
鳳凰国の軍は三軍で構成されている。一軍一万、三軍で三万。これは平時の数で、戦時は徴兵が増え、数は倍にも三倍にも、それ以上にもなる。ただ徴兵は人手を奪い、国の生産能力を低下させることになるので、むやみやたらと数を増やすことなどない。それを行う時は、そうしなければならないほど鳳凰国が追い詰められているという状況。それは徴兵される民だけでなく、施政者側も望まない事態だ。
常備軍三万、三軍をそれぞれ率いるのは帝国三御将軍家。第一軍を御剣(ミツルギ)家、第二軍は御兜(ミトウ)家、第三軍を御楯(ミタテ)家の当主が大将軍として率いている。大将軍は三御将軍家の世襲なのだ。ただし、率いる軍はその時々で変わる。第一軍を最上位とした序列があるのだ。現皇帝、天光帝の最も信頼厚き家は御剣家。第一軍を任されているのは、その証だ。
各家はそれぞれ武家貴族家を抱えている。大隊千名を率いる千人将、中隊百人を率いる百人将といった指揮官はその武家貴族家の人間が担うのだ。帝国三御将軍家は今、地方を騒がせている軍閥貴族と同等か、それ以上の勢力を有している。見方によっては地方軍閥貴族以上に危険な存在。だからこそ、三家のバランスを整える必要がある。どこか一家を突出させることなく、お互いに牽制しあえるようにしておくことで野心を抑えるのだ。代々の皇帝はこれを上手く行ってきた。
末端の兵士には関係ないことだ。
「本日、帝国第三軍第十特務部隊に配属になりました! よろしくお願いします!」
第三軍第十特務部隊に新しい兵士が加わった。事前の情報では訓練を終えたばかりの新兵。挨拶をした兵士はそうだろうと一目で分かる若い男だ。特別才能があるようにも見えない。美男子とも醜男とも言えない平凡な顔立ち。特徴があるとすれば茶色い髪の色だが、それも帝都がある央州では少し珍しいだけ。南の南海州であれば、どこにでもいる髪の色だ。
「……新兵でうちに来るのは珍しいな。何をやらかした?」
何故、この彼がこの部隊の配属になったのか今も分かっていない。早速探りを入れようと、質問が投げられた。
「何を? 希望が通っただけですけど」
「希望? お前、この部隊を自分で希望したのか?」
そんなはずはない。いきなり部隊の面々はこの新兵への疑いを強めることになった。
「はい。そうです」
「この部隊がどういうところだか知っているのか?」
落ちこぼれ部隊。帝国軍兵士の墓場。こういう評判だ。新兵が間違っても配属を望むような部隊ではない。本当に自ら望んでこの部隊を選んだのだとすれば、何か特別な理由があるはずだ。
「はい。それは……えっと、言いづらいのですけど?」
「良いから正直に話せ」
「……では。こちらはどうしようもない出来損ないが集まった部隊だと聞いています」
「なんだと!?」
そう見られるようにしてきた。任務における死傷率を他部隊よりも高くするために死に役を作るなどもそのひとつだ。だが、新兵に真正面からそれを言われると、やはり頭にくるようだ。
「ええっ!? いや、だって! 先輩が言えというから……それで怒られるのは理不尽だと思い……あっ、分かった。これが噂の新人虐めですか? 僕は新人虐めにあっているのですね?」
「……虐めてない。それと自分のことは自分と言え」
確かに怒ったのは間違いだった。だが、それが新人虐めという発想に繋がるのが理解できない。馬鹿なのか、わざとそう見えるように装っているのか。冷静になった見極めようと考えた。考えたのだが。
「自分……分かりました。自分先輩」
「はっ?」
さらに調子を狂わされることになった。
「えっ、僕、何か間違いました?」
「自分先輩というのは誰のことだ?」
「先輩のことです」
新兵は指さして答えた。そうされなくても聞いた側は分かっている。分からないのは、どうして自分が自分先輩と呼ばれるのかだ。
「何故、自分を……俺をそう呼ぶ?」
新兵から答えをもらわなくてもすでに理由は分かった。「自分」と自分のことを言った時に。
「自分のことは自分と呼べと先輩が言ったから」
「だろうな……お前は馬鹿なのか? それとも俺を馬鹿にしているのか!? どっちだっ!?」
わざと挑発している可能性を考えていないわけではない。それでもこの反応は抑えられなかった。
「虐め」
「虐めじゃねえ! お前が馬鹿なのが悪い!」
「ええ……」
困った顔の新兵。怒鳴りつけた彼も、周りにいる他の兵士もこれが演技とは思えない。そうなると本当の馬鹿ということになる。それはそれでどうなのだという思いも湧いてきた。
「軍では一人称は自分を使う。一人称は分かるか?」
部隊長がここで割って入ってきた。このままでは話が一向に進まない。新兵の挨拶にいつまでも時間を取られている場合ではないのだ。
「ああ、”僕”と言ったのが悪かったのですね? 初めからそう言ってくれれば良いのに」
自分を怒鳴った兵士を軽くにらむ新兵。その態度にまた怒りが湧いたその兵士だが、それは部隊長が上げた手に止められた。部隊長の制止を受けても感情を制御出来ない彼ではないのだ。
「配属希望の理由を続けて説明してくれ」
「はい……えっと……この部隊であれば、難しい任務はないかなと思いました」
「難しい任務がない? 評価の低い部隊だからそう思ったということか……だが、それでは功績をあげられないとは思わなかったのか?」
功をあげなければ出世は出来ない。いつまでも末端の平兵士のままでは給料も上がらない。職業軍人に、それも武家貴族でもない平民がこの道を選ぶのは生活の為。少しでも多く稼ぎたいと思うのが普通だと部隊長は考えている。実際にそういう話を別の人間から聞いているのだ。
「僕は、あっ、間違い。自分は死にたくありません。自分が死んでしまったら妹が生きていけなくなりますから」
「……親は?」
聞くまでもない。彼の話は自分の他に妹の面倒を見る人間がいないことを示している。
「いません」
周囲からわずかにうめき声が漏れた。この新兵は来週には死ぬかもしれない。薄給でも良いから死にたくないという彼の希望は叶わない。それに同情したのだ。
「どうして兵士を選んだ?」
「他に雇ってくれるところがありません。親父が働く予定だったところにお願いしてみたのですけど、断られました。それ以外も全部」
「……父親が働く予定だったというのは、どういうことだ?」
両親はいないと新兵は言った。そのいないはずの父親が働くはずだった場所という言い方が部隊長には理解出来なかった。辻褄が合わないと思ったのだ。
「帝都に来たのはそこで働くためです。ですが両親は帝都にたどり着く前に……殺されました」
「殺された? 誰に?」
「分かりません。ただ変な奴でした。僕と、あっ、また間違えた。自分と妹も殺されると思ったのですが、そうされず、金も奪わず、そいつはいなくなりました」
新兵の話を聞いた部隊長は部隊の仲間たちに視線を向けた。それに頷きで返す兵士たち。彼らは知っているのだ。ただ殺すことだけを目的にする犯罪者が世の中にはいることを。それでいて気まぐれで生かすこともある。気分次第で人の生死を決める異常者。化物(ケモノ)に良くいるタイプだ。
この家族は化物に襲われた。兄妹が助かったのは、何らかの振る舞いを襲った化物が気に入ったから。そういうことだと考えた。
「……名前」
「はい?」
「自己紹介がまだだ。名前くらい名乗れ」
「あっ、白夜(ハクヤ)といいます。年は十六歳です。よろしくお願いします!」
名と年齢を告げて頭を下げる白夜。その様子を幾人かは複雑な表情で見つめている。まだ十六歳。養わなければならない妹がいるのに彼は近いうちに死ぬことになる。理不尽を感じるのは、この仕事をしていれば頻繁にあることだが、それでも無感情ではいられないのだ。
「……とりあえず、今日のところは武具の手入れだ。あそこの倉庫に置いてある武器や鎧を磨いておけ」
「えっ? 訓練は?」
「…………」
「……はい」
部隊長ににらまれて、渋々といった様子で倉庫に向かう新兵。
「部隊長……彼は……」
「帰りに後をつけて住んでいるところを探れ。周辺の聞き込みは彼に気づかれない程度に」
「……分りました」
若く、親がいないからといって特別扱いはしない。これまでの入隊者と同じように身辺を探り、怪しいところがないか確かめる。問題があるようであれば、彼は次の任務で死ぬ。なんの問題もなく、彼が話した通りの境遇であっても、上からの指示があれば、やはり死ぬ。部隊の者たちに彼の生死を決める権限はないのだ。
その来週には死ぬかもしれない彼。指示された通り、倉庫に置いてあった武具を磨いている。倉庫の外に持ち出して、
(……魔鎧(まがい)は置いていないのか……当たり前か)
倉庫に置いてあった武具は一般的なもの。狩人が使う魔鎧は置いてなかった。軍関係者であれば誰でも入れる倉庫だ。置いてあるはずがない。
(……すべてが道具頼みってわけでもなさそうだ。もう少し真面目にやってくれないかな?)
彼以外はすでに訓練を始めている。他部隊の目を気にしてか、手を抜いているようだが、それでもある程度の実力は分かる。予想していたよりも上だ。だがどれくらい上かまでが分からない。
(時間がかかるな……まっ、のんびりやるさ)
彼がこの部隊を志望したのは目的があるから。部隊長が彼を特別扱いせず、身辺を調べようと考えているのは正しい。調べたからといって、彼の目的を突き止められるとは限らないが。若くても彼は、この道のプロなのだ。
◆◆◆
帝国軍の演習施設は、全てではないが、帝城の防壁に隣接した位置にある。いざ帝城に敵が迫った時の防衛拠点でもあるのだ。その外側には有力貴族家の屋敷が立ち並ぶ。三御将軍家の屋敷もそのエリアだ。どの屋敷も高い壁に囲まれており、城に通じる道は曲がりくねっている。このエリアもまた敵の侵入を防ぐことを考えて、攻めにくく守りやすいようになっているのだ。そのさらに外は下級役人が暮らすエリア。独身者が住む寮と家族で住める寮、大小様々な寮舎がある。庶民がクラスエリアは、一部、そのエリアにも食い込んでいるが、その先だ。
「ただいま!」
白夜が住む場所は庶民が暮らす住居エリアでも端のほう。大通りから狭い路地を奥に進んだ、粗末な長屋が立ち並ぶ場所だ。貧しい人が暮らすエリアだが、最下層の貧民区に比べれば治安は遥かに良い場所だ。
「おかえり! 仕事はどうだった?」
白夜を迎えたのは銀子。結局、二人は出会ってから今まで、ずっと行動を共にしているのだ。
「今日は雑用だけ。退屈だった」
「そう……じゃあ、元気だな?」
「ん?」
軍の制服を脱ぎ、普段着に着替えようとしている白夜に銀子は近づいてくる。制服に手をかけ、脱がす銀子。着替えを手伝おう、というのではない。露わになった白夜の肌を手で撫で、ゆっくりと顔を近づけていく銀子。
「しないから」
「えっ? どうして?」
だがその行動は白夜に拒否された。銀子にとっては予想外のことだ。いつもであれば白夜は受け入れる。出会ってすぐに、約束通りに、二人は体の関係を持ち、ずっとその関係は続いているのだ。
「兄妹はしないだろ?」
部隊で話した妹は銀子のこと。当然、嘘だ、二人は血が繋がっていない。白夜に万一があっても、銀子は一人で生きていける。
「……ずっと?」
兄妹を装うことは銀子も知っている。すでに近所には兄妹だと伝えており、それらしく振舞ってもいる。だが家の中では普段通りでも平気だと思っていたのだ。
「いや、邪魔者がいなくなるまで」
「ああ……」
銀子は自分の迂闊さを知ることになった。外に人が潜んでいることに今、気づいたのだ。何者かまで銀子は分かっていないが、気配を抑えて、中の様子を探ろうとする相手が味方のはずがない。そもそも味方と考える相手は白夜以外にいない。
隣の部屋に聞こえないようにと発声を抑えていたのは幸いだった。訓練で身につけた特別な発声だ。すぐ隣にいる二人以外に声が届くことはない。
「明日も雑用だったら嫌だな」
発声を普通に戻す白夜。外にいる人たちに聞かせる為だ。
「それで良くない? 楽して稼げるのが一番だよ」
銀子も話を合わせる。今回のこれについては難しいことではない。話してはならないことを気を付ける以外は普通の会話だ。もっと難しい偽装も出来る。銀子は物心ついた時から、こういった能力を鍛えられてきたのだ。
「ちゃんと鍛えておかないと任務で怪我するかもしれない。そしたら稼げなくなる」
「……お兄ちゃん。本当に他に仕事ないの? お兄ちゃんに何かあったら私……」
「……大丈夫。無理はしないから」
泣いた振り、といっても実際に涙を流す迫真の演技、をしている銀子を抱き寄せる白夜。彼女の背中に回された腕が、ゆっくりと下に降りていく。
「……おい?」
再び抑えた声を発したのは銀子。白夜の手が下半身を撫で始めたことへのクレームだ。行為そのものが嫌なのではなく、誘いを断っておいて自分から、という点が納得いかなかったのだ。
「あっ、つい……」
「せめて従妹にしておけば良かったのに」
「次はそうする」
第十特務部隊の任務で死ぬつもりなど微塵もない。仕事を舐めているつもりもない。悲観的な考えも楽観的な思いも排除して、事に向き合う。ただ目的を果たすための最善だけを考えるのが彼らのやり方、生き方だ。二人はそのように育てられ、その通りにこれまで生きてきたのだ。