月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第32話 やり残したこと

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 裏社会の縄張り争い。ワ組と彼との戦いはそういうことにされた。当然、それにブラックバーン家が関わっていたなんて話はない。憲兵に連れられていた子供は、犯人ではなくワ組に誘拐されていた被害者。連行されたのではなく保護された、という強引な作り話が組み立てられることになった。
 さすがの北方辺境伯家でも厳しい揉み消しだ。関わった憲兵は彼の自白を聞いている。彼がその場にいた全員を殺した、これは間違いだが、ことを知っているのだ。世間は誤魔化せても、完全に事実を消し去ることは出来なかった。
 それでもその措置に、異議を唱えて邪魔する者はいない。そんな無謀な真似をする者はいない。それによってブラックバーン家の名に傷がついても、完全に権力を失うわけではない。後々、報復を受けるだけだ。
 ブラックバーン家に対抗出来るだろう他の守護五家と王家も何も言わない。これひとつでブラックバーン家を完全に失脚させられるくらいでなければ、動いても意味はない。ブラックバーン家の敵愾心を煽ることになり、王家と他の守護家を喜ばせるだけだ。
 とにかく彼は解放された。あとはブラックバーン家内での問題だ。

「レグルス様! なんてことを仕出かしてしまったのですか?」

 憲兵隊の牢から解放されて、屋敷に戻った彼。その彼を迎えた執事のミルズは、最初から詰問口調だ。大事件を起こした彼に対しては、当然とも言える態度だが、当の本人は冷めた顔だ。

「大したことはしていない。悪人を少し減らしただけだ」

「なんと?」

 完全な開き直りにミルズには聞こえる。それと同時に心に驚きが広がっている。彼がこんな態度に出てくるとは思っていなかったのだ。

「兄上! その態度は何ですか!?」

 さらに弟まで声をあげてきた。彼としては、うんさりだ。弟の言葉はまるで台詞のように聞こえる。また誰かに言わされているのだと彼は感じた。

「兄上はブラックバーン家の名を汚したのですよ!」

 無視する兄をさらに責めようとする弟。勝手にしろ、という思いもあるが、今は弟にかまっている場合ではない。

「名を汚した? それは誰のことだ?」

「兄上に決まっています」

「どうして俺に決まっている? 他にもいるかもしれないだろ?」

 果たして弟はどこまで分かっていて、こんなことを言っているのか。もし何も知らないで言っているのだとすれば、ブラックバーン家の将来は暗い、と彼は思う。彼にとってはどうでも良いことだが。

「他になど、いるはずがありません」

「そうか? 俺は俺の大切な家族を殺した奴をこの世から消しただけだ。これは俺だけの問題か?」

「……でも、人殺しは悪いことです」

 彼の問いに弟は上手く反論出来ない。出来るはずがない。弟は彼の考えている通り、何も分かっていない。ただ、大きな問題を起こした兄を、この機会に徹底的に責め立てるのだと聞かされているだけなのだ。

「じゃあ、悪い人殺しを殺した奴は?」

「それは……」

「悪い奴だ。俺は俺が悪であることを否定するつもりはない。ただ、同じ悪が何もなかったかのように当たり前に生きているのが許せないだけだ」

 自分が犯した罪を否定するつもりは彼にはない。自分の個人的な感情で多くの人を殺した。それは許される罪ではない。こうしてブラックバーン家の権力によって、形式だけとはいえ、許されていることは彼にとっては苦痛なのだ。

「なあ、ミルズ。お前はどう思う?」

「……私は、特に何も」

 いきなり問いを向けられたミルズ。その顔が見る見るうちに青ざめていく。彼が自分に問いを向けた意味に気が付いたのだ。

「お前は何も感じないか。それはそうだろうな。お前は殺した側だ」

「レグルス様は何――」

 ミルズは最後まで言葉にすることが出来なかった。

『きやぁああああああっ!!』

 一瞬遅れて、侍女たちの悲鳴が屋敷に響く。首から血をまき散らしながら床に倒れて行ったミルズ。その状況を周囲が理解するまでに、少しの間が必要だったのだ。

「……あ、兄上!」

「騒ぐな。もう一人、人殺しを始末しただけだ」

「人殺しって……ミルズはそんなことをしていない!」

「自分の手は汚していない。だが殺すように命令したのはこいつだ」

 ワ組がマラカイたちを殺したのは、ミルズからそれを頼まれたから。ブラックバーン家からの依頼だと知って、それをきっかけにブラックバーン家との繋がりが出来ると知って、ワ組の組長ベージルは大喜びで部下を動かしたのだ。

「し、証拠は? 証拠はあるのですか?」

「俺が、レグルス・ブラックバーンがそう言っている。それが全てだ」

「そんな……傲慢な……」

 納得できるような答えではない。そうであるのに、弟はこれ以上、追及する気力を失った。彼に向けられている強い、それでいて暗い視線に完全に飲まれてしまった。

「さて……この件について、父上もご存じでしたか?」

 さらに彼は、無言のまま成り行きを見ているだけだった父親に向かい合う形で椅子に座り、問いを向けた。彼の問いを受けて、部屋の空気が凍る。彼が父親まで殺してしまうのではないかと、周囲は恐れているのだ。

「知らん」

 彼の視線を真正面から受け止める父親。そのあたりはさすがに次の北方辺境伯。執事のミルズとは反応が違う。

「……そうですか。分かりました。では、ミルズの独断と理解します」

 納得したわけではないが、これで彼の復讐はひと段落。もし父親が関わっているのであれば、殺すだけで復讐は終わらない。初めから、ミルズを殺したところで止めようと決めていたのだ。
 席を立つ彼。

「どこに行く?」

「家に帰ります」

「お前の家はここだ。しばらく外出は禁じる」

「……分かりました。ではこの屋敷の部屋に戻ります」

 ここで無理に突っ張る必要はない。よほど監視を厳しくされない限り、出て行きたければ、いつでも出て行ける。彼にはそれだけの能力がある。
 自分の部屋に向かって歩き出す彼。父親はもう何も言わなかった。

「……父上、これで良いのですか?」

 彼がいなくなったことで緊張が解けた弟が、父親に向かって不満を口にする。

「これで、とは?」

 その問いを受けた父親も不満顔だ。このような問いを向けてきた息子に、苛立っている。

「兄上を許して良いのですか? ミルズまで殺したのですよ?」

 そのミルズの死体はすでに部屋の外に運び出されている。生々しい血の赤は床を染めたままだが。

「大切な友人を殺した使用人を不問にしろと?」

「父上?」

 父親の答えは予想外のものだった。執事を殺すことが当然であると父親が考えると、弟は思っていなかったのだ。

「ミルズは私の許可を得ることなく、独断で動いた。そういった人間は優秀であっても使えん」

「……ち、父上は、本当に知らなかったのですか?」

 父が言うようにミルズは独断で、事を行ったのか。弟のライラスはそれが信じられないでいる。

「私は知らない」

 息子の問いにまた「知らない」と答える父。

「しかし、兄上は」

 多くの人を殺した。その事実までないものにされるのは納得がいかない。この大事件で一気に自分が兄に成り代わって後継者候補に。弟は周りからも言われ、そう考えていたのだ。

「ブラックバーン家はレグルスが殺した万倍の人を殺している。力を手に入れるというのは、結局そういうことだ」

「そんな……」

 それを彼は十四歳になる前に行った。無条件に褒めるべきことだとまでは父親も考えていない。だが良くも悪くも、化けたことは間違いない。周囲の言いなりになっているだけの弟では、比べものにならない。危険ではあるが、北方辺境伯家を任せられるかもしれないと思える資質を、彼は見せたのだ。父親はそう評価した。

 

 

◆◆◆

 外出禁止を命令された彼だが、部屋に軟禁されているわけではない。広大なブラックバーン家の屋敷の中は自由に動くことを許されている。怯える使用人たちの目が煩わしくて、最低限しか部屋を出ることはないが。
 その最低限のひとつが体を鍛えること。部屋にこもっているだけでは体が鈍ってしまう。鍛錬は、思う通りにはいかなくても、続けなければならないのだ。

「お前、もう少し考えて行動したらどうだ?」

「えっ? 考えたつもりだけど?」

 屋敷に戻った彼が驚いたのは、ジュードもすぐに帰ってきたこと。彼はまだ情勢は固まったとは思っていない。処分が決まるまで謹慎させられていると考えている。

「考えたら、まだブラックバーン家には戻らないだろ?」

 彼の処分が決まらなければ、ジュードもどうなるか分からない。もっと情勢を見極めてから戻るべきだと彼は思っている。

「百歩譲って戻るにしても、どうして俺に付く?」

 さらに彼が納得いかないのが、ジュードが引き続き自分付の騎士になっていること。戻るにしても、自分とは離れて、ブラックバーン家側にいるべきだと思う。

「それについては、かなり考えたよ。考えた結果、決めた」

「どうして?」

「お願いがあって」

 そのお願いを叶えてくれるのは彼しかいない。彼でなくては駄目だとジュードは考えたのだ。

「何?」

「僕も王国中央学院に入学させて」

 貴族の子弟でなくても王国中央学院には入学出来る。一般入試で合格すれば平民でも、といっても合格できる学力を得るにはそれなりの勉強が必要で、家庭教師などを雇える裕福な家の子だけになるが、入学出来る。だが、ジュードが言っているのはそれではない。貴族の子弟には、年齢が近い臣下と一緒に入学する者が多い。身の回りの世話をさせる為だ。ジュードはその設定、ではなく制度を利用して、王国中央学院に入学しようとしている。

「ああ……そういうことか。でも、どうして学院に?」

「剣をもっと学びたい」

「学べるだろ?」

 剣であればブラックバーン家の騎士団で学べる。ジュードはすでに騎士団所属。まだ従士扱いだが、だからこそ、剣術を教えてもらえる立場だ。

「そうじゃなくてもっと、こう、何と言うのかな……きちんと」

「全然分からない」

 ジュードの話はまったく説明になっていない。

「とにかく学院で学びたい。それで良いよね?」

 その説明になっていない状況で、ジュードは学院入学を押し通そうとする。

「……どうしてもと言うなら話はしてみる」

「よし、やった」

 彼はその強引な希望を受け入れた。一緒に入学して困るようなことは、恐らくはない。あるとすれば。

「生徒、殺すなよ」

 ジュードが自分の欲望に流されるままに人を殺してしまうことだ。状況によっては彼は困らないかもしれないが、殺される人は絶対に困る。

「殺さないから。僕を無差別殺人鬼のように言わないでくれる?」

「無差別殺人鬼だろ?」

 ジュードの人殺しに理由はない。殺したいから殺すだけのはずだ。彼はそう思っている。

「違うから。そういうの、もう卒業したんだ」

「卒業って……」

 ワ組との戦いでかなりの人を殺した。それで満足した、ということではないだろうとは思う。だが、それ以外のことは彼には思いつかなかった。ジュードの思考は分かりづらい。元々そうなのだが、今はさらに何を考えているのか彼には分からない。

「僕にも良く分からないけど、変わったのは確か」

 それはそうだ。ジュード本人も分かっていないのだから。彼が分かっているのは、ただ人を殺すだけでは満足出来なくなったこと。ジュードは身を隠している間にそれを知った。たまたま近くを通りがかった人を殺そうと思ったのだが、頭でそう考えただけで、心はまったく動かなかった。つまらないのが。やる前から分かった。

「悪いことではないのかな? 分からないけど、自分がそれで良いと思えるなら良いのだろうな」

「……あんたはどう思う?」

「だから分からない……けど、殺すよりも殺さないほうが良い。これは間違いないだろうな」

 問いかけるジュードの瞳に強い意思を感じた彼は、答えられることは答えようと考えた。特別意味のある答えではなくても。

「でも、僕たちは大勢を殺した」

「ああ、俺たちは間違っている。でも、間違っていると分かっていてもやらなければならないことがある。そう思えることであれば、俺は迷わず前に進む」

 正しくあろうなんて気持ちは彼にはない。もともと自分の存在は悪。正しい道を進もうとする人たちの邪魔をする存在だ。自分に正義を求めることこそ間違っていると彼は思う。そんな自分がやるべきことを、自分だからやれることをやる。そう彼は決めたのだ。

「……それ。それなんだよね」

 彼の言葉で自分の心が沸き立つのをジュードは感じている。彼と一緒にいることは、人を殺すよりも気持ちを高ぶらせてくれる。それが何故かは分からない。何故かそうなのだ。
 だから自分は彼と一緒にいるとジュードは決めた。自分のような、いかれた人間を受け入れてくれるのは彼だけだと思った。これがジュードがブラックバーン家に戻り、彼と一緒に王国中央学院に入学したい理由だ。このなんとも言えない想いを、ジュードは言葉に出来ないのだ。
 ジュードの存在は将来、彼の悪名を一層、高めることになる。彼にとっては何でもないことだ。

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