
魔族の村で寝泊まりする。あり得ない日々が何事もなく終わろうとしている。不安で眠れない夜がようやく終わってくれるのだ。まだ安心するには早いと分かっていても、眠気で思考が鈍くなってしまう。
こんな思いをしているのは私だけ。普通に寝られる他の人たちが異常なのだが、なんとなく情けなくなってしまう。こんなことよりも、もっと情けなく思うべきことがあるというのに。
自分の無力さを改めて思い知らされた。それと同時にカイトの驚異的な戦闘力も。彼は竜とほぼ一人で戦った。出来ることはやったつもりだが、私の攻撃など戦いに何の影響も与えていない。その証拠に竜は私を一顧だにしなかった。無視しても構わない相手と見られていたということだ。これは私だけではない。他の者たちも、魔族でさえ、そうだ。
竜が向き合ったのは、ただ一人。カイトだけなのだ。
「戦利品は倒した者が手に入れるべきだ」
出発しようとする私たちに魔族が贈り物とは違うようだが、物を渡そうとしてきた。倒した竜から採取した物のようだ。鱗や爪。これらは材料としてかなり高額で売れるはずだ。売らないで自分の武具の材料にするのも良いだろう。
「倒したのは俺じゃない……誰だ?」
「あっ、私だ」
竜にとどめをさしたのはパトリオット様。状況的にはそう言えるかもしれないが、パトリオット様には悪いが、本当にそうなのかと疑ってしまう。
「兄上、失礼ですけど、兄上の攻撃は竜の体を撫でただけですわ」
あらかじめ「失礼ですけど」と断りを入れたにしてもクリスティーナ様の言葉は辛らつだ。「撫でただけ」はさすがに酷い。かすり傷くらいは与えている。
「でも、倒した瞬間に声が聞こえた」
「声、というのは?」
「えっと……称号を与えられた」
この話が本当だとすると、ちょっとどうだろう。触れるだけで死ぬ状態まで竜を追い詰めたのはカイトで間違いない。パトリオット様はカイトが得るべき称号を横取りしたと言えなくもない。本人も後ろめたい気持ちはあるようで称号が与えられた事実を話すことに躊躇いが見えた。
「……どういう称号かしら?」
クリスティーナ様の視線がきつくなる。怒っていることは誰もが分かるだろう。
「……竜殺し(ドラゴンスレイヤー)?」
「それで?」
「それで?」
クリスティーナ様の怒りは確実に強まっている。視線だけでなく、口調もあからさまにきつくなっている。
「得たのは称号だけではないですわよね?」
「あ、ああ……スキルね。そうだな」
二人のこういう様子は初めてみた。クリスティーナ様は普段、パトリオット様を立てているように見えたのだが、真の関係は今のこれなのだろう。
「それで?」
「……炎息(ファイアブレス)を得た」
「そう……それで?」
「……火属性攻撃耐性も」
どうやら倒した竜の属性は火のようだ。実際に炎を吐いていたのでそうであることは明らかなのだろうが、私には竜に関する知識がないので断定は出来ない。
「それで?」
「いや、もうない。炎息と火属性攻撃耐性の二つだけだ」
「竜殺しの称号で得られるスキルが二つだけだと?」
「本当! 本当だ! この二つだけだから!」
私にもにわかには信じがたい。だが、ここまで必死に嘘をつく理由も分からない。とんでもないスキルを手に入れて、それを隠そうとしている可能性はなくはないが、パトリオット様がそのようなことをするだろうか。それも今のクリスティーナ様を相手に。
「……とりあえず二つということかしら? 良いわ。数がいくつだろうと兄上が既に得るものを得ているのは間違いない」
恐らくはクリスティーナ様の考えは正しい。この先、成長していくと称号に繋がるスキルを得られることだろう。それがどのようなスキルなのかは、まったく見当もつかないが。
「あっ、戦利品はカイトに」
「当然ですわ」
ということで戦利品は得るべき者が得るべきことになった。
「こんなに大量の部材はいりません」
だがカイトは受け取るのを、全てではないようだが、拒否してきた。
「使わない部材は売れば良いわ。竜の部材は価値が高いはずよ?」
「じゃあ、パトリオット様に売ってもらって現金を受け取ります、あ、もちろん、手数料はお支払いします」
「手数料なんていらないわ」
パトリオット様ではなく、クリスティーナ様が手数料の受け取りを遠慮した。それに対してパトリオット様は……何も言えなそうだ。
「でも……ああ、そうね。これだけの物を売るとなると買い手を探すのも大変だわ」
クリスティーナ様の言う通り、買い手を探すのは大変そうだ。高価な物であれば買い手側に資金力が求められる。どこでも良いというわけにはいかない。パトリオット様たちの実家である公爵家であれば、買い手となれる大きな商家と繋がりがあるのだろう。
ただ、これだけが売却をパトリオット様に任せる理由なのだろうか。クリスティーナ様の反応は他にも理由があるように思える。
「得た物をどうしようと自由だが、これだけはすぐに売ることは止めておけ」
魔族の長老が口を挟んできた。特別な何かがあるのだろうことは、これを聞いただけで分かる。ただ、何かは分からない。長老が持っているのは丸い玉。町中でたまに見かける占い師や呪術師が使う水晶玉のように見えるが違う物だろう。インチキ占い師や呪術師が持っている物など水晶ということさえ怪しい。この球体はもっと価値ある物のはずだ。
「それは?」
「竜の核と言えるもの……だろうか?」
「疑問形? 何だか分からない物を大切にしろって?」
「価値ある物かそうでないかは、すぐには分からないと言っておるのだ。少なくとも我らには価値なき物のようだ」
どうしてそれが分かるのか。魔族にとって価値のない物が、どうしてカイトにとって価値ある物であるかもしれないと思えるのか。ここまでの話ではまったく分からない。
「……良く分からないけど、手放さなければ良いのだろ?」
「ああ、そうだ。では受け取れ」
長老からカイトに球体が渡された。
「えっ!?」
「なんと!?」
その途端、球体が眩い光に包まれた。長老も驚いている様子なので、予想していた事態ではないようだ。
「……今のは?」
眩い光を放ったのは、わずかな間。球体はすぐに元の状態に戻った。とりあえずカイトは、驚いているだけで、なんともなさそう。害を与えるような光ではなかったようだ。
「分からん。だが我らには何の反応も見せなかった物が、お主には反応した。そういうことだ」
「そういうことだって……どういうことだよ?」
何だか分からない事態が目の前で起きた。これを言うなら、あるはずのない魔族の村にたどり着いてしまったことも同じ。そこが竜に襲われていたこともそうだ。
何故このようなことが起きるのか。誰の身にも起きることではないのは、この手のことには無知な私でも分かる。普通の人とは違う特別な存在、勇者であるウィリアム殿下や聖女と見られているエミリー、お二人の盟友であるアントン様が巡り合うべき出来事だ。
だが、その三人はこの場にはいない。では何故、このようなことが起きるのか。もしかすると私は、とんでもない選択をしてしまったのかもしれない。私にこの先の運命を乗り越えられる力はあるのだろうか。