月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして #63 敵役はどっち?

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

 魔人討伐任務を終えて王都への帰路。アーノルド王太子は、宿舎の食堂の椅子に座って、届いた書状に目を通しては、溜息をついていた。内容としては自分の思っていた通り。だが、その自分の考えを押し通せなかった事を悔やんでいるのだ。
 今回の魔人討伐の舞台は西部国境付近。かなり国境に近い場所であるので、守るべき街に大都市は含まれていない。その状況で討伐軍が採った作戦は、リオンが前回の討伐戦で行った事の真似だった。
 軍をいくつもの部隊に分けて、周辺に展開させる。魔物を補足したところで、一番近い位置に居る部隊が討伐に向かう。一町村と言えども、被害に会わせないという作戦だ。だが、アーノルド王太子はその作戦に疑問を持っていた。わざわざ小部隊に分けて展開しなくても、面での防御線を十分に張れるのではないかと。
 だが、多くの者たちがリオンの真似の採用に傾いている中、自分の意見を押し通す事が出来なかった。結果として、戦果は決して悪くない。ただ、大勢の意見に流された自分が情けないのだ。
 リオンであれば間違いなく自分の意見を押し通した。それに誰も賛同しなければ、自分が動かせる力だけで、やってみせたに違いない。
 それに比べて自分はどうなのか。王太子という立場にありながら、周囲を抑えられない自分は。

「はあ……どうしてこうなのかしら?」

「えっ?」

 自分の気持ちを代弁したような台詞が、アーノルド王太子の耳に届く。同じ様に書状を読みながら、歩いてきたシャルロットの声だ。

「あっ、ごめんなさい。独り言です」

 アーノルド王太子の反応で、シャルロットは自分が独り言を呟いていた事に気がついたようだ。

「そうか……」

「同席して良いですか?」

「ああ、もちろん」

 アーノルド王太子の許可を得て、シャルロットは同じテーブルの席につく。だからといって何を話すわけではない。じっと手に持った書状に目を向けたままだ。
 アーノルド王太子と二人きりになっていて、ほぼ無視したままなんて、以前ではあり得ない状況だ。

「何を読んでいる?」

 アーノルド王太子の方が、シャルロットが何を熱心に読んでいるのか気になってしまう。

「ああ、リオンくんからの手紙です。リオンくんの黄の党を率いる事になったけど、どうすれば良いのかって手紙を書いていました。その返事が来たのですけど」

「そうだったのか」

 シャルロットが自分と同じような事をしていたと知って、アーノルド王太子は少し驚いている。実際には、手紙を送るという行為が同じなだけで、動機は全然違う。シャルロットは中身など何でもよく、ただリオンとの文通を楽しんでいるだけだ。

「軍事的な事はほとんど書かれていなくて、各人の性格ばかり」

「性格?」

「党首のアペロールは、ガサツに見えるが、実は繊細でプライドが高いから扱いには気を付けるようにとか。信頼して任せる態度を見せれば、それに応えようとはりきるから、そうしろとか。でも、調子に乗り易い性格であるので、締めるところは締めるようにとか」

「……部下を良く見ているのだな」

「ええ。でも、どうして、ここまで分かっていて自分は、あんな態度なのかしら?」

「確かに……」

 リオンと、キールを除いた党首たちとの仲は、少し側で見ていただけで、あまり良くないものだと分かる。今回の引き離し策も、それを見極められて、利用されたのだ。
 だが、シャルロットへの手紙の中で、リオンは黄の党の者たちの性格や扱い方を細く記している。書かれている通りにすれば、不仲になどならないだろうと思える程の細かさで。

「何を考えているのでしょう?」

「……分からない。俺の事も恨んでいるはずなのに、こうしてきちんと返信をくれる。ありがたい事だが、どうしてなのかと思う」

「……アーノルド様はリオンくんに何を尋ねたのですか?」

 リオンがアーノルド王太子を恨んでいる事はシャルロットも分かっている。分かっているから尚更、その事について深い話をしたくなくて、話題を変えることにした。

「今回の魔人討伐の作戦についてだ。疑問点があったので、リオンに意見を求めたのだが」

「リオンくんは違った意見を?」

 アーノルド王太子の少し落ち込んだ様子を見て、シャルロットはこう考えたのだが、実際は違う。

「いや、同じだった」

「えっ?」

「リオンの意見を知って、自分の考えが間違っていなかったと思えた。だが、そう思えると、今度はどうして意見を通せなかったのかと、悔やんでしまう」

「それは……責任感の違いではないですか?」

「……責任感の違い?」

 シャルロットの言葉は、アーノルド王太子の思ってもみない事だった。

「リオンくんは、全て自分で背負っています。だから、自分の考えを貫くことが出来る。でも、アーノルド様は、他の人の責任を考えています。だから、自分の考えだけで物事を押し通す事が出来ない」

「そうなのか? だが、そうであれば、俺は責任を他人に負わせている事になる」

 ますます落ち込みそうになるアーノルド王太子だったが、シャルロットの話の意図はまだ先にあった。

「それが間違いだとは私は思いません。一人で全てを抱えるリオンくんは、何だか孤独で、凄く危なっかしくて、それが放っておけなくて、私は……って話が違いました」

「あっ、ああ」

 どうにもリオンの事になるシャルロットは、自分の知るシャルロットではなくなる、という思いをアーノルド王太子は口にしなかった。口にした後の気まずさが想像出来るからだ。

「他の人に責任を追わせるというのは、権限を与えるという事です。王太子であり、将来は王となるアーノルド様には必要な資質ではないですか?」

「……そういう事であればその通りだ」

 国王一人で国政の全てをみられるはずがない。膨大な量の仕事があるのだ。シャルロットの説明は、自分とリオンの違いは立場の違いだと言う事だ。アーノルド王太子としては少し気持ちが軽くなる内容だが。

「であれば、悩む必要はありません」

「……しかし、リオンには必要無いのか?」

 リオンは領主だ。国政とは比べ物にならないが、同じように部下に任せる器量は必要とされるはずだ。

「ない、というか」

 シャルロットの返事は何だか煮え切らないものだ。その理由がアーノルド王太子にはすぐに分かった。アーノルド王太子が持つ資質をリオンが持っていない訳ではない。それを口に出して言い辛いのだ。

「そういう事か。リオンはわざとそうしている。だから部下を受け入れようとしない」

「……恐らくは」

「何を考えているか分かっているではないか?」

「リオンくんの考えは分かりますが、どうして、そう考えるのかは分かっていません」

「……俺は分かるような気がする」

「えっ!?」

 シャルロットにとっては、まさかの台詞だった。シャルロットから見て、アーノルド王太子とリオンは対極に居るように感じる。リオンの気持ちが、アーノルド王太子に分かるとは思えない。

「周囲を巻き込みたくないのではないかな?」

「……それは何にでしょうか?」

「詳しく話す事ではないと思う。あえて説明するとすれば、リオンは、ヴィンセントをたった一人で処刑場から助け出そうとした。そういう事なのだと思う」

「……そう、ですか」

 ヴィンセントの話で、シャルロットにはアーノルド王太子が何を言いたいか分かった。処刑を言い渡された罪人を救い出そうとする行為は大罪だ。国の決定に逆らうのであるから、リオンもヴィンセントと同罪にされてもおかしくない行動だった。
 リオンはそれと同じような事をしようとしている。国家反逆罪に問われるような行動を。
 それが何かなど、考えるまでもない。

「……どうすれば止められるのでしょう?」

 リオンがどんなに復讐を望んでいるとしても、シャルロットはそれを許したくない。リオンを死なせたくないのだ。

「エアリエルには、少しだけ話した」

「えっ?」

「暗い思いにリオンを縛り付けないで欲しいと。ヴィンセントはそれを望んでいないとまで言ってしまった。張本人の俺の言葉を素直に聞いてくれるとは思えないが、言わずにはいられなかった」

「どうして、そこまでリオンくんの事を?」

 元々はリオンの方がアーノルド王太子にとって憎き恋敵だ。そのリオンの生き方を、アーノルド王太子が真剣に考えている理由がシャルロットには分からない。

「どうしてだろう? はっきりとは自分でも分からない。ただ才能を惜しむ気持ちは間違いなくある。リオンは、日陰ではなく、光の下を歩くべきだ。従者ではなくなったリオンを見た時から、何となくそう思うようになった」

「……リオンくんとエアリエルちゃんの前では決して言えないけど、ヴィンセントの人生はリオンくんの為にあったのかもしれないと思う時がある。ヴィンセントによって、リオンくんは闇から引き出され、ヴィンセントから解き放たれた事で、自ら輝く事を知った」

「……それは俺が決して同意して良い話ではない。それで俺の罪が許されるわけではない」

 リオンが復讐の鎖に捕らわれているとすれば、アーノルド王太子は後悔の鎖に縛られて苦しんでいる。

「いつまでも過ちを後悔しているなんて、アーノルド様らしくありません」

「そうかもしれないが……」

 アーノルド王太子からは、周囲の者が讃えていた覇気があまり感じられなくなっていた。それはアーノルド王太子自身も自覚している事だ。

「でも人の痛みに悩むアーノルド様は、以前のアーノルド様よりも素敵だと思います」

「えっ?」

「人としてです。男性としては、私はやはりリオンくんを選びます。ただ、リオンくんの場合は逆に人としてどうかというのが問題ですね」

 リオンへの想いを真っ直ぐに口にした上に、本当に困った顔を見せているシャルロットは、外見の美しさ以上に、人としての魅力が内面から溢れているように感じられる。

「シャルロット……君も今の君のほうが素敵だ」

 その気持ちをアーノルド王太子は素直に口にした。

「……嫁ぎませんよ」

「分かっている。リオンを想っているから今の君がある。以前は分からなかった事が今は分かる」

 アーノルド王太子が惹かれたエアリエルは、リオンへの想いで輝いているエアリエルだった。人を好きになると女性は美しくなる。その美しくなった女性を好きなる程、間抜けな事はない。かつて、アーノルド王太子はそれが分かっていなかった。

 

◆◆◆

 大人になったアーノルド王太子。その一方で全く大人になっていない者も居る。主人公であるマリアだ。マリアの場合は、元が成人女性だ。今の年令よりも、精神的には大人であってもおかしくないのだが、そうはなっていない。元の世界の大学生と、この世界の十六、七才では、この世界の方が余程大人なのだ。
 そうでなくても、自己中心的な性格というのは、大人になったからといって治るものではない。

「やっぱり、バンドゥ軍のおかげね」

 魔人討伐で思った通りの活躍が出来て、マリアは上機嫌だ。

「バンドゥ軍ではなく、結局、我らの力ではないの?」

 それはランスロットも同じ。ようやく侯家の嫡子に相応しい活躍が出来た事を喜んでいる。

「そう思うのであれば、バンドゥ軍なんてすり潰してしまえば良いではないですか?」

 エルウィンも満足はしているのだが、だからと言って、本来の目的を忘れるような性格ではない。ウィンヒール侯家の唯一人の継承権者であるエルウィンの目的は、活躍する事ではなく、将来の脅威を消し去る事だ。その為に、ますはリオンの力を奪おうとしている。

「まだ駄目よ。これから更に厳しい戦いが続くわ」

「……バンドゥ領軍の力が必要だと? ランスロットさんも言っていた通り、我々の力が大きいと思いますけど」

 こう思うのは思い上がりではない。バンドゥ四党のそれぞれを魔法に優れた五人が率いている。その威力は、リオンたちが率いていた時に比べて、優るとも劣らないものだ。数が多いのだから、当然といえば当然なのだが。

「これからの戦いは今までとは訳が違うの。きっと犠牲も多くでる」

「……消耗させるのは、その時という事ですか」

「魔人との戦いを甘くみないで。これからが本当の戦いなの」

 あえてエルウィンの問いにマリアは答える事をしない。このメンバーで今更、良い子振る必要はないのだが、身につけた習慣というのは、消えないものだ。

「その戦いだが、そろそろ先を教えてもらえないか? 厳しくなるなら、尚更、早めに戦い方を考えておくべきだ」

「そうね。良いわ。教えてあげる」

「そうか」

 マリアはずっと情報を出し惜しみしてきた。王国の者に対しては、情報を知っている事が魔人にばれると、せっかくの知識が台無しになるという理由を付けて話さないでいるが、ランスロットもエルウィンも、それは嘘であると見抜いている。理由が分からないが、話せない何かがあるのだと。
 珍しくマリアがこの時点で次の戦いの情報を教えようとしている。自分で求めておいて、ランスロットは内心で驚いている。

「次は戦争よ」

「……何?」

「メリカ王国が攻めてくるの」

「まさか? どうして、メリカ王国にそんな余裕がある?」

 この時点でランスロットたちは、魔人に襲われているのは自国だけだという情報を知らない。

「知らない。でも、そうなの」

 それはマリアもだ。ゲームの舞台ではない他国の情報など、マリアの知識にはなかった。

「……どこまでの戦いになるのだ?」

「王都が急襲される。被害はかなりのものになるわね」

「王都が、だと?」

 王都陥落などという事態になれば、王国存続の危機だ。ランスロットは平静ではいられなくなった。

「どうすれば防げる!?」

「防ぐのは無理よ。でも、王国に勝つ方法は知っている」

「……防ぐのは無理って、王都が落ちてしまっては」

 エルウィンもランスロットと同じだ。王都には母親も居る。他国に襲われる事を放ってはおけない。

「取り戻せば良いのよ。その方法を私は知っているの」

「つまり落ちるという事ではないですか!?」

「それが何?」

「何って……何を考えているのですか?」

「王都に大切な人が居るなら、逃がしておけば良いじゃない。逆に邪魔者が居るなら、残しておけば良い」

「まさか……」

 マリアの言う邪魔者がどこまでの範囲なのか。それを問うことはエルウィンにもランスロットにも出来なかった。知ってしまっては、黙っている事の重みに耐えられなくなりそうだからだ。

「そろそろ、魔人との戦いが終わったあとの事を考えるべきだと思うの。この国の将来を」

 何故、こんな事をマリアが言い出すのか。さすがのマリアも、アーノルド王太子との結婚は無理だと分かってきた。本来であれば、すでに婚約者として内々には認められているはずなのだ。王都陥落で、王太子妃候補であるマリアは一気に王妃候補となる。それが最速の王妃への道だった。
 だが、現実は婚約者として認められるどころか、距離は開くばかり。一緒に戦っているというのに、こうして戦場以外では常に別行動だ。これでは挽回など出来る訳がない。
 マリアにはもうエンディングが見えてしまっている。ランスロットの妻の座が、限界だと。それがマリアには納得いかなかった。
 異世界に来て、大国の王妃という最高の地位を得るはずだった自分が、たかが侯爵家の妻で終わる。リプレイが出来れば良いが、そこまで甘い考えはさすがのマリアにもない。
 ではどうするかをマリアは考えていた。ゲームで最高のエンディングを迎えられないのであれば、ゲームが終わった後で、何とかするしかない。王妃の座を自分の力で取り戻す、という考えだ。

 マリアの言う邪魔者は、国王だけでなく、現王族全てだ。ランスロットもエルウィンも、きちんと聞こうとしなかった事は正解だった。さすがに二人も王家を裏切るという考えを、今の段階では持てない。あくまでも侯家の後を継ぐ事が、二人の望みなのだ。

「……あまり変な事は考えない方が良いのではないか?」

「変な事? 私、別に変な事は考えていないわ。ただ、異世界の知識をもっとこの世界で活かせないか考えているだけよ」

「それは良い事だと思うが」

「私の真価は本当は知識にあるのよ。魔法なんかより、遥かに凄い武器を作る事だって、きっと可能よ」

「……魔法よりも?」

「それが出来たら、この世界は引っくり返るわね。貴族が絶対ではない世界に変わってしまう」

「……マリア?」

 マリアの発言は、ランスロットとエルウィンにとっても危険思想だ。邪魔者は実はマリアではないのか。そんな思いが二人の心に浮かんだ。

「その力を手にすれば、もしかしたら世界制覇なんて出来たりして」

「……マリア、君はそんな事を考えていたのか?」

「私? 私は世界制覇なんて興味はないわよ。そんな事より、愛する夫と、幸せに暮らすのが私の望み。ちょっと贅沢はしたいから、結婚相手が、そんな人だったら最高ね」

 マリアのこの発言は意識しての事だ。権力に興味がない事を強調して、それでいて、それに近い立場を求めている。つまり王妃の座だ。では、王は誰になるのかとなれば、マリアの知識を手に入れた者。候補者は、今この場には二人しかいない。

「その話は魔人討伐が終わってからにしませんか?」

 エルウィンが先手を打った。先手といっても消極的な先手だ。ランスロットに邪魔者として消される事を恐れて、先送りを提案したのだ。

「……まあ、そうだな。今は魔人の脅威を取り除くのが先だ。その前に王国の戦争か」

「ほぼ同時ね。魔人討伐任務で、私たちが王都を離れている隙にメリカ王国は攻めてくるの」

「私たちか……まあ、そうだな」

 アーノルド王太子も消せないかとランスロットは考えた。だが、その考えは一瞬で消えた。アーノルド王太子を思っての事ではない。メリカ王国との戦いにアーノルド王太子の力が必要だと考えての事だ。困難な戦いには旗印が必要になる。一侯家の嫡子に過ぎないランスロットでは、その立場にはなれない。

「フレイ子爵の力が必要です。王都の防衛の為に」

 エルウィンの方はリオンを消す絶好の機会と捉えて、自分の考えを口にした。王都防衛の為にという言い方は、ちょっとした皮肉だ。

「そうね。リオンくんは是非必要ね」」

 今、マリアが恐れているのはリオンの存在だ。リオンだけは、マリアもどう対処して良いか分からないのだ。
 またリオンは陰謀に巻き込まれそうになっている。それもこの世界の主人公が考える最悪の陰謀に。善良であるはずの主人公がこんな悪巧みを行う、この世界は、すでに本来の設定から大きく外れている。
 それをマリアも、リオンも気づいていなかった。