月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第69話 身の上話をしている場合か?

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 この出来事をどう捉えれば良いのか。何も考える必要などないことで、たまたま竜が襲ってきたところに、たまたま不俱戴天の仇と言うべき退魔兵団の兵士が現れただけと考えるべきなのか。だがその結果は我らにとって良きものとなった。多くの族人が殺されるはずのところを最悪の敵であるはずの黒炎に救われたのだ。あり得るはずのないことが起きたということだ。
 竜との戦いを終えてから、ずっと眠り続けたままの黒炎。運命の出会い。このような言葉を使うべき相手ではない。そうであるのにこの言葉が頭から離れない。何故なのか。理由がないわけではない。だが、それもまたあり得ないことなのだ。

 

「長老。本当によろしいのでしょうか? もちろん、私も誇りを捨てるつもりはありません。この者に感謝もしております。ですが、このことが魔王様に知られると……」

 

 心配する気持ちは理解出来る。退魔兵団の兵士を、いつでも殺せる状態であったのに生かして逃した。これを魔王に、今の魔王国の幹部に知られれば、ただでは済まないだろう。だが殺したとてそれで問題はなくなるのか。そうは思えない。

 

「我らを屠る口実を与えることにはなるな。だが、口実などなくても結果は変わらないかもしれん」

 

 竜が襲ってきた原因。これが魔王国の幹部の仕業であることは否定出来ない。この里で暮らすようになって、それなりの年月が経っているが竜を見たのは今回が初めて。近くに竜の巣があるなんて噂も聞いたことがない。
 里にミネラウヴァ王国の者が近づかないように、それなりの警戒はしている。竜が近くの町を襲ったのであれば、その情報は届いていたはず。だが、それはなかった。竜は離れた場所から真っすぐに我らが里に来た。こういうことになる。

 

「……我らライアン族はそこまで魔王様に疎まれているのですか?」

 

「実際にどう思っているかは知らん。だが先の魔王様に忠誠を誓い、信頼されていた我らを疎ましく思っていてもおかしくはないだろう」

 

 前魔王様に信頼されていた部族はほぼ全てが魔王国の中枢から外された。我らのように国を追われた部族も少なくない。悪魔と呼ばれ、敵国内で命を賭けて魔王国の為に働き続けていても一向に帰国は許されない

「新参者のせいではないのですか?」

 

 魔王の意思ではない。こう思いたいのであろう。この思いも分かる。魔王に敵視されているとなれば、我らに生きる場所はない。

 

「中枢を離れた我にはその者の為人は分からぬが、それもあるだろうな。新たに地位を得た者にとって、かつてその地位にいた者は邪魔者でしかない。自らの地位を脅かす存在と考えれば、排除しようとも思うだろう」

 

 今、魔王国の中枢にいる者たちにとって我らは邪魔者。前魔王派というレッテルを貼ることで、今の魔王に悪感情を持たせようとしている。これは噂で知っている。とはいえ、その者たちがどうであろうと今の魔王にとって我らは元から疎ましい存在だ。今の魔王はその座を譲り受けたのではない。奪い取ったのだ。

 

「それが不思議。どうしてそれで魔王国に忠誠を向けられる?」

 

「目覚めたか」

 

 黒炎が目覚めた。我らの話を聞いていたのは今の問いで分かる。寝たふりをして様子を探っていたのだろう。

 

「他にも追放されたのに魔王国の為に働いている奴等がいる。貴族の地位に戻る為だとか言っていたけど、本当に戻れるのか?」

 

「そのような話、どうやって知った?」

 

「詳しいことは教えられない。ただ無理やりとかではないことは言っておく。詳細を隠すのも相手の為だ」

 

「なるほど……」

 

 魔族と見れば問答無用で殺す。今回の件ですでに分かっていたが、そういう訳ではないようだ。他の退魔兵団の兵士もそうなのか。この男が特別なのかは分からない。

 

「それで? 質問には答えてくれないのか?」

 

「魔王国を離れたからといって、人族が受け入れるか?」

 

「確かに……魔族にとっては魔王国が唯一の安息の地ということか……」

 

「魔族が、いや、人族以外の種族が安心して暮らせる地。その為に魔王国はあった」

 

 人族は魔族を悪と決めつけるが、我らから見れば人族こそ悪。他種族を認めるこどなく、排斥しようとする。弱者であるはずなのに、じわじわと真綿で首を絞めるかのように長い年月をかけて他種族を追い詰めてくる。
 魔王国はそんな人族の迫害から逃れ、他種族が安心して暮らす為に造られた。魔王国には正義があった。

 

「過去のことのように聞こえた」

 

「……多くの部族が追われた。かつての魔王国と違うことは否定出来ない」

 

「確かに……結構、重要なことを話していると思うけど、良いのか?」

 

 魔王国は一枚岩ではない。これは常識だ。だが魔族とひとくくりに見ている人族にとっては、敵勢力内が分裂しているというのは喜ぶべき重要な情報なのだろう。
 ただこれを言うこの男は喜んでるわけではないようだ。

 

「そう思うならばひとつ教えてもらおう。退魔兵団の兵士には会ったことがある。だがお主はその誰よりも匂いが濃い。どうしてだ?」

 

「えっ……俺ってそんなに匂う?」

 

 焦った様子で自らの腕を顔に近づけて、匂いを嗅いでいる男。だがそういうことではない。儂が言う匂いは魔力の匂いのことだ。我らライアン族はそれを嗅ぎ分けられる。獣人種とされている種族のほとんどがそうだ。

 

「魔力、魔素と言っても良いが、それには匂いがある。人によって違いがあるのだが、種族においては共通した部分もあるのだ」

 

「……ライアン族にはライアン族の匂いがあって、その上でそれぞれ個性があるってこと?」

 

「そういうことだ。前から不思議に思っていたのだが、お主らにも共通する匂いがある。人族のそれとは異なる匂いだ」

 

 人族に共通する匂いというのは、あることはあるが、かなり薄い。魔力の純度、魔素の濃度という表現でも良いが、その違いだと考えている。ただ不思議なことに退魔兵団の者たちは、他の人族とは異なる匂いを持ち、その匂いは濃い。さらにこの男はその中でも濃いように思えるのだ。

 

「……そんな情報、漏らすと思うか?」

 

「そうか……」

 

「漏らすけど」

 

「なんだと?」

 

 我らの、魔王国の情報を得た見返りか。そうだとすれば、聞いていた話とはかなり異なる公平な男だ。悪魔が悪魔と呼ぶ男。この噂と目の前の男の印象は最初からかけ離れていた。

 

「俺たちはお前らと似たようなものだからな。退魔兵団の上の奴等には恨みしかない。滅んでしまえくらいに思っている。もちろん、自分は生き残れるという前提があっての思いだけど」

 

「そうであったか……」

 

 前から分かっていたことだ。退魔兵団の兵士は皆、若い。ろくに戦い方も知らない子供が戦いを挑んでくることもあるようだ。そんな組織がまともであるはずがない。兵士の命の価値などまったく考えていないのだ。男の言う通り、今の魔王国と同じだ。

 

「退魔兵団の兵士は子供の頃に拠点のすぐ近くにある悪魔の迷宮に放り込まれる。百人放り込まれて生きて戻ってこれるのは一人ってくらいの場所だ。人から聞いた話だから数字が正しいかは知らない」

 

「……子供というのは……訓練も受けていない子供か?」

 

「それはそうだ。売られたり、捨てられたり、攫われたりして集められた子供だ。年も、上のほうで八歳くらいかな?」

 

「そんな幼い子を……外道だな」

 

 人族というのはどこまで残酷になれるのか。悪魔の迷宮と呼ばれる場所がどのようなところかは分からない。だが危険な場所なのは間違いないのだろう。迷宮と呼ばれる場所が危険でないはずがない。

 

「良く分からないけど幼くないと逆に確実に死ぬらしい。迷宮内には他にはない魔素が充満していて、魔獣に襲われなくても、そこにいるだけで死ぬ」

 

「魔素によって死ぬ?」

 

 そのような話は聞いたことがない。魔素は、濃淡はあっても、誰の体にも存在する。それだけで害を為すものではないはずなのだ。

 

「理屈は知らないからこれ以上聞かれても困る。ということで最初の問いの答え。俺の匂いが濃いとしたら、それは長くそこにいたからだな。俺は赤んぼの時にそこに捨てられたから」

 

「そんな馬鹿な? 赤子がどうして迷宮で生きられる?」

 

 あり得ない。赤子が迷宮に捨てられて生きられるはずがない。明らかな嘘をどうしてこの男は話すのか。それともまだ話には先があるのか。

 

「助けてくれた家族がいたから。あっ、義理の家族ね。育ての親と兄姉たち」

 

「迷宮に人が暮らしていたと言うのか? それもおかしいだろう?」

 

 話は先があった。だが続きの話もおかしい。人が暮らせるような場所ではないはずなのだ。

 

「魔獣と人らしき存在。義母と兄姉が魔獣で、もう一人が義父兼師匠」

 

「……人らしきというのは?」

 

 またおかしな話が出てきた。人らしきと表現する存在とはどのような存在なのか。

 

「実は良く分かっていなくて。師匠のことを人に話すのは初めてなのだけど、どう説明すれば良いのか分からない。人には思えた。でも記憶にある師匠の姿は朧気で人の形をしているけど黒い影のような……」

 

「魔族……いや、そのような種族は……もしかして、サキュバス族か?」

 

 サキュバス族は人としての形をきちんと取っていないわけではない。だが純粋な精神体に近く、実体が曖昧な種族となるとサキュバス族くらいしか思いつかない。

 

「サキュバス族には会ったことがある。師匠とは違ったな。それに師匠は……こんなことまで話して良いのか? 別に良いか。長老、物知りそうだから」

 

「どのような話だ?」

 

 まさかのことに男の話に引き込まれている。男の師匠がどのような存在かなど儂には、我ら種族にとってもどうでも良いことのはず。そうであるのに気になってしまう。

 

「自分はやがて消滅すると言っていた。死ぬではなく、消滅するって。その時に思った、師匠は普通に生きている存在じゃないって」

 

「もしかして……」

 

「何か分かった?」

 

「迷宮の魔素はお主が師匠と呼ぶ存在のものなのではないか? 魔素だけが……いや、意思だけが残っていたのだろうか?」

 

 既に肉体は滅んでいて魔素だけが迷宮内に残った。意思を持った魔素が。そんなことがあり得るのか。この類の知識は、男の期待に背いて申し訳ないが、儂にはない。他の種族、それこそサキュパス族あたりであれば知っているのか。

 

「残存思念……それとも呪縛霊の類だったのかな? でも成仏したという感じでは……」

 

「今、なんと言った?」

 

「えっ? ああ、成仏。意味分からないか」

 

「いや、それの前だ」

 

 ジョウブツの意味も分からない。だが儂の心に引っかかったのはこの言葉ではない。これよりも先に男が発した言葉だ。

 

「前……呪縛霊?」

 

「レイというのは?」

 

「霊も分からないのか……魂なら分かるか? 人には体だけでなく魂が、心というか精神というか、とにかくそういうものが存在していて、それは体が滅んでも残るみたいな?」

 

 何を言っているのか良く理解出来ない。だがなんとなく言いたいことは分かった。それで分かったことがある。どうしてこの男が気になるのか。運命の出会いなんて言葉が浮かんでいたのか。その理由かもしれない可能性だ。

 

「姿がはっきりしていないと言ったな? 何か記憶に残っているところはないのか? たとえば……瞳とか?」

 

「覚えている。瞳だけがはっきりと記憶に残っていると言っても良いくらい印象的だったからな。黄金の瞳だ。たまに本当に光っているように見える金色」

 

「……それがお主の師匠……義父とも言ったな?」

 

「そうだけど……何? 瞳で何か分かるのか?」

 

 金色の瞳。それだけで断定することは出来ない。それでも、わずかではあるが、可能性は高まった。あり得ない可能性だ。

 

「……そういう種族を儂は知らん。もしこの手の知識に詳しい種族と会うことがあれば聞いておこう」

 

「いや、自分だけ分かられても……」

 

「さて、儂等は邪魔であろう。愛する女子と二人きりで過ごすが良い」

 

「えっ……あっ、いや、そういう関係では……」

 

 水を汲みに行っていたクリスティーナが戻ってきた。黒炎が目覚めたと知れば、喜ぶであろう。二人の邪魔をするわけにはいかない。というのは口実だ。
 金色の瞳の御方を儂は知っている。退魔兵団の拠点近くでなければ、確かめに行きたいところだ。だが男の話ではすでにその御方はいない。実際にあの方であるのだとすれば悲しいことだ。
 二人の出会いはどのようなものであったのか。それが運命であれば、あの方の弟子であり、義理の息子であるこの男と我らの出会いもまた運命なのか。
 これを知る術はない。

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