月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第123話 幕が下りる

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 マーキュリー率いる黒色騎獣兵団の千名は無事、貧民街の者たちを回収して、後方に下がろうとしている。当然、帝国はそれを許すまいとして、懸命に防いでいる。マーキュリーの部隊の前に立ち塞がっているのは、グランフラム王国を裏切った部隊だ。それが陣形を組んで、黒色騎獣兵団に対峙していた。

「逃がすな! ここは何としても、耐えるのだ!」

 兵士に激を飛ばしているのは、マーカス騎士兵団長。グランフラム王国を裏切った今となっては、元王国騎士兵団長というべきだろう。

「無理する必要はない! 敵はわずか二千だ! やがて疲れる時が来る!」

 マーカスは持久戦を図っている。正しい選択だ。兵数に余裕がある帝国軍とは異なり、不思議の国傭兵団は、常に戦い続けていなければならない。
 いつかは疲弊して戦えなくなる事は間違いない。ただ問題は、それまで帝国軍が保つという前提が成り立ってこそだ。
 その前提を打ち壊す最初の存在は、まるで空から落ちてきたように突然現れた。獣の様な姿をした、それでいて二つ足で立ち上がっている、その異形の者たちは、マーカス率いる軍勢の陣形のど真ん中に飛び込んでくると、その場で周囲の兵をなぎ倒し、散々に暴れまわった上で、又、大きく飛んで、前に進んでいく。

「……魔物、なのか?」

 魔神戦役に参陣していたマーカスは、魔物を見た事がある。だがマーカスの知る魔物とは、少し違う気がする。とにかく何だか分からない異形の者たちだ。
 だがマーカスは、それに驚くよりも先に考えるべきだった。その異形の者たちが、一体、どこから現れたかを。

「後方! 騎獣部隊が来ます!」

「なっ、何だと!?」

 兵の警告の声にマーカスが後方を振り返った時には、もう黒と赤の二つの騎獣部隊は、陣形のすぐ後方に迫ってきていた。
 マーカスが何かを命じる余裕などない。騎獣部隊は駆けてきた勢いのまま、陣形を、後方から深く抉っていく。

「陣形を乱すな! いや、中に通せ! 通した上で、再包囲しろ!」

 さすがは元グランフラム王国騎士兵団長というところだ。マーカスは突撃を防ぐよりも、受け流して帝国軍の包囲網の中に取り込む事を選んだ。二千が四千となっても、大した事はないという判断だ。
 だが不思議の国傭兵団は、これで全てではなかった。騎獣兵団に少し遅れて機動歩兵団、機動歩兵と呼べる兵は抜けたので、ただの歩兵団ではあるが、が現れた。

「まだいるのか!? 後方の敵を迎え撃て!」

 一度、後方に意識が向いていた帝国軍の反応は早かった。後方に向けた陣形を組んで、敵の突撃に備えたのだが、敵の歩兵よりも先に、竜巻が襲いかかってきてしまう。

「……エアリエルかっ!」

 エアリエルの魔法だと見抜いたからといって、それで防げるわけではない。渦巻く強力な風属性魔法が、整えたばかりの帝国軍の陣形を切り裂いていく。

「陣形を再編しろ! 敵の突撃に備えよ!」

 マーカスの号令が響く。それに応えて、帝国軍の陣形は又、形を整えていく。

「耐えろ! ここを耐えれば、我らの勝ちだ!」

 何か根拠がある訳ではない。だが崩されれば、せっかくの包囲が無駄になるのは間違いない。ここが踏ん張りどころと、マーカスは感じている。

「耐えたところで勝ちにはなりません。それ以前に耐える事など出来ません」

「……何だと?」

 不意に掛けられた声。声のした方向にマーカスが視線を向ければ、そこには抜身の剣を握ったソルが立っていた。

「さてと、騎士らしい戦いは、これが最後かもしれません。 マーカス殿、いざ、尋常に勝負を」

「今更、一騎打ちもあるか! 者共、討て! ソル・アリステスの首であれば、恩賞は安くないぞ!」

 ソルの一騎打ちの申し込みを拒否して、マーカスは周囲の者に、ソルを討つように命じた。

「なるほど。裏切り者とは愚かなものです」

「何だと!?」

「貴方には一騎打ち以外の選択肢はなかったというのに。もう良い。誰でも良いから討て。少しはリオン様に褒めてもらえるかもしれない」

 一騎打ちはマーカスにとっての最善の選択肢だった。何故なら、マーカスの周囲には、すでに立っている味方は、ほとんど居ないのだから。
 後方に気を取られているような状態で、マーキュリーたちを防ぎきれるはずがない。前後から陣形をずたずたにされて、マーカスが率いていた一万は、戦闘力を一気に失っていた。

「……馬鹿な。どうして、勇者が負けるのだ!? 最後に勝つのは勇者では無いのか!?」

 マリアの言うような台詞を、マーカスは叫んでいる。元はマリアから吹きこまれた言葉だ。マリアに誑かされて、マリアの言葉を信じ込んでマーカスは、グランフラム王国をずっと前から裏切っていた。マリアとの付き合いは、まだ魔人討伐を行っていた頃からだ。

「そうだとしても、その勇者が誰かを考えるべきでした」

「……何だと?」

「異世界から来た事が勇者の証というのであれば、もう一人、勇者と呼ばれるべき御方がいらっしゃいます」

「……そんな、まさか」

 今のソルが『御方』という相手は限られている。そして、勇者と呼ばれるだけの人物は誰かとなると、それは一人しか居ない。異世界から来たなど知らなくても、勇者と呼ばれるに相応しい力を見せている人物だ。
 それを知った時、マーカスの心に広がったのは驚きではなく、納得だった。英雄と呼ばれたその人は、グランフラム王国に栄光をもたらすはずの人だった。自分を含めた多くの者たちが邪魔をしなければ。

「本人は勇者と呼ばれる事は拒否なさるでしょうけど」

「……だろうな」

「どうやら貴方も犠牲者の一人。それについては同情しないでもありませんが……無用の事ですね?」

「ああ、その通りだ。一つ聞きたい。お主は今、誰の近衛だ?」

「……フラウ様の近衛ですが、それは忠誠を向ける主の命に従っての事です」

 こんな言い方をしたのは、マーカスが望む答えが分かっていたからだ。ソルは、リオンの近衛騎士である必要があった。

「……そうか。それは良い。では、やろうか?」

「はっ。では、参る!」

 結局は、ソルとマーカスの一騎打ちとなる。と言っても、マーカスに勝つつもりはない。自分の選択が間違いであったと分かったからには、マーカスは元のグランフラム王国の騎士に戻りたかった。
 もちろん、こんな虫の良い話が許されるはずがない。マーカスは潔い良い死を選んだ。仕えるべきだった人の近衛騎士の手に掛かるという方法で。
 ソルの剣が一閃。首筋から血を撒き散らしながらマーカスは、ゆっくりと倒れていった。

「……この後は?」

 近づいてきたマーキュリーに、ソルは、この先の戦いを確認する。

「この部隊を完全に崩壊させて、包囲網を解く。そこからは真正面からの戦いになるのだと思う」

「そうか。分かった。では、一気にケリをつけよう」

 率いていたマーカスが既に討ち取られている。グランフラム王国からの裏切り部隊に、抗う力は残っていないはずだ。ソルは一気の制圧に向けて、部隊を動かしていった。

 

◇◇◇

 包囲網の中央では、かなり激しい戦いが繰り広げられていた。
 マーキュリーの部隊が離れて、不思議の国傭兵団の軍勢は千名ほどになった。マリアは、これをチャンスと見た。正しい判断だ。
 温存していた親衛隊五千を率いて、不思議の国傭兵団に攻勢を掛ける。マリアにとって、最精鋭部隊の親衛隊での参戦。しかも敵の五倍の部隊だ。これでケリが付くはずだった。
 だが親衛隊五千でも、不思議の国傭兵団を突き崩す事が出来ない。リオンを討ち取ろうにも、数人掛かりで対峙しても、逆に圧倒される始末だ。

「このままでは近づけない! 火属性魔法を何とかしなさい!」

 リオンの周囲を飛び回る火竜。リオンに近づこうとすれば、たちまち、それが襲いかかってくる。剣を合わせる事も出来ない状況では、数の利も活かせない。
 味方に命令を発して、水属性魔法で攻撃をさせる。だが、その水属性魔法が、リオンに全く通用しない。

「何でも良いわ! いえ、一斉攻撃よ!」

 という事で、魔法での一斉攻撃を仕掛けても、それを超える魔法の数で全て叩き落とされるか、霧散させられる。

「突撃よ! 順番に突撃しなさい!」

 魔法が駄目であればと、犠牲覚悟の突撃を命令しても、本当に犠牲を出すだけで終わる。剣での戦いでも、リオンに太刀打ち出来なかった。

「とにかく攻め続けなさい! いつかは疲れるはずよ!」

 最後は無策で、ひたすら攻め続けるだけになる。だが結局は、これが正しいのだ。リオンも人である以上は、永遠に戦い続ける事など出来ない。
 攻める側からすると、無限なのかと思うくらいの魔力も、戦い続けていれば、いつかは途切れる時がくる。
 だからマリアは小細工など使わずに、もっと早く、この方法を取るべきだった。それが現れる前に。

「……来たか」

 リオンの周囲に突然、現れたその者たちを見て、帝国の兵士たちは固まってしまった。彼らの多くは帝国が出来てから徴兵された者たち。魔物を見たことがないのだ。
 見たことがある帝国兵も、その者たちの姿には呆気に取られている。彼らが戦った魔物たちの中に、同じ姿の魔物はいなかった。それだけではなく、一目見ただけで、ハイクラスなのが分かった。

「……獣人?」

 マリアも、この世界での獣人族を知っているわけではない。ファンタジーの一般的な知識として獣人を知っていて、それと、目の前の者たちが重なっただけだ。

「……貴方、魔人だったの?」

 魔物を従わせる者は魔人。この理屈でいくと、こういう結論になる。

「魔神を倒した覚えはあるが、魔人になった覚えはない」

「……じゃあ、どうして、そんな化物が従っているのよ!」

「獣人族を化物呼ばわり? お前、そんな偏見を持って、よく異世界に来られたな?」

 少なくとも亮の知識では、獣人族を悪として書いている小説の方が少ない。目の前の獣人たちは、モフモフには程遠い、野性味溢れる見た目ではあるが。

「この世界に獣人族はいないわ!」

「……目の前にいるけど?」

「……魔人。貴方こそ、魔人だったのね!? 貴方が、私の倒すべき敵!」

 倒すべき敵である事は間違いない。倒したい気持ちは、リオンの方が遥かに強いが。

「皆! 力を合わせて戦うのよ! 魔人は私たちの共通の敵! 人間の敵よ!」

 マリアは不思議の国傭兵団の団員にまで、協力を呼びかけている。それだけではない。グランフラム王国へ伝令を送ることまでした。
 リオンを魔人と認識した事で気力が蘇ったようだ。これこそが最後の戦いと思い込んでいるのだ。当然、マリアの頭の中には、主人公である自分が勝つというエンディングしか浮かんでいない。

「……主」

 隣に立つロスが、リオンに声を掛けてきた。この骨格で、どうして滑らかに言葉が出るのだろうと、いつもリオンは思ってしまう。

「そんな、情けない顔するな……してるよな? 情けない顔?」

 ロスは狼人族。狼の顔をしている。狼の情けない顔が、どういうものか、リオンが知っているはずがない。

「……落ち込んではいる。今ので少し立ち直ったが」

 ロスの声には笑いが含まれている。リオンのおかげで、少し気持ちが和らいだのだ。

「今だけだ。これから先は、あんな無礼な事は誰にも言わせない。そういう世界にしてみせる」

「……ああ」

 魔神から開放されて、多くの魔物が、この世界で自由になった。自由になったといっても魔物は人間にとっての敵、討伐対象だ。生き残るには人目につかないように、ひっそりと暮らすしかない。だが、そうしていても、いつの間にか存在がバレて、討伐者がやってくる。
 リオンたち不思議の国傭兵団もその討伐者の一つだった。ただリオンが他の討伐者と違ったのは、彼らに知性が、人格がある事を知っていた事。自分たちの生活を守るために、仕方なく戦っているのだと知ると、すぐに戦いを止めた。
 それだけではなく、獣人族が隠れ住む場所を新たに見つけ出し、生活の支援までしてくれた。彼らがリオンに仕えるのは、その恩返しの為だ。

「今こそ、決着を付けるわ! この世界の為に!」

 マリアが又、大層な台詞を叫んでいる。リオンが魔人と思った途端に、勝てる気になっているのだから、呆れるしかない。

「倒せるなら、倒してみろ!」

 リオンもマリアに言い返す。決着を付けたいのは、リオンの方なのだ。

「ええ、倒すわよ! それが選ばれた勇者である私の使命だもの!」

「何が勇者だ! 元は何の力もないくせに!」

 マリアの思い込みを聞くのも、もうウンザリだ。これを最後にしなければならない。

「何ですって!? 私は異世界から召喚された勇者なのよ!」

「偉そうに! その異世界では、ただのOLか学生だろ!?」

「それが何よ! 私は! 私は……えっ?」

 リオンが何を言ってきたのか、その意味を、マリアは理解した。理解したのだが、信じられなくて戸惑っている。

「そろそろ理解したらどうだ? ゲームはもう終わっている! それもバッドエンドで!」

 続くリオンの言葉が、マリアに、はっきりと思い知らせた。リオンは自分と同じ異世界からの召喚者だと。

「……う、嘘でしょ? 貴方も召喚者なの!?」

「ゲームは終わっている! 主人公補正なんてものはない! そして、この世界で、確かに俺たちは生きている! この意味が分かるか!?」

「……どういう事!?」

「お前は死ぬ! 主人公でなくなったお前を、世界は守ってなんてくれない!」 

 マリアの自信の根拠。これをリオンは、はっきりと否定した。脅しでも何でもない。ただ、事実を告げただけだ。

「……私が死ぬ?」

「ああ、俺が殺してやる。ヴィンセント様の復讐は、まだ終わっていない」

 抜身の剣をぶら下げてリオンは、ゆっくりとマリアに近づいていく。それを遮る者は、誰もいない。誰もが混乱しているのだ。リオンも又、異世界から来た者であるという事実を、いきなり知らされて、何を信じれば良いか分からなくなっている。

「……だ、誰か、助けて。あの男を殺して!」

 先程までの自信は何だったのかと思うくらいに、マリアは怯えた声で助けを求めている。それに応じて親衛隊の者たちが、マリアを守ろうと動き出したのだが。

「お前たちに選択肢を与えてやる。俺の敵として死ぬか、大人しく俺に従って、その女を好きにするか、どちらかを選べ」

 その親衛隊員たちに、リオンが驚きの提案をしてきた。

「……えっ?」

「俺に従うなら命は助けてやる。その女も好きに扱えば良い。元々、それが望みだったのだろ? だったら望みを叶えれば良い。飽きるまで、その女を抱いてみろ」

「……な、何を言っているの?」

「別に親衛隊に限った話じゃない! この女に恨みを持つ者がいるだろ!? その恨みを晴らしたらどうだ!? 恐れる事は何もない! 俺が、この戦の勝者の俺が許すのだ!」

「ばっ、馬鹿な事を言わないで!」

 兵士に恨みを買っている事に関しては、身に覚えがあり過ぎる程あるマリアだった。

「うるさい。大人しくしてろ」

 リオンの言葉が終わると共に、マリアの足元から氷が立ち上っていく。氷の塊に両足を固定されて立っていられなくなったマリアは、地面に背中から倒れていった。

「これで逃げる事は出来ない。ちょっと、やり辛いけど、まあ、そこは我慢してもらおう」

「やっ、止めて! お願い、リオンくん! 私を助けて! 貴方と私の仲じゃない! ねえ、私は貴方と戦いたかったわけじゃないの。それどころか……」

「お前にも選択肢をやる」

 マリアの言葉を途中で遮って、リオンは話しかけた。選択肢と聞いて、マリアの顔には卑屈な笑みが浮かんでいる。この状況から逃れられるのであれば、リオンの奴隷になる事でも喜んで選ぶだろう。

「お前が勇者として慕われているなら、お前はここから逃げ出す事が出来る。そうでなければ……まあ、自分の幸運を祈るんだな」

 マリアには選択肢などない。選択するのはマリアに好き勝手に使われていた兵士たちだ。マリアにこれを告げたところで、リオンは背中を向けて、マリアから離れていった。
 それを止めようとする者はいない。周囲を囲んでいた兵士たちは武器を捨てて、戦意のない事を示している。中には跪いている者までいる。
 誰もが認めていた。この戦いの勝者はリオンだと。

「活躍の機会がなかった」

 戻ってきたリオンにロスが文句を言う。せっかく獣人の姿に戻ったのに、ろくに、その戦闘力を発揮しないままに、戦いが終わってしまった事を軽く怒っているのだ。

「機会なんて、この先、いくらでもある。俺たちの本当の戦いはこれからだ」

「……そうか。では、その時を待とう」

「後は勝手にやってもらう。それが望みのようだからな」

 グランフラム王国軍が陣取っている場所に向かって、グレートアレクサンドロス帝国軍の騎馬隊が駆けている。ランスロットが自ら率いる近衛騎士団だ。
 それに対してグランフラム王国の陣地からも、騎馬隊が飛び出してきた。先頭に立つのはアーノルド。お互いの望み通りに、グランフラム国王とグレートアレクサンドロス皇帝による頂上決戦が始まる。
 本当の意味での勝者など生まれない、虚しい頂上決戦が。

 それを興味なさげな様子で、ぼんやりと見ていたリオン。視線の先に近づいてきたエアリエルとアリスを見つけて、その顔がほころんだ。
 不思議の国傭兵団の戦いは、この瞬間に終わりを告げた。