月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第124話 カーテンコール、ではない

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 一進一退の攻防を繰り広げていたグランフラム王国とグレートアレクサンドロス帝国の頂上決戦は、最後はその言葉通りに、アーノルドとランスロットの一騎打ちとなった。お互いに、それを望んでいたのだ。成るべくして成ったというところだ。
 戦いが一騎打ちに変わっても一進一退の状況は変わらない。周囲が息を詰めて、戦いの行方を見つめている中、二人が剣を撃ち合う音だけが戦場に響いていた。
 決着は、ほんのわずかな差。運の差と言っても良いものだ。
 大きく前に踏み込んだランスロットの足元にあった地面の窪み。それにわずかに足を取られて、バランスを崩したランスロットが見せた隙を、アーノルドは見逃さなかった。
 一気に攻勢に出て、ランスロットに体勢を立て直す余裕を与えない。それに焦ったランスロットが何とか挽回しようと無理をして、更に動きが乱れる。アーノルドが振り下ろした剣に合わせるのが精一杯。完全にバランスを崩して、地面に仰向けに倒れてしまった。
 アーノルドが首に剣を当てたところで、ランスロットは死を覚悟して、たった一言「殺せ」と呟くと、そのまま目を閉じて死の時を待つ。
 だがアーノルドの剣が、ランスロットに振り下ろされる事はなかった。
 顔に水滴が落ちるのを感じて、目を開けたランスロットの目に移ったのは、頬を伝う涙を拭うこともせず、剣を振り上げたまま固まってしまっているアーノルドの姿だった。
 かつての親友は、とっくに失ってしまったと思っていた友情の欠片を、今もまだ心に残していた。その涙を見てランスロットは、それを知り、自らも涙を止める事が出来なくなった。
 結局、ランスロットの処分は、その場では保留となり、後日、決定される事になった。そうであったとしてもグレートアレクサンドロス帝国の敗北は変わらない。まだ残党は残っているとしても、皇帝であるランスロットがグランフラム王国の手に落ちたのだ。
 この日が、グレートアレクサンドロス帝国の滅亡の日となった。

 この一連の成り行きを冷めた目で見ていたリオン。本来は行くつもりのなかった帝都トキオへ向かう事になった。やり残した事が出来てしまったからだ。

「まだ、ゲームが続いているのかと心配になる」

 帝都トキオへ向かう行軍の中、ナイトメアに跨っているリオンが、不満そうな声をあげている。

「どうして、そう思うのかしら?」

 エアリエルが、そのリオンの呟きに対して問い掛けてきた。

「だって、あんな恥ずかしい茶番劇。現実に起こると思えない」

「……まあ、そうね」

 アーノルドとランスロットの友情物語。リオンには茶番劇にしか見えなかった。もしくは、ただの自己陶酔芝居だ。こんなジャンルの芝居はないだろうが。

「しかも、あの女まで、ちょっとした怪我程度で終わっている。主人公補正が残っているんじゃないか?」

 好きにしろとリオンに周囲に告げられて、放置されたマリアだが、リオンが思っていたような事態にはならなかった。少しばかりの暴力を受けて、怪我をしたくらいだ。しかも、そのマリアも又、処分保留で帝都に連れて行かれる事になっている。

「でも、リオン。あの場で女性に乱暴するような人がいたら、私はその人の方を殺すべきだと思うわ」

 何万という兵が見ている中で女性を蹂躙する。エアリエルの言う通り、普通の精神で出来る事ではない。

「……まあ。でも、そうされても、おかしくないだけの恨みを買っていると思ってた」

 普通の精神では出来なくても、マリアへの恨みが積もりに積もった状態で、それを爆発させれば、リオンは出来ると思っていた。

「恨みは深くても……私は同じ女性として、ちょっと無理だわ」

 マリアへの恨みはエアリエルにもある。それでも、さすがに衆人環視の中で暴行させるというのは気分が悪い。

「俺も一応は見ている気にはならなくて、その場を離れたから」

 自分の非情さを、エアリエルに避難されているように感じたリオンが、言い訳を口にする。

「別に怒っていないわ。ただ復讐の方法としては、私はすっきりしないと言っているだけよ」

「じゃあ、女性の弱点を責めるのは止めておく」

「……まだ、何かするつもりだったの?」

 エアリエルは、リオンの中で復讐は終わったものだと思っていた。

「当たり前。いや、本当は終わらせるつもりだったけど、あんな茶番を見たままでは終われない」

 殺されるはずだったランスロットが生きている。しかも、アーノルドとの友情を取り戻して。こんなフザケた結末を、リオンは認められない。

「……結局、ここに話が戻るわね?」

「普通、相手が元親友であろうと誰であろうと殺すだろ? これは情の問題ではなくて、王としての義務だ」

「そうね」

 ランスロットはグランフラム王国を崩壊させた反逆者。ランスロットの所業によって、多くの人たちが命を落としている。その人たちや家族の恨みを考えれば、王としてアーノルドは問答無用でランスロットを殺すべきだと、リオンは考えている。

「公開処刑にする為であれば理解出来る。処刑される姿を見る事で恨みを晴らす人もいるかもしれない。それに見せしめにも、グランフラム王国の復活を示す意味にもなる」

「……そんな雰囲気ではなかったわ」

 お互いに涙を流して、友情劇を演じた二人だ。アーノルドの個人の感情としては、殺す気があるとは思えない。

「周囲の進言に耳を貸せば良し。そうでなければ動かなければならない」

 ランスロットを生かしておくつもりはない。グランフラム王国が殺さないのであれば、自分の手で殺すだけ。リオンが帝都トキオに向かう理由はこれだ。

「それはそれとして、チャンドラ?」

「……はっ」

 隊列の中から一人の兵士が進み出てきた。黒の党のチャンドラだ。

「ゴードンに伝言を頼む。東部は放っておいて、アインと協力して南部の取り込みを図れと」

「承知」

「あとはリサさん。居場所は掴んでいるだろうな?」

「まだ北部に」

「まだ? 頑張ってるな。でも、もう南部に向かうように伝えてくれ。引き上げが近いと」

「了解」

「……今は、こんなところだな。じゃあ、頼む」

 リオンの言葉を受けて、チャンドラが駆け出していく。チャンドラ自身が伝言に向かうわけではない。周囲に配置してある黒の党に指示を伝えに行っただけだ。

「戦いが終わったばかりなのに忙しいわね?」

「そうだけど退屈しているよりはマシだ。どうせ帝都では戦闘になんてならないだろうからな。今、やるべき事を少しでも終わらせとかないと」

「そうね」

 

◇◇◇

 リオンの考えた通り、帝都トキオでは全く戦闘にならなかった。ランスロットは帝都にいた、ほぼ全軍を出撃させている。守りの兵が少なかった上に、既に皇帝が捕らわれているのだ。敗北が確定した状況で、グレートアレクサンドロス帝国に殉じようと考える兵士はいなかった。
 帝都トキオはほぼ無抵抗でグランフラム王国軍を受け入れて、又、グランフラム王都となった。
 アーノルドは王都に入ってから忙しく働いている。王都は奪回したといっても、全土の回復が実現した訳ではない。各地の制圧に動く必要がある。だが、その軍がグランフラム王国にはなかった。手元の軍は二万を切っている。これでは地方の平定など不可能だ。軍の編成など、これから始めなければならなかった。
 それだけではない。地方に手を付ける以前に王都の整備も必要だった。南側の外壁と内壁が崩れていたのだ。それの修復と地下に残された火薬の撤去。この作業に軍は追われる事になった。
 そんなこんなでランスロットとマリアの処分は、いつまで経っても発表されない。リオンは無駄に王都で時を過ごす事になった。
 それに耐えられなくなったリオンは、一旦、引き上げる事を考えた。ランスロットとマリアの処分の結果を待つだけであれば、王都にいる必要はないのだ。
 それをグランフラム王国に伝えた途端、新たな動きが出る。グレートアレクサンドロス帝国との戦いの論功を行うというものだ。
 何故、そのような事になったのか。それは、論功行賞の中身を聞いて分かった。

「要らない」

「はい?」

 リオンのにべもない返事に、セイド宰相が呆気に取られている。

「だから要らない」

「……グランフラム王国軍の頂点となる地位です。今回の武功に相応しいものだと思いますが?」

 セイド宰相の口から告げられた報奨は、グランフラム王国騎士兵団長の地位だった。リオンにとって何の有り難みもないどころか、迷惑にしか感じられないものだ。

「相応しいか、どうかは俺には関係ない。俺には、そんな地位は必要ない」

 この期に及んで、まだ下らない駆け引きをしてくる王国に、リオンは呆れ返っている。騎士兵団長の地位、それはつまりアーノルドに臣従しろという意味だ。それをリオンが望むはずがない。そして王国は、望まないと分かっていて、押し付けようとしている。

「しかし、これに匹敵するような報奨は用意出来ません」

「別に匹敵する必要はない。他のもので俺は全然問題ない」

「……例えば?」

 今度は探りだ。リオンがどのような報奨であれば納得するか。それでいて必要以上に力を持たせないものであるか、知りたいのだ。

「ランスロットとマリアの二人の首。これで良い」

「……それは」

 セイド宰相は躊躇いを見せた。この反応は、リオンの推測が間違っていない事を示している。反逆の首謀者として処刑するべき二人だ。その二人の首を報奨にするのは、何も与えないと同じ事。躊躇うという事は、グランフラム王国は、少なくとも、どちらかを殺す気がないのだ。

「この際、はっきりと聞いておこう。ランスロットとマリアの二人の処分はどうなる?」

「それは、まだ決まっていません」

「反逆の首謀者の処罰が決まっていない? 処刑以外に、どんな選択肢があるというのだ?」

「……首謀者であるという証拠を集めている最中です」

 全く説得力のない言い訳だ。二人は帝国の皇帝と皇后だ。それが首謀者でなければ、誰が首謀者だというのだ。あえて可能性があるとすれば。

「それは、女の方の処分だけが決まっていないという事か?」

 女性の地位が低い分、マリアの責任は軽くなる可能性がある。権限がないはずだから、責任も軽いという考えだ。あくまでも一般論であって、マリアに関しては、この常識は当てはまるはずがない。

「いえ、両方です」

「皇帝が首謀者ではないと?」

「王都を襲ったのはウィンヒール侯家。グレートアレクサンドロス帝国は、混乱する領地をまとめる為に建国したという話があります」

 今になって、グレートアレクサンドロス帝国と呼ぶセイド宰相。

「では何故、グレートアレクサンドロス帝国は、グランフラム王国に王都を明け渡さなかった? こんな質問をする事さえ馬鹿馬鹿しいのだが?」

 セイド宰相の説明はランスロットの罪を軽くする為の、こじつけでしかない。そして、こじつけである事は、グランフラム王国も分かっているはずだ。

「とにかく、まだ決まっていないのです」

「では今、決めれば良い。俺が求めるのは二人の首だ。これを受け入れるかの回答を要求する」

「それは……少し時間を頂きたい」

 セイド宰相はすぐに返答しなかった。それはそうだ。セイド宰相の独断で決められるものではない。

「ちゃんと説明してもらおう。何故、二人を殺さない?」

「……王都を取り戻したとはいえ、まだまだ困難は続きます」
 
「だから?」

「今は優秀な人材が一人でも多く必要なのです。復興に役立つのであれば、少々の悪を受け入れることも必要でしょう」

 この説明でリオンにはおおよそのことが分かった。グランフラム王国が二人を必要としているのは、その知識を自国のものとする為。それによってグランフラム王国を強く、豊かな国にしたいのだ。

「なるほど。良く分かった」

「陛下は貴方にも手を貸して欲しいと思っています。グランフラム王国を元通りの、いや、それ以上に発展させる為の手伝いをして欲しいと」

 ライハルトやマリア以上に、グランフラム王国が求めている人材はリオンだ。リオンの武、策謀の才、政治力があれば、間違いなくグランフラム王国は、かつて以上の力を手に入れる事が出来ると思っている。

「断る」

「何故!?」

 リオンの拒絶に驚くセイド宰相。驚かれたリオンのほうが驚きだ。

「依頼をするのであれば、報酬を提示してもらいたい。その上で受けるかどうか判断させてもらう」

「報酬などと、まだ傭兵のつもりですか?」

「まだ? 俺は今も傭兵だ。ただそれとは関係なく、俺が言いたいのは無償の奉仕を求められても、迷惑だというだけだ」

「グランフラム王国の為です!」

「何故、俺がグランフラム王国の為に働かなくてはならない!?」

 グランフラム王国の為にリオンが働く事を当然だとセイド宰相は思っている。この傲慢さはリオンを苛つかせる。結局、グランフラム王国はずっと変わらない。リオンの父、前王の時代と求めていることは同じだ。

「貴方はグランフラム王国の王族。王族としての責務があります」

 リオンの心に広がる不快さになど気付くこともなく、セイド宰相はさらに義務を押しつけてくる。

「王族として生まれたフレイは死んだ。俺はリオンだ」

 それに対して、うんざりした表情を見せて答えるリオン。今更、王族なんて言ってくる無神経さには呆れるばかり。これまでグランフラム王国がリオンを王族だと認めたことなどない。ルオンは王族として育ってなどいない。

「ではリオンとしてでもかまいません。王国の復興に力を貸してください」

「……何回言えば通じるのかな? 何故、俺が、グランフラム王国の為に働かなければならない?」

「この国には貴方が必要なのです。それは分かって頂きたい」

「……それは分かった」

 何故、それを分からなければならない、という言葉を飲み込んで、リオンは会話を終わらせる事にした。これ以上、何を話しても時間の無駄だと分かっているのだ。
 リオンはその場から立ち去っていく。これから決める自分の目指す先に、グランフラム王国という存在を関わらせる事は避けようと心に誓って。
 だがそう誓ったばかりのリオンの前に、もっとも関わりたくない人物が現れた。

「……そっちの申し出は今断ってきた。俺にはもう話すことはない」

 リオンの目の前に現れたのはアーノルドだった。

「セイド宰相か?」

「ああ、そうだ」

「そうか……そうであれば尚更、話を聞いてもらいたい」

「受け入れるつもりはない」

 もうグランフラム王国とは関わらないと決めた。それが国王であるアーノルドの頼みでも、アーノルドの頼みであれば尚更、リオンは聞く気はない。

「俺が話したいのは違うことだ」

 だがアーノルドは自分の話はセイド宰相のそれとは違うと言ってきた。

「違うとは?」

「ここでは話せない。俺の部屋に来てくれ」

「…………」

「警戒するな。名ばかりの王が、恥を忍んで願い事を話そうというのだ。廊下でなんて話せない」

 自分を卑下するアーノルド。アーノルドがこういう態度を見せているところを、リオンは見た覚えがない。そう思うと、アーノルドが何を話すつもりか気になってくる。

「……いいだろう」

「すまない」

 アーノルドの部屋に向かって廊下を歩く二人。血の繋がった兄弟であるアーノルドとリオンだが、二人きりで、ちゃんと話をするのは、これが初めてだった。