月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #164 失ったものの大きさ

異世界ファンタジー 勇者の影で生まれた英雄

 モンタナ王国の玉座を狙う王弟。ウェヌス王国を味方につけて、圧倒的に有利な状況であったのだが、ここにきて一気に雲行きが怪しくなってきた。王弟派と呼ばれる味方の結束が大いに揺らいでいるのだ。
 南部に領地を持つ貴族家はまだ良い。南部は王弟派の支配地域。南部の領主たちは今ここで王弟派を離脱すれば、すぐに討伐の軍が送られてくることを分かっている。内心ではどう思っていようと動くことは出来ないのだ。
 問題は領地を捨てて、王弟の味方になる為に馳せ参じた人々。彼らの多くは、王弟への強い忠誠心を持って、それを行ったわけではない。改革実現の為であれば全てをなげうってもかまわない。そんな覚悟で事に当たっている人々だ。より正しい改革を実現してくれる旗印がいるとなれば、また全てを放り出して、その下に集おうとする。すでに行動を起こした人が出てきていた。
 領地を持たない無力な存在。そんな風に王弟は思おうとしたが、それに意味はない。内乱初期の段階では、そういった人々の行動力が王弟派を形作り、大きくする原動力となったのだ。それと同じようなことがクリスティーナ王女派にも起ころうとしている。

「……離脱者は何名だ?」

「確認出来ているところでは五名です」

「たった五名か……」

 王弟派を離脱し、恐らくはクリスティーナ王女の下に向かった者たちは五名。王弟はその五名を「たった」と表現した。わざとだ。ウェヌス王国が味方でいる王弟派が優勢であることは今でも変わらない。離脱した五名は勝算に関係なく、王弟よりもクリスティーナ王女を選んだということ。自分の評価を貶めるような話を王弟はしたくないのだ。

「南部領主には今のところ怪しい動きは見られません。軍勢の数としてはほとんど影響はないと考えます」

 影響はないという報告であるが、あえて「軍勢の数としては」という前提をつけている。それ以外の部分では影響はあるのだ。

「……兄のほうはどんな感じだ?」

 クリスティーナ王女が第三勢力として立ったことで悪影響を受けたのは王弟だけではない。北東部を奪われた形になった国王も痛手を被っている。

「王女殿下の懐柔に動いているという話もありますが、上手くは行っていないでしょう。じわじわとではありますが、王女殿下は支配地域を広げております。その分、国王の領土は削られているわけです」

 クリスティーナ王女を懐柔しようという動きは国王の焦りがもたらしたもの。一気に踏みつぶすどころか支配地域の拡大を止められないでいるのだ。

「王国軍は何をやっているのだ?」

「王国軍は中央東西街道沿いの防衛線の強化を行っております」

「馬鹿か? 王国軍は馬鹿なのか!? クリスティーナを止めるのが先ではないか!?」

 これは自分勝手な言い分だ。国王から見た時に、王弟派と王女派のどちらが危険かとなると王弟派に決まっている。グレンと銀狼傭兵団の存在を知り、その実力を正しく評価すれば判断は変わるかもしれないが、国王は何も分かっていないのだ。王弟派のほうが危険度が高いと評価しているのであれば、その侵攻を止める為に防衛線を強化することはおかしなことではない。

「北部で争い合うのをしばらくは静観しているという手もありますが?」

「……なるほど。だがそう上手く行くか?」

「難しいかもしれません」

「何?」

 王弟が求めていたのは「必ず上手く行きます」という答え。だが部下は自らの提案を否定してしまった。

「王女殿下があまりに支配地域を広げると、雪崩のように一斉に寝返りが起きる可能性を否定出来ません。つぶし合いではなく、ただ王女殿下の力が増すだけの結果になるかもしれないのです」

 王弟の部下だ。国王に対する評価は極めて低い。国王に味方がいるのは国王という地位にあるから。その地位を守り切れないと判断されれば、味方は一気に離れる。こんな風に考えているのだ。

「国軍が万一、クリスティーナに従うことになったとして……それでもこちらの勝ちは揺るがない」

 王弟に勝利への自信をもたらしているのはウェヌス王国軍。ウェヌス王国軍が味方している限り、負けることは考えられないのだ。

「……だからといって、わざわざ敵を増やす必要はないと思います」

「国軍をこちらの陣営に引き込むのか……良い方法はあるか?」

 モンタナ王国軍を味方に出来るのであれば、それほど良いことはない。だがその方法が見つからないままに今の状況があるのだ。

「正直申し上げて、何も思いついておりません。ただ、国軍に壊滅的な被害を与えることは避けるべきだと思います」

「……その通りだと思うが」

 モンタナ王国軍が壊滅状態になってしまっては王弟が国王になった時の軍事力がほぼ無になってしまう。ウェヌス王国の力は勝利のあとまで借りたくない。出来ることなら内乱が終わったあとは国に戻ってもらいたいのだ。たださすがにこれは都合が良すぎる考えだと王弟も分かっている。

「ウェヌス王国軍は再編に入るとの話です」

「再編? 何の為の再編だ?」

「増援が来るという以外は何も聞かされておりません」

「増援。それは……喜ぶべきことなのか?」

 何故ウェヌス王国が増援を決断したのか王弟は分からない。味方の軍勢が増えることは良いことかもしれないが、それが他国の軍であることには不安を覚えてしまう。戦後のことを、まだ勝利が確定しているわけではないのに、王弟は考えてしまうのだ。
 王弟は分かっていない。すでにウェヌス王国にとってモンタナ王国での戦いは内乱の支援という位置づけではなくなっていることを。大陸東部の覇権をかけた戦いにまで発展しようとしていることを。

 

◆◆◆

 エイトフォリウム帝国との開戦。正式決議は未だ行われていないものの、ウェヌス王国軍はすでにその方向で動いている。動かざるを得ない。事が決まってから準備を整えていては無駄に時間を使うだけ、敵に時間を与えるだけなのだ。
 とはいうものの、どう動けば良いのかウェヌス王国軍は決めかねている。エイトフォリウム帝国に宣戦布告すれば、ゼクソン王国とアシュラム王国も敵に回るのは明らか。三国それぞれの国境が戦場となる。それにさらにモンタナ王国内での戦いについても考えなければならない。軍の配置ひとつでも安易には決められない。

「完璧な作戦があるのであれば、我が国はとっくに東大陸を制覇している」

 エドワード王が開戦を決断したと聞いた時からゴードン顧問は不機嫌だ。進んで行う戦いではない。そんな思いがあるからだ。

「三国相手の同時作戦に、さらにモンタナ王国での戦いですか……」

 これを行って余裕で勝てるのであれば、策略など必要なかった。策略はランカスター侯爵家の企みであったとしても、それにまんまと嵌められることはなかったかもしれない。スタンレー元帥も、今回のエドワード王の決断を無条件で支持出来ない。

「本国は守りの戦いにするしかありません。エイトフォリウム、ゼクソン、アシュラム三国の国境を固めて敵の侵攻を防ぐ。こちらの攻め手はモンタナ王国のみ。そこで勝利出来れば、そのままアシュラム侵攻作戦に切り替えるというところでしょうか」

 重要な軍事会議ということでアステン将軍も王都を訪れ、会議に参加している。おそらくはこのまま総指揮官となる身だ。辺境将軍という地位は関係ない。

「陛下が考えている作戦もそれであろう。まず反対はないと思うが……敵の出方が分からんな」

 アステン将軍の意見はエドワード王と同じもの。モンタナ王国の内戦への介入を相談された時に、ゴードン顧問はエドワード王から同じような話を聞いている。作戦案として上程しても受け入れられるだろうとは思う。だが、それが正しい作戦であるかは別だ。

「モンタナ王国に一万。アシュラム王国国境に五千。エスブロック要塞に五千を置いて、ゼクソン王国とエイトフォリウム帝国に備えるわけですが……東方辺境師団一万を加えて、なんとか総数で勝るというところです」

 ゼクソン王国とアシュラム王国軍が各一万。エイトフォリウム帝国軍についてはウェヌス王国は実態を掴めていないが、両国よりは少ないと見積もっている。味方の総数三万であれば、数では相手を超えるはずだと。

「攻めるというわけにはいかんのか?」

 各国境に均等に軍勢を配置していては、敵が一か所に集中した場合に数の上で劣勢になる。ゴードン顧問はそのリスクを低減出来ないかを考えている。

「……守る側が有利でありますので、その選択は難しいと思います」

 攻める側は守る側の何倍もの数が必要というのが常識。攻めに入ればそれ以外の場所が手薄になる。では守りに徹していればウェヌス王国が有利なのかというと。

「ここでエステスト城塞を失った影響が出るとはな……」

 ゼクソン王国との国境においてウェヌス王国側の守りの要はエステスト城塞だった。難攻不落の砦と評されたエステスト城塞だが、それは今、ゼクソン王国のものになっている。ゼクソン王国が攻めてきた場合、ウェヌス王国の防衛拠点はエスブロック要塞。堅牢な要塞であるが国境からは少し離れすぎているのだ。

「北方辺境師団から半分ほどを回すことは出来ますか?」

 ウェヌス王国の辺境師団は東西南北の四師団ある。そのうちの北方辺境師団の半分を東部に回すことをアステン将軍は考えている。

「……西の守りは南西の二師団。それに北の半分か。万一の時の初動対応はなんとかなるかもしれんが」

 全ての軍を東に回すわけにはいかない。西の大国ウェストミンシア王国への備えが必要だ。それを今は西方辺境師団と南方辺境師団の二師団が担ってる。南部には守るべき国境がない、わけではないのだが重要視されていないので南方辺境師団は西に回っているのだ。それは北方辺境師団も似たようなもの。北部に駐留はしているものの、小国からの守りよりも西に意識を向けている。

「もともと東西二方面での同時作戦は無理です。ウエストミンシア王国が攻めてきた時は……」

 対応のしようがない。今決断すべきは東西どちらかとの不戦。それについて相手の同意を得ること。そうであるのに、わざわざ東部を決定的に敵とする決断を行うことがおかしいのだ。

「アステン将軍はウエストミンシア王国との戦いを選ぶべきだという意見であったな」

「ウエストミンシア王国が不戦条約を結ぶとは思えません。一方でゼクソン王国とはすでに同盟が成立しております。関係は良くないようですが、改善する方法はあるはずです」

「……彼に野心はないと?」

 ゼクソン王国との同盟は信用出来ない。エドワード王と同じ思いをゴードン顧問も持っていた。

「私の知る、いえ、トルーマン閣下が知る彼はそうです。彼は本気で軍を離れたがっていた。だが我々はそれを許さなかった。その結果、彼に敵として戦う理由を与えてしまった」

「その理由を解消すれば良いだけであったか……」

 方法はあった。今もある。だがそれを実行しようとしない。それは何故なのかをゴードン顧問は考えた。

「ウエストミンシア王国相手であれば勝てるか?」

 この自信がないから。エドワード王の気持ちをゴードン顧問は推察した。勝つためにはグレンの力が、彼が作った軍の力が必要。それを手に入れることを優先しようとしているのだと。

「……絶対はありません」

「そうであろうな」

 それではエドワード王を説得出来ないとゴードン顧問は思う。敗戦続きのウェヌス王国には再建の時が必要だ。悪化した財政を改善する時が、軍を再編し、鍛え直す時が。それを選択出来ないエドワード王は焦っている。まだ若い王が何を焦る必要があるのかとゴードン顧問は思うのだが、その気持ちを押さえつけることが出来ないでいる。それが出来るほど、信頼されていないのだ。

「エイトフォリウム帝国に勝てるかと問われても同じ答えを返します。両国を相手に戦って勝てるかと問われれば、無理と答えます」

 ゴードン顧問の反応が悪いとみて、アステン将軍はグレン相手であっても同じだと補足した。両国と戦うような事態は絶対に避けなければならないとも。

「……ただただ守りを固めて時を待つか」

 こちらから攻めることなく、損害を最小限にとどめて、状況の変化を待つ。ゴードン顧問は妥協策は口にしたつもりだが。

「グレン殿はそれを許すほど甘い敵でしょうか?」

 アステン将軍はその考えを否定した。敵に対してグレンは容赦がない。ただのにらみ合いで事を終わらせるはずがない。敵として向かい合うのであれば全力で戦わなければならない。それをしても勝てる保証はないのだ。

「……私の考えは甘いか?」

 自分の考えを全面的に否定されて、やや苛立ちを見せるゴードン顧問。

「分かりません。彼を敵にして勝利した存在を私は知りませんので」

 その苛立ちを恐れるアステン将軍ではない。もともと志を異にする、こんな非常事態でもなければ、相容れない存在なのだ。

「……なるほど。確かにそうだな。北方辺境師団を動かそう。その上で」

 ここでアステン将軍と議論を戦わせても何の解決にもならない。まずは出来るところから始める。そう考えてゴードン顧問は決められることを話そうとしたのだが。激しく扉を戦う音がその邪魔をした。

「何だ!?」

 苛立ちを隠すことなく問い掛けるスタンレー元帥。

「カー大将軍から至急の伝言です!」

「なっ……入れ!」

 前線のカー大将軍からの伝言と知って、スタンレー元帥は使者を部屋に入れた。わざわざ至急と伝えてきた内容だ。重要な事柄であることは間違いない。

「カー大将軍からの伝言をお伝えします。ゼクソン王国軍がエステスト城塞を放棄した模様です」

「……なんだって?」

 予想外の内容にスタンレー元帥は自分の耳を疑うことになった。

「駐留部隊が砦を出た様子を確認。その後、少数の偵察を送り込んだところ、城塞が無人であることを確認したとのことです。ただ罠である可能性を考え、少数の偵察を入れるだけにとどめているということ。伝言は以上です」

「……分かった。ご苦労だった」

 スタンレー元帥の言葉を受けて、報告を終えた騎士は部屋を出ていく。

「どういうことだ?」

 これから戦いが始まるというところで国境の守りの要である城塞を放棄する。ゼクソン王国の意図がゴードン顧問には分からない。

「罠を怪しむべきですが、カー大将軍も慎重に探っているようです。安全だと確信できるまでは城塞に部隊を入れることはないでしょう」

「それは聞かなくても分かる。ゼクソン王国軍は何を考えているのだ?」

「すぐに答えは思いつきません。今分かることがあるとしたら、どうやら敵もすでに戦いに向けて動き出しているようだということです」

「……情報が漏れている?」

 エドワード王が開戦を決めたことは、城内ではかなり広がっているとはいえ、そこまでだ。王都の住民で知る者はまだいないはず。だがゼクソン王国にはすでに伝わっている可能性がある。城内の情報が漏れているということだ。

「諜報において、我が国は一歩も二歩も遅れを取っているものと認識しております」

 驚くことではないとアステン将軍は思う。エイトフォリウム帝国内の情報はまったく入手出来ていない。ゼクソン王国も、アシュラム王国も同じだ。諜報においてウェヌス王国がかなり遅れをとっていることは、ずっと前から分かっていたことなのだ。

「……そうか」

 自分のグレンに対する認識はまだまだ甘かった。アステン将軍の指摘も間違いではなかったことをゴードン顧問は思い知らされた。自分も含めて、グレンを本当に良く知る者がエドワード王の側にいない。これも大きな問題なのだと理解した。
 良く知る人物はいたのだ。だがその人物、トルーマンはすでにこの世の人ではない。これが最大の過ちであることをウェヌス王国の人々は、エドワード王も、分かっていない。