月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第65話 遠ざけられていた事実を目の当たりにする

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 ベスティエを加えたシュタインフルス王国軍は王都を進発すると、とりあえずその進路を反乱軍の動きが活発な北部に向けた。反乱軍を討つ。目的は明確だが、反乱軍の本拠地を突き止めていない為に、目標は明確にはなっていなかったのだ。だが王国軍はあてもなく北部をさまようということにはならなかった。反乱軍側がその動きを捕捉。先回りして迎え撃つことになった。反乱軍側には逃げ隠れする理由などないのだ。
 シュタインフルス王国軍およそ千。それと対峙する反乱軍は、コンラートが手配した結果、数を増やして四百。だが質の上ではヴォルフリックを満足させるレベルにはなく、戦力として数えられるのはパラストブルク王国軍二百のままだ。五倍の敵を相手にすることになった反乱軍。これまではブランドとフィデリオを中心に、質で勝る愚者のメンバーの力で数の差を埋めてきたのだが、さすがに五倍となるとそう上手くはいかない。さらに特殊能力保有者であるベスティエまで参戦してきたことで、ブランドとフィデリオ、さらにボリスまでその相手をせざるを得なくなり、かなり厳しい状況になっている。

「……君は前線に行かなくていいのかい?」

 裏社会の男たちが加わってから、戦いの度にコンラートが口にしている言葉。だが今日の状況はこれまでとは訳が違う。

「……俺の持ち場はここだ」

「一人でアレを止められるのかい? アレは君と同じ。特殊能力保有者なのだよ?」

 ベスティエのことはコンラートも良く知っている。シュタインフルス王国の貴族であれば誰でも知っていることだ。アンドレーアス王は、貴族たちの反抗への抑止力として、ベスティエの存在を利用しているのだ。

「絶対止められるとは言わない。かといって絶対に無理とも思わない。実際に戦ってみないと分からないな」

「そんな一か八かでは困る! この戦いは絶対に勝たなければならない! それは分かっているよね!?」

 いつも冷静なコンラートが大声を発した。望ましい結末を迎えるためには、この戦いを絶対に勝利で終えなくてはならない。シュタインフルス王国の、というより、アンドレーアス王にとっての切り札を打ち破ることが必要だ。それに失敗すれば、すべてが無に終わる可能性もある。そんな重要な局面なのだ。

「……もちろん分かっている。必ず勝つ。俺は仲間を信じている」

「そうじゃなく」

「ふざけるな!」

「えっ?」

 コンラートの言葉を遮る声はすぐ背後から聞こえてきた。それらしく隊列を整えて並んでいる裏社会の男の一人の声だ。

「てめえ、ふざけんじゃねえ! てめえみたいなガキに守ってもらうほど、俺たちは落ちぶれちゃいねえ! 自分の身くらい、自分で守れんだよ!」

「……でも」

「でも、じゃねえ! 俺たちを馬鹿にすんじゃねえぞ。あんなヘナチョコ軍なんて、少しも怖くねえ。俺たちがどれだけの修羅場をくぐってきたと思っていやがる?」

 裏社会の抗争とは訳が違う。相手はきちんと戦闘訓練を受けた戦いのプロなのだ。こんなことは男も分かっている。分かっていて、こう言っているのだ。

「……良いのか?」

 ヴォルフリックがこの場にいるのは彼らを守るため。それがなければ、すぐにも前線に向かいたいのだ。

「お前に守ってもらわなければならないほど、弱かねえ」

「俺は最初から頼んだ覚えはねえな」

「俺もだ。なにが悲しくてガキの背中に隠れていなければならねえんだ?」

 最初に声をあげた男以外の人たちもヴォルフリックの助けを拒否してくる。皆が皆、無理をしているのだ。だがここは意地を張らなくてはならない場面。皆がこれを理解してもいる。

「……ありがとう}

「礼を言う暇があったら、さっさと前線に行け!」

「分かった! 行ってくる!」

 前線に向かって駆け出していくヴォルフリック。その背中を眺めて、最初に声をあげた男が小さくため息をつく。

「まったく……ガキのくせに意地張りやがって……」

 ヴォルフリックがこの場にとどまっていたのは自分たちとの約束を守るため。その律義さに呆れている男。

「自分たちが意地を張るのは良いのかい?」

 男のつぶやきに対してコンラートが問いを向けた。その表情には笑みが浮かんでいる。男のつぶやきは照れ隠しだと思っているのだ。

「意地を張るのが俺らの仕事だ。なめられたらお終いだからな」

「なるほどね。じゃあ、しっかりと意地を張り続けてもらうか。大丈夫。訓練はしていても末端の兵士の実力は驚くほどのものじゃない。私の言う通りにすれば生き残ることは出来るよ」

 その意地を張り続けてもらうためにコンラートは安心材料を提供した。まったく嘘ではない。すべてそのまま受け取れるものでもない。

「ほう。頼もしい台詞だな?」

「知識だけはあるからね」

「おい?」

 コンラートを頼もしく思えたのはわずかな時間だった。

「大丈夫。少しの間、頑張っていれば彼がなんとかしてくれるよ」

「……そうだな」

 コンラートの言葉に同意を示す男。それを聞いたコンラートは、男に見えないように少し顔をそらし、口元に笑みを浮かべている。裏社会の男たちはヴォルフリックを信じている。彼らのヴォルフリックに対する思いは変わっているのだ。
 そんな裏社会の男たちを単純だと思う。だが、そういう単純な男たちとの付き合いのほうが、建前ばかりの貴族たちとの付き合いよりも、はるかに楽しそうだ。そんな風にもコンラートは思った。

 

 

◆◆◆

 ベスティエの特殊能力は狂力。アルカナ傭兵団の上級幹部であるテレルやボリスと同じ強力系の能力。コンラートから話を聞いた時、愚者のメンバーは皆、そう思っていた。だが実際に戦ってみて、ブランドたちはその認識は誤りではないかと疑問を持つようになった。確かにベスティエの力は強い。攻撃は単純で、その巨体に見合った長い手に持った金棒を、時には反対の手や足を使うこともあるが、振り回すだけ。だが、その勢いはすさまじく、普通の人が直撃を受ければ一発で死ぬか、そうでなくても戦闘能力を失ってしまうのは間違いない。その力に対抗する為にボリスも戦いに投入にしたのだが、勢いを止めることが出来ないほどだ。

「もう少し頑張ってくれない!?」

 今の状況にブランドは苛立っている。長い手足の攻撃をかいくぐって、なんとか懐に入る。それを試みているのだが、ブランドであってもそれは容易ではない。金棒を避けても、すぐに反対の腕が振るわれてくる。それを躱して前に出ても、今度は蹴りが飛んでくる。それを避けようと後ろに跳べば、それで振り出しに戻るだ。
 なんとかベスティエの動きを、わずかな時間でも、止める。それがボリスの役目なのだが、それが上手く行っていないのだ。

「今度こそ……行きます!」

 ベスティエとの間合いを測りながら、大きく前に足を踏み出すボリス。すかさずベスティエが金棒を振るってくる。

「う、うぉおおおおっ!!」

 ダメージを受けることを覚悟して、それを受け止めに行くボリス。それでもやはり、完全には受け止めきれずにボリスの体は大きく揺らぐ。そうなると次の攻撃への備えは十分ではなくなる。ベスティエの二撃目を受けて、ボリスの体は大きく吹き飛んだ。

「上出来!」

 だがそれでブランドには十分。両腕の攻撃を避ける必要がなければ、一気に懐に飛び込むことが出来る。さらに蹴りを躱して、足を踏み込む。全身をバネのように使って、剣を斬り上げるブランド。だが求める手応えは得られなかった。

「まったく、もう! 何なのこいつ!?」

 文句を言いながらベスティエとの距離をとるブランド。傷を負わせることは出来ているが、致命傷にはほど遠い。ベスティエの体は簡単には剣を通さないのだ。ブランドたちが苦戦しているのは力だけでなくこの異常な体のせい。一度や二度、斬りつけてもベスティエにはダメージを与えられない。何度も懐にもぐりこみ、剣を振るう必要があるのだ。

「まだいける!?」

「い、行けます!」

「……いや、無理でしょ? 少し休んで回復して!」

 ベスティエは十や二十、剣で斬りつけてもダメージを受けそうにない。一方でブランドたちは一度の攻撃もまともに食らうわけにはいかない。強力系の特殊能力を持つボリスであっても、ダメージが蓄積して、動けなくなってしまうのだ。この差は大きい。

「……フィデリオさん!?」

「大丈夫! 行けます!」

 ボリスが無理であれば、次はフィデリオとの同時攻撃で隙を作る。戦闘を始めた当初、ベスティエの体の頑丈さを知らない状況で懐に飛び込んだフィデリオが大きなダメージを受けてしまったことで、これを繰り返すことになった。順番にダメージを回復させる時間をとっているのだ。

「……今度こそ」

 時間的余裕はブランドたちにはない。愚者の主力三人がベスティエとの戦いに集中せざるを得ないことで、部隊同士の戦いはかなり厳しい状況だ。クローヴィスとセーレンには、その事態を打開できるだけの力はまだない。五倍の敵を相手にする状況ではブランドたちが参戦しても難しいところだ。これまでなんとか劣勢ながらも崩壊を免れているパラストブルク王国軍は、かなり善戦していると言って良い状態なのだ。

「……行く!」「行きます!」

 タイミングを合わせて、左右からベスティエとの間合いを詰めるブランドとフィデリオ。その二人に向かって、大きく金棒を振るベスティエ。それをかいくぐって、さらに間合いを詰める二人。左から近づいたフィデリオに、金棒を持ったのとは反対の腕を振るうベスティエ。その隙にさらにブランドは前に出る。蹴りを警戒しながら懐に入ったブランド。低い姿勢から突き出された剣が、宙に伸びる。

「何?」

 そこにあったはずのベスティエの巨体が消えている。居場所を探そうと視線をめぐらしたブランドの目に、地面に映る黒い影が見えた。

「上だ!」

 フィデリオの警戒を促す声。視線を上に向けながら剣を構えるブランド。その時には目前に迫っていたベスティエの足。とっさにブランドは地面を転がりながら、それを避けた。
 それを追うベスティア。防戦に徹していたベスティエが、これまで見せてこなかった俊敏な動き。ブランドと、すぐそばにいるフィデリオも、完全に不意を突かれていた。金棒がブランドを襲う。完全な回避は不可能と判断し、衝撃に対して身構えるブランド。

「……ん?」

 だが金棒はブランドに届くことなく、宙に跳ね上げられていた。

「そこをどけ!」

 このヴォルフリックの声でブランドは事態を把握した。地面に転がるブランドを飛び越えて、ベスティエに近づくヴォルフリック。そうはさせまいと腕を振るうベスティアだが、その腕も空中で止まることになった。
 呆気に取られているベスティエの隙をついて懐に潜り込んだヴォルフリック。剣を振るうが、その感触は思うようなものではない。

「そいつの体、変だから!」

 ブランドの忠告の声。それを聞いたヴォルフリックは大きく後ろに跳んで、間合いを空けた。

「斬れない……わけじゃない。でも、あの程度ってことか……なるほど、面倒そうだ」

 軽傷。そうであっても怪我を負わせることは出来た。ヴォルフリックは前向きに捉えている。

「ここは良いから、向こうを頼む」

「平気?」

「無理はしない。最悪、引き付けておけば良いだけだ」

 ブランドたちが加勢すれば全体の戦況は変えられる、とまでヴォルフリックは楽観視しているわけではない。ブランドを安心させるための言葉だ。とにかくオルテア王国軍に加勢しないとこの戦いは負けで終わる。無理して自分を送り出した男たちも危険な状況になる。それは避けなければならないと考えているのだ。

「……あそこの騎士たちにも気を付けて。何もしないで見ているだけだったけど、この先もそうとは限らないから」

「……分かった」

 ブランドの言う騎士たちに、ちらっと視線を向けたヴォルフリック。数は十名ほど。ヴォルフリックが参戦してきても動きは見られない。警戒をしながらもヴォルフリックはベスティエの動きに意識を集中させる。
 大きく跳んでヴォルフリックの目の前から離れようとするベスティエ。目標は駆け出して行ったブランドたちだ。当然、ヴォルフリックはそれを許さない。すぐに動いて、ブランドたちの後を追おうとするベスティエの前に立ちはだかった。

「お前の相手は俺だ」

「…………」

「嫌でも相手をしてもらうからな!」

 前かがみになった姿勢から一瞬で前に飛び出すヴォルフリック。以前、アーテルハイドには完璧に止められたその動きだが、ベスティエの不意をつくことには成功。両腕を振るうことを許さず、一気に懐に飛び込んだ。
 だがヴォルフリックにも攻撃を仕掛ける余裕は与えられなかった。足を蹴り上げるベスティエ。後ろに飛んでその勢いを受け止めるヴォルフリック。二人の距離がまた開いた。

「……反応速いな。ブランドが苦労するわけだ」

 小柄なブランドは速さを追求してきた。そのブランドが苦戦したのは、ベスティアの剣を容易に通さない特殊な体だけでなく、その反応の速さも原因だ。

「力じゃなくて速さ……でも神速ってほどじゃない……なんて考えている場合じゃないか」

 ベスティアの特殊能力は狂力と呼ばれているが、単純に力が強いというものではないようにヴォルフリックには思える。だが今はベスティアの特殊能力がどのようなものかを深く追及している場合ではない。なんであろうと倒さなければならないのだ。
 呼吸を整え、体を流れる気を活性化させる。ヴォルフリックが幼い頃から、育ての父親であるギルベアトに叩き込まれてきた内気功法。その練度においてブランドは、年長のフィデリオも、ヴォルフリックには及ばない。
 加速するヴォルフリックの体。ベスティエが腕を振るって迎撃しようとするが、その攻撃は届かない。一気に距離を詰めたヴォルフリック。また振り上げられてきたベスティアの足に対してヴォルフリックは、後ろに跳び下がるのではなく、その勢いを利用して真上に跳ね上がった。
 目の前にあるベスティエの顔が驚きにゆがむ。さらにその顔はヴォルフリックが振り下ろした拳、から放たれた衝撃波は受けて、違う理由で、ゆがむことになる。そのままベスティアの鼻骨に撃ち込まれた拳。確かな手応えがあった。

「……い……い……痛い。痛いよ!」

「えっ?」

「痛いの嫌っ! 痛いの嫌ぁああああっ!!」

 剣で斬られてもまったく動じることのなかったベスティアが、鼻の骨を折られた途端に、まるで子供のように泣きじゃくりながら逃げ去っていく。予想外の展開に、呆気に取られていたヴォルフリックであったが、すぐに気を取り直して、ベスティエを追って駆け出した。、

「痛いよ! 痛いよ!」

 痛い痛いと叫びながら走るベスティエが向かう先は、シュタインフルス王国の騎士たちがいる場所。少し離れた場所で戦いの様子を見ていた騎士たちのところだ。味方に助けを求めようとしている。そう考えて、騎士の動きを警戒したヴォルフリックであったが、

「こちらに来るな! けだもの!」

「それ以上、近づくな! 化け物!」

 騎士たちがベスティエに向けて放った言葉は、とても味方とは思えないものだった。

「……痛いよ。戦うの嫌だよ」

 騎士たちに向かって、これ以上の戦いは嫌だと訴えるベスティエ。

「近づくなと言っている! それ以上、近づくと敵として討つぞ!」

 だが騎士たちは、ベスティアの訴えを聞き入れるどころか攻撃すると言い出した。騎士たちにとってベスティエは制御不能な殺人兵器。自分たちにとっても危険な存在という認識なのだ。

「……嫌だ! 死ぬの嫌だ!」

「来るぞ! 近づけるな!」

「火器の使用を許可する!  奴を止めろ!」

 容赦なく攻撃態勢に入った騎士たち。彼らの実力では、理性を失って暴れるベスティエを止めることなどできない。そんな彼らの頼りはベルクムント王国から譲られた火薬兵器。剣で倒すことが容易ではないベスティエ対策として、反乱軍討伐のもうひとつの切り札でもあるが、持ち出しを許可されたものだ。
 ベスティアの足元に転がった投爆弾。わすかな間をおいて、それは爆発した。爆炎がベスティアの体を包む。

「……あ……熱い……痛い……」

 爆炎をまともに受けて、かなりの火傷を負ったベスティエ。その動きが一気に鈍くなる。火傷のダメージだけが理由ではない。先にいる騎士もまた敵。彼は逃げる先を失ったのだ。

「まだ動くのか化け物! もう一発だ!」

 騎士たちに容赦はない。完全にとどめをさすつもりだ。特殊能力保有者への侮蔑意識。国王が作り出したベスティエに対する過度な恐怖心。彼らにはベスティエを殺すことへのためらいはない。
 また爆炎がベスティエを包む。二度の投爆弾の直撃を受けて、ベスティエの体はゆっくりと倒れていった。

「……そんな馬鹿な。どうして味方を殺す!?」

 ヴォルフリックには目の前で起きている出来事が理解できない。特殊能力保有者に対する世間一般の人々が持つ蔑みの心を、これまでヴォルフリックは自らの身で受けたことがなく、他者に向けられるそういった差別も目の当たりにしたことがなかった。話に聞くことはあっても、ここまでの仕打ちをされるようなものだと考えていなかった。

「……た……助けて……し、死ぬの……い、嫌」

 仰向けに倒れたまま、ヴォルフリックに向かって手を伸ばし、救いを求めるベスティエ。彼には敵味方の区別はない。全てが敵。彼が頼れるのは、敵の情けだけなのだ。誰でも良いから自分を助けてほしいのだ。

「……ふざけるな! お前ら、ふざけるな! どうして仲間を殺そうとする!?」

 目の前で起きている理不尽な出来事。それに対するヴォルフリックの怒りは、ベスティエを殺そうとしている騎士たちに向いた。今は、彼ら以外に向ける先がないのだ。

「化け物の仲間呼ばわりするな!」

「お前らこそ化け物なんて呼ぶな! こいつはお前らと同じシュタインフルス王国の騎士だろ!?」

「王国騎士を侮辱するな! けだものが騎士になれるはずがないだろ!」 

「……けだもの……それはお前らのことだ」

 躊躇うことなく仲間を殺す。助けを求めている仲間に火薬兵器を向ける。こんなことを平気で出来る騎士たちこそ、人の心を持たないけだものだとヴォルフリックは思う。本当のけだもの相手に容赦は無用だと。

「ついでに、あいつも吹き飛ばしてしまえ! 一気に決着をつける!」

 一度使ってしまえば、投爆弾の使用を惜しむ気持ちも薄れる。シュタインフルス王国の騎士たちはもうひとつの切り札を戦闘全体に投入することにした。何も知らずに、
 ヴォルフリックに向かって投げ込まれてきた投爆弾。爆炎が空に向かって立ち昇る。

「よし! 次……な、なんと!?」

 攻撃対象を反乱軍に変えようとした騎士の目が、驚きで大きく見開かれる。ベスティエであればまだしも、普通の人間であれば一発で吹き飛ぶはずの投爆弾。だがヴォルフリックはまったくダメージを受けた様子もなく、その場に立っていた。

「……安心しろ。もうあれがお前を傷つけることはない」

 地面に倒れたままのベスティエに言葉をかけて、前に進み出るヴォルフリック。すでに出し惜しみする気など一切なくなっている。怒り心頭で素性を隠すことを忘れているのだ。

「来るぞ! 早く投げろ!」

「皆で囲んだほうが確実では?」

「どちらでもいい! さっさと……あ、あれは? ま、まさか……!」

 ヴォルフリックの足元から伸びてくる幾筋もの炎。それが騎士に彼が何者かを教えてくれた。投爆弾にとって天敵となる存在に自分たちは向き合っているのだと。

「に、逃げろ! あれは愚――」

 次々と空に向かって立ち上る爆炎。投爆弾の一斉爆発に耐えられる能力を持つ者は、彼らの中には一人もいなかった。爆煙が風で流されたあとにその場に立っていられたのは、ヴォルフリックただ一人だ。

「……えっと……ああ、あった。多分、あれだな?」

 ヴォルフリックの視線の先にあるのは鉄で覆われた頑丈そうな箱。火気除けが施された箱に入っていたおかげで爆発することなく残っているだろう投爆弾だ。

「ボリスは……呼んでいる時間が無駄か。始めよ」

 突然巻き起こった大爆発に驚いているシュタインフルス王国の騎士や兵士たちは、すぐに同じ爆発に自分たちも襲われることになる。防ぐ術がなければ投爆弾はかなり強力な武器。五倍程度の戦力差など無にしてしまうような武器なのだ。
 シュタインフルス王国軍は反乱軍の討伐を実現するどころか、また大敗を喫することになる。ベスティエという切り札を投入しての大敗。この事実によりシュタインフルス王国の混乱は、次の段階に移ることになる。コンラートの思惑通りに。