月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #165 気付けない人

異世界ファンタジー 勇者の影で生まれた英雄

 すぐにウェヌス王国も知ることになるが、エステスト城塞を放棄したゼクソン王国駐留軍は自国に戻ったのではない。エステスト城塞を出てゼクソン王国とは反対の西に少し移動、そこから南下して、ルート帝国が新たに構築した砦に移動していた。開戦に向けて配置を変えたのだ。
 真新しい砦に入ったエステスト城塞駐留軍。その彼らを出迎えたのは、ソフィアだった。

「皇后陛下、自らの御出迎えとは……」

 予想していなかった出迎えに駐留軍の指揮官であるオットー・ジルベール将軍も驚いている。

「ジルベール将軍、良く来てくれました。将軍と旗下の将兵たちの来援を頼もしく思います」

 一応は他国の将軍を出迎える公式の場ということで、やや畏まった様子のソフィア。彼女を会うのは初めてであるゼクソン王国軍の将兵たちにとっては、この方が喜びが増す。帝国の皇后に迎えてもらえるのは光栄に思うことなのだ。

「ご期待に沿えるよう精一杯務めさせて頂きます」

「その言葉、とても嬉しく思います。ですが、まずは一息ついてください。戦いの前に疲れてしまってはいけません。ポール、兵たちを案内して差し上げて」

「はっ」

 ソフィアの命令を受けて、駆け出していくポール。エステスト城塞駐留軍の将兵たちに割り当てられている宿舎に案内し、砦の中の施設について説明を行うのはポールの役目になっている。

「ジルベール将軍にはもう少しお付き合い願います。情報共有は急いだほうが良いと思いますので」

「承知しました」

 ジルベール将軍と副指揮官クラスの将たちを連れて、歩き出すソフィア。ルート帝国軍からはセインが同行している。

「この砦には千の駐留軍がおります。ジルベール将軍の軍は二千で間違いございませんか?」

 歩いている間の砦についての説明はセインの担当だ。ソフィアでも出来るのだが、細かい話をしようとすると言葉遣いが乱れる。出会った初日くらいは皇后らしい振る舞いをと考えて、セインに任せることになったのだ。

「はい。間違いありません」

「物資は今のところ二か月分といったところです」

「こちらもエステスト城塞から持てるだけ全ての物資を運んできております。三千でも四か月分にはなるはずです」

 エステスト城塞に物資を残しておく理由はない。城塞を放棄するにあたってジルベール将軍は運べるものは全てを持ち出し、それが無理なものは破棄してきている。

「助かります。砦に設置してある弩砲などの操作は基本同じはずですが、いくつか改良している部分もありますので、それについては後ほど担当者から説明させます。戸惑うほどではないと思いますが……」

「何か懸念点が?」

「……失礼ですが、訓練は続けてこられましたか?」

 設置してある武器の操作は基本変わらない。もともとエステスト城塞に設置してあったものを参考にして作られているのだ。ただ問題はそれを操作する将兵の習熟度。ルート帝国ではかなり厳しく反復訓練が行われているのだ。

「訓練を怠ってきたつもりはありませんが、問題ないと言い切る自信もありません。確かめて頂くのがよろしいかと思います」

 ルート帝国軍とゼクソン王国軍の訓練内容は基本同じ。ただ習熟度に関してはジルベール将軍も絶対の自信を持てない。相手はグレン直卒の軍。劣ることはないと安易には言えない。

「そうさせて頂きます。戦術に影響が出ますので、これについては厳しく評価させていただくことになると思います。場合によっては後方で訓練を行って頂くことになるかもしれません」

「時間が許すのであれば訓練はこちらからお願いしたいところです。エステスト城塞では、実弾訓練は満足出来るほど行えておりませんから」

「ああ、確かに……分かりました。検討させて頂きます」

 エステスト城塞はウェヌス王国とゼクソン王国の領土の区切りが曖昧な場所。好きなだけ実弾を発するというわけにはいかない。それだけでなく習熟度をウェヌス王国軍に知られてしまうような訓練は控える必要もあった。
 ルート帝国にはそれがない。ルーテイジの訓練状況をウェヌス王国が知る術はないのだ。

「ウェヌス王国軍の状況に何か変化はありましたか?」

「かなり慎重で、まだエステスト城塞は空のままのようです」

「……そうですか」

 エステスト城塞を放棄したのはウェヌス王国軍を引き入れる為。それが上手く行っていないと聞いて、ジルベール将軍は残念そうだ。

「今はまだ、ということです。守りを固めたいウェヌス王国軍にとって、エステスト城塞に兵を入れないという判断は難しいことでしょう」

 もともと国境防衛の要であったエステスト城塞。危険がないと判断出来れば、ウェヌス王国軍は部隊を入れるはずだとセインは考えている。

「ただの建物に過ぎなくても、ですか?」

 エステスト城塞は難攻不落とは言えなくなっている。武装は全面解除。投石器や弩砲は全て破棄してきてある。地形的に攻めるのは難しい場所であるが、あえて攻める意味もほぼなくなっているのだ。

「仮に空のままでも構いません。ジルベール将軍率いる二千が動けるようになっただけで全体として、かなり楽になります。城塞を無用のものとして相手がゼクソン王国国境まで攻めてくるような事態になれば、それこそ望むところです」

 ウェヌス王国軍がエステスト城塞に部隊を入れれば、その部隊は戦争にほぼ関与しない無駄な部隊になる。その数だけルート帝国側は向き合う敵軍の数が減るのだ。
 開戦が決まればルート帝国にとってエステスト城塞の価値は薄れる。帝国側の目的は各国境での攻防戦にウェヌス王国軍を少しでも多く引き寄せ、モンタナ王国に派兵出来る数を減らすこと。難攻不落と評されて敵が攻めるのを躊躇うような城塞は、その目的を果たす上では邪魔とさえ言えるのだ。

「上手く敵を分散出来れば、勝機は生まれますね」

「いえ、勝利を掴みとるには、かなり無理をする必要が出てきます。余剰兵力がないのはこちらも同じ。ですが勝つためには攻める兵力が必要です」

「我々の頑張りでそれを生み出すしかない」

「その通りです」

 より少ない数で敵の大軍を引き受けることで、余剰兵力を作り出す。言葉にするのは簡単だが、それを実践するのは大変だ。支えきれずに国境突破を許してしまえば、勝機を得るどころか敗北が見えてしまう。
 それでもそれを行うしかない。かなり傷ついているとはいえ、敵は大国ウェヌス王国。ルート帝国が勝つには軍の質、そしてその軍を動かす戦術で上回るしかないのだ。

 

◆◆◆

 お互いに勝利への絶対の自信などないままに戦争に突入しようとしているウェヌス王国とルート帝国。だが自信はなくてもルート帝国には、絶対に勝利を掴むのだという強い意思とこの戦いに全てを賭ける覚悟がある。一方でウェヌス王国にはその二つともが欠けている。皆、戦争に向けての準備を怠ることなく、知恵を絞り、汗をかいて働いている。だがはたしてその頑張りはルート帝国の人々と同じような熱意が伴うものなのか。勝つ為ではなく負けない為に、を考えているのではないか。
 ウェヌス王国の人々に国の存亡を賭けて、というまでの気持ちはない。もちろん強い危機感を持っている人はいる。だが国が滅びてしまうということを現実のものとして捉えることが出来る人は極わずかだ。大国ウェヌス王国の脅威にさらされていたゼクソン王国やアシュラム王国、そして一度は亡国の憂き目にあった旧エイトフォリウム帝国の人々とは意識が違うのだ。
 それはエドワード王も同じ。この戦いは大陸の覇権を賭けたウエストミンシア王国との決戦に向けた第一歩。そんな気持ちから離れられていない。
 では勝利を疑わないエドワード王は、気持ちに余裕を持った毎日を送っているのかとなるとそうではない。彼は自信家にはほど遠い性格だ。才気溢れる、といった振る舞いを周囲に見せているが、臆病な性格なのだ。
 だからジョシュアと正面から玉座を争おうとしなかった。負けた時のことを考え、ジョシュアの、その周囲にいる者たちが自分を危険視することを恐れ、自ら引くことを選んだのだ。
 彼としては、人生の中で二度とないかもしれないほどの思い切った決断であるジョシュア暗殺においても、臆病さが計画に影響を与えている。トルーマンという彼が持つ最高の手札をそこで使ってしまうという選択だ。必ず成功するという信頼ではない。トルーマンであれば絶対に口を割らないという、信頼は信頼でも保身を考えての信頼だ。
 エドワード王にとっての不幸は、本人が自分の自信のなさを、臆病さを認めないこと。自信がないこと、臆病であることは悪いことではない。グレンも臆病だ。臆病であるから備えを怠らない。失敗しない為の労力を惜しまない。それでも失敗した場合のリスクを把握し、行動を選択するのだ。
 エドワード王にも選択の機会はある。これまでも、今も。

「……もぬけの殻だった?」

 任務から戻ってきた近衛騎士の報告に、エドワード王は眉をしかめている。

「はっ。宿屋には誰もいませんでした。周囲で聞き込みを行ってみましたが、短くとも二週間くらい前からは人の出入りが途絶えていたということです」

 近衛騎士がエドワード王に命じられた任務は宿屋、鷹の爪亭を襲撃し、中にいる者たちを捕らえる、捕らえることが難しければ殺害しても良いというものだ。だがその任務は失敗に終わった。

「そう……それでは仕方がないね」

 失敗という結果を聞いてもエドワード王に動揺はない。ある程度は予想されていたことだ。銀鷹傭兵団のスパロウとの連絡は途絶えたまま。傭兵団内で何か、まず間違いなく裏切り者によって、何かが起きている。鷹の爪亭に近衛騎士を送ったのはそれを確かめる為だった。

「宿屋は夫婦二人で営まれていたようです。裏町の宿屋ですので繁盛していたとは言えないようですが、一定数の客は常にいたことを確認しております」

 まったくの手ブラで帰るわけにはいかない。そう考えて近衛騎士たちは周囲での聞き込みを念入りに行ってきていた。彼らにとって残念なことに、エドワード王にとってほとんど意味のないものであるが。鷹の爪亭は銀鷹傭兵団の拠点。宿屋の夫婦も客も銀鷹傭兵団の一員であることをエドワード王は知っているのだ。
 ただこれが間違い。エドワード王は報告を聞いて、動揺するべきだ。鷹の爪亭に出入りしていたのが本当に銀鷹傭兵団のメンバーだけなのかを疑うべきだ。
 それを行ったからといって事態の解決にはならないかもしれない。だがいくつかの問題を小さなこととして、軽く流してきたことで今の状況があるのだ。

「この件については分かった。逃げられたのは残念だけど仕方がないね」

 そうであるのに、こんな風に余裕を見せて終わらせてしまう。

「申し訳ございませんでした」

「いや……そういえば、父上の様子はどうかな?」

 父である上王が百合の塔に幽閉しようとしていたフローラを連れ去ってしまった。この報告は受けているエドワード王だが、自ら動くことはしていなかった。

「暮らしそのものはこれまでと変わらないようですが……少し明るくなってはいるようです」

 上王の暮らしを明るくしているのはフローラの存在。最初は上王の意図が分からず、警戒心を抱いていたフローラも、今は侍女の仕事を生き生きと行っている。大公領にいた時のような気楽さが戻ってきているのだ。

「そう。それは悪いことではないね……勇者は何をしているのかな?」

 健太郎も上王の側にいる。本来はエドワード王にとっても悪いことではないはずなのだが。

「……フローラ様の近衛騎士のように振る舞っております」

 不満げな表情でこれを話す近衛騎士。フローラの近衛騎士を自称する健太郎を苦々しく思っているのだ。

「それは……まあ、放っておくとして私のところに来るように伝えたはずだけど?」

 エドワード王は健太郎をフローラの監視役として使っていた。本人はそのつもりだった。

「伝えてはおります。ただ……その、上王陛下が」

「父上? 父上がどうしたのかな?」

「会いたいのであれば陛下が足を運ばれるようにと申されて……」

「父上がそんなことを……」

 これまで一切口出しをしてこないどころか、顔を見せることもなかった父親がいきなり動きを見せ、しかも自分に対して強気な態度に出てくる。その理由がエドワード王には分からない。
 フローラの件は、忌々しくはあるが百合の塔も上王の生活空間も軟禁という意味ではそれほど変わりはない。扉に頑丈な錠があるかないかの違い程度だ。強気な態度も無視していればそれで済む話。実際にエドワード王は無視して、上王に会いに行くことをしていない。

「無理やり連れだしたほうがよろしいでしょうか?」

 これを行うにはエドワード王の許可が必要。それがなければ上王に逆らうことが、近衛騎士には出来ないのだ。

「……事を荒立てるほどではないけどね……勇者は父上のところから出ないのかな?」

「いえ、ほぼ毎日、軍の訓練場に顔を出しております。小隊の訓練と自分の鍛錬を終えると戻るという毎日です」

「そうか……分かった」

 その時に自分のところに顔を見せれば良いのに、と不満に思ったエドワード王だが、それを言葉にすることはしなかった。健太郎との接触は難しくない。それが分かっただけで納得することにしたのだ。

「これは……その……小耳に挟んだだけなのですが」

「何かな?」

「フローラ様の姿が見えないことを住民たちが憂いているそうです。病気ではないかと心配している声が多数とのことですが」

 この事態を招いたのは幽閉を命じたエドワード王。近衛騎士としては中々言い辛いことであるのだが、それでも勇気を出して伝えることにした。彼はフローラを城の奥に押し込めておくことに反対なのだ。ただエドワード王に向かって、はっきりと口に出来ることではないので、耳に届いた噂を利用しているのだ。

「……フローラを守る為なのだけど……今はまだ説明は難しいね」

 前皇帝の血を引くフローラが自らの座を脅かすのを恐れた現エイトフォリウム皇帝の魔の手から彼女を守る為。これがエドワード王が考えたフローラを幽閉する言い訳だ。だがこれを今の段階で王都の住民たちに説明してもどこまで信用してもらえるか。まだ正式にエイトフォリウム帝国は敵国になっていないのだ。なったとしても、何故ソフィアがフローラを恐れるのかという説明がつかないが。

「……承知しました」

 この程度のことでエドワード王の気持ちを変えられるとは近衛騎士も思っていない。ただ考え直す材料はわずかでも多い方が良いと考えただけだ。
 小さなことではあるが、エドワード王には主の間違いを正そうという臣下がいる。この近衛騎士だけでなくギルバート宰相も。軍ではアステン将軍も、カー大将軍に向けての言葉であるが、間違いは間違いだとはっきりと伝えている。
 方向性を見直す機会はあった。今もある。だがエドワード王はそれを活かそうとしていない。銀鷹傭兵団が完全に自分の手を離れた段階で、目論見は完全に破綻している。それを認めるべきなのだ。