようとするのかしら?」

「……申し訳ありません。さすがに軍事についてお話をすることは出来ません」

「そう……そうだね」

「ただ戦わなくて済むのであれば戦わないほうが良い。皆そう思っております。ですが……国と国との関係は人と人のようにはいきません。残念ですが……」

 グレンも恐らくは私情を殺して行動をしている。ギルバート宰相はそう考えている。

「……私に何か出来ることはありますか?」

「フローラ様がご心配……いえ、正直に申し上げればあります」

「それは何かしら?」

「陛下とグレン殿が話し合う機会を作れるようにお願いしていただければと思います。政治に利用するようで大変申し訳ないのですが……それでも……」

 フローラを政治利用したくないという思いがギルバート宰相、そして他のエドワード王の側近だった人たちにはある。だが今の状況はその気持ちを優先することは許されない。

「兄はどこにいるのかしら?」

「それが分かりません……そうですね。居場所が分からなければお願いしても無駄でした」

「……兄の居場所が分かれば、上手く行く自信はないけどお願いすることはします。だから私のお願いも聞いてもらえますか?」

 お願い出来るのであればそれを拒む必要はない。それが必要かどうかは兄であるグレンが判断することだ。フローラはギルバート宰相の頼みを引き受けることで、自分の要求を通そうと考えた。

「なんでしょう?」

「兄を知っている人ともっと話をしたい。ケンタロさんだけでなく他の人たちとも。その邪魔をしないでもらえますか?」

「邪魔など……ああ、そういうことですか」

「もう私はいくつかの事実を知ってしまった。中途半端は良くないと思う」

 記憶が戻ることを邪魔しないで欲しい。これがフローラの要求だ。記憶はすでに戻っているが、これを受け入れてもらうことで色々な人と話が出来る。それこそ密談も。その機会を得たいのだ。

「……陛下に相談させてください。フローラ様にとって良い方向に進むように話をしますから」

「お願いします」

 フローラにはこの先、自分はどうするべきかの結論は出ていない。いつ結論が出るかも分からない。だがどのような結論になるにしても行動の自由は必要だ。まずはそれを手に入れること。
 手は打てた。あとは結果が出るのを待つしかない。