月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第95話 名も無き勇者たちよ!

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 前面に展開しているのは鬼王軍およそ一万。そのほとんどは魔物だ。鬼王軍にとってはいつもの陣形。前衛に魔物を配置して、敵の足を止めさせる。その上で味方の魔法や弩砲などで遠距離攻撃を行う。魔物の犠牲など気にすることはない。魔物はいくらでも補充が効く消耗品なのだ。
 だが今回は戦いの様子が違っている。ジグルス率いるアイネマンシャフト王国軍は、鬼王軍の攻撃が届かない位置に留まったまま動かないでいる。鬼王軍に近づいているのは、ジグルス他数人だけだった。

「……本気で付いてくるつもりか?」

「王を一人で行かせるわけにはいかない」

 ジグルスに同行しているのはフレイとガンド、そしてナーナだ。

「三人だけじゃあ、一人とそんな変わらない」

「大きく変わりますよ。王を失えばアイネマンシャフト王国は崩壊します。貴方を決して死なせるわけにはいきません。いざとなれば王を抱えて逃げます」

 ジグルス一人であれば抱えて空を飛べる。その為にナーナは同行している。

「俺たちはそれを助ける役だ」

 フレイとガンドは支援役。ナーナが飛ぶまで敵を近づけないという役割を担っているのだ。そして普段はジグルスを背に乗せているグラニは、ナーナが失敗した時の為のバックアップ。いつでも突撃出来る体勢で、後方に控えている。

「……振り切るくらいは一人で出来るのに」

「私たちだって出来ます。ですから同行しても何の問題もありません」

「……じゃあ、ご自由に」

 何を言ってもナーナたちは言うことを聞かない。無理矢理追い返す必要もないので、ジグルスは三人の同行を受け入れることにした。といっても、もう敵は目の前に迫っている。今更引き返せもない。

「……魔人の位置は出来るだけ把握しておけよ」

 目の前の敵は魔物だけではない。指揮官である魔人も紛れ込んでいるはずだ。警戒すべきはその魔人たち。どこにどれだけの魔人がいるかは把握しておく必要がある。

「簡単に言う」

「簡単だ。魔物とは異なる動きをしているのが魔人だからな。俺は最初の頃、そうやって見分けていた」

 ゲーム知識があるジグルスも全ての種族を把握しているわけではない。魔物か魔人、どちらであるか外見だけでは分からなかった。
 指揮官を狙い撃ちにするには、それでは困るので、実戦の中で考えたのがこの方法だ。 

「……なるほど」

「さあ、始める」

 少し距離を取ったところで立ち止まったジグルス。前方に並ぶ魔物の群れに目を向ける。
 指揮官である魔人の命令をじっと待っている魔物、だけではなく、小数で近づいてきたジグルスたちに戸惑っている様子も見える。

「……お前たちに戦う理由はあるか!? 命を捨ててでも戦わなければならない理由があるのか!?」

「またそれか!? 魔物に何を訴えても――」

 ジグルスの訴えに答えた魔人。その声は途中で途絶えることになった。突然姿を現したルーの大鎌を身に受けたことによって。

「……討て! 敵は少数だ! 一気に押しつぶせ!」

 それが分かった別の魔人が、魔物たちに命令を発する。それを受けて、動きだそうとした魔物たち、だったが。

『動くなっ!!』

 ジグルスの声にその動きを止めた。動きを止めたのは魔物だけではない。指揮官である魔人たちも、ジグルスの一喝で黙り込んでしまう。
 そして背後に控えるフレイたちも。初めて感じるジグルスの覇気に、味方であるのに気圧されていた。

「命令に従っても死! 逆らっても死! そんな理不尽を受け入れる必要はない!」

 前に進み出て魔物たちに訴えかけるジグルス。それを聞いた魔物たちの表情には戸惑いが浮かんでいる。

「意味のない戦いで命を捨てることはない! 生きろ! 同じ戦うなら生きる為に戦え!」

 自分の言葉は魔物に伝わっているのか。そんなことをジグルスは考えていない。ジグルスの叫びは魔物たちだけに向けたものではない。自分自身への言葉でもあるのだ。

「抗え! 抗って生きろ! お前たちにはその権利がある! たとえ世界がそれを認めなくても! 俺が許す! お前たちには生きる権利がある!」

 魔物たちに強い視線を向けて訴え続けるジグルス。その視線を受けた魔物たちの顔から戸惑いが消えていく。
 何をどうすれば良いかは分からない。分かったのは、必死に自分たちに訴えかけているこの男は、命令しているのではなく選択させようとしているのだ、ということ。自分たちに自由を与えようとしているのだということ。

「王よ!」

 戦場に響いた叫び声。それはフレイのもの。その声が意図することを、瞬時にジグルスは理解した。

「ルー! ガンド! 攻撃を防げ!」

 後方の鬼王軍本体から放たれた多くの弩。それはいつもの様に敵味方の区別なく、戦場に降り注ごうとしている。ジグルスはその弩をルーとガンドに防ぐように命じた。

「散れ! 俺から離れろ!」

 さらに魔物たちに向かって、自分と距離を取るように伝える。敵の攻撃は自分を狙ってのもの。そんなことは考えなくても分かる。近くにいれば巻き添えをくうことになる。

「お前等も死にたくなければ指示を出せ! ただ散らすだけだ!」

 魔物だけではない。近くにいる魔人にまでジグルスは指示を出す。

「来るぞ!」

 巨大な弩が地を揺らす。ルー、そしてガンドの魔法では全てを防ぐことなど出来ない。それはジグルスにも分かっていた。それでも何もしないではいられなかった。
 降り注ぐ弩から逃げ惑う魔物たち。被害は多くはないはず。それだけに専念していれば、避けることはそう難しくはないのだ。

「王!」

 グラニが近づいてきていた。弩が放たれるのに気が付いて、すぐにジグルスを逃がそうと動いていたのだ。

「突撃だ!」

「なっ!?」

 そのグラニの背に飛び乗ったジグルスは、突撃を命じた。

「敵本体に突撃をかける! 進め!」

「……突撃だ! 全軍前に出ろ!」

 戸惑いながらもグラニは、ジグルスの命令を後方に伝える。それを聞いた後方の軍勢もまた戸惑っているが、命令は発せられたのだ。真っ先にセントール族が駆け出し、それに他の部隊も続く。
 半人半馬のセントール族の駆ける足は速い。魔物たちの間をすり抜けて、鬼王軍の本体に向かって突き進んでいく。

「目標は敵弩砲! 魔法の一斉攻撃をかける! 発動タイミングを合わせろ!」

 セントール族の背に乗るエルフたちが一斉に詠唱を始める。目標が弩砲ということでそれぞれ自身の最大級の魔法を放つつもりだ。
 ジグルスたちが近づいてきているのに気付いた鬼王軍本隊も慌ただしく動いている。迎撃準備を整えているのだ。図体の大きさはセントール族の弱点。近づけばそれだけ敵の攻撃を身に受ける確率が高くなる。

「……耐えろ! まだまだ!」

 だがジグルスは今回に限っては無理をさせようとしている。鬼王軍が見せた隙を無駄にしたくないのだ。エルフたちの詠唱が終わるまでに出来るだけ敵に近づこうとしている。

「……今だ! 右旋回しろ!」

 ジグルスの命令に応えてセントール族は右に進路を変える。敵に横っ腹を晒しているような状態だ。敵にとっては攻撃の絶好の機会だが、先手を取ったのはジグルスの側。エルフたちの魔法が一斉に敵弩砲に襲い掛かる。
 近距離からの大規模魔法の一斉攻撃。それを受けた鬼王軍本隊が眩い光で覆われる――それが消えた時には、ジグルスたちは鬼王軍本隊から大きく距離を取っていた。多くの弩砲の残骸を地面に残して。

「……王よ。まさか、最初からこれを狙って?」

「まさか。とにかく攻撃は大成功。今日の戦いはこれで十分だ。このまま撤退する」

「……承知した」

 

◆◆◆

 信じられない光景を目の当たりにして、グウェイは自分の目を疑うことになった。それは鬼王軍の他の人たちも同じだ。
 弩砲の多くを失った鬼王軍。それで完全にブラオリーリエを攻める手段を失ったわけではない。魔法など遠距離攻撃を行う手段は残されている。だが鬼王軍は動かなかった。まずはジグルス率いる軍勢をなんとかしなければ、ブラオリーリエを攻めるどころではない。その戦いに戦力を集中させる為だ。
 迎撃態勢を整えて、ジグルスの軍、アイネマンシャフト王国軍を待ち構えていた鬼王軍。長く待つ必要はなかった。翌日には姿を現したのだ。
 ジグルスに変な真似をさせないように、すぐに前線の魔物に突撃命令を発した。それでアイネマンシャフト王国軍を倒せるとは思っていない。魔物は的を消耗させる役目。ジグルスを討つのは後方に控えている鬼人族の部隊だ。
 万の魔物の群れにアイネマンシャフト王国軍が飲み込まれた、そのはずだった。だがアイネマンシャフト王国軍と魔物の間に戦闘は起こらなかった。
 地に跪いて頭を垂れる魔物の群れ。その間をジグルスは悠々と歩いている。信じられない結果。どう見ても魔物たちは、自らの意思でジグルスに従うことを選んだのだ。

「……グウェイ。我々は過ったのではないか?」

 鬼人族の一人がグウェイに弱気な問いを投げかけてきた。ジグルスに逆らったのが、従わなかったのは間違いだった。そう言っている。

「……まだだ。まだ戦いが終わったわけではない」

 魔物を使って、敵を損耗させることに失敗した。だが鬼王軍の本隊の数はアイネマンシャフト王国軍のそれを上回っている。勝ち目がなくなったわけではない。

「終わった後、負けとなったらどうする?」

「どうする? どうもしない。勝つまで戦うか、死ぬだけだ」

 さらに弱気は発言を続ける相手に、グウェイは苛立っている。戦意を失ってしまえば、それこそ負けが決まってしまう。降伏を勧めるような発言は今の状況ではあり得ないことだ。

「……勝てるのか?」

「いい加減にしろ! 勝てるかどうかなど考える必要はない! 勝つんだ!」

「……分かっている。分かっているが……あんな奴のせいで……」

 弱気な発言を繰り返すこの鬼人も、ただ死を恐れているだけではない。鬼王軍の総大将であるオグルの愚かな考えで、自分たちは窮地に陥っている。それが納得いかないのだ。

「……それでも戦わなくてはならない。俺たちの勝利を待っている仲間がいるのだ」

 同族の未来の為に。鬼人族もまた野心ではなく、種族の暮らしを未来に綱が得る為に戦っている。これが正しい方法と信じて。

「……行くぞ」

 近づいてくるアイネマンシャフト王国軍に向かって、グウェイは歩き出す。味方が続いているかなど確かめることはしない。その必要もない。彼なりにこの戦いを勝利で終わらせる方法を考えているのだ。
 アイネマンシャフト王国軍の先頭を進んでいるジグルスは、そのグウェイに気が付いた。乗っているセントール族のグラニ、そしてヴェアヴォルフ族のフレイと言葉を交わし、やや彼等と揉めている様子が見られたが、一人で前に進み出てきた。

「……決闘を申し込む」

 そのジグルスにグウェイは決闘を申し入れた。

「やっぱりそうか……それを受ける義務は俺にはないと思うけど?」

「貴様にも魔族の血が流れているはずだ」

 魔族であれば決闘の申し入れを断ることは出来ない。グウェイはそう思っており、そうさせることで、この戦いを終わらせようと考えた。

「流れている血なんて関係ない。それに俺の体に流れている血はエルフ族の血だ」

「バルドル様の血も受け継いでいるはずだ」

「誰だ、それ? そんな奴に俺は会ったことがない」

 ジグルスはバルドルを父と認めていない。事実がどうであろうと自分の父親はハワード・クロニクス。それ以外にはいないのだ。

「……では逃げるのか?」

「そのつもりなら一人で前には出てこない」

「……では受けてもらおう」

「どうぞ」

 ジグルスが了承の言葉を発すると同時に、グウェイは動いた。素早い動きで前に出て、ジグルスとの間合いを詰めると鋭い爪が伸びた腕を振るう。だがその腕はジグルスにわずかに体をずらすだけで避けられた。
 それでグウェイの攻撃は終わらない。逆の腕が下から振り上げられる。それを紙一重で躱したジグルス。わずかに斬られた前髪が宙に舞う。

「なかなか卑怯なやり口だ」

 ジグルスの前髪を斬ったのはグウェイが隠し持っていた短剣だ。

「……これが我々の戦い方だ」

「好きに戦えば良い。これは遊びじゃないからな」

 これは命の取り合い。それに約束事を持ち込むつもりはジグルスにはない。卑怯と文句を言ったのは、グウェイの心を揺らして隙を作らせる為。ジグルスのほうも卑怯なことを考えている。

「……そうだな」

 さらにもう一本の短剣を取り出し、構えを取るグウェイ。この型がグウェイの戦い方だ。
 初めとは異なり、じりじりとジグルスとの間合いを詰めていく。そのグウェイに向かって、ルーの大鎌が振り下ろされる。それを片手の剣で受け止めたグウェイ。その懐にジグルスが飛び込んでいた。

「……ちっ、これは面倒な相手だ」

 ジグルスが斬り上げた剣もグウェイはもう片方の短剣で受け止めた。不意打ちは失敗に終わった。

「二人がかりとは……」

「ルーは俺の分身だ……あれ? 駄目なのか?」

 鬼王軍のほうが騒がしい。ルーを参戦させたことを非難する声だ。

「好きに戦えば良い」

「じゃあ、好きにさせてもらう」

 と言いながらジグルスはルーを参戦させることなく、自らの剣のみでグウェイに襲い掛かった。その剣を両腕に持った短剣で受け続けるグウェイ。隙があるとみれば反撃、それも短剣だけでなく蹴りなども混ぜて、に移る。

「……なるほど」

 大きく間合いをとるジグルス。

「……何がなるほどだ?」

「短剣を持っていても、基本は体術か。獣人族と同じだな」

 グウェイの戦い方はヴェアヴォルフ族のフレイと同じ。短剣を持っているかいないかの差だとジグルスは考えた。

「……それが分かったからといって、何も変わらない」

「それは分からない」

 グウェイとの間合いを詰めるジグルス。だがそれ以上の速さでグウェイはジグルスの懐に、剣の間合いの内側に飛び込んできた。
 短剣がジグルスの体に伸びる、その前にグウェイの頬を何かが切り裂いた。頬だけで済んだのはグウェイの反応の良さのおかげだ。
 だが油断するのはまだ早い。攻撃を避けたことで、ジグルスの剣の間合いに入ったグウェイ。黒い影がその彼に襲い掛かる。

「ぐっ……」

 ジグルスの蹴りを腹に受けて、うめき声をあげるグウェイ。だがジグルスの攻撃は止まらない。体を回転させて剣を横に薙ぐ。それをグウェイが躱しても、続けて剣が、ジグルスが反対の手に持っていた短剣が彼の腕を切り裂いた。
 その痛みに持っていた短剣を落としてしまうグウェイ。振り下ろされた剣はもう片方の短剣で受け止めたが、さらに伸びてきた短剣を止める手段がない。その体で受ける以外は。

「……我ながら成長したな。もっと苦戦するか、下手したら負けると思っていた」

「何だと?」

「さて、俺の勝ちだ。どうする?」

「……殺せ」

「そうか。殺せか……じゃあ、また明日だな。万全で戦えるように怪我の治療をしておけ」

 こう言ってジグルスはグウェイに背中を向けた。油断はしていない。ジグルスが背を向けても、代わりにルーがグウェイの動きを監視している。

「……舐めるな!」

 自分を生かしたまま、この場を去ろうとしているジグルス。グウェイはそれを侮辱と受け取った。

「悔しかったら、明日頑張れ。今日はお前の負けだ。俺に向かって文句を言う資格は、今日のお前にはない」

 背中を向けたまま、こう告げるジグルス。あとは何も言うことなく、自分の軍勢に戻っていった。
 ――ジグルスの言葉通りに次の日も二人は戦うことになる。そしてまた次の日も。グウェイが、ブラオリーリエ攻めの前線に残った鬼王軍が降伏するまで、それは続く。それがジグルスの狙い。転生前の世界で読んだ歴史小説に書かれていた出来事の応用、というか、真似だ。

 

◆◆◆

 ラヴェンデル公国領の入り口にもっとも近い街シュベルク。ラヴェンデル公国もローゼンガルテン王国の一部であるのだが、他の貴族領よりも遙かに独立性の高い公国領との境の街だ。シュベルクは、他国との国境の街と同じように商業が盛んで、人の出入りが多い。
 それだけではない。万一、ラヴェンデル公国が攻めてきた場合には最初の防衛拠点となる場所であるので、街の規模は大きく、囲む防壁もかなりしっかりとしている。商業が盛んな街だが、街の造りは城塞都市と言えるものなのだ。魔人戦に備えて展開していた中央軍が駐屯していたのも、この街だ。
 その街の中央を走る大通り。荷物を載せた商人の馬車が行き来する、というのは平時のことで、戦時中の今はそれほどでもない。それでも他の街に比べれば、人の動きはあるほうだ。

「……よし」

 その大通りでカロリーネ王女は自分自身に気合いを入れている。これから行おうとしていることは、気合いを入れないと難しいことなのだ。

「……皆の者! 妾の話を聞いてくれ! 妾はカロリーネ! ローゼンガルテン王国の王女じゃ!」

 大声で名乗りをあげるカロリーネ王女。それを聞いた人々の足は、止まったり、止まらなかったり。子供がふざけていると思っている人がほとんどなのだ。
 それも仕方がない。カロリーネ王女の服装は逃走用に用意されたもの。どこにでもいる庶民の娘のものだ。

「今、この国は混乱している! それは王家の一員である妾にも責任がある! それについては謝ろう!」

 周囲の反応を、気にはしているが、それに構わずカロリーネ王女は話を続ける。

「魔人の侵攻! 国が一丸となって戦わなければならないこの状況で! 権力争いを行っている愚かな施政者たち! それを止めることが出来なかった王家もまた愚か者だ!」

 内乱など行っている場合ではない。魔人の脅威を払う為に気持ちを一つにして戦わなければならない。そうであるのに、実際に簒奪が起きた。それに関わった人たちへの怒りが、カロリーネ王女の声を高めている。

「今、この瞬間にも苦しんでいる人々がいる! 命を落とす民が! 兵士がいる! 今この国を支配しているのは! その人々を救う事無く! 権力争いを優先させている馬鹿ものたちだ!」

 カロリーネ王女を王女だと認識していない人々も、そうであるからこそ、この過激な発言に驚いて耳を傾け始めた。

「もう、そんな者たちを頼るのは止めよう! 魔人との戦いを終わらせる為に! 平和を取り戻す為に! 自らの力で戦おう!」

 さらにとんでもないことを言い始めるカロリーネ王女。彼女は民衆に、王国などないものとして、自ら立ち上がれと告げているのだ。
 人々に訴えるカロリーネ王女の言葉は、更に熱を帯びる。

「名も無き勇者たちよ! この世界を変えられるのは君たちだ! 身分高き者ではなく! 力ある者でもなく! 英雄なんかでもない! 何がなくても家族の為、仲間の為、この世界の為に立ち上がれる者こそ勇者なのだ!」

 カロリーネ王女の言葉に、どれだけの人が心を打たれたのかなど分からない。こうして訴えたとしてもすぐに行動を起こせる人などまずいない。それでも彼女はこれを行おうと思った。頼るべき人は弱き人々。たとえ一人一人の力は弱くともその力がひとつにまとまれば、とてつもなく大きな力になる。そう信じている。信じさせてくれる人がいた。

「立ち上がれ! 妾と共に戦おう! 妾も一人の民として、皆と共に戦おう! 名も無き勇者たちよ! この世界に希望をもたらすのは、私たち一人一人の力だ!」

「「「…………」」」

 言葉を切ったカロリーネ王女。周囲に反応はない。ただ立ち去る人もいない。なんとも言えない雰囲気が周囲に漂っていた。邪魔者がくるまでは。

「いたぞ! あそこだ!」

「その女を捕まえろ! 誰でも良い!」

 武装した騎士がカロリーネ王女を捕らえようと近づいてくる。それを見て、慌ててその場から逃げ出すカロリーネ王女。これで演説の成果はなしになった。今日のところは。
 彼女を捕らえようとしている騎士の登場により人々は知ったのだ。彼女は本気だと。本気で国に逆らおうとしているのだと。
 結果、彼女の言葉は現状に強い不満を持っている人々の胸に残ることになった。