月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍に舞う 第10話 意地

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 灯りの消えた都会のビルの森を進む天宮。所々にある非常灯の明かりのおかげで、闇に視界を完全に閉ざされるまでには至っていないのは救いだ。部隊に用意してもらった暗視ゴーグルではあるが、このような状況の戦闘などは想定しておらず装着しての訓練など行ったことがない。暗視ゴーグルによって狭まった視野で鬼と戦う羽目にならなかったことに天宮はホッとしている。
 屋上に鬼がいると思って衝動的に飛び出した天宮だったが、今のところその気配は全く感じられない。仕方なく鬼を捜索中という第五分隊を追っていた。

『次の交差点を左だ』

 無線から立花分隊指揮官の指示の声が聞こえてきた。天宮の動きも他の隊員と同じくGPSで把握されているのだ。

「……了解」

『古志乃くん、聞こえているか?』

 続いて尊への問いかけ。だがそれに答える声はない。

『古志乃くん、応答して』

『……はい』

 ようやく返ってきた応答。

『天宮くんの位置は分かるかな?』

『はい』

『では引き続き後を……ちょっと待って。本部から……』

 本部からの無線が割り込んだようで立花分隊指揮官の声が途切れた。無線の再開を待っている必要は天宮にはない。駆ける勢いを緩めることなく第五分隊のもとに向かう。

『仲間を助けたいなら急いだ方がいいですよ』

「えっ?」

 その天宮の足を止めたのは尊の声だった。

『第五分隊は敵に襲われています。敵の数は……複数です』

「どうしてそれが分かるの?」

 監視システムが停止している現在、離れた場所から鬼の所在を探る術はない。手元のモニターに映っているのは第五分隊のメンバーを表す光点だけだ。

『…………』

 天宮の問いに対する尊の答えはなかった。尊の言葉の真偽は分からないが、第五分隊のもとに急がなければならないことに変わりはない。天宮はまた目的地に向かって駆けだしていく。その天宮の耳に届いたのは。

『全分隊に告げる! 第五分隊が鬼と遭遇! 鬼の数は判明しているだけで三体! 至急、応援に向かえ! 繰り返す! 弾五分隊が鬼と遭遇! 鬼の数は……』

 全隊員に向けた一斉通報。第五分隊が鬼三体と戦っているという信じがたい状況を告げるものだった。

「……死なせない。仲間を死なせるわけにはいかない!」

 レベルにはよるが一体であっても厄介な鬼が三体。第五分隊はかなり危険な状況と考えられる。天宮は駆けている足をさらに速めて戦闘現場へと急いだ。

 

◇◇◇

「栄輝(えいき)! 前に出過ぎるな!」

 剣人が前にいる仲間に向かって怒鳴っている。陽村(ひむら)栄輝(えいき)。天宮が抜けた後に第五分隊に配属された新人だ。

「隠れていても敵は倒せません!」

「敵の数は俺たちより多い! 援軍を待つんだ!」

「大丈夫! 俺に任せてください!」

 実戦を知らない者の愚かさ、というだけではない。天宮の活躍について栄輝は何度も聞かされている。その天宮の代わりに第五分隊に入った自分が負けるわけにはいかないという競争心が、栄輝に無茶をさせていた。

「俺たちも前に出よう」

 栄輝は指示を聞こうとしない。そうであれば自分たちも前に出るしかないと剣人は判断した。

「本気? 雑魚ならいいけど、前回と同じくらいの鬼だと勝ち目ないわよ?」

 もともとは勝ち気な性格であるはずの風花だが、前回任務での苦戦がよほど堪えているようで慎重な意見を返してくる。

「そうだったら尚更、栄輝を無事に下がらせなくてはならない」

「……宗方さぁん、どうします?」

 本来、部隊への指示は宗方分隊指揮官の役目だ。風花はその彼に無線で指示を仰いだ。

『今はそちらの状況が分からない。敵の位置は分かっているか?』

 宗方分隊指揮官は指揮車両で現場に接近している途中。監視システムが作動していない状況では敵との位置関係などが分からない。

「正面百メートルくらいに二体。もう一体の姿は見えなくなりました」

『鬼の様子は?』

「慎重にこちらの後を追ってきている感じです」

『……そうであれば下がり続けるべきだな。陽村! 下がりなさい!』

 宗方分隊指揮官も栄輝を下がらせようとする。今は味方の増援を待つべき。敵に急襲してくる様子がないのであれば、時間稼ぎも難しくない。

『その救援はいつ来るのですか? 他の分隊も別の鬼を追っているんですよね?』

『そうではあるが、天宮が近くまで来ている。せめてそれまでは待て』

「天宮が……」

 宗方指揮官の指示は栄輝の競争心を煽るだけに終わった。他の分隊の救援であればまだしも、天宮一人を待つのは栄輝としては納得がいかない。

「……行くぞ!」

 栄輝の体から白い光が立ち上る。それとともに右手には光の剣。栄輝の戦闘スタイルは天宮と同じ。それが強い競争心を持つ理由にもなっている。

「栄輝! 馬鹿! 下がれ!」

 栄輝が何をしようとしているか分かった剣人が制止の声をあげるが、それを聞くような状況ではない。栄輝はゆっくりと近づいてきている鬼に向かって駆けだした。

『何が起こっている!』

「栄輝がさらに前に出ました! 完全に戦うつもりです!」

『まったく! 仕方がない! 援護だ! 援護しながら何とかして連れ戻せ!』

 宗方分隊指揮官が剣人たちに栄輝を連れ戻すように指示を出す。それは結局は栄輝に引きずられて他の隊員も戦闘状態に突入するということだ。

「風花! 援護射撃を頼む! 渡! 前に出るぞ!」

「分かったわ!」

「了解!」

 栄輝の後を追って駆け出す三人。その時には栄輝はかなり鬼に迫っていた。腕を振り上げて鬼に向かう栄輝。その瞳にはっきりと鬼の姿が見えた。白目の全くない真っ黒な瞳。まるで穴が開いているかのように見えるその瞳は鬼の特徴の一つ。

「うおぉおおおお!」

 その不気味さに怯える気持ちを振り払おうと、栄輝は雄叫びをあげる。振り下ろされた光の剣。それが鬼を断ち切る、と思った瞬間。

「えっ……?」

 栄輝の体は後ろに吹き飛ばされていた。

「……あっ、つっ」

 肩に感じる痛み。始めて感じる痛みに動揺している栄輝に、さらに敵の攻撃が襲う。

「ぐあっ!」

 今度の攻撃ははっきりと栄輝の目に映った。炎の矢が自分の太ももに突き立って強烈な痛みを残したまま消えていく。

「栄輝、下がれ! 風花、敵は隠れたところから狙ってる! それを何とかしろ!」

「何とかしろって、どこにいるか分からなければ攻撃出来ないわよ!」

 栄輝を攻撃したのは隠れているもう一体。炎の矢が目の前の鬼の後方から飛んできたことで、それは分かっている。

「何とか探せ! 渡! 援護してくれ!」

 倒れている栄輝を助けようと剣人が前に出る。渡はその少し後ろから敵を攻撃する形だ。前衛と支援役。分隊の基本的な戦い方だ。ただ問題は敵も同じ形を取っているということ。こんな相手と戦うのは第五分隊は、特務部隊全体としても、初めてだった。

「うおぉおおおお!」

 剣人もまた複数の鬼と戦うという恐怖を打ち払おうと叫び声をあげて鬼に向かう。その剣人の横をすり抜けていくのは渡が放った水の刃。正面に二体いるということで、渡は慎重さを捨てて全力で倒しに行っている。倒すまでに至らなくても増援が来るまで耐えれば良いのだ。力の出し惜しみは必要ないと考えていた。
 渡の攻撃を受けて、やや怯みを見せた鬼に剣人の拳が叩きつけられる。

「ぐわっ」

 だがうめき声をあげたのは剣人の方。一体に攻撃をしたところでもう一体に反撃を受けてしまっていた。

「栄輝! 座ってないで剣人を援護しろ!」

 その事態を見て渡が栄輝に指示を出すが。

「す、すみません! 足をやられて動けません!」

「たった一撃で!?」

 精霊力を宿した状態は防護服を纏っていると同じ。第七七四特務部隊の正式戦闘服、尊が身に着けているものとは比べものにならない強固さだ。その状態で一撃で動けなくなるというのは渡には信じられない。

「敵の鬼力の矢が突き刺さって、その痛みが……」

「突き刺さって……剣人! 風花! 気をつけろ! 敵の遠距離攻撃は精霊力を突き破るぞ!」

 離れた位置から精霊力の守りを一撃で貫く。それはつまり敵の鬼力がそれだけ高いということ。高レベルの鬼だということだ。

『下がれ! 何とか距離を取るんだ!』

 状況が分かって宗方分隊指揮官もかなり焦った様子で後退の指示を出してきた。だが、それが簡単に出来るような敵ではない。

「うわっ!」

 飛んできた火の矢をぎりぎりで躱す剣人。だが体勢を崩したところで目の前の鬼が拳を打ち込んでくる。

「んぐっ」

 その衝撃に耐えかねてその場に膝をつく剣人。そこにさらに飛んできた炎の矢が剣人の体を貫いていく。

「風花! あそこだ! あの先のビルの」

「分かってる! でも、あんなとこまで届かないわよ!」

 遠距離での攻撃可能距離。それもまた精霊力や鬼力の強弱が影響する。風花の精霊力は敵の鬼力に及ばなかった。

「じゃあ、近くの奴らを撃て! 剣人たちの逃げる隙を作る!」

 遠くにいる敵が無理であれば近くの敵を攻撃するしかない。とにかく、今の状況では勝ち目は全くない。なんとかして逃げるしかないのだ。

「分かっ……んあっ……」

 風花が攻撃を仕掛けようとした瞬間。逆にいくつもの石の礫が風花に襲いかかった。肩、腹、足と何カ所にも礫が深くめり込んでいる。風花はそのまま後ろに倒れていった。

「風花っ!」

 慌てて風花の近くに駆け寄ろうとする渡。だがその渡の前に一体の鬼が立ち塞がる。

「……ち、ちくしょう」

 個の力で劣る上に、味方の三人が戦闘不能となって戦えるのは自分一人。勝ち目どころか逃げることさえ不可能に渡には思える。初めて本当の意味で実感した死。その恐怖が渡の体を震わせる。
 そんな渡にゆっくりと近づいてくる鬼。嬲られているようなその動きが恐怖心をますます膨らませる。もう駄目だ。こう思った瞬間

「ぐっ、ぐあぁああああっ!」

 目の前の鬼がすさまじい叫び声をあげながら地面に倒れていった。

「殺させない! 僕の仲間は一人も殺させるわけにはいかない!」

「……天宮!」

 待ちに待った救援。天宮が渡の目の前に現れた。