月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第3話 視えない未来、見えない鎖

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 大広間での出来事を終え、ディアークは執務室に戻った。普段、公務を行っている部屋ではない。私室のすぐ隣にあるちょっとした残り仕事を片付ける為、もしくはごく限られた者たちとだけ、リッラクスした雰囲気で話をする為に使っている部屋だ。
 今は後のほうの使い方。古参のメンバーだけを呼んで話をしている。法王アーテルハイド、女教皇ルイーサ、運命の輪トゥナの三人だ。これにディアーク自身と亡くなったミーナ、彼女はDie Kaiserin=女帝の称号を持っていた、さらに今は任務で国外にいるDie Kraft=力のテレルを加えた六人がアルカナ傭兵団結成時の初期メンバーだった。

「分からんな。どうしてギルベアトは死ななければならなかった?」

 話しているのはヴォルフリックを連れてくることになった任務の話。その詳細をルイーサに確認しているのだ。

「私にも分からないわ。元々、私も彼との関係は悪くなかった。それなのにまったく聞く耳を持っていないのだもの」

 公の場とは異なり、部下たちの口調もくだけたもの。まだ世間からの信用はなく、傭兵というよりはなんでも屋のような仕事をしていた頃。とにかく皆でやれることをやろうと頑張っていた頃の関係性。その時に戻れるのがこの部屋なのだ。

「……我らが起こした反乱によって、何かが変わったということでしょうか?」

 アーテルハイドの口調は公式な時とほとんど変わらない。こんなだから他のメンバーから、公式の場での仕切り役を押し付けられるのだ。

「何かは変わったのだろう。だが、それが我々に敵意を持つことだとは思えない」

「そうね。彼に話した内容は事実。悪意を込めているのであれば、もっと違った内容になったでしょうね」

 ヴォルフリックにギルベアトが話した内容に悪意は感じられない。反乱を起こしたことが、前国王がミーナとまだ乳飲み子だったヴォルフリックを焼き殺すことになった原因。前国王の心情はディアークたちにはまったく理解できないが、それが事実だ。
 もしギルベアトに悪意があれば、前国王が焼き殺すように命じたことなど話さないはずだ。

「前国王の敵を討ち、王国を正統な後継者の手に取り戻す。この大義名分も使えません。彼は父親も敵だと公言しているのです」

「そうだな」

 アーテルハイドの言う通り。事を起こすつもりがあるのであれば、ヴォルフリックはあんなことは言わないはずだ。前国王の旧臣たちは今も大勢、王国に残っている。彼らの力を借りようと思っているのであれば前国王を否定するのは間違っている。

「案外、本当の馬鹿だったりして」

「何も考えていない馬鹿であれば、ギルベアト殿の言うことをそのまま受け入れているはず。つまり、ギルベアト殿には前国王の敵を討ち、王国を取り戻そうという意思がなかったということです」

「確かにね。そうなると……ねえ、トゥナ、まだ何も出ないの?」

 トゥナに問い掛けるルイーサ。トゥナはタロットカードを操っている。神意のタロッカではない。彼女自身の物だ。未来視が彼女の持つ特殊能力なのだ。

「ちょっと待って。なんか読みにくいのよ」

「それって、つまり?」

「彼には未来を変える力がある」

 そういう人物が関わるとトゥナの未来視は酷く乱れる。多くの可能性が生まれてしまう為に、何も見えないのと同様になってしまうのだ。

「……まあ、それは愚者に選ばれた時点で分かったわ」

 彼らにとって全ての始まりのカード。ディアークがそれを手に入れたことで今があるのだ。

「問題は我々にどう影響するかです」

「とりあえず、毎日、命を狙われるかもしれない団長は面倒ね」

「それはありません」

「どうしてそう思うの?」

 ヴォルフリックは失敗したあとも、いつかはディアークを殺すと言っていた。アーテルハイドが自分の、冗談のつもりで口にしたものだが、考えを否定する理由がルイーサには分からない。

「いきなり団長に襲いかかった時は考えなしの愚か者だと思いましたが、あれで彼は冷静です。攻撃はタイミングを見計らった上でのことですし、失敗したあとも無駄なあがきをすることなく大人しくしていました」

「……そういう受け取り方もあるか」

「大人しくしていたのは団長がすぐに殺さないという意思を感じさせたからだとは思いますが」

「それを感じ取り、上手く対処する強かさがあるってことね。団長とミーナの関係も知っているのかもね?」

 ディアークはミーナの子供である自分を殺すことに躊躇いを覚えるはず。二人の関係を知っていれば、こう考えてもおかしくない。

「そうだとしても強かなことに変わりありません。次に彼が団長を襲うとすれば、絶対に成功するという自信が生まれた時。その自身を持てるようになるには時間がかかります。そんな日はこないと悟った時の行動は現時点では読めませんが」

「……団長、頑張ってね?」

「俺が何を頑張るのだ?」

 何故いきなりこういう話になるのかディアークには分からない。

「私たちにそうしたように、彼を籠絡して。それで心配ごとのかなりの部分は消えるわ」

「籠絡って、俺はそんなことはしていない」

「したわよ」

 初期メンバーのうち半分は女性。傭兵なんて物騒な仕事に女性たちが、しかもトゥナなどは戦闘力をほとんど持たないのに、就こうと考えたのはディアークへの特別な想いがあったから。
 ただディアーク自身には彼女たちを口説こうという意思はなかった。彼の想いはミーナだけに向けられていたのだ。

「方法は何であれ、彼に団長への忠誠心をもたせるべきです。彼は愚者のカードに認められた人物。失うには惜しいと思います」

 二十二枚あるカードのひとつに過ぎないとは彼らも考えられない。元々、愚者の称号であったディアークが、試しの儀でDer Kaiser=皇帝に変わって以降、はたして選ばれる者は現れるのかと不安に思われていたカードなのだ。

「……そう言われてもな。何をすれば良いか分からない」

「それは私たちも同じです。もっと彼のことを知ってから考えるしかないでしょう」

「そういえば道中どうだったのだ?」

 ルイーサはここまで連行する間、ずっと一緒だった。何が知っていることがあるのではないかと問いを向けたのだが。

「不気味だった」

「なんだって?」

「最初、ずっと独り言をつぶやいているの。それが気持ち悪くて。二、三日すると今度は、いくら話しかけてもだんまり。それも不気味だった」

「……そんな感じには見えなかったな」

 大広間でのヴォルフリックはそんな不気味さを微塵も感じさせなかった。それどころか、アーテルハイドの言う通り、頭の良さを感じさせる反応だ。

「そうね。私も大広間での彼は別人に思えたわ」

「……難しい性格であることは間違いないようだな。俺ではなくオティリエが適任ではないか?」

 オティリエはディアークの妃。国王になってから妃となった王家の血を引く女性だ。反乱後、王国にさらなる混乱を生み出さないようにと、元々王国に仕えていた臣下たちのほうが積極的に進めて成立した政略結婚だが、夫婦仲は良好だ。自分の立場をしっかりと理解し、旧臣たちの不満をおさえる役目もきっちりと果たしている。

「母親の愛を知らない彼に母性を感じさせてって? 上手く行けばいいけど」

 ルイーサも彼女の事は認めているが、ディアークの妃になれた羨ましさから、軽い皮肉は言いたくなってしまう。

「焦っても仕方がないか」

「はい。それに味方としてとどめたいと申し上げたのは私ですが、特別扱いは無用と考えます。下手に周りが反応すると思わぬ混乱を巻き起こすことになりかねません」

 王国は内紛の種を抱えている。二人の息子、月のオトフリートと太陽のジギワルドの対立だ。どちらかと言えば、オトフリートのほうが一方的に敵愾心を燃やしている状況であるが、後継者問題であることに違いはない。
 そこにミーナの息子であるヴォルフリックが、ディアークに特伐扱いをされるような状態が加わればどうなるか。状況がより複雑になることをアーテルハイドは恐れている。

「……そこまで気にかけるつもりは初めからない」

「そうね。ミーナに面影は似ているといっても、彼は男の子だからね」

「そういうことではない」

 ルイーサの冗談に苦笑いを浮かべるディアーク。

「彼には監視役として私の息子をつけようと考えています。未だ無所属のままですので、丁度良いかと」

 一方でアーテルハイドは、ルイーサの冗談を無視して、さらに話を続けようとする。

「固い」

「はい?」

「固い! 固い! この部屋で話す時はもっとリラックスしなさいよ。ここはそういう場所でしょ?」

 そのアーテルハイドの態度に文句を言うルイーサ。いつものパターンだ。アーテルハイドが真面目な話をしていても、ルイーサが冗談を交えてくる。それを無視するとこうして文句を言われるのだ。

「そういわれても、これが私の素ですから……」

 これが素、というのは嘘だ。過去のアーテルハイドはこんなではなかった。だがディアークに従うと決めてからはずっと、この態度。このほうが普通になったのだ。

「出たわ!」

 いきなり部屋に響いた女性の声。トゥナの声だ。

「どうだった!?」

 未来視の結果が出たと知って、勢い込んで結果を尋ねるルイーサ。

「結果はこれ」

 にっこりと微笑んで、ルイーサに向かってトゥナは一枚のカードを手にとって見せた。

「それって……悪い結果なの?」

 カードはDer Teufel=悪魔。未来視も占いも出来ないルイーサだが、それが示すものは良くないことだと考えてしまう。とても笑って見せるカードではないと。ただこれはルイーサの勘違い。

「う~ん。死んだのだからギルベアトにとっては良い結果とは言えないわね」

「……どういう意味?」

「やっぱり彼の先は視えないので、視点を変えてギルベアトから視てみたの。何故、彼は死ななければならなかったのか、とか」

「それ未来視じゃなくて、普通に占いじゃないの?」

 ギルベアトが自死したのは過去の出来事。未来視で視えるものではないと女教皇は考えた。

「いいえ、未来視よ。ギルベアトの自死によってもたらされる未来。私が視たのはそれ」

「……それが悪魔のカード」

「そう。悪魔のカードが示したのは不吉な未来ではなく、解放。ギルベアトは束縛から解放する為に死ぬ必要があったの。では何がどのように解放されるのか。それは……」

「それは?」

「……視えない」

「おい?」

「まだ説明は終わっていないわよ。解放されるのは視えない存在。つまり、彼を解放する為だと考えられるわ。これは完全に私の憶測だけど、ギルベアトはヴォルフリックを縛る鎖としての自分を断ち切ったのではないかしら?」

「…………」

 もしそうであるならば、ヴォルフリックは、王国の近衛騎士団長まで努めた、彼らも認める優秀な人物であったギルベアトが自らの命を捨てても良いと考えられる存在ということになる。だがそれを言葉にする者はいない。彼らにとっては、ディアークこそがそういう存在なのだ。

「面白い。何だか分からないが、とにかく世界が動くきっかけになるかもしれないのだろ?」

 王国は、アルカナ傭兵団の運営は安定している。だがそれは膠着状態にあるとも言える。事は何も解決していないのだ。もしかすると自分たちの夢は果たせないのではないか。誰も決して口にしないが、そんな思いが湧いてくるようになった近頃。世界が大きく動きだす可能性が生まれた。

「……団長ったら。楽観的なところはさすがは初代愚か者ね」

「確かに。日々決まった公務をこなすだけの毎日には退屈を覚えてきたところでした」

「そうですねえ。未来なんて、何が起こるか分からないほうが生きていてワクワクしますからねえ」

 わずかに心に差した影は、ディアークの言葉で払拭された。その覇気で多くの臣下を威圧し、従えているディアーク。だが彼らがディアークとともに生き、死のうと決めたのは、まだ若く無鉄砲であった頃の彼に惚れたから。この人がいてくれればどんな困難も乗り越えられる。何でも出来ると信じられたからなのだ。

 

◆◆◆

 ヴォルフリックが収容された牢は王城の地下にある。特に指示があったわけではないが、彼の罪は国王暗殺未遂。本来は死刑以外に罰がない重い罪だ。担当者は他の選択肢を少しも考えることなく、もっとも環境の悪いこの場所に彼を収監した。
 収監されたヴォルフリックにとってはどうでも良いことだ。ディアークの話では一晩この場所で寝るだけのこと。汚れや悪臭はずっと暮らしていたラングトアの貧民街とそう変わらない。湿った床は不快といえば不快であったが、大雨の日にそこら中から雨漏りがするボロ屋で寝ていた時のことを考えれば、似たようなものだ。水滴が落ちてこないだけマシとも言える。
 そういうことで寝るには問題がない。何時間閉じ込められるか分からないが、ずっと寝ていようと決めたヴォルフリックだが、そういうわけにはいかなかった。

(……あの爺。敵の情報はもっとちゃんと伝えておけよな)

 ディアークを殺すどころか、その部下に手も足も出なかったことが悔しくて眠れないのだ。
 ヴォルフリックにとっては戦い方を教えてくれたギルベアト以外に初めて勝てないと思った相手。それもラングトアとこの城の大広間で押さえつけられた二人だけではなく、大広間には他にも何人か、自分より強いかもしれないと思える者たちがいた。伸びていた鼻が完全にへし折られたのだ。

(……今日の奴は強かったな)

 ラングトアで戦ったリーヴェスは、負けたとはいえ、抗えないほどではなかった。彼の能力を知った今であればもっと良い戦いが出来るはずだと。だが今日、ヴォルフリックを止めたアーテルハイドの動きはまったく見えていなかった。気がついたら床に押さえつけられていたのだ。

(あんなのが何人いるんだろう?)

 アルカナ傭兵団に何人の団員がいるかも彼は知らない。当然、その強さなど戦ったリーヴェス、アーテルハイドは戦いにもならなかった、以外は分からない。

(……爺。悪いな。敵討ちはずっと先になりそうだ)

 ヴォルフリックは母の敵討ちの為にディアークを殺そうとしたのではない。ギルベアトの敵討ちのつもりだ。
 母親が死んだ時、彼はまだ乳飲み子だった。その頃の記憶などまったくない。ギルベアトから、炎が広がる部屋の中で自分を守ってくれていたのは母親だと聞かされているが、当然その記憶もない。話で聞かされただけでは、頭で感謝出来ても、心にまで届かなかった。
 彼にとっては、乳飲み子だった自分を十五年間、男手一つで苦労して育ててくれたギルベアトこそが親。彼への感謝、愛情のほうが深いのだ。
 手の平の中に炎を灯す。自らの炎で火傷することはない。熱も感じない。だがじっと眺めていると心が温まる気がするのだ。ギルベアトの死を考えて沈む心を、慰めてくれているような気がするのだ。

(……強くならないとな。ここにいれば強くなれるという言葉、嘘じゃないだろうな……待ってろよ、爺。お前を殺した奴らをまとめてそこに送ってやる。あとは爺の好きにしろ)

 今はとても敵わない。だからといってヴォルフリックが復讐を諦めることはない。敵の力を使ってでも強くなり、必ずギルベアトを殺した、殺害に関わった者たちを殺す。そう心に決めている。
 ギルベアトからの愛情、ギルベアトへの愛情。ヴォルフリックを縛っていた鎖は断ち切られた。だが新たに復讐という鎖が彼を縛り付けようとしていた。