
◇◆◇ エミリー ◇◆◇
イーサンが魔王国で殺され、アントンもカイトによって命を絶たれた。悲しい気持ちはある。でも、自業自得だと納得している。私たちは前世の罪で、ミネラウヴァ王国の人たちを苦しめている。多くの人たちが戦争で命を落としている。
本来、私たちの役目は戦争を終わらせることだった。でも、実際の私たちは戦争を終わらせるどころか、戦争の原因になっている。魔王国との戦いは決まっていたとしても、ザイズ王国との戦争は私たちが原因であることに間違いはない。私たちが私たちでなければ、ザイズ王国はミネラウヴァ王国と共に魔王国と戦ってくれるはずだったのに、敵にしてしまった。前世の私たちへの恨みがそうさせてしまった。ミネラウヴァ王国は勝利を得るどころか滅びようとしている。私たちのせいで。
イーサンとアントンの二人はその死で罪を償った。こんなことを言うと批判されると思うけど、償いきれているとは思っていないけど、それでも二人は命を失った。残酷な死を味わった。償いの行いを何もしていない私よりは、二人のほうがマシだと思っていた。
そんな私にも、ようやく償いの機会が訪れた。私はザイズ王国に引き渡される。私を恨んでいる彼らに差し出される。
正直怖い。逃げ出したい。彼らは私にどのような仕打ちを行ってくるのか。殺されるだろうことは分かっている。殺されるのは怖いけど、苦しみを与え続けられることを想像すると、それ以上の恐怖が湧き上がってくる。
アントンの最後を話に聞いた。同じような目に遭わせられるのなら、ひと思いに殺してもらいたい。でも彼らの恨みは、それを選んでくれないかもしれない。怖い、怖い、怖い。生かされることが怖い。アントンの気持ちが、まだそんな目に遭ってもいないのに、分かった気になっている。実際に同じ目に遭わされた時、私はどうなってしまうのか? 狂ってしまえば楽なのか? カイトは私も殺してくれないだろうか?
「……ごめんなさい。謝って許してもらえるとは思っていません。でも……ごめんなさい」
交渉の場に出てきたのはフィリップ。前回会った四人の中の一人。彼も転生者であることは分かっている。でも、誰か分からない。
「君の言う通り、謝罪されても許せない。でも謝罪されることを拒否するわけではない。拒否はしないけど、その謝罪の仕方はどうだろう?」
「申し訳ございません。私は……私はどうなっても良いから……ミネラウヴァ王国を助けてください」
これは本音じゃない。本気で「自分はどうなっても良い」なんて思っていない。出来ることなら謝るだけで許されたい。でも許されるはずがない。それは分かっている。
「それが君の精一杯の謝罪? そんなはずはない。君はどう謝罪するのが正しいか知っているはずだ」
「……分かりました」
彼が望んでいるのはアントンが、榊がやらせていた謝罪。多くの人が見ている前で土下座して、床に額をこすりつけて謝ることを求めている。今この場には教室の生徒とは比べものにならない数の両国の騎士、兵士、数百人がいる。この状況で、床ではなく土の上に土下座して謝罪しろと彼は要求している。
屈辱、とは思わない。ただただ悲しい。私の残りの人生は、こういう扱いで終わるのだ。自業自得なのでしょう。
「……申し訳ございません」
「聞こえない」
「……申し訳ございません!」
「聞こえない。もっと腹の底から声を出してくれないか?」
「……申し訳ございませんっ!!」
涙が止まらない。悲しいだけの感情ではなくなった。情けない、恥ずかしい、どれが正しいか分からないけど、気持ちがぐちゃぐちゃになっている。同じことを教室でさせられている人を、私は平気で見ていた。カイトに対しては、喜んで見ていた。彼はどういう思いだったのか。今の私とは違う思いであることは間違いない。
「ようやく少し聞こえた。さて、これから君は我が国の虜囚となる」
「……はい」
「まだ声が小さいな……まあ、これは追々調教していこう。まずはその服装だ。罪人には贅沢過ぎると思わないか?」
「…………」
言葉が出ない。彼が何をさせたいのかは分かっている。彼は調教なんて言葉も使った。私の扱いはこういうもの。予想は出来ていた。でも、耐えられるとは思えない。
「声が小さいだけでなく、耳も遠いのかな? その服は罪人には贅沢! 私はこう言っている!」
「罪人って、何の罪?」
「何?」「えっ……?」
割り込んできた声。誰の声かはすぐに分かった。でも、信じられなかった。どうして彼が、カイトが、この場に現れるのか?
「質問だけど? あっ、聞こえない? 耳が遠いのか。それは悪かった」
「貴様、何者だ?」
「彼女の関係者。それで、質問の答えは?」
カイトは何をしようとしているの? まさかと思うけど、私を庇おうとしている? そんな期待をして良いの? それとも思い上がり。私にはカイトに庇ってもらう資格なんてない。これは分かっているのに。
「君には分からない。彼女は転生者だ」
「転生者は知っている。ミネラウヴァ王国には他にも転生者がいることが明らかになっている」
「君は……ウォーリック候。交渉をまとめたいのであれば、この男を下がらせるべきではないか?」
ザイズ王国との交渉責任者はウォーリック侯爵。西の前線にウォーリック候が自家の軍勢と共にいたので、責任者を任されていると王都を出る前に聞いている。
「……私にはその権限がない」
「貴方はこの交渉の責任者だ。それとも決裂させたいのか?」
「いや、交渉はまとめたい。ただ私は、その彼……いや、カイト殿下に指図できる立場ではない」
まさかのことにウォーリック候はカイトに殿下の敬称をつけて呼んだ。彼を王子として認めた。どうして、そうしたのか? 私には分からない。
「カイト殿下……? どういう意味だ? ミネラウヴァ王国の王子は今、ウイリアム殿下だけのはず」
「カイト殿下はウイリアム殿下の双子の弟君。訳あってその存在は秘匿されていた」
「双子……そんな話は聞いていない」
聞いているはずがないわ。王国の重臣がカイトを王子と認める発言をしたのはこれが初めて。少なくとも私は今始めて聞いたわ。
「残念ながら、息子として育てられていない可哀そうな子なので。俺は」
「……そうだとしても」
「質問に答えるくらいは良いだろ? もう一度聞く。エミリー・セイはどのような罪で、貴国に裁かれるのだ?」
カイトが自分は王子だと認めたことは、もっと驚き。きっとこの場はそのほうが都合が良いと思っているだけだろうけど、どう都合が良いのか? また虫の良い期待が心に広がってしまう。
「転生者の話を知っているのであれば、彼女たちの元の世界での悪行も知っているはずです」
「それはこう言っているのか? 生まれ変わる前の罪で裁くと? しかもこことは違う別の世界での出来事で? 参考までにどういう法律に基づくのか教えてもらえると嬉しいな」
「……彼女は交渉材料です。貴国は交渉をまとめる条件として、彼女を差し出しました。その彼女を我が国がどう扱おうと貴国には関係ないはずです」
カイトは口が上手い。この才能があって、どうして前世では黙ったままだったのか? 私が考えて良いことではないわね。駄目なことを考えてしまうほど、私の気持ちは軽くなっている。助けてくれるとは決まっていないのに。
「罪人の話がなくなったな。まあ、良い。こんな話はどうでも良いことだ」
「そう思うなら、これ以上、交渉の邪魔をしないで頂きたい」
「交渉は勝手にやってくれ。ただし、俺の用事が終わったあとで」
やはり私を助けにきたのではなかった。残念だけど、そう考えるのは虫が良過ぎるとは思う。でも気が軽いのは変わらない。カイトの用事はきっと。
「……では、その用事とやらをさっさと済ませてください。どのような用件ですか?」
「お前に前世の償いをしてもらうこと」
思っていた通り。カイトの用事はこれだった。彼は復讐を考えていないわけではなかった。
「なんだって……?」
「カイトの名を聞いても思い出せない。お前にとって俺はその程度の存在だったのだな、大島司くん。それとも委員長と呼んだほうが良いか?」
フィリップは委員長だった。それが分かると疑問が生まれる。私は彼にこれほどまでに恨まれることをしたのだろうか? 気付かないうちにしていた可能性は認めなくてはいけないけど、委員長に酷いことをした覚えがない。忘れるという最低なことをしているのかしら?
「……ま、まさか……クズミか?」
「いや違う。俺はヒサズミ。もうこれ面倒だ。どいつもこいつも俺の本当の名を知らない。お前らこそ、クズだよな?」
「……違う。私は命令されて無理やり……」
委員長はカイトに酷いことをした自覚がある。アントンに、榊に命令されてのことだろうけど、それを言ったら、皆そう。最初は榊に命令されて。でもそのうち、自分の意思でカイトに酷いことをするようになっていた。
「だから僕も被害者ですって? それ無理があるの、自分でも分かっているだろ? それとも、お前のせいで俺がどういう目に遭ったか、ひとつひとつ挙げていこうか?」
「……元の世界での話だ」
「そう。でも、さっきのお前、元の世界の榊にそっくりだ。自分が榊と同じことをしている自覚はあるのか?」
「それが何だ? この世界では私は強者だ。そして君は元の世界と同じ弱者。弱者である君に何が出来る? 自分の国がどういう状況かくらい分かっているだろ?」
委員長は勘違いしている。カイトがミネラウヴァ王国のことを気にするはずがない。王子であることを認めたのは、そのほうがその時は都合が良かったから。それだけのこと。そして、カイトは弱者じゃない。
「被害者面の終了、速いな? ひとつ勘違いを訂正しておく、俺を赤ん坊の時に捨てたミネラウヴァ王国がどうなるかなんて、知ったことじゃない」
「……だから何だ? 君に何も出来ないことに変わりはない」
「お前を殺すくらいは出来そうだけどな?」
「思いあがるな! 私たちがこのゲームのエンディングを変える為にどれほど努力をしてきたと思って――っ!」
見えなかった。見えたのは委員長の右腕が宙に飛んだことだけ。カイトは何をした? いつ委員長の腕を斬ったの?
「ぐっ……そ、そんな……?」
「叫び声をあげないのはさすがかな? でも、思いあがっているのはお前らだ。この世界はこの世界に生きる全ての人たちの物。人々が一生懸命に生きている世界を、ゲームの舞台のように思っているお前らに、この世界で生きる資格なんてない」
私も同じだった。この世界をゲームだと思っていた。自分はそのゲームの主要登場人物、特別な存在だと思っていた。カイトは、同じ転生者なのに、そう思うことに怒りを覚えている。きっと、こんな彼こそが特別な存在なのだ。
「……ふ、ふざけるな! ミネラウヴァ王国など滅びてしまえ! 世界に災いをもたらすミネラウヴァ王国など、勇者など滅びるべきなのだ!」
「滅びるのはお前らだ。お前らの好きなストーリーとやらは俺が変えてやるから感謝しろ。お前らを滅ぼすのは勇者じゃない……俺だ」
「ば、馬鹿なことを……何をしている!? 早く、この男を! いや、ミネラウヴァ王国軍を倒せ! 容赦するな!」
交渉は決裂。これは喜んで良いことじゃない。ザイズ王国の支援がないとミネラウヴァ王国は本当に滅びてしまうわ。
「はい、宣戦布告ね? では、こちらも容赦なく」
「っ……」
今度は腕ではなく、首。為す術なく、動くことも出来ないまま、委員長は首を落とされた。カイトの動きが私にはまったく見えない。これほどまでにカイトは強かった。いえ、強くなっていた。
「いつまで地面に座っている? お前も戦え」
「私は……」
「何を悩むことがある? お前はミネラウヴァ王国の聖女で、相手は自国を滅ぼそうとしている敵だろ?」
「……そうね」
前世の悪行に後ろめたさを感じるのは、私個人の問題。そのことでミネラウヴァ王国に不利益をもたらすようなことをしてはいけない。これ以上は。
「えっ……ええっ!?」
ただ、私の出番があるとは思えない。地面から次々と炎が噴きあがる。漆黒の炎が。カイトの術式魔法であることは分かっている。でも、これほどの数をほぼ同時に発動出来るなんて……ここまでの力があるなんて思っていなかった。
「貴方たちは戦わないのですか?」
「……いえ、殿下のご命令に従います」
「殿下って……それはまた今度か。とりあえず、目の前の敵を殲滅します」
「はっ! カイト殿下のご命令だ! 敵を殲滅せよ!」
「「「おおおおおっ!!」」」
ウォーリック侯爵家の軍が戦闘に突入した。これでザイズ王国との交渉は完全に決裂する。それでもかまわないとウォーリック候は判断したということね。それはそうか。ウォーリック侯爵家の参戦なんて、実際は必要ない。カイトは、これまで気付かなかったけど、もう一人の恐らくは魔族の力も、それほど圧倒的。あれを見れば、ザイズ王国を恐れる気持ちなんて消える。さらに。
「……竜……竜だぁああああっ!」
竜が現れた。私の乏しい知識でも分かる。ザイズ王国の竜騎士団の竜とはまったく異なる本物の竜だ。
「あっ、あの竜は俺の友達! 間違っても攻撃しないように! よろしく!」
「……ぎ、御意」
あのウォーリック侯が目を丸くして驚いている。竜を友達と呼ぶカイトは何者なの? わかっていたつもりだったけど、想像以上にぶっとんだ存在だったみたい。
カイトの魔法が、竜が吐きだす炎が敵を焼いていく。すでにザイズ王国軍は統制を失って、逃げ惑うばかり。この戦いはミネラウヴァ王国の、いえ、カイトの圧勝だ。