月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #120 変わろうとする人

異世界ファンタジー小説 勇者の影で生まれた英雄

 勇者軍を撃退し終えたあとも、ルート王国の人たちは忙しい日々を送っていた。都はほぼ無傷といっても投石の撤去や穴の空いた場所の修復など、戦後処理は決して少なくない。
 それに忙しい理由はそれだけではない。付け入る隙を全く見せない完勝と言える内容であっても、それで満足していてはグレンの臣下など務まらない。思い付く限りの問題点を洗い出し、それの改善案を考え、実行に移していく。そういった仕事に追われて、のんびりしている余裕などないのだ。
 それでも皆の顔は明るい。敵を見事に討ち払うことが出来た。それは自分たちがやってきたことが間違いではなかったという充実感を与えてくれるものだった。
 今日も又、様々な議題に対して活発な議論が行われている会議。それを台無しにする存在が現れた。それが本人にとっても不幸であることを知らないままに。

「ええい、邪魔するでない! 儂を誰だと思っているのだ!?」

「誰であるかは知っています。その上で戻るように言っているのです」

「はっ、えらくなったものよな。小僧であったお前が今は儂に指示する立場か」

「そうです。だから戻ってください!」

「勘違いするな! 宰相だろうと何だろうとお前は儂に指示など出来ん!」

「止まってください! 今は会議中です!」

 会議室の中まで聞こえる騒々しいやり取りを行いながら、一人の老人が扉を開けて入ってきた。そのすぐ後ろでは今なお、ハーバード宰相が老人を止めようとしている。

「……誰?」

 グレンには見覚えのない老人。国民の顔は全て覚えているつもりのグレンだ。忘れているのでなければ、その老人は他国人か、新たに移住してきた人となる。

「えっとね……」

 グレンの問い掛けにソフィアは口を濁してしまう。どう話すべきか迷っているのだ。

「王は何処じゃ?」

 ソフィアが話す前に老人のほうから問いかけてきた。

「……俺ですけど?」

「おお、そうか! そうであるな! その銀髪はセシル譲りか!」

「……お前、誰だ?」

 「セシル譲り」という老人の言葉を聞いた途端にグレンの表情が険しくなる。老人が誰か分かったのだ。老人の方は嬉しそうな顔をしているが、グレンの中に生まれたのは正反対の感情だ。

「ようやく会えたな。儂はセシルの父、つまりお主の祖父じゃ」

「その祖父が何の用だ?」

「おい! 祖父に向かって、その態度は何じゃ? お主は王ではあるが、それでも儂を敬わなければいけない立場じゃろ」

「どうして俺がお前を敬う必要がある?」

 祖父である男が何を言おうとグレンの態度が変わることなどない。本来は会話を許されているだけでも男は感謝するべきなのだ。

「何と? これはどうした? もしかして、放って置いたことを拗ねているのか?」

「別に」

「儂はセシルに何も知らされていなかったのじゃ。孫がいると聞いておれば飛んで行って会いに行ったのに」

 これは嘘。会いに行けるはずがない。行っていれば、老人はこの年まで生きていられなかった。

「それは良い。それで用は?」

「いやなに、これまでの分もお主と仲良くやっていこうと思ってな」

「仲良く?」

「そうじゃ。その為に王であるお主に会わせろと何度も言ったのに、こやつらは一向に会わせようとせんのじゃ」

 せっかく得た機会を男は無駄にしようとしている。男が行うべきなのはグレンの心情を読み取って、すぐに謝罪をすること。それをしても罪が許されることはないだろうが。

「……それで?」

「それでって。儂に対して、無礼だと思わんか?」

「……どうして?」

「儂はお主の祖父、王の祖父なのじゃぞ。その場合は何と言うのかの。とにかく儂もこの国の王族の一人なわけじゃ」

「ああ、なるほど。それに相応しい待遇を用意しろということか」

「まあ、そうなるかの」

 これで終わり。老人は自分の死刑執行書にサインをしてしまった。

「……立派な屋敷を用意すれば良いのかな?」

「それも必要じゃな」

「そうか。ポール、急いで新しい屋敷を用意してやれ」

「陛下?」

 まさかの指示。指示されたポールは怪訝そうな顔をしている。それを気にすることなく、グレンは言葉を続ける。

「中途半端は良くないな。祖父が母に用意した屋敷に負けないものにしよう」

「ん? それはどういうものじゃ?」

「以前、母が暮らしていた屋敷を訪れた」

「そ、そうか……」

 それを聞いた途端に、にこやかだった祖父の表情が曇る。自分が行ったことに一応は後ろめたさを感じているのだ。

「全ての窓に板が張られていて、昼間だというのに暗い屋敷だった」

「そうじゃったかな?」

「あれでは中途半端だろう。ああ、地下に屋敷を作ろう。それであれば、わずかな光も入ることはない」

「お、おい。何を言っているのじゃ?」

 ようやく、手遅れではあるが、雲行きが怪しいことに老人は気づいた。

「何を? お前の屋敷の話に決まっているだろ?」

「そんなものは求めておらん」

「我儘だな。では選択肢を与えよう。光の一切入らない屋敷で母が味わった苦しみを思いながら残りの人生を生きるか、それともひと思いに死ぬか、どちらを選ぶ?」

「…………」

 全く感情の色を表に見せないままに、グレンはそう言い放った。冗談ではないと分かって、老人は顔を真っ青にして黙り込む。

「どちらを選ぶか聞いている」

「ば、馬鹿なことを言うな。お主は儂の孫じゃ。お主は家族をそんな目に遭わせるつもりか?」

 老人がすがるのは血のつながり。そんなものには何の意味もないと分かっていない。

「その台詞がお前の口から出るとは」

「何?」

「お前はその家族に、自分の娘に何をした?」

「……知らん。何のことか儂には分からん」

「悪党というのは誰もが同じ台詞を吐くのか。惚けても無駄だ。母が閉じ込められていた屋敷で、俺は一冊の本を見つけた。俺だけが、自分の子供だけが解ける封印が施されていた場所に置いてあった本だ」

「…………」

 老人の顔がますます青白くなる。グレンが何を話そうとしているか、分かってしまったのだ。

「母の日記だ。そこには母の苦しみが、母の恨みが延々と記されていた。お前が母に対して行ったことも全て書いてあった」

「う、嘘じゃ」

「もう一度聞く。お前は実の娘に、わずか十歳の女の子に何をしたのだ?」

「…………」

 祖父を名乗る老人だけではない。その場にいる全員が言葉を失った。グレンが何を言いたいか、全員が分かってしまったのだ。

「……お前などは母の親ではない。母の敵、つまり俺の敵だ」

「待て、待ってくれ!」

「……お前の声はこれ以上聞きたくない。近くで生きていると思うことさえ不愉快だ」

「待ってくれ! 儂の話を聞いてくれ!」

「誰か此奴を連れて行け」

「はっ! 私が」

 名乗りを上げたのはシュナイダーだった。

「……そのあとのことは?」

「それも私が。私であれば陛下の家族を殺めた汚名を被っても問題ありません」

「……良いのか?」

「それが私の役目ではありませんか?」

 戦いが終わった後も、汚れ仕事は自分の役目という意識をシュナイダーは失っていなかった。

「では頼む。ただこれは汚れ仕事ではない。この男は俺の家族などではない。ただの極悪人だ。それに相応しい罰を与えるだけのこと」

「待て! 儂は確かにお主の祖父じゃ! 儂とお主は血が繋がっているのじゃ!」

「血が繋がっているだけで家族と呼べるか! 家族とは、お互いを想いあって初めて家族だ! それのない人間を俺は家族どころか、人として認めない! その命になど何の価値もない!」

「…………」

 最後の頼みであった血のつながりも意味をなさない。グレンの言葉がそれを教えた。

「消えろ。お前のことを考えることさえ不愉快だ」

「待て! 助けて! 助けてくれ! ハーバード! 儂を助けるのじゃ!」

 グレンが駄目であれば、昔なじみのハーバード。ハーバード宰相にとっては迷惑な話だ。

「自業自得だ。こうなることが分かっているから、会わせないようにしていたのに」

 そして今更な話。老人がハーバード宰相の言葉を無視した結果が今なのだ。

「そんな!? 誰か!? 誰か助け……」

 叫び声はシュナイダーが首筋に落とした手刀によって止められた。地面に崩れ落ちて、ぐったりしている体を肩に担ぐと、シュナイダーはそのまま会議室を出て行く。

「……気を使わせたようだ」

「いえ。元々あまりに酷いようであれば、陛下に会わせることなく処分するつもりでした」

「それを俺に話せなかったことが、気を使わせたってことだ」

「……はい」

「他にもいるのか?」

「いるはずですが、ここには現れておりません」

「……そうか」

 他にも母方の親族がいる。それはグレンにとって嬉しいことではない。

「如何いたしますか?」

「ここに来ないのであれば、それで良い。現れた場合は……話を聞いてからだな。あの男が何をしたか知っていて、それを何とも思っていない様であれば……」

「承知しました」

 グレンに最後まで命令を告げさせずに、ハーバード宰相は了承を口にした。これもグレンに気を使ってのことだ。

「グレン」

「ん?」

 ハーバード宰相との話が途切れたところでソフィアが声を掛けてきた。

「日記って?」

「ああ。本当にある。屋敷の寝室の床に封印されていた」

「読ませてもらっても良いかな?」

「いや、全くお勧めしないけど? 読むと胸が痛くなって、苦しくなって、むかむかしてきて……最後は涙が止まらなくなった」

「涙?」

「悲しみ半分。嬉しさ半分だな。最後の最後で母親に愛されていたと思えた。書かれたのは俺が生まれるずっと前だけど、それでもそう思えたかな」

「そう。じゃあ、やっぱり読ませて」

 母に対するグレンの複雑な感情をソフィアは知っている。そのグレンが、母に愛されていたと思えた日記だ。読まないではいられない。

「……分かった。後で渡す。さてこの件は終わり。過去の恩讐に一つ決着が付いたということでこの先の話をしよう」

「「「はっ!」」」

 そのグレンの言葉を待っていたかのように新たな事が起る。実際に一区切りつくのを待っていたその人物は天井から降ってきた。

「狼殿」

「……何かあったか?」

「はい。ウェヌス王国に動きがあります」

「それはジョシュア王から?」

「はい。狼殿にお伝えするようにと」

 グレンに従うことになっているウェヌス王国の間者組織だが、ジョシュア国王との接触は続いている。それはグレンが望んだことでもある。連絡役だ。

「この場で話してもかまわない内容かな?」

「すぐに公になることですから」

「そうか。じゃあ、話してくれ」

「勇者軍の件で、ウェヌス王国から使者が派遣されます。ランカスター宰相です」

 ヤツの説明を聞いて、周囲から驚きの声が漏れる。敵であるランカスター侯爵家の者が訪れるというのだ。驚きもする。

「……公になるってことは正式な使者だな?」

「ジョシュア王の命令による正式な使者となります」

「そうか……それじゃあ、殺せないな」

「はい。ジョシュア王からも殺さないで欲しいと」

 正式な使者を殺してしまえばウェヌス王国と敵対することになる。さすがに外交の使者であるランカスター宰相を殺されては、ジョシュア国王もランカスター侯爵家を押さえ込むことは出来ない。ランカスター侯爵家だけでなく、他の臣下からも強硬意見が出るに決まっている。

「使者を受け入れないのは?」

「……ジョシュア王もこちらを訪問したいようでして」

「ああ、そういうこと……いや、それは無理では? 周りが許さないはずだ」

 国王が他国を訪問する。絶対に大丈夫だという相手でなければ、周りがそれを許すはずがない。

「……許されそうな気もしますが」

「それでも……その前にランカスター宰相か……」

 ジョシュア国王の来訪は、実現しても先の話。その前に訪れようとしているランカスター宰相をどうするかを決めなくてはならない。

「この街には入れたくないな。それ以前に交渉相手であると認めるか……」

 すでにランカスター侯爵家には知られているとしても、ルート王国の存在を公式に認めることには抵抗がある。どのような反応をされるか想像がつかないのだ。

「エイトフォリウム帝国と名乗ったのではありませんでしたか?」

 悩んでいるグレンに、ハーバード宰相が問い掛けてきた。

「……そうだった。しまった。もう少し考えて話すべきだったか。いや、でもあの時にルート王国を名乗るはないか」

 ハーバード宰相に言われて、健太郎にここはエイトフォリウム帝国だと話してしまったことをグレンは思い出した。

「エイトフォリウム帝国として交渉するしかないと思います」

「そうだな。ルート王国だと名乗っても、そんな国は認めないで終わってしまう」

 それがランカスター宰相の策かもしれないとグレンは思った。国として認められなければ、侵略ということにはならないのだ。

「エイトフォリウム帝国としての交渉となりますと……」

 自分がランカスター宰相の交渉相手を務めることになる。それを思って、ハーバード宰相は顔を強ばらせている。

「交渉といっても何もすることはない。こちらからの要求はないから」

「相手方からの要求もありませんか?」

「全て断れば良い。今回、こちらは被害者。受け入れる必要はない」

「そうですか……分かりました」

 交渉としては難しいものではない。そうであっても、自分がやらなくてはならない。大国ウェヌス相手であっても、臣下相手に国王を出すわけにはいかないのだ。そう考えて、ハーバード宰相は覚悟を決めた。
 内の仕事だけだった彼等にも、いよいよ表舞台に出る機会が出来はじめたのだ。

 

◆◆◆

 謹慎中の健太郎。ただ最初に思っていたよりも遙かに自由だった。鍛錬の時だけはと言われていた外出も、実際にはそれほど制限はされていない。厳しく制限されているのは、女性を部屋に連れ込むことくらいだ。
 これにはジョシュア王の意向が働いている。まさかの辞任。その真意を疑っているのだ。健太郎が自由に動けるのは、何かを企んでいないか調べる為に泳がせているだけ。当然、本人がそれを知るはずがない。

「風の噂で、謹慎中だと聞いたのだがな」

 謹慎中の健太郎が訪れてきたことに驚いているのはトルーマン。謹慎中でなくても驚いただろう。

「外出は止められていない。見張りの人も付いてきている」

「……そうだとしても、儂に何の用だ?」

 健太郎と親しかった覚えは全くない。敬遠されていた覚えはあっても。

「聞きたいことがあって」

「答えられるとは思わんが、一応は聞こう」

「グレンと僕の違いは何だろう?」

「……それを聞くか」

 健太郎が自分の家を訪れた理由は分かった。だがそれを聞こうとする気持ちは分からない。

「グレンが優秀なのは知っている。努力も僕とは比べものにならない。何が違うと聞かれれば、全然違うと言われるかもしれないけど」

「ほう……では何について聞きたいのだ」

 健太郎が、素直に自分が劣っていることを認めた。それにトルーマンは驚き、感心もした。事実を認めることは良いことだ。そうでないとその先に進めない。それが出来ないことが健太郎の最大の欠点だったのだ。

「グレンの下には人が集まるのに、僕からは人が離れていく。この違い」

「ふむ。それは難しい問いだな」

「難しい? そうなのか?」

「自分で聞いておいて、その問いはおかしいだろう。分からないから聞いたのではないのか?」

「そうだけど……グレンは優しい。冷たくするけど優しい。それは僕も知っている。でも、それは僕とグレンの関係があるからだ。たとえば兵士は? そんな親しく付き合ってないよね?」

 何度も味方の軍勢に先に逃げられた。これには健太郎はひどくショックを受けている。勇者としての力は見せてきたはず。それで何故、周りが自分を軽視するのか分からないのだ。

「それが難しいのだ。一言にすると将器。グレンにはこれがある」

「しょうき?」

「将としての器(うつわ)だ。グレンがいるだけで兵士は安心出来る。勝てると思える。士気があがる。では何故かと聞かれると、儂にも上手く説明出来ん」

「……それ聞いた。グレンが率いる部隊が現れただけで、兵士は怯えて、敵の士気はあがったって」

 健太郎なりに反省して、今更ながら、戦争について色々と調べていた。その過程で聞いた話。ゼクソン戦役での話だ。

「そうか……実際の戦場でもそうだったか」

 トルーマンは戦場に立つグレンを実際に見たことはない。模擬戦での印象しかないのだ。

「常勝だからね。それは分かる。でも負けていないという点では僕も同じだ」

「はっ?」

 健太郎の言葉に驚くトルーマン。

「えっ?」

 トルーマンの反応に驚く健太郎。

「……負けたではないか」

「負けてないから」

「ゼクソンでもアシュラムでも負けたではないか」

「ゼクソンで僕は戦っていない。アシュラムでも最後は戦いにもならなかったけど、負けてはいない」

 不戦敗は健太郎にとって負けではない。そもそも不戦敗という考えがない。健太郎の考えでは、戦っていなければ勝ち負けはつかないのだ。

「……失敗が人を成長させるとは思わないのか?」

「それは……分かっている。それをこれまで出来ていなかったことも」

「ほう。それはつまり、今は出来ている、いや、少なくとも行おうとしているということか?」

 健太郎は変わろうとしている。一時のことかもしれないが、今は間違いなく、そう思っていることをトルーマンは知った。

「……アシュラムでグレンのことをずっと見ていた。グレンは凄かった。間違いなく王だった。でもグレンはそれを喜んでいなくて、称えられることを嫌がっていて、自分が出来ていないこと、出来ないことを、ひどく悔やんでいて」

「……小僧らしいな」

「どうしてグレンはああなのかな? グレンと親しかった貴方なら知っているかと思って」

「小僧のようになりたいのか?」

「ああ。グレンは僕が見習うべき存在だ。グレンの背中を追いかけて、いつか追いつくことが今の僕の目標だから」

「止めておけ」

「どうして!? グレンと僕は何がそんなに違う!?」

 トルーマンの言葉を自分に対する否定だと受け取った健太郎は、声を荒らげた。

「そうではない。これは儂の個人的な考えだが、お前たち二人には共通点がある」

「それは何!?」

 グレンと共通するところがあると言われて、健太郎は喜んでいるのだが。

「自分の人生を生きていない」

「えっ……?」

 トルーマンの口から出た言葉は、健太郎がまったく予想していないものだった。

「小僧はずっと妹の為だけに生きてきた。妹を……あれだ、今は復讐に生きている。復讐は小僧の人生を幸せなものにすると思うか?」

 フローラが生きていることをトルーマンは隠した。健太郎は信用出来る相手ではないのだ。

「……だから王になってもグレンは嬉しくないってこと?」

「仮初めの人生で得た地位は、やはり仮初めのもの。それを喜ぶほうがおかしい。どれほどの栄光を今の小僧が掴んでも、こんなはずではなかったと思うのではないか?」

「……そうだね」

 人々の期待がグレンを苦しめていた。アシュラム王国で健太郎はその様子を見、グレンから直接、話を聞いてもいる。トルーマンの説明は納得出来るものだ。

「お主もまた仮初めの人生を生きている。お主が小僧と違うのは、お主は仮初めの地位を、本物だと勘違いしていること。お主が得た地位はお主がお主の力で得たものではないのだ」

「……そうかもしれない」

 これはグレンに言われたことと同じ。自分は本当の人生を生きているのか。本当の人生とは何なのか。
 少なくとも勇者の地位は、この世界に来た瞬間から与えられたもの。自分で掴んだものではない。トルーマンの言うとおりなのだ。

「儂は小僧が心配なのだ。小僧は英雄などと呼ばれているが、そうではないと儂は思う。復讐を目的に生きては、人は幸せになれない。そして周りの人々も同じ。不幸にするだけだ」

「……どうすれば?」

「分からん。小僧を止める。復讐を止めさせると言うのは簡単だ。だがな、本当はそれでは駄目だと儂は思っている。小僧が小僧自身で変わらなくてはならんのだ」

 それでもグレンは止めなくてはならない。グレンの為ではなく、ウェヌス王国の為に。この思いをこの場でトルーマンは語る気はない。今はウェヌス王国の元帥であったトルーマンではなく、一人の男として話しているつもりなのだ。

「……それは僕もだね。グレンとはかなり深刻さが違うみたいだけど」

「それは違う。今は立場が大きく違うかもしれん。だが、もしお主が自分の力で大将軍の地位を手に入れたとしたら、世界はお主たち二人によって変わるかもしれん」

 一人の男としての、悩める後輩への助言。健太郎に対する好悪の感情も脇に置いている。

「……嬉しい言葉だけど、今はそれを考えるのは止めておく。世界を変える前に、自分を変えないと」

「そうだな。現実の人生は、その多くが地味なものだ。そして、そういう人生のほうが幸せであったりするものだ。もちろん、それを望む望まないは人それぞれだがな」

「……自分で選んだ道であればってことだね?」

「ああ、そうだ。自分が本心からそれを望むのであれば、勇者でも英雄でも目指せばいい。男の野望を否定するほど、儂の心は冷めていない」

「……思っていたのと少し違っていたけど、話をしに来て良かった」

 正直、トルーマンとここまでの話が出来ると健太郎は思っていなかった。藁にも縋る思い、は大袈裟だが、少しでもグレンについて知ることが出来ればくらいの気持ちだったのだ。

「儂もだ。お主とはもっと前に、こうして本音で語り合うべきだった、そうしていれば……これは未練だな」

「そうだね。その時の僕は聞く耳を持っていなかった。実現はしていないよ」

 もっと早く。グレンがウェヌス王国にいる間にこうして二人で、グレンを含めて三人で本音を語り合っていれば。この思いが二人の胸をよぎったが、すぐにそれを否定した。トルーマンの言うとおり、それは未練。過去は変えられないのだ。
 変えられるのは未来。その為に何をするべきか。二人はお互いに、お互いの立場で行動することになる。