月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

古龍の加護 第6話 疑いの目

異世界ファンタジー 古龍の加護

 山を下って合流地点に辿り着いたディーノたち。護衛騎士たちは三人が無事であったことを知って、安堵した様子だった。だが安堵していられたのはわずかな時間だけ。ディーノたちはまた護衛騎士たちとは別行動をとることになる。追っ手を完全に振り切ったという確証はない、というディーノの意見が通った形だ。
 新たに決めた合流地点に向かって移動するディーノたち一行。    

「何を考えている?」

 しばらく進んだところでクロードがディーノに問いを発した。

「何のことだ?」

「しらばっくれるな。何かを警戒しているのだろ?」

 ディーノは何か考えがあって、このような移動方法を選んでいる。クロードはそう考えている。

「それはしている。追われているからな」

「……そろそろ信用してもらえないか?」

 隠しごとを止めようとしないディーノに、クロードは、ややうんざりした顔を見せている。ただの嫌がらせにしか思えないのだ。

「そろそろって、信用するような出来事が何かあったか?」

「古い付き合いだ」

「前にも言ったが、知り合いだからといって信用出来ない。そんな甘い考えで大切な王女様を守れると思っているのか?」

 これで少なくとも嫌がらせが含まれていることは間違いないとクロードは確信した。ディーノが本気で「大切な王女様」なんて言い方をするはずがない。

「守りたいから、懸念があれば教えろと言っている」

「懸念ね。言っても信用しない」

「聞いてみなければ分からない」

「……護衛騎士の中に裏切り者がいる」

 少し考える素振りを見せてからディーノは裏切り者の存在をクロードに告げた。

「そんな馬鹿な!? あり得ない!」

 それを全力で否定するクロード。これはディーノが考えていた通りの反応だ。

「ほら、信用しない」

「……証拠はあるのか?」

 ディーノにそれを指摘されたクロードは、とりあえず証拠を求めてくる。一応は、聞く耳を持っていることを示しているつもりだ。

「ない」

「それでどうして疑うのだ?」

「こんな簡単に追っ手を振り切れるはずがない。合流地点が俺の家からたった五日。翼竜であればもっと短い日数で辿り着ける場所だ」

「……翼竜がいないのかもしれない」

 竜飛士部隊は戦争における重要部隊。各地で戦いが続いている中で、追っ手として動員するのは贅沢過ぎるとクロードは最初から思っていた。

「その可能性はある。だから断言は出来ない」

「まだ他に理由があるのか?」

「合流地点まで五日。これはあらかじめ騎士たちに伝えておいた」

「俺は事前に聞いていないぞ」

 クロードが聞いたのは出発した後。他の騎士たちが先に聞いていたと知って、不満そうだ。

「教える必要がなかったからな」

「どうしてだ?」

「五日で着いたか?」

「いや」

「五日は真っ直ぐに合流地点に向かった場合。そうするつもりは初めからなかった。だからお前に日数を伝えることに意味はない」

「……嵌めたな?」

 クロードを、ではない。ディーノは護衛騎士たちを試すために、五日という日数を事前に教えたのだと分かった。つまり最初から疑っていたということだ。

「嵌めてはいない。試しただけだ」

「その試しに合格しなかった者がいるのか?」

「予定日を過ぎても主が到着しない。お前ならじっと待っていられるか?」

「……無理だろうな」

 山の上からディーノが探っていたのは追っ手ではなく、護衛騎士たちの行動。ようやくクロードはそれが分かった。

「ただ絶対とは言い切れない。だから証拠はない」

 深い森の中。闇雲に探しても見つかる保証はない。そう冷静に考えたことも否定出来ない。それをディーノは確かめていない。尋ねることで護衛騎士に疑っていることを知られるのを避けたからだ。

「……追っ手が来ない理由は?」

「裏切りは一度しか使えない。確実に捕らえられる機会、場所かな? それを待っている」

 裏切りが通用するのは一度だけ。追っ手の側には失敗は許されない。慎重になるのは当然だとディーノは思う。

「……もし、万が一だが、それであればどうする?」

 護衛騎士の裏切りなどあるはずがない。そう思っていても、可能性を無視することはしない。クロードは感情で使命を忘れるような愚か者ではない

「こちらの移動速度は測れたはずだ。それから計算して、次の合流地点で待ち伏せが可能であればそうする。絶対とは言わないけどな」

「可能なのか?」

 合流地点を知って、それから他の騎士に気付かれないように後を追う。追いついたところで裏切り者以外の騎士を倒し、ティファニー王女の到着を待つ。クロードにはその可否は判断出来ない。

「それは分からない。俺が話しているのは、あくまでも可能性だ。裏切りそのものも可能性の一つ」

「そうか……」

 そうであっても警戒するに越したことはない。ということではない。ディーノには何らかの根拠がある。そうクロードは感じている。

「どちらであったとしても、彼女を守るのに確実な方法が一つある」

「それは何だ?」

「このまま身を隠す。帝国に見つかることはまずない。たとえ帝国が全ての国を征服しても」

「それは……」

 ディーノがこれだけはっきりと言うからには、それは出来るのだろうとクロードは思う。だがその選択は出来ない。出来るとすればそれはティファニー王女本人だ。

「……私にはサルタナ王国の王女として帝国と戦う使命がある」

「戦っても勝てるとは限りません。いえ、今の状況ではまず間違いなく負けます。それでもですか?」

「それでも」

 真っ直ぐにディーノを見つめて、ティファニー王女は自分の意思を伝えた。普段の内気な様子など全く感じさせない毅然とした態度で。

「……そうですか。では、仕方がありません」

「どうするつもりだ?」

「予定通り、合流地点に向かう」

「いいのか?」

 罠の中に自ら飛び込むことになるかもしれない。クロードにはその危険をディーノが許容するのが意外だった。

「普通には向かわない」

「それでも向かうのだな?」

「行き先はバレているのだろ? だったら同じだ」

「……ふむ」

 裏切り者と行動を共にすることが、そうしないことと同じだとディーノは言う。その意味がクロードには分からない。

「不意打ちをくらうよりはマシだと言っている」

「……出来るのか?」

 裏切り者がいたとして、その相手との化かし合い。裏をかくことで危険を避けようとディーノは考えている。それが分かったクロードだが、そう上手く事が運ぶのかと心配になる。

「質問多過ぎ。失敗すればそれで終わり。その危険を覚悟で、帝国と戦うと言ったはずだ」

「それはそうだが……」

「こうして話しているのは時間の無駄。先に着きたいから急ぐ」

「何?」

「だから裏切り者がいても待ち伏せを許さないように、先に目的地に着く」

「相手は翼竜だぞ?」

 空を飛ぶ翼竜よりも先に目的地に着く。そんなことが出来るはずがない。他に比べて圧倒的な機動力。それが戦争において翼竜部隊が重要視される理由の一つなのだ。

「そうじゃないと騎獣に選んだ意味がないだろ? 持久力は翼竜より遙かに優れている。休憩を最低限にすれば、翼竜に乗った彼らよりも早く目的地に辿り着ける計算だ」

「持久力か」

 翼竜の欠点は持久力。長時間飛行を続けることは出来ない。人を乗せて飛ぶことは翼竜にとって、かなりの負担なのだ。
 ディーノの説明に納得したクロードだが、その表情は苦い。以前、ディーノは「自分の知らない翼竜より速く移動出来る手段があるかもしれない」と言った。これが嘘だったと分かったのだ。

「問題はお前だ」

「俺の何が問題だ?」

「いいか。馬に乗っているつもりになって、御そうなんてするなよ。そんなことをすれば振り落とされるぞ」

「一角獣が自由に走るのに任せろと?」

「どう聞いても俺はそう言っているはずだ」

「そうしろと言うならそうする」

 正直に言えば、魔獣の一種である一角獣に任せるには、かなりの勇気が必要だ。だが、恐くて出来ないなんて口に出来るはずがない。

「ティファニー様は目をつむっていてください」

「う、うん」

 ディーノとクロードの話を聞いていたティファニー王女も、かなり怯えている。それでもディーノを信じて、目をつむった。まだ駆け出す前だが。

「じゃあ、行くか。かなり速いからな。それにビビるなよ」

「誰がビビるか!」

 という言葉をあとでクロードは訂正することになる。一角獣が本気で駆ける時の速さをクロードは理解していなかった。
 もの凄い速さで、次々と迫り来る木々や崖、そして大岩。激突の恐怖でクロードは何度も叫び声を上げそうになる。そんな時間が延々と続くのだ。

 

◆◆◆

 サルタナ王国の王城。そこは今、制圧を進めるカストール帝国軍の本営となっている。占領軍の指揮官はカストール帝国の第三王子アドリアン。
 今はそのアドリアン王子を上座に据えて、軍議の真っ最中だ。

「サルタナ王国はあらかじめ王都を落とされ時のことを考え、各地に戦力や物資を分散させていた模様です」

 報告を行っているのはロベール将軍。指揮官はアドリアン王子だが、実務はこのロベール将軍が行っている。

「何を今更。それは最初から分かっていたことではないか」

 ロベール将軍の報告にアドリアン王子は不機嫌そうな顔を見せている。ロベール将軍が伝えてきたのは、既知の情報なのだ。

「はっ。しかし、信憑性が低い情報でしたので」

「それが事実だと分かったと?」

「はい」

「……続けろ」

 情報の裏付けは王都を落とした時に出来ていたはず。という言葉をアドリアン王子は飲み込んでおいた。ロベール将軍は無能ではない。少し保身の気持ちが強いだけだ。そして今回はそれが表に出ただけのこと。

「その中でも最大は南部。サルタナ王国王太子を旗印に反攻の気配を見せております」

「そうであれば討てばいい。違うか?」

「所在が掴めておりません」

「……では反攻の気配というのは?」

 旗印である王太子がどこにいるか分からない状況で、どうして反攻の気配があると分かるのか。それをアドリアン王子は尋ねた。

「動きが見えるのはごく少数の軍勢。それがいくつも南部で活動しております」

「活動というのは?」

「輸送部隊を狙った襲撃など後方攪乱が主な活動です」

「正面からの戦いを避けているということか?」

「恐らくは。サルタナ王国の狙いは戦いの長期化。そう考えております」

「戦いを長引かせて、その先に何がある?」

 ただ戦争を長引かせるだけであれば、何の意味もない。それはただの悪あがき。民の為にも良くないことだ。アドリアン王子はそう考えている。

「それはまだ分かりません。他国の援軍を待っている可能性もありますが、その動きは今のところありません」

「援軍を出せるとすれば隣国のケイノス王国か」

「さらにその先にある国も」

「……あり得なくはないな」

 いくつもの国を占領したカストール帝国は、他の国々にとって最大の、そして共通の脅威。隣接国以外の国も連合して援軍を出してくる可能性は十分にある。

「そうなると軍を分散させることは望ましくありません」

 各地で反攻活動を行うことでカストール帝国軍を分散させ、その上でまとまった数の援軍が参戦し、各個撃破を図る。それをロベール将軍は恐れている。

「……慎重なだけでは占領は進まない」

「一つの躓きが取り返しのつかない事態を引き起こす可能性もあります」

「……ロベール将軍はそう考えるか」

 第三王子の指揮下とはいえ、その中で筆頭将軍の地位にあるロベール将軍。すでに帝国における実績は十分にある。それをこの戦いで失敗することで失いたくないのだ。そう考えているのだとアドリアン王子は考えた。
 気持ちは分からなくもない。だがアドリアン王子はそれでは困るのだ。順当に行ってしまえば第三王子であるアドリアンに皇帝への道は開けない。その可能性を生み出すには、少なくとも皇太子に次ぐ力を得なければならない。それを与えられるだけの圧倒的な戦功を得なければならない。

「では南部の制圧はスペンサー将軍に任せよう」

「なっ?」

「一万の兵を送ってやれ」

「……あの男は裏切り者。信用なりません」

 アドリアン王子の命令に異を唱えるロベール将軍。彼にとってもっともあり得ない人物なのだ。

「スペンサー将軍が裏切ったのはサルタナ王国だ。帝国ではない」

「しかし……」

「私が問題ないと言っている。それを否定するのであれば、納得出来る理由を聞かせてもらおう」

「それは……」

 アドリアン王子を納得させるような理由などない。ロベール将軍が嫌がるのは、新参者であるスペンサー将軍に戦功をあげさせたくないから。自分の立場を脅かすような存在にさせたくないからだ。

「ないのであれば決定だ。次の報告は何だ?」

 ロベール将軍が答えに詰まったところで、アドリアン王子は命令を決定事項として、話を進めた。ロベール将軍がこれ以上何を言おうと気持ちは変わらないのだ。

「……ティファニー王女ですが、目的はある人物に会う為だったようです」

「人に会うためだけに森の中に入っていったというのか? その人物とは?」

「現時点では詳しいことは分かっておりません。ただティファニー王女の母親の知り合いであることは間違いないとのこと」

「……まさかセイトリア王国の人間か?」

 セイトリア王国はディアーナの嫁ぎ先。すでにカストール帝国の支配化にあるが、旧セイトリア王国の臣下が組織した抵抗勢力はまだまだ力を持っている。それとサルタナ王国が手を結ぶことは十分にあり得る話だ。

「それもまだ分かりません。捕らえればそれで分かることですが、どうなさいますか?」

「同行している近衛騎士は討てたのか?」

「……いえ、失敗したようです」

「そうか……目的地にまっすぐ向かうようであればすぐに捕らえよ。そうでなければ行き先を確かめるのだ。どこで誰と会ったかを報告させろ」

「承知いたしました」

 アドリアン王子はティファニー王女を泳がすことで、敵対勢力をあぶり出そうと考えている。そうやって見つけ出した敵を個別に討ち滅ぼしていくつもりなのだ。そういう勢力が存在すればの話だが。
 この時点ではアドリアン王子はティファニー王女に何の脅威も感じていない。それはそうだ。王族といってもティファニー王女はまだ子供。それも女の子だ。人々をまとめる力などない。あくまでも、この時点のティファニー王女にはだが。