
◇◆◇ ミネラウヴァ国王 ◇◆◇
謁見の間には常とは異なる緊張感が広がっている。それは私の心の中も同じだ。これから使者を迎え入れることになるのだが、まだ何がどうなっているのか理解出来ていない。分かっているのは訪れる使者は魔族であるということ。当初は魔王国からの降伏勧告の使者かと思ったのだが、そうでないとのことだ。たとえ、そうであっても来訪を拒否はしなかった。それだけ我が国は追い詰められている。魔王国とザイズ王国の二国を相手に戦い続ける力はないのだ。たとえ魔王国相手であっても、停戦出来るのであれば停戦したい。これが本音だ。
もうひとつ分からないのは、取り次いだのがゼファー伯爵であること。どうして魔族は彼を選んだのか? ゼファー伯爵は魔族とどういう繋がりを持っているのか? これは使者との話が終わってから伯爵に尋ねることになる。まずは使者との話し合い、なのだが。
「ゼファー伯。使者はまだ来ないのか?」
「いえ……すでに到着しております」
「それであれば、すぐに通せ」
このゼファー伯爵の答えも良く分からない。到着しているのであれば、連れてくれば良い。私を待たせる理由はないのだ。
「使者は私の隣に」
「……何だと?」
ゼファー伯爵の隣にいるのは、伯爵夫人。彼の妻だ。まずます分からなくなった。魔族の使者はすでに到着しているというのは、ゼファー伯爵の虚言なのか?
「初めまして、陛下。私はミトラと申します。この度、使者の大任を務めさせていただくことになりました」
「……魔族なのか?」
ゼファー伯の婦人が使者だった。つまり、彼女は魔族ということだ。
「はい。サキュパス族でございます。我らサキュパス族の多くはカイト様にお仕えすることを決めております」
「カイトに仕える……それはどういう意味だろう?」
カイトに魔族が接近していることは、この場に同席しているコルレオーネ子爵から聞いていた。コルレオーネ子爵家以上の諜報網をカイトは有していると。それがサキュパス族ということか? 能力としては納得だ。サキュパス族の諜報能力はもっとも警戒すべきもので、その対策の研究は何十年も続いている。
「最後までお話をお聞きくださることをお約束頂きたいのですが?」
「約束する。カイトについては私も色々と知りたい」
「ではまず、カイト様は先代魔王ヤマト様の義理の息子であります。ご本人は弟子と言っておりますが」
「……な、なんだって?」
今このミトラというサキュパス族は何を言った。言葉ははっきりと聞こえた。だが頭がそれを理解することを拒否しているようだ。意味が、分かっているのに、分からない。
「まだ調査中ではありますが、カイト様が捨てられた<悪魔の迷宮>は先代魔王が封印されていた場所のようです。カイト様はそこで先代と出会い、同じく家族になられたヘルブラックウルフの親子と過ごされていたものと考えられております」
「……カイトは一応、私と王妃の子なのだが?」
ミトラの話によるとカイトの父親は先代魔王で母親は、魔獣とは聞いていたが、ヘルブラックウルフなんて高位魔獣。さらにヘルブラックウルフの兄弟もいるようだ。なんとも複雑な思いが胸に湧いてくる。
「それは承知しております。今は育ての親について話をしております」
「そうだな。続けてくれ」
「我々は先代の繋がりもありますが、カイト様ご自身へのご恩とその志に共感し、お仕えすることを決めました。何を申し上げたいかというと、魔王国とは関りを断ったということです」
魔王に背く種族がいる可能性。これもコルレオーネ子爵は話していた。まだ確信はないということだったが、事実であったようだ。
「そうするだけの価値がカイトにはあると?」
「今の魔王は先代と繋がりの強い種族を迫害してきました。私たちが直接的に害を与えられなかったのは、能力を必要とされてのこと。信頼されているわけではありません」
「なるほど。元々、現体制に不満があったということか」
「少し勘違いをされています。不満はあっても、種族の運命を託せると思う方が現れなければ、離反することなど致しません」
「そうだな」
カイトにはそれがあった。サキュパス族が「運命を託す」とまで思える何かがあるのだ。それが私には見えなかった。情けないことだ。
「ここからが本題となります。ミネラウヴァ国王には、どうかカイト様と同盟を結ばれることをご決断頂きたい」
「同盟? 実の子であるカイトと同盟を結べというのか?」
実の子であると公式には認めていないのに、こういう言い方をするのは卑怯だと思う。だが、この申し出はおかしい。公式には認めていなくてもカイトが息子であることは事実。それも血の繋がりがあるのは私だ。どうして同盟なんて結ぶ必要があるのか?
「そうです。カイト様はミネラウヴァ王国ではなく、ご自身の為に戦うことになります。貴国にはその邪魔をしてもらいたくありません」
「……戦う。カイトは戦うと決めたのか?」
「はい。ですから私は今ここに使者としています。最新の情報をお伝えしますと、貴国とザイズ王国との交渉は決裂しました。これは、申し訳ございませんが、カイト様が原因です」
「カイトは何をした?」
ザイズ王国との交渉は失敗。これにはそれほど驚きはない。一時的な停戦はなっても、ザイズ王国の我が国に対する敵意が消えるわけではない。すぐに停戦が破棄されることは分かっていた。
ただその原因がカイトというのが分からない。どうしてカイトが交渉に関わっている?
「最前線のザイズ王国軍を壊滅させました」
「な、なんだって……?」
「ちなみに貴国のウォーリック侯爵もそれに協力しております。そうせざるを得なかったということだと思われますが」
ウォーリック候がカイトに協力した。これは驚くべきことだ。それを決断させる何かがあったはず。それは何か?
「どうして、そのようなことになったのだ?」
「カイト様の目的は転生者を殺害すること。ただその転生者はザイズ王国の指揮官でしたので、ザイズ王国軍との戦いに発展しました。さきほど壊滅させたと申し上げましたが、国境付近のザイズ王国軍を全滅させたわけではございません」
「それはそうだろうな」
ザイズ王国軍にはまだまだ余力があるはず。すぐに侵攻部隊を再編制してくるはずだ。次は交渉の余地などまったく許さず、攻めてくるはずだ。
こういう情報が、まだ我が国の情報網では届けられていない情報をサキュパス族は素早く届けることが出来る。コルレオーネ子爵が負けたと思うわけだ。
「速やかに増援を送ることを提案致します。カイト様は西の前線を離れますので」
「どうしてだ?」
それほどのことをしておいて、自分は現場を離れる。それは違うのではないだろうか?
「魔王国との戦いに向かう為だと思われます。まず最初はアッシュビー公爵領でしょうか?」
「そういうことか……」
アッシュビー公爵領には恐らく、行方をくらませたクリスティーナとパトリオットがいる。カイトは二人の戦いを助けに行くのだろう。だが勝てるのか? カイトは想像以上に強い。これは間違いない。だが相手は魔族の軍隊。質の上ではザイズ王国に優るはずだ。
「ひとつ聞かせてもらいたい。魔王国との戦いにはカイト殿だけで行かれるのか?」
騎士団長が割り込んできた。ザイズ王国との交渉が決裂になったと知り、この後の対応を考え始めたのだろう。
「それへの答えは難しいです。カイト様は一人で向かわれるおつもりでしょうが、まず間違いなく、そうはならないかと」
「元退魔兵団が参戦する可能性があるという理解でよろしいか?」
カイトに付き従う部隊と言えば退魔兵団。退魔兵団も参戦するということなのか?
「柱将の四人は間違いなく、そのつもりでしょう。柱将と申しましたのはカイト様を支える側近の方々のこと。現在、私たちが把握しているだけで六名おり、その内の一名はすでにカイト様のお側におります」
「たった六人と言うべきではないのですな?」
「柱将は元々は先代の側近であった方々のこと。現在の魔王を除く八芒星王と同等かそれ以上の力を有しているとお考えください。ただし、何人かは鍛錬で生き残っていればという条件付きですが」
「その鍛錬というのは?」
魔王国の重臣、八芒星王と同等かそれ以上と言えるほどの力を身につけられる鍛錬。騎士団長も気になるのだろう。
「私たちサキュパス族の女王が指定した二カ所の迷宮をそれぞれ攻略すること。魔王国内にある迷宮を指定されたと聞いております」
「それは一人で迷宮を攻略ということですな?」
「当然です。それくらい出来なくては、柱将を称することなど許されません。ああ、我らが女王は例外。私たちは戦闘は得手ではありませんので」
魔王国にある迷宮がどれほどのものかは分からない。だが我が国にある迷宮よりも攻略が困難であることは間違いないのだろう。あえて鍛錬場所として指定したのは、そういう場所だからだ。
「それでもあえて聞く。カイトは勝てるのか?」
柱将とやらが強いのは分かった。だが、この話だけで勝利が確信出来るはずがない。カイトは魔王国との戦いに勝てるのか? 勝てると信じて良いのか?
「断言は出来ません。情報を集めることは得手な私たちですが、戦争の結果を読み切ることは不可能です」
「陛下。それに関することで、ひとつお願いがございます」
「……申してみよ」
ゼファー伯爵がここで願い事。どういうものか読めない。
「私にカイト様と共に戦うことのお許しを頂けないでしょうか?」
「ゼファー伯爵家はカイトに味方すると?」
「はい。私はカイト様にご恩があります。妻を助けてくれたご恩です。そのご恩を返す為に、陛下を欺いていた罪を償う為に、この戦いで命を捨てたいと思います」
「それは……そういうことか……」
ゼファー伯爵は妻がサキュパス族だと知っていた。知っていながら妻にしていた。騙されていたわけではなかったのだ。この事実をカイトは何故か知り、しかも見逃した。何を考えているのか良く分からない。
「カイト様はこう申されました。人族と魔族が当たり前に愛し合う世界のほうが、今よりも遥かに素晴らしい世界だと。先代も似たことを言っていたようですが、カイト様ご自身の言葉であるようです」
「カイトがそんなことを……」
人族と魔族が愛し合える世界。この考えは転生者だからこそだろうと思う。異世界の価値観を持っているからこそだ。だが、現実にゼファー伯爵は魔族を妻にしている。不可能ではないのだ。個人としては。
「魔王国は本来、そういう国を目指して造られたものでした。ですが、それは実現しないまま、魔王国も変わってしまいました」
「もしかして、カイトであれば実現出来ると考えているのか?」
「何千年もの歴史の中でそのような国は一度も存在していません。ですが……夢を見ることは出来ます。その夢の為であれば、私たちは命を捨てることが出来ます」
これがカイトの志に共感したということなのだろう。カイトに味方する一番の理由なのかもしれない。人族と魔族が愛し合える世界。私には夢物語にしか思えない。だがその夢物語に命を賭ける者たちがいる。カイトはその者たちの希望となっている。
私の、愛してやれなかった息子は、そういう男なのだ。
「……皆の者、私は愚かな決断をしようとしている。異見があれば躊躇うことなく言ってくれ」
私はサキュパス族の熱に感化されたのかもしれない。サキュパス族にはそういう能力があるのかもしれない。それでも良い。一生に一度だけでも、熱を持つ瞬間を知って、私も死にたい。
「我が息子であるカイトを信じることにする。北部の戦いはカイトに任せ、ザイズ王国との国境の守りに兵力を集中させる。私が自ら出陣し、ザイズ王国の侵攻を食い止めてみせる」
「御意。すぐに出陣の準備を整えます」
「ご英断かと」
「王都の守りはお任せください」
騎士団長も、コルレオーネ子爵も、宰相も私の考えに同意してくれた。彼らも熱に冒されているのかもしれない。それで良い。我が国には熱が必要だ。多くの者たちの心の熱さが奇跡を起こすのだ。我が国はまだ戦える。戦いはこれからだ。こう思える心の熱さが今必要とされているのだ。