月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #6 小隊の宴会

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 盗賊討伐の任務を終えて、三一○一○中隊は王都に帰還した。
 まずは国軍兵舎に入って軍政局に任務完了の報告を行う。報告を終えて、軍政局から任務終了の承認を得て初めて解散となるのだ。
 救出された女性たちは軍政局に引き渡された。彼女たちを元の家に戻すのは、軍政局の仕事だ。
 グレンの小隊では盗賊との戦いは殆どなく任務としては楽なものだったが、それでも一週間以上の行軍、野営生活は、それなりに疲れが溜まるものだった。
 グレンとしては宿に戻って、早めに休みたい所だったのだが。

「お疲れ様でした!」

「「「乾杯!」」」

 小隊の面々も一緒に付いて来て、任務完了を祝う宴会となっていた。これ自体は珍しい事ではない。だが通常は後日、手当が出てから行うのが普通だ。
 グレンの小隊が、当日のうちに宴会を開く事になったきっかけは、特別手当の存在だった。
 中隊長から受け取った特別手当をグレンは小隊で分配しようとした。それに待ったを掛けたのは受け取る側の部下たちだった。
 特別手当は実際に手を下した者が受け取るという事に決められていた。それでは不公平だとグレンは言ったのだが、何もしていない者が受け取る方が不公平だと一蹴された。
 誰もが出来る仕事ではない。たまたま、それが出来る者が小隊に居るという事で、金を手に入れられるとすると小隊間での不公平が生まれる。こう説明されると確かにそうだとグレンは認めざるを得ない。
 それでも何となく納得出来ないでいるグレンに提示された妥協案が、小隊全員にグレンが驕るというものだった。

「取り敢えず、一人も欠ける事なく戻って来られたのは良い事だ」

「そうですね。これが一番です」

 グレンが述べた感想にフランクが同意してくる。

「おまけに小隊長の驕り! 今回の任務は大成功!」

 カルロはすでに酔っぱらっているかのように、ノリノリだ。

「任務の成功と驕りに何の関係がある?」

「だってケチな小隊長が驕ってくれるなんていつ以来ですか?」

 カルロの言葉は、全くグレンの質問の答えになっていない。

「ケチじゃなくて倹約家と言ってくれ」

 それに文句を言うのも面倒なので、グレンは話を合わせた。

「どっちでも良いじゃないですか? 驕りなのは間違いない」

「あのな」

 やはり答えがずれている。

「何ですか?」

「……別に。驕りは別にして全員揃っては確かに久しぶりだ」

「就任以来です。前回は別の所でした。この店には良く来られるのですか?」

 カルロに代わって、フランクが話をしてきた。フランクもカルロのノリに付いていけないのだ。

「知らなかった? ここ自分の家」

「ここに住んでいるのですか?」

「そう。部屋を借りて」

「そうでしたか」

「一度連れてきたら、カルロなんて毎日の様に来るようになったから、てっきり皆知っているものだと思っていた」

 全員で揃うのは初めてだが、個別では何度も来ている。奢るお金を節約する為だ。

「毎日?」

 フランクの視線がカルロに向く。それ程、二人が親しい仲だと思っていなかったのだ。

「ああ、料理が来れば分かる。この食堂美味いし、それに異常に安い。かなりの穴場だと思う」

「そうか……」

「本当にそれだけか?」

 納得したフランクに変わって疑念の声をあげたのはグレンだった。その視線は普段あまり見せない厳しいものになっている。

「ほ、ほんとですって」

 陽気に振る舞っていたカルロの顔も途端に、緊張したものに変わる。その変化に周りの者たちが戸惑っている中。

「お待たせ!」

 フローラが料理を持ってテーブルにやってきた。戸惑った雰囲気が一気に消え去り、小隊の面々の口から溜息が漏れる。フローラの容姿に見惚れているのだ。

「はい。お任せサラダと特製焼肉、煮込みに野菜炒め」

 慣れた手つきで料理をテーブルに並べて行くフローラ。そのフローラに早速、声を掛ける者が出た。グレンを除けば、小隊で一番若いアランだ。

「お嬢ちゃん。いつもこのお店で働いているのかい?」

「そう」

「へえ、名前は?」

「それ以上、口を効くな」

 アランにグレンの鋭い声が飛ぶ。視線は先程カルロに向けたものと同じ。

「も、もしかして小隊長の彼女?」

 あまりの視線の鋭さにアランは完全にびびっている。

「妹だ」

「「「妹!?」」」

 驚きの声が唱和された。

「お兄ちゃんがいつもお世話になっています」

「あっ、こちらこそ」

「口を効くなと言ったはずだが?」

「…………」

 フローラの挨拶のお陰で解けた緊張が、一瞬で元に戻る。

「もう、お兄ちゃん。何を怒っているのよ?」

「別に。料理置いたら戻れよ。忙しいだろ?」

「そうだけど。じゃあ、皆さん。楽しんでいって下さいね」

「「「はあい!」」」

 輝くような笑みを向けて挨拶をするフローラに、全員の心が蕩けた。

「だから、口を効くなと……」

 蕩けるどころか、更に硬くなる者も一人居た。

「い、いや、小隊長。返事ですよ、返事。全くもう、妹さんの事となると、いつも人が変わるんだからな」

 カルロが何とかグレンの怒りを解こうと話し掛ける。

「そんな事はない」

「変わっています。皆も気を付けろよ? 冗談でも口説こうなんてしたら、殺されるからな。実際、俺、殺されそうになったし」

「「はあっ!?」」

「それはカルロが俺の居ない隙を狙って、妹に近付こうとするからだ」

「い、いや、それでも殺そうとするのはどうかと?」

 近づこうとしただけで殺されては堪らない。アランがグレンのやり過ぎを指摘してきた。

「そうですよ。それに俺は口説こうとしたのではなくて、ちょっと仲良くなろうと」

 それに続いてカルロが言い訳をする。

「それを口説くというのだろ?」

 フローラに関して、グレンは頑なだった。カルロの言う通り、普段のグレンとは大違いだ。

「……筋金入りのシスコン」

「悪いか?」

「認めるのですね?」

「否定は出来ない」

 自他共に認める重度のシスコン。グレンのもう一つの顔が認定された瞬間だ。

「妹さん可哀そうに。これじゃあ結婚なんて出来ないですよ?」

「そんな事はない。自分は早く妹には結婚して幸せになって欲しいと思っている」

「でも彼氏なんて連れてきたら、ただでは済まさないですよね?」

「ちゃんとした人なら認める」

「どういう人ですか?」

「優しくて誠実な男。但し、他の女にも優しくするような男は駄目だな。フローラだけを見ている男でなければ。別に金持ちじゃなくて良い。でも生活の苦労をさせる男は駄目。小さな商家なんて良いな。でも行商は駄目。ちゃんと店を構えて、フローラの側に常に居られないと。家柄はどうでも良い。あっ、でも貴族とかは絶対に駄目。後は……」

 グレンの口からフローラの結婚相手の条件が止まる事なく語られ続ける。全員が思った。こんな男は居ないと。

「無理だよな?」

 代表して、それを口にしたカルロ。この場にいる全員が、大きく頷く事で同意を示した。

「……少なくとも皆は絶対に駄目」

「どうして?」

「軍人は一番駄目だ。家を離れる事も多いし、いつ死ぬか分からない。心配ばかりの毎日ではフローラが可愛そうだ」

「では小隊長は何故、軍に入ったのですか?」

 グレンは夫ではないが、フローラにとって、たった一人の家族だ。心配な毎日を送らせているはずだ。

「十五才で家族二人が生活出来るだけの金を稼げる仕事は他にない」

 グレンが軍人を選んだのは、他に選択肢がないからだ。望んでの事ではない。

「……確かにそうですね。でも、こんな事を言うのは不吉ですけど、小隊長だっていつ」

「それは分かっている。だからケチだと言われようと倹約して金を貯めている。蓄えが出来たら軍を辞めて、どこか田舎で暮らすつもりだ」

「えっ? 軍を辞めて?」

 カルロの顔に驚きの色が浮かぶ。それは周りの面々も同じだ。

「そう」

「……それは無理ではないですか?」

「どうして?」

「その年で小隊長です。それなりに期待されているはず。辞めさせてもらえませんよ」

「二年を超えたら自由に辞められるはずだけど?」

 軍役は二年が一区切りになる。徴兵を行なっていた頃の名残りだ。グレンは二年で辞められると捉えているが、本来の目的はすぐに辞めさせない為の拘束期間として定めてある。

「規則ではそうですが」

「もうすぐ二年。後は金が貯まるのを待つだけだ」

「しかし、小隊長といっても給料は大きくは変わらないですよね?」

「まあ。少し手当が付いた程度だな」

「それではまだまだ掛かりますよね?」

 グレンがどれだけ貯めるつもりかは、カルロには分からないが、一般兵士の給料では大した貯蓄が出来ないのは知っている。

「別に遊んで暮らす訳じゃない。ちゃんと次の仕事は見つける」

「何をするつもりなのですか?」

「計算は出来るから商家とかで働くか」

「だったら最初から」

「孤児なんて雇ってもらえない。でも国軍で働いていたとなれば信用が違う」

 国軍で務めていた。この実績がグレンに、以前はなかった信用を与えてくれるのだ。

「なるほど……」

「剣術の先生なんていうのも考えていた。でも流行ものの様な気がして。十年後には習う人が居ないでは困るからな。後は、元手が必要だけど宿屋とか?」

「それ、相当の元手が必要ですよね?」

「実家は一応あるから。そこを使うか、売ってお金にするのも有りだし」

 土地を買うお金は必要ない。これだけでも大分違う。それでも宿屋となると結構な金が必要になる。グレンが宿屋を最後にあげたのはこれが理由だ。

「……ちゃんと考えているのですね?」

「それはそうだ。考えないと生きていけないからな」

「あの、どれくらい溜まっているのですか?」

「そんな事言えるか」

「じゃあ、後、どれくらい国軍で働くつもりですか?」

「……長くて二年かな」

「「「なっ!?」」」

 予想以上の短さに全員が一斉に驚きの声をあげた。

「もっと掛かる予定だったけど、ほら、今回みたいに特別手当が出るって分かったし」

「小隊長は、ああいう仕事は嫌いではないのですか?」

「嫌いだな。でも金が出るとなれば別。あっ、こういう言い方だとあれだな。フローラとの生活の為だと思えば別」

 グレンにとって妹のフローラが一番。その為であれば、何でも有りだ。それが全員に分かった。

「……さて、分配を始めましょうか」

 カルロがいきなり手当の分配を言ってきた。

「はっ?」

「いや、やっぱり、手当は平等に分けるべきだと思います」

「不公平だって言っただろ?」

「あの時はどうかしていたのです。小隊は一心同体。誰かの物は皆の物です」

 グレンの退役を阻止するには金を貯めさせない事。カルロはその為の行動を始めている。

「いや、それあり得ない」

「分配しようと言ったのは小隊長です」

「断る。一度、俺の物になった物は一生俺の物だ」

「いや、いや、それは小隊長としてどうかと」

「嫌だと言ったら嫌だ」

 グレンの本質はケチだ。一度手に入れた物は簡単には手放さない。

「あの、小隊長」

 駄々っ子のようにゴネているグレンに、フランクが話し掛けてきた。

「何?」

「特別手当を独占するのはどうかと思います」

「フランクまで、そんな事を言うなんて……」

 割と真面目そうなフランクまで分け前を要求してきた。グレンはこう思ったのだが、これは勘違いだ。

「いや、そうではなく。うちの小隊が独占するのはどうかと」

「あっ」

 特別手当を求める者はグレンだけとは限らない。嫌な仕事ではあるが、その分、手当は悪くないのだ。

「そうそう。さすがフランク。良い事言うね」

 思わぬフランクの支援を受けて、カルロは一気に上機嫌になった。
 
「……困ったな」

 グレンはそれと正反対に浮かない顔だ。

「いやいや、俺達は困りません」

「どうして? 俺が早く辞めれば小隊長の席が空く。この中の誰かがなれるじゃないか?」

「小隊長なんて興味ありません」

「……手当が上がるのに?」

 グレンが国軍で働いているのは金の為。これが全てだ。そうでなければ、最年少小隊長なんて目立ちそうな昇進は断っていた。

「人を率いるなんて柄じゃありませんから」

「それはカルロの意見。他の人は違うだろ?」

「皆の意見です」

「カルロに聞いてないから」

「いや皆思っていますよ。自分達の小隊長は小隊長しか居ないって」

「そうだ! そうだ!」

 カルロの台詞に賛同する声。

「「「えっ?」」」

 だが、その声は女性の声だった。突然割り込んできた、その声の持ち主に向かって、全員の視線が集まる。

「あの、ローズさん。ここで何を?」

 声の主は、国軍兵舎で別れたはずのローズだった。

「なんだか楽しそうだから、私も混ぜてもらおうと思って」

「いや、そうじゃなくて、どうしてここに?」

「君に逢いたくて」

 相変わらずの調子。グレンが求める答えは全くない。

「……どうやってここが?」

「君にどうしても御礼を言いたいって言ったら教えてくれたわ」

「……軍政局って」

 簡単に住んでいる場所を教えてしまう軍政局に、グレンは呆れてしまった。

「私の席は……どいて」

「えっ?」

「貴方はあっち、私は小隊長の隣。さあ、立って」

 無理やりに隣の席を空けさせると、ローズは椅子をグレンの隣にくっつけてから席についた。

「狭いですけど?」

 椅子だけでなくローズは体もグレンに密着させている。

「私は気にしないわ」

「あ、あの、腕絡まっていますけど?」

「あら、いつの間に。お嬢ちゃん! 私にもビール頂戴!」

 グレンの戸惑いを無視して、ローズは飲み物を注文する。

「人の話を聞いています? 腕を離して下さい」

「もう照れ屋さん。さて、何の話をしていたの?」

「だから腕……」

 全くグレンの言うことを聞く気がないローズだった。だが、この場所にはそれを許さない者が居る。

「はい! ビールお待たせ! あら、ごめんなさい。ちょっと間、空けてもらえる?」

 寄り添う二人の後ろから、割り込むようにグラスを持った腕が伸びる。

「……横から置いてよ」

「重い! このままだとグラス落としちゃう! 早く空けて、おばさん!」

「おばさん?」

「あれ? 私、何か間違ったかな?」

「ええ、大間違いよ。この私の美貌を見て……」

 振り返ってフローラを見たローズの顔が歪む。女性が見ても、美しいフローラの容姿と、思っていた以上の若さに言葉を続けられなくなった。

「ごめんね。私みたいな、『若い』女から見ると、『おばさん』は、十分に『おばさん』なの」

「……お客に向かって失礼じゃない?」

「ごめんなさい。不愉快ですよね? では、どうぞ。出口はあちらです」

 くいっと顔を向けるだけで出口を示すフローラ。謝罪の言葉を口にしていても、ローズに対する態度は謝罪には程遠い。

「この小娘」

 その態度に更に怒りを募らせるローズ。

「小娘だなんて。そうね、おばさんから見たら、私はまだまだ小娘だね?」

「……ビール置いて、とっとと行きなさいよ」

 ローズが言い合いでフローラに負けた瞬間だった。まさかの事にグレンも呆気に取られている。

「お帰りは?」

「帰らないわよ!」

「しぶといな……お兄ちゃんから離れろ。このババア」

 言う事を聞かないローズに、遂に一切の遠慮を取り払ったフローラだった。

「バッ、ババアッ!? ……あれ? お兄ちゃんって?」

「……自分の妹」

 実に気まずそうにグレンは、ローズの疑問に答えた。

「あら、初めまして。お兄様には大変お世話になっているのよ。まあ、可愛い妹さん。こんな可愛い妹さんがいて、お兄様も幸せね」

 フローラがグレンの妹だと知って、態度を豹変させたローズだったが。

「……今更、猫被っても無駄」

「ちっ」

 そんな事が通用するはずがない。あっという間に態度を戻したローズは、舌打ちで悔しさを表している。

「ローズさん、とにかく離れて下さい。窮屈です」

 二人の会話が少し落ち着いたと見て、グレンがローズに離れるように頼む。

「……はぁい」

「いやだ。おばさんが可愛い子ぶっても」

 フローラの挑発はまだ止まらない。

「フローラも。仕事に戻って」

「……はい」

 グレンに言われて、渋々返事をしたフローラ。グレンの言葉に混ざるわずかな怒気を敏感に感じ取っている。

「じゃあ、カルロさん、お願いね」

 だが、フローラはただでは引き下がらない。

「お願いって?」

「お願いはお願いだよ。分かるよね?」

 にっこりとカルロにほほ笑みかけるフローラ。だがカルロは、その笑みに可愛らしさよりも、恐ろしさを感じて震えあがった。

「はっ。お任せ下さい」

「じゃあ、お願い」

 最後にもう一度、ローズを睨みつけて、フローラはフロアに戻って行った。

「ローズだっけ? とにかく席を代わってくれ」

 カルロは早速、自分の仕事を開始した。

「嫌よ」

「頼むよ。怒られるのは俺だからな。それに、そのまま居たら又、ババア呼ばわりされるぞ」

「……仕方ないわね」

 言い負かされた事にはローズもショックを受けていたようで、渋々ながらもカルロと席を代わった。

「……やっぱり兄妹ですね?」

 しみじみと感じた様子で、フランクがグレンに問い掛けた。

「何が?」

「筋金入りのシスコンとブラコン」

「まあ、二人っきりの家族だからな。仕方がない」

「親は居ないの?」

 グレンの答えにローズが反応した。

「居ない。四年前に死んだ」

「あっ、ごめんなさい」

「別に。四年も前の事だ」

「そう。亡くなったって病気か何か?」

 ローズの質問に何人かの顔に、わずかに緊張が走る。元々、グレンに探りを入れていた者たちだ。特にカルロは明らかに動揺しているのだが、隣にいるお陰でグレンに気付かれる事はなかった。

「……病気ではないな」

「事故?」

「それも違う」

「ちょっと、それって?」

「あまり大きな声では言えないけど、殺されたのだと思う」

「……盗賊ね?」

 物騒な世の中だ。盗賊に襲われるのは珍しい事ではない。

「違う」

 だが、グレンははっきりと否定した。

「えっ?」

「あっ、そうじゃない。正確には分からないって事」

 ローズが戸惑っている様子に気付いて、グレンは慌てて言い直した。

「……犯人は捕まってないのね?」

「そう」

「貴方たち二人はどうして助かったの?」

「ああ、それなら。俺達は子供だったから酒を……奥の部屋に居たから気付かれなかったみたいだ」」

「そう。それは良かったわね」

 これで、この話題は終わり。だが、酒という言葉だけで、敏い者には分かってしまった。酒といってもただの酒ではなく毒か眠り薬入り。そして盗賊ではない。そうなると残った犯人像は限られてくる。
 問題は何故そんな事をされたのかだが、それをグレンが話す事は決してないと分かっている。そして、それを調べる事が危険である事も。

「君の妹さんは綺麗ね。くやしいけど、それは認めるわ」

 ローズもそれが分かっているかの様に、一気に話題を変えた。

「そうですか? まあ、そうですね」

「気を付けなさい」

「気を付けているつもりです。ここに住んでいるのは安いという理由だけじゃありませんから」

「なら良いわ……宿に住んでいるって事は王都の生まれではないわね?」

「はい」

「どうしてわざわざ王都に来たの?」

 さり気なくローズの話は、又、グレンを探る様な内容になっている。

「はい? いや軍で働くなら王都に来ないと」

「地方軍という手もあったのじゃない? 確か、現地採用をしていたわよね?」

「それは……知らなかったな。そうだったのか」

「まあ、まだ子供だったものね。二人で王都まで来たの?」

「……そんな事に興味ありますか?」

 さすがにグレンも探りを入れられている事に気が付いたのか、目に警戒の色が浮かんでいる。だが、ローズはグレンの上手をいった。

「君の事なら、私はどんな事でも興味があるわ」

「……からかわないで下さい」

 たった一言でグレンから警戒心を消し去ってしまった。

「嫌。君をからかうのは楽しいもの」

「……別の人でお願いします」

「別ねえ……うん、君しかいない」

 わざとらしく周囲を見渡した後で、ローズはこう言い切った。

「おーい!」

 ローズの言葉にカルロが反応を示した。

「何よ?」

「これだけ良い男が揃っているのに、それはないだろ?」

「えっ、どこに良い男が?」

「ここに。目の前に居るだろ?」

「……うん、グレンくんは良い男ね」

「その隣だ!」

 カルロが絡むことで、場の雰囲気は普通の宴会のそれに戻っていく。ここからは、それぞれの手柄話や失敗談で盛り上がる。
 グレンの身上に関わる事が話題になる事はなかった。

「……ローズさん、いつまで居るのですか?」

 一向に帰る様子をみせないローズに、グレンが問いかけた。

「ひどーい」

「いや、そうじゃなくて。どこか泊まる所探さないと」

「じゃあ」

「うちは駄目です」

 ローズの言葉を先回りしてグレンは拒否を口にした。

「冷たいわね」

「そういう問題ではなくて、狭い部屋に二人分の荷物も置いてあって、とても三人寝る余裕はありませんから」

「大丈夫。ちゃんと泊まる所は考えているから」

「あっ、そうでか」

 ローズも一応は考えていたのだと知って、グレンはホッとした様子を見せている。

「そういう事でよろしく」

「はい?」

 だが、ホッとするのはちょっと早かったようだ。

「ここ宿屋でしょ? ここに泊まるわ。部屋が空いているか聞いて来て」

「…………」

「何よ? ちゃんと部屋を取って泊まるのよ? 文句は言わせないわ」

「……分かりました。じゃあ、聞いてきます。何か条件は?」

「君の隣の部屋」

「分かりました。それ以外ですね」

「ちょっと!?」

 ローズが引き止めようとするのも構わずに、グレンはカウンターの方に向かって行く。
 実際には部屋が空いているかなど聞くまでもない。出来るだけ遠い部屋にと頼みに行ったのだ。

「お前、何者だ?」

 グレンがその場を離れた所で、カルロがローズに問いを発した。さきほどまでの陽気な雰囲気は消え去っている。

「か弱い乙女よ」

「ふざけるな。お前が小隊長に探りを入れていたのは御見通しだ」

「あら、皆も興味ありそうだったけど?」

 カルロたちが微妙な反応を見せていたのをローズは見逃していなかった。

「小隊長はほとんど自分の事を話さないからな。お前の目的は?」

 真実を話す必要などない。カルロは適当な事を言って、又、ローズを問い糺す

「無いわ」

「嘘をつけ」

「嘘じゃないわ。さっき言った事は本当よ。ただ彼に興味があるだけ。それに私の興味は彼が何者かではなくて、この先どうなるのかよ」

 この先どうなるか。ローズの興味は確かにカルロたちとは違っている。

「……何でそんな事に興味を?」

「理由はない。でも何故か彼に惹かれるの。彼には何か特別なものを感じるのよ」

「……もう一度聞く。お前何者だ? ただの村人じゃないだろ?」

 ただの村人がこんな話をするはずがない。

「そうね。盗賊に攫われて、心も体も傷つけられた哀れな女よ」

 笑みを浮かべて、明らかな嘘を口にするローズ。真実を話すつもりは微塵もない事が良く分かる。

「……まあ良い。だが小隊長に危害を加える様な真似はするなよ? その時はどこに逃げようと必ず捕まえて、本当に心も体も傷つけてやる」

「まあ怖いわ。でも、それは絶対にない。守る事はあってもね」

「お前が小隊長を守る?」

「恋する女は強いのよ」

「馬鹿言ってろ」

「はい。話はここまで。ねえ、部屋空いてた?」

 グレンが近づいてきているのに気が付いてローズは話を切り上げた。後はもう探るような会話も止めて、グレンへの挑発を繰り返すだけ。
 この日からローズは宿屋に泊まる事になった。静かに平穏な暮らしを願うグレンの思いとは正反対に、少しずつその周辺が騒がしくなっていく。

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