月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #77 大国のジレンマ

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 パルス王国と魔族の戦いが本格化しようとしている。戦況は逐一、ノースエンド伯爵を通じて、領地に戻っているイーストエンド侯爵にも届けられているが、その中身はパルス王国にとって決して良いものではない。
 届けられた報告を聞いて執務室に戻ってきたイーストエンド侯爵の顔がそれを物語っていた。

「どうでしたか?」

 報告の内容が良いものであろうとそうでなかろうと確認しないわけにはいかない。チャールズは執務机に座ったイーストエンド侯爵に尋ねた。

「簡単に言うと、良い様にやられているという状況だな。魔族領に送り込んだ斥侯は全滅。前線の野営地まで襲われたそうだ」

「そうですか」

 まだ軍勢が激突する前。パルス王国は出足から躓いている。

「ノースエンド伯が怒り狂っている」

「ご自身が出られないことを、まだ怒っているのですか?」

「ああ。前線の情けなさが、その怒りに拍車をかけている。近衛になど指揮を任せるからこんなことになるのだ」

 侵攻軍の総指揮官であるアレックスの所属は近衛騎士団。近衛騎士団は本来、他国への侵攻作戦に参加する立場ではない。そうであるのに強引に近衛騎士団を主力とした結果がこれだ。イーストエンド侯爵としては文句の一つも言いたくなる。

「でも戦況が思わしくなければ、ノースエンド伯の出番が回ってくるのでは?」

「しばらくはないな。王都には嘘の情報が届いているようだ」

「えっ!? そんな馬鹿な?」

 国王に虚偽の報告などを行って、それが露呈する事態になれば、死罪になってもおかしくない。そんな真似が何故出来るのか、チャールズには理解出来ない。

「その通り。馬鹿なことだ。それが重大な罪であることも分かっていないのだろう」

「このままでは負けですか?」

「今のところは、そう判断するほどの被害は出ていない。相手も慎重に戦いを進めているようだ。数ではこちらが圧倒的に有利。犠牲を出すような戦い方は魔族側も簡単には出来ん」

 まだ序盤の小競り合い。勝敗を判断する段階ではない。

「これからの戦い方次第ということですね?」

「ああ。問題は若造に正しい戦い方が出来るかだな」

「出来ませんか?」

「あれは個人の武勇で今の地位にあるだけだな。軍の指揮に才能はないようだ。今の状況が、はっきりとそれを示している」

 序盤の小競り合いといっても、そこで劣勢になっては味方の士気が落ちてしまう。慎重に進めなければならない状況で味方の犠牲を、それも一方的な犠牲を出している段階で、指揮官失格だとイーストエンド侯爵は思う。

「勇者は?」

「今のところ出番はない。魔将が表に出てこない限りはな」

「なんだか宝の持ち腐れみたいですね?」

 魔族に正面から対抗出来る戦力。それが勇者だ。その戦力の出番がないというのは、チャールズはもったいないと思った。

「そうだな。しかし、気持ちは分からなくもない。勇者は決戦用の武器だ。使いどころを間違えては、いざと言う時に役に立たなくなってしまう。そして魔族側はそれを狙っているだろう。出来るだけ勇者を疲弊させた状態で魔将が戦いを挑む。子供でも分かる戦法だ」

「そうですね……では、アレックス本人が前に出るしかないのではないですか? 彼も、軍の指揮は駄目でも個人の武勇は優れています。彼を前に出せば、逆に魔将を引っ張り出せるかもしれません」

「悪くはないな。だが、あれがそれを行うかな?」

「やらない理由があるのですか?」

 それが有効な戦法であるのなら実行するべきだ。チャールズは単純にこう考えてしまう。間違ってはいない。指揮官という立場であれば。だが今のチャールズに必要なのは得た情報から、この先の戦況を予測すること。正しいことではなく、当事者であればどうするかを考えなければならない。

「まだ確証はない。だが満更、間違った推測とも思えん」

「それは?」

「さっきの子供でもわかる戦法の逆を行う。勇者を出せば、ある程度のところで魔将が出てくるだろう。そして魔将が勇者との戦いで疲弊したところでアレックスが止めを刺す。そうすれば功はアレックスのものになる」

「自分の功が優先ですか……」

 功を自分のものにしようと勝てる確率が高い方法であれば良い、という風にはチャールズは考えられない。

「それで勝てるなら別にかまわん。だがその策もかなり怪しい」

 イーストエンド侯爵は最善の方法であれば、誰が功を奪おうと良いと考えるが、それが最善だと思えないのだ。

「……確かにやり方には問題はありますが、うまくいく可能性はあります。勇者の負担が相当大きいですけどね」

「問題はアレックスが本当に魔将を倒せるのかという点だな」

「でも彼は剣聖と呼ばれる男。勇者を除けば、パルス最強の剣士です」

「その剣聖というのがな……あれがどうして剣聖と呼ばれるようになったかは知っているだろう?」

「はい。クラウの救出作戦ですね。その時に彼は魔将第三位と互角に戦った。その魔将は第三位といっても純粋な強さでは二番目と聞いています。ある程度、疲弊させた後であれば十分倒すことは可能かと」

 チャールズのこの考えは一般的なものだ。アレックス本人もそう信じているから、余計な策略が生まれてしまう。

「それはインチキだ」

「はい?」

「クラウに聞いた。クラウの救出は魔族側が仕組んだものらしい。クラウをパルスに返すためにな」

「何故、そのようなことを魔族が?」

「返しますといって返されて素直に受け取れるか? 何か裏があると疑うだろ? 偽物か、それとも操られているか、とにかくクラウは疑われる」

「……随分と親切ですね。それでインチキというのは?」

 自分が知る魔族の印象とは異なる意外な行動。このチャールズのような考えが、結果としてクラウディアに対する疑いを生むのだ。

「わざわざ魔将を置いて、いかにも監禁が本物のように見せた。必死に救出を防ぐふりもして。要はわざと互角に戦ったようなのだ」

「……それを本人は気付いていない。少し可哀そうになってきました。それが事実であれば彼はすぐに殺されてしまいますね。今度は手加減なんてするはずがない。教えてあげた方が良いのでは? さっきの策が大失敗に終わりますよ」

「まあ、いざとなったらな。だが、しばらくはその必要はなさそうだ」

「どうしてですか?」

「ちょっと自信を失ったみたいだな。野営地で懸命に鍛錬をしているそうだぞ」

「何故、今更……」

 もう戦争は始まっている。この期に及んで鍛錬を行っているという話を聞いて、チャールズの心に生まれたアレックスへの同情は薄れた。

「……ヒューガにこっぴどくやられたようだ」

「あの、ヒューガというのは?」

 ここでチャールズが想定していなかった名前がイーストエンド侯爵の口から飛び出してきた。

「お前が今、頭の中に浮かんだ男だ。最前線に現れたそうだぞ」

「はい!? それは彼が魔族側にいるということですか?」

「いや、その可能性は少ないだろう。堂々と聖女を訪ねて野営地に現れたとのことだ。そしてエルフを連れて消えた。その時にアレックスと揉めたようだ。遠くから見ただけなので詳細は分からなかったそうだが、アレックスは剣を抜く間もなくヒューガにやられたそうだ」

 四エンド家に通じている者からの報告だ。そういった者たちによって侵攻軍の様子はかなり詳しいところまで知ることが出来る。

「それで彼は?」

「言っただろ? 消えた。東の森林地帯に入ったあとの足取りは全く掴めていない」

「ノースエンド伯領の東ということは、その先は大森林ですね?」

「そうだ。思わぬ形で彼が生きていて大森林にいるであろうことがはっきりとした」

 これまで本人の所在はまったく掴めていなかった。生きて大森林にいるであろうことは具体的な証拠のない推測だったのだが、今回、完全ではないが事実であることが示された。

「しかし、なんでそんな所に?」

「エルフを連れていたと言っただろ? エルフの集団は西から現れた。大陸西部から移動してきたのだな。彼がエルフの移動、奴隷の解放に関わっているのもこれで確実になった」

「また現れるでしょうか?」

「その可能性は少ないと考えている。エルフを連れて姿を見せたのは、それを知られてもかまわない状況になったということだろう。しばらくは表に出てこないのではないかな?」

「そうなると……伝手は彼等ですね?」

 外での活動が行われなくなれば、イーストエンド侯爵家からヒューガに接触出来る可能性は、これまでも行動をまったく捕捉出来ていなかったが、無になる。残る方法はヒューガの側から仲間に接触してくるのを待つだけ。

「そういう事になる。その彼等の様子は?」

「ギルドの依頼を盛んにこなしています」

「ほう。やはり強いのか?」

「それが……どうも良く分からないようです。本気で依頼を行っている姿が確認出来ていません。でもいつの間にか依頼は達成していることになっている」

「……どういうことだ?」

「見張りの存在が見抜かれていて、そういう時は依頼を受けても適当に過ごし、その間に別の者が依頼を達成しているのではないかと」

 夏たちはイーストエンド侯爵領に来ても、実力を隠して傭兵の仕事をする羽目になっている。

「……全員に張り付けることは?」

「ギルドに登録しているだけで十四人です。それ以外の者も、恐らく依頼の仕事をしていると思います。ギゼン殿なんて絶対ですね」

「それはギルドの規則違反ではないのか?」

「そうだと思うのですが……その辺りは良く分かりません。ギルドに聞いても、部外者には対しては何も教えてくれませんから」

 規則違反だ。ただし問題となるのは他者が達成した依頼を自分の成果にした場合だけ。替え玉を使ってギルドランクを上げる行為は不正だが、そうでなければ罰はない。依頼を達成する前に、他者が解決してしまっただけのことだ。 

「……違反にはならないと分かっていて、やっているのだろうな?」

「恐らくは」

「異世界人というのは皆こうなのか? 賢いと言うか、ズルいと言うか」

「さあ」

 皆と言われてもチャールズが知る異世界人は夏と冬樹の二人だけ。ヒューガに関しては、会ったことがなく、行ったであろうことは全て推測だ。

「クラウはどうしている?」

「機嫌が悪いです。彼らがギルドで働いているのに、自分がそれに参加出来ないのが不満なようで」

「仕方ないだろう。クラウを危険な目に遭わすわけにはいかん。あの魔獣はまだ見つかっていないのだろ?」

「そうですけど……」

「なんだ? 何か不満なのか?」

 クラウディアの身を心配する立場のチャールズが、ギルドの仕事をさせないことに不満そうな反応を見せている。それがイーストエンド侯爵には意外だった。

「不満というか……もう少し、クラウを彼らに近づけたほうが良いと思います」

「どういう意味だ?」

「どうも、クラウと彼らの関係は思っているのとは違うようです。確かに仲良くしています。でも彼らのほうは、どこか一線を引いている感じがあります。これもクラウが不機嫌な原因の一つですね」

「……何故かは分かっているのか?」

 チャールズの話を聞いたイーストエンド侯爵の表情が曇る。彼にとっても想定外の事実だ。

「想像の域は出ていませんが、よろしいですか?」

「かまわん」

「彼らの繋がりはヒューガ殿を中心にしている。クラウとの関係は、あくまでもヒューガ殿を通じてのもの。そう考えているように思えます」

「それは正しいだろう? しかしそんなことで、わざわざ一線を引くような真似をするか?」

 関係の中心にヒューガがいるのは事実だ。だが、人と人の繋がりとはそういうものだ。問題になるようなことではないはずだと、イーストエンド侯爵は思った。

「これも想像ですが、彼等の仲間意識は、彼らの全てがヒューガ殿の下に集うと決めているから生まれているものではないでしょうか? ですがクラウは違う。クラウにその気持ちがあったとしても、実際にどうなるかは分かりません」

「それは……そうだな」

「見張りを付けていること彼らがクラウに対し線を引く原因の一つかもしれません。彼等から見れば、クラウはまだパルス王国の人なのです。ヒューガ殿にとってクラウが大切な存在だと知っていても、先の分からない相手を本当の意味で仲間には入れない。それを徹底しているように思います」

「……それが正しいとするなら、少し不安になってきたな。それは子供たちもか?」

 何故、そこまで徹底しなければならないのか。彼等は何を行おうとしているのか。パルス王国の一員であることで彼等との間に壁が出来ているのだとすれば、それは良いことではないとイーストエンド侯爵は考えた。

「子供たちのおかげでこの可能性に気付いたと言っても良いでしょう。フーユーキ殿とナツ殿はクラウに王城で世話になっていたという点ではまだ繋がりがあります。でも子供たちとは一度の面識しかなかったようです。子供たちの態度は、はっきりしています。ヒューガ殿の彼女という認識があるだけで、仲間とは認めていません。仲間意識どころか敵意を向けている女の子もいますが、まあこれは女心ってやつですね。ヒューガ殿は子供にもてるようです」

「……問題だな。クラウは彼らの上に立たねばならない立場だ。彼等の信頼なくして、クラウがヒューガの横に並ぶことは出来ん」

「そうなりますか?」

「恐らくは。その警戒心はそれだけヒューガのことを大事に考えているということだろう。もし自分にそこまでの忠誠を向ける臣下がいたとして、その声をお前は無視できるか?」

「……出来ません」

 ヒューガがどう考えるかはチャールズには分からない。だが自分であれば臣下の声を大事にするだろうと思う。それが上に立つ者の義務。チャールズはそう教えられてきているのだ。

「私の失敗だな。やったことが裏目に出ている。私としたことが、表面だけを捉えて物事を決めてしまったようだ。ふむ……この件はお前に任すことにしよう。お前が良いと思う方策を取れ」

「よろしいのですか?」

「お前のほうが彼らを良く見ている。人と人の関係を考える上ではそうでなくてはならん」

「……わかりました」

 任されたのは嬉しいが、簡単に解決する問題ではない。それでもやるしかない。イーストエンド侯爵家の者としての責務を果たす為、そしてクラウディアの為。

「この話は良いだろう。王都からの報告には目を通しているか?」

「はい。一通りは」

 イーストエンド侯爵には国政の仕事もある。自領に戻ったからといって、それを放っておくわけにはいかない。その為に、定期的に王都からの報告が届いている。その報告はチャールズがまず目を通し、イーストエンド侯爵に報告することになっている。勉強の為だ。

「気になることがあるなら先に聞いておこう」

「まずは……これもヒューガ殿の関係ですね。奴隷商人の襲撃犯が護送の途中で消されました。護送の兵に被害はなし。こちらで把握している生き残りの襲撃犯は全てです」

「そうか……何か新しい情報は聞き出せたのか?」

「報告書にはそういった事柄は何も書かれておりません」

「容赦がないな。その状況でも口を塞ぐか」

「そうですね」

 捕らえた者たちからは重要な情報は何も聞き出せていない。まず間違いなく、真実を隠すための虚偽の情報と思われるものばかりだ。そうであるのに彼等は消された。非情な措置だとチャールズも思う。

「まあ、それは良い。事実は既に分かっている。あとは?」

「これはまだ問題という程のものではないかもしれませんが」

「なんだ?」

「アイオン共和国との交易量が減っております。市場に影響を与えるほどではない数字ですので問題とまでは言えませんが、今は戦争の最中です」

 アイオン共和国からの輸入品の多くは武器だ。パルスは今、戦争の最中で需要は高まっている。相手もそれが分かっているはずなので、本来であれば稼ぎ時と捉えて、出荷量を増やしてくるはずだ。

「……調達は問題ないのだな?」

「はい。東方連盟側からの供給がわずかではありますが増えていますので。ただ、やはり価格が高くなっているのが問題といえば問題です」

「東方連盟の商人が動いたのかしれんな。直接取引分を横取りされたか。商人の特定は出来ているか?」

「いえ、その情報はありません」

「分かった。私から王都に調査をするように指示しておこう。他には?」

 この調査は失敗する。東方連盟の商人をいくら調べても原因は分からないのだ。

「これも問題といえるかどうか……少し気になることが」

「気になる内容であれば何でも報告しろと言ったはずだ」

「……分かりました。そのアイオン共和国からパルス国内の通行申請があがっています。人数は十名」

「それは珍しいな。だが全くないわけでもない。何が気になるのだ?」

 ドワーフ族が国を出ることは滅多にあることではないが、ないわけではない。特別な仕事の依頼を受けて、出張してくることはあるのだ。

「申請されている目的地は当地です。ですが領内からドワーフに関わるような報告は上がっていません。彼らがここに来る理由が分からないのです」

「ふむ。申請には目的が書かれているはずだろう?」

「目的は視察。そして期限は無期限です」

「無期限だと? それは許可されたのか?」

 期限のない出張など普通はない。はっきりとしたことが分からなくても、ある程度、余裕を持って期限を申告するはずだ。

「はい。既に受理されています。効力発生日から考えると既にパルス国内にいると考えて良いと思います。いえ、まだ去っていないというべきでしょうか」

 ドワーフ族の目的地はパルス王国内ではない。申請は滞在の為ではなく、通行申請の名の通り、通過する為の申請なのだとチャールズは考えている。そうなると目的地はどこなのか。

「……お前はこれもヒューガの絡みだと思っているのか?」

「その可能性があるのではないかと考えています。ただドワーフはエルフとは違います。彼等には彼等の国がある。ヒューガ殿に助けを求める必要はありません。大森林に向かう理由が分からないのです」

「そうだな……まあ良い。ここに現れるのであれば動くのはそれからでも……消える可能性があるな」

「ヒューガ殿の絡みであれば間違いなく」

 エルフ族の移動と同じだ。尾行しても振り切られ、忽然と行方をくらましてしまう。

「足取りが消えることがヒューガ関係の証か。奴らはどんな道を使っているのだ?」

「主な所が森林地帯なのは間違いないのですが、その森林地帯を調べ上げるには人手が足りません。出来るのはそれが途切れる場所に人を配置することですが……ただ見張っているだけでは意味はありません」

 見張っていることを見破られ、違うルートを選ばれてしまう。イーストエンド侯爵家の諜報組織がこれまで何度も経験していることだ。

「かといって襲うわけにもいかない。ヒューガの件は色々と手を回していてはきりがない。彼等への対応に絞ろう。いつか接触してくる。それは間違いのだからな」

「はい。あとは本題です。これは王都からではなく手の者からの報告です」

「傭兵王だな」

「とうとう動きました。ちょっと予想とは違った形からですけど」

「予想と違う?」

「マンセル王国とミネルバ王国の東方連盟からの脱退。そしてマーセナリー王国とマンセル王国、ミネルバ王国の三国間での新たな同盟が正式に結ばれました。正式な通知がいずれ王都にも届くはずです」

「……そうきたか」

 イーストエンド侯爵にとっても予想外の動きだ。マーセナリー王国が武力ではなく、外交で動くと考えていなかった。これは相手をなめていた結果だ。

「非東方連盟三国と東方連盟三国の戦い。この決着は早いと思います。軍事力では東方連盟三国に勝ち目はありません」

「問題はその後の傭兵王の動きだな。同盟二国の吸収に動くか、それともレンベルク帝国に向かうか」

「レンベルクではないのですか? この先の戦いがどういう結末を迎えるか分かりませんが、一国ずつを分け合う様な形になれば三国の国力差は変わりません。となるとレンベルクを吸収して国力差をつけてからのほうが確実だと思います」

 レンベルク帝国を手に入れてしまえば、マーセナリー王国の国力は他二国を凌駕する。マーセナリー王国による東方制圧は確実なものになるだろうとチャールズは考えた。

「レンベルク帝国を甘く見るな。あの国がその気になっていれば、傭兵王が立つ前に東方連盟をひとつの国にまとめることも出来たはずだ。それくらいの力はある。そのレンベルクと戦うとなると傭兵王はそれなりの損害を覚悟しなければいけない。そして国力低下があまりに酷ければ、逆に他の二国にマーセナリーが吸収されることになる」

「そうですか……」

 レンベルク帝国に対する認識の甘さ。これはチャールズにとって、大きな失敗だ。それによって今後の東方の情勢を大きく読み違えた可能性もあるのだ。

「結果としてはレンベルクが動いてくれたほう良かった。東に強国が出来るのは脅威だが、傭兵王に比べれば、レンベルク帝国は大人な国だ。物事を外交で対処できる。もっとレンベルクとの外交をしっかりと行っていればな……」

 イーストエンド侯爵には珍しい過去を後悔する言葉。それだけ事態は難しい状況に向かっているのだと、チャールズは判断した。チャールズ自身も感じていることだ。

「どこかで先手を打てないのでしょうか?」

「そう思うか?」

「はい。何だか全てのことが、後追いのように思えます」

 事が起きてから、その対処を行う。パルス王国はそういった状況になっている。全てに対処出来れば良いのだが、この先も想定外な事態が次々と発生し続ければ、躓く時があるかもしれない。

「その通りだ。だが東に攻め入ることは出来ないだろう。魔族との戦いが行われている中で、そんなことが認められるはずはない。結局、魔族との戦いがパルスを縛り付けているのだ」

「それを止めることは?」

「負ける必要があるな。近衛を、新貴族派を魔族との戦いから引き離すことが出来れば、やり様はいくらでもある」

「自国の負けを望まなければいけないなんて……」

 敗戦となれば味方に多くの犠牲者が出ることになる。それを求める気持ちにはチャールズはなれない。

「他に方法がないかは考えている。だが今のところは良い案がない。今、打てる手は東方連盟内での争いに外交的に介入するくらいだ。だがそれを行っても、傭兵王が受け入れるはずがない」

「せめて牽制だけでも」

「そんなことを行えば傭兵王を喜ばせることになる。こちらが出来る牽制は東方国境だけ。それで動けなくなるのはマンセル王国とミネルバ王国だけだからな。二国が足踏みしている間に、傭兵王は他の国を制圧できる」

「そうですね」

 そうなればマンセル王国とミネルバ王国も、マーセナリー王国に飲み込まれることになる。

「今は待ちだ。情報収集だけは怠らないように」

「分かりました」

 本当にそうなのだろうか。父の指示に対して、珍しくチャールズは疑問を持った。彼自身に良い策があるわけではない。ただ、ヒューガであればどうするだろうかという思いが浮かんでしまうのだ。
 イーストエンド侯爵家を完全に煙に巻いてしまうヒューガであれば、もしかすると何か策を思い付くのではないかと。

 

◆◆◆

 クラウディアはチャールズからイーストエンド侯爵との打ち合わせの内容を教えてもらった。ヒューガの生存を確認出来たことは嬉しい報告であったが、それ以外については気持ちが重くなるものばかりだ。
 チャールズも手詰まり感を覚えているのが、クラウディアには分かった。チャールズだけでなく、「今は待つしかない」と言うイーストエンド侯爵も打つ手が見つけられないでいるようだ。
 何とかチャールズの助けが出来ないかと考えても、今のクラウディアに出来ることなどない。それでも何かと考えたクラウディアが取った行動は、夏に話を聞くことだった。
 チャールズが漏らした「ヒューガ殿であればどうするかな」という言葉が、その行動を起こした理由だ。

「それを何であたしたちに聞くの? そういうのはヒューガの守備範囲じゃない?」

「でもヒューガはここにはいないわ」

 クラウディアも出来ることならヒューガに聞きたい。だがそれは出来ないのだ。

「じゃあ、諦めるのね」

「でも、ナツちゃんたちなら違う発想もあるかと思って」

「なんでそう思うの?」

「異世界人だから私たちとは違う考えがあるかなって」

 夏と冬樹は、クラウディアにはない知識を持っている。それがヒューガの考えに繋がるのではないかと、クラウディアは考えた。

「……そうね。でも無理ね。一般人のあたしたちに戦争や外交なんて分からないわ。思いつくのは大した策じゃない」

「例えば?」

「その傭兵王っての殺しちゃう。暗殺ね。揉め事を起こしているのはそいつなんでしょ? そいつがいなくなれば問題は解決」

「暗殺……」

 クラウディアの表情に苦いものが浮かぶ。暗殺などという手段は受け入れられないのだ。

「あれ、出来ない? パルスくらいの大国なら諜報員を大勢抱えていて、要人の暗殺なんて楽勝じゃないの?」

「そんなことしたらパルスの信頼はがた落ちだよ」

 他国の王を暗殺する。そんな真似をしてはパルス王国はマーセナリー王国以外の国の信頼も失ってしまう。

「そう……あとはそうね。ヒューガあたりなら具体的な方法を思いつきそうだけど、その何とかって二国にパルスを攻めさせる」

「えっ?」

「ちょっとした小競り合いでも良いじゃない? 大げさに報告しちゃえば良いのよ。東で戦争が起こりました。他国が攻めて来てますって。そうすればお偉いさんたちも考えるかもよ。魔族を攻めてる場合じゃないって」

「王に嘘の報告はするのは重罪なの。それにそんな姑息な手をパルスが使うのは、ちょっとどうかな?」

「これも駄目なの?」

 驚きの表情を見せる夏。具体的な方法は別にして、策としては悪いものではないと考えていた彼女にとって、クラウディアの否定は意外なことだった。

「国にとって信頼って、とても大事だから。他国との外交に影響がでるわ」

「そう……あっ、じゃあ、アレックスを殺しちゃうってのは? これなら他国は文句言わないでしょ?」

「……どうしてそうなるの?」

 今度はクラウディアが驚きの表情を見せる番だ。

「総大将が死んじゃったら戦えないでしょ? 軍を引く理由にならない?」

「……ならなくはないけど」

「ほら」

「でも味方だよ?」

 アレックスはパルス王国の臣だ。政争の相手であったとしても、暗殺という手段は、クラウディアにはやはり受け入れられない。

「王の座を争って、相手を暗殺するなんてありそうだけど?」

「それはあるけど、でもね」

「王は良くて臣下は駄目なの? なんだか面倒ね?」

「そうだけど……」

 クラウディアは夏の発想が少し恐ろしくなった。暗殺を平気で提案してくる夏。手段を選ばずという考えはクラウディアには抵抗がある。

「じゃあ無理。思いつかないわ」

「そうだよね」

「でも、意外とパルスって脆いのね? なんかヒューガだったらパルスをひっくり返しちゃいそう」

「脆い?」

 パルス王国が脆いなんて思ったことクラウディアにはない。大陸で一番の強国であるはずなのだ。

「何ていうのかな? 大国であることに、こだわり過ぎてる感じ? ヒューガって弱者の立場で物を考えるから、いくらでも付け入る隙がありそう。まあ、ひっくり返すはさすがに言い過ぎか」

「弱者のほうが強いの?」

「そういう意味じゃないけど……自分が弱いと思っていれば出来るだけの事をしようとするでしょ? 少なくともヒューガだったら体面を気にして、有効な策を手放すことなんてしないと思う」

「……そうね」

 夏の説明を聞いて、クラウディアも少し理解出来た。今の手詰まり感はパルス王国が強国であるからこそ起こってること。制約を持たない側が先手を取るのは当たり前のことかもしれないと思った。

「……もし、ヒューガが強い立場だったらどうなるのかな?」

 ヒューガがパルス王国の臣の立場であったならどうするか。チャールズが知りたがっていたことを、クラウディアは言葉を換えて、もう一度聞いている。

「変わらないんじゃない? 要は意識の問題でしょ? 強くても弱いと思っていれば、付け入られないように先に手を打つんじゃないかな? そもそも今のような状態になってるのが問題なのよ」

「そう……」

 立場など関係ない。ヒューガはヒューガとしての考えで事を進めるだけだ。夏の言う通りだとクラウディアも思う。そして、ヒューガがパルス王国の臣であったら、なんてことを考えた自分を恥じた。

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