王都に連行されたランカスター侯爵と次男のロイド。エドワード王はすぐに二人と話し合いの場をもった。それも余人を交えない、二人だけでのし合いだ。
ランカスター侯爵家の二人との話を、他の者には聞かせたくないのだ。その理由は。
「……嘘だ。父上がそのような話をするはずがない」
エドワード王の話を否定するロイド。
「疑うのは勝手。でもそれによって助かる命も助からなくなる。それでも良いのかな?」
「……父上と話をしたい」
「それは許可出来ない。口裏を合わされては困るからね」
「では話せない」
エドワード王の要求を拒否するロイド。だが、それをエドワード王が許すはずがない。
「それは自分の価値を落とすだけだと思わないかい? 君が話さなくても、他に聞ける人はいるのだよ?」
「…………」
エドワード王のはったりに黙り込むロイド。長男のアルビンが、三男のレスリーがどのような状況か、彼は知らないのだ。
「死にたくなければ話すしかない。死を選ぶのもご自由に。別にこちらは困らない」
何のひねりもない脅し。だが、それで良いのだ。ロイドが死を覚悟しているのであれば、悩むことはないはずだ。
「銀鷹傭兵団の何を聞きたいというのだ?」
エドワード王が求めているのは銀鷹傭兵団の情報。それだけではないのだが、まずはここから話を始めていた。
「どのような組織か。それをどう動かしていたのか。構成員の情報も必要だね」
「……元勇者であったジン・タカノが作った傭兵団だ。ウェヌス王国に恨みを持っていたようで」
「そういう話じゃない。私が知りたいのは銀鷹傭兵団をランカスター侯爵家はどう使っていたかだよ」
銀鷹傭兵団の表向きの情報など求めていない。エドワード王は真の銀鷹傭兵団について知りたいのだ。
「どう使っていたか……奴等は敵だ」
銀鷹傭兵団の情報を求められても迂闊には話せない。詳しい情報を話せば、ランカスター侯爵家が簒奪を企んでいたことを自白することになってしまう。
「……分かった。こちらの本音を話そう」
「本音?」
「私はその銀鷹傭兵団を手に入れたい。それが出来るのであれば、ランカスター侯爵家の罪を許すつもりだ」
エドワード王は、ランカスター侯爵家の謀略を支えていた銀鷹傭兵団を自分のものにしたいのだ。
「……嘘だ」
「嘘ではない。もちろん、表向きは罰を受けてもらう。でも命は助ける。これまで通り、銀鷹傭兵団を動かして欲しいからね」
「……それを信じろと?」
口約束など信用出来ない。これは当然だが、それを今、訴えても意味はない。文書でなど残せるような内容ではない。
「信じなければ死ぬしかない」
「俺を殺せば、銀鷹傭兵団は動かせなくなる」
「なるほど。情報を持っていたのは君のほうか」
「なっ……」
まんまとエドワード王の誘導に引っかかってしまったロイド。ただ、それほど大きな失敗ではない。失敗どころか、ある意味、成功でもある。
「さて、自ら全てを話すのと、厳しい拷問によって無理矢理白状させられるのとどっちが良い?」
「…………」
銀鷹傭兵団について知っていることがバレても、ロイド一人が拷問を受けるか、ランカスター侯爵もまたその対象になるかの違いだけ。ランカスター侯爵にとっては幸運だろう。あくまでも銀鷹傭兵団がらみに限っての話であるが。
「強がりを言わないところは評価する。でも私は気が長いほうではなくてね。話すなら、早く話してもらえないかな?」
「……銀鷹傭兵団を使って、何をするつもりだ?」
「何を? ウェヌス王国が目指すのは大陸の覇者。その目的の為に使うつもりだ」
エドワード王は、ウェヌス王国の野望を引き継ぐつもりだ。ジョシュアが半ば放棄していたウェヌス王国の長年の宿願を。
「父上にもこの件を話したのか?」
「それを知る必要があるかな? 君は君の知る情報を私に教えれば良いだけだ」
「そうか……」
父であるランカスター侯爵であれば、どうするか。ロイドはそれを考えている。潔く死を選ぶか。屈辱に耐えて、将来の再起に賭けるのか。考えてもすぐに答えは出ない。
「まだ焦らすつもりかな? そうであれば一度、拷問というものを経験するが良い。その上で、また明日話そう」
「……分かった。話す」
さらなる脅しにロイドは耐えられなかった。
「そう。それは良かった。でも、そうであれば、その言葉づかいはないね。私は君の王だ」
「……承知しました。私が知っている全てをお話します」
「それで良い。では聞かせてもらおう」
エドワード王は求めていた情報を手に入れることになる。だがはたしてこれは正しいことなのか。少なくとも情報を得る順番を間違えている。それに気が付くのは、まだ先のことだ。
◇◇◇
ウェヌス王国の新体制。それが徐々に固まっていった。重要ポストには昔からの側近が置かれた。当然だ。その地位を得る為に、彼等はエドワード王に忠誠を向けていたのだから。ジョシュア前王、というよりランカスター侯爵家の息のかかっていた者たちは国政の場から一掃され、結果として国政におけるエドワード王の権限はかなり強いものになった。 本来、王になる可能性は少なかったエドワードの昔からの側近は、有力家の出が少なかったことが、その理由だ。
一方で軍部の体制はほとんど変わらない。健太郎が失脚した時点で、軍におけるランカスター侯爵家の影響力は失われている。変える必要がないのだ。軍事面で抜擢出来るような側近がいないという理由もあるが。
「さて、では報告を始めてくれ」
エドワード王の言葉で重臣会議が始まる。新体制が完全に整って初めての会議だ。
「ランカスター侯爵領で発生していた暴動ですが、ランカスター侯爵を拘束以降は収まっております」
報告に立ったのは新宰相のギルバート・ワインバーガー。エドワード王の王子時代からの側近だ。
「ああ。それで?」
「ランカスター侯爵家の廃絶も伝わっているはずですが、特に混乱はありません」
「そうか。それは良いことだ」
ランカスター侯爵家は廃絶とした。それに対する領民の反発はない。エドワード王としては、一安心というところだ。
「直轄領への移行ですが、すでに領政を行う駐在官を送り込んでおります。いずれ、その者たちから報告があがってくるはずです」
「……とにかく領民を落ち着かせること。これを一番に考えるように伝えてくれ」
「承知いたしました」
ランカスター侯爵家の排除。これによる悪い影響は出来るだけ押さえたい。エドワード王は国内問題を長引かせたくないのだ。
「……貴族家のほうはどうかな?」
影響を受けるのは領民だけではない。ランカスター侯爵家と近い関係にあった貴族家のほうが動揺は激しいはずだ。
「不穏な動きを見せている貴族家はおりません」
「それは間違いなく?」
「……正直申し上げると、影の動きまでは掴めておりません。諜報部の再編はまだ終わっておりませんので」
諜報部もランカスター侯爵家の影響を受けていた。これの再編は容易ではない。諜報部門の人材には特別な資質が求められる。すぐに代わりをというわけにはいかないのだ。
「……それは仕方がない」
諜報部が駄目であれば、別の情報機関を使うだけ。その能力を測る意味でも丁度良いとエドワード王は考えている。
「ランカスター侯爵家に関して、これ以上の追及は無用とのお話でしたが、本当によろしいのですか?」
ランカスター侯爵家と行動を共にしていた貴族家はいる。それを排除しなくて良いのかとワインバーガー宰相は考えている。
「中核であったランカスター侯爵家が消えれば、もう脅威にはなり得ない。わざわざ、追い詰めて混乱を引き起こすことはない」
「……承知致しました。ではランカスター侯爵家についてはここまでと致します。続いて外交の件ですが」
「どうだった?」
エドワード王にとって今、一番の関心事は外交。ワインバーガー宰相の言葉を最後まで聞くことなく、問いを発してしまう。
「ゼクソン王国からは正式に、いえ、先方はすでに正式に通達済みと申しておりますが、グレン国王代行の辞任を伝えてまいりました」
「辞任?」
「はい。国内は安定し、外憂もない。国王代行という地位にいる必要性はなくなったという理由だそうです」
「……それが事実だとして、グレンはどこに?」
エドワード王は辞任の話を疑っている。だが、それを自国の会議の場で追及しても意味はない。それよりもグレンと会う段取りを整えることだ。
「それが分からないと」
「そんな馬鹿な話があるか!?」
ゼクソン王国に舐められている。そう受け取って、エドワード王は大声を発してしまう。
「はい。おかしな話だと思います。しかし、ゼクソン王国からは、自国にはその身を拘束する権利はなく、グレン殿にも居場所を知らせる義務はないと」
「国王の父だ」
「はい。しかし、それを追及しても、国王の父というのは公的な地位ではなく、それを持って自国民であると決めつけることは出来ないと」
「……グレンのいないゼクソン王国など……いや、アシュラム王国のほうは?」
ウェヌス王国は外交の使者をアシュラム王国にも送っていた。特別何かがあるわけではなく、探りを入れる程度の理由だ。
「アシュラムは使者を受け入れません」
「何だって?」
「アシュラムはゼクソンの属国ですので。直接の外交は出来かねるというのはもっともかと」
ゼクソン王国の属国となったアシュラム王国に、外交と軍事の権限はない。使者を受け入れないのは、当たり前の対応だ。それを非難することは出来ない。
「……それはグレンの辞任を知った上でのことかな?」
「アシュラム王国はゼクソン王国の属国であって、グレン殿に仕えていたわけではありませんので」
これもその通り。国王代行がいなくなっても、アシュラム王国がゼクソン王国の属国であることに変わりはない。
「……エイトフォリウム帝国に使者を」
「陛下。申し上げるまでもないですが、グレン殿は明らかにこちらを避けております。エイトフォリウムに使者を送っても、結果は同じではないかと」
ゼクソン王国とアシュラム王国の対応は、明らかにグレンとの接触を許さないためのもの。そんなことは、この場にいる全員が分かっている。
エドワード王の指示を、ワインバーガー宰相は悪あがきと受け取った。
「いや、そうじゃない。使者は女帝であるソフィア殿に向けたものだ」
「ソフィア帝にですか……」
ソフィアは名前だけの皇帝だとワインバーガー宰相は思っている。そのソフィアに使者を送る意図が分からなかった。
「ソフィア殿に、妹君を預かっていると伝えるように」
「……陛下?」
妹君というのが誰のことか、ワインバーガー宰相は分かっている。分かっているから、エドワード王が、その事実をエイトフォリウム帝国に伝えようとする意図が分からない。
フローラの素性を明らかにしてしまえば、ただの侍女でいられなくなるのは明らかなのだ。
「分からないか? エイトフォリウム皇帝に、腹違いの妹であるフローラは我が国にいると伝えるのだ」
エドワード王の話を聞いて、会議室にざわめきが広がっていく。エイトフォリウム皇家の血を引く女性が自国にいる。そんな話は今、始めて聞いた人が多いのだ。さらにその女性の名を聞いたことがある人々の動揺は激しい。
「……恐れながら、それには賛同出来かねます」
フローラを政治に巻き込みたくない。これはフローラを知る側近たちの共通した思いだ。
「何故? 亡くなったと思っていた妹が生きていたのだ。喜んでくれるはずだ」
「しかし、陛下も」
フローラには平穏な暮らしをさせたいと言っていたはず。今の命令が及ぼす結果は、それとは真逆なものになるはずだ。
「国王となった今であれば、フローラを守れる。隠す理由はなくなったということだよ」
「……確かにそうですが」
フローラを利用しようとするランカスター侯爵家はもう存在しない。だが、フローラの素性を知って、それを利用しようと考える人は必ず出てくる。悪意からではなく、それがウェヌス王国の利になると考えて。
「これは命令だ。これ以上の反論は許さない」
「……承知致しました」
反論は許さないとまで言われてしまえば、もう何も言えなくなる。ワインバーガー宰相は了承を口にした。
だがワインバーガー宰相とは違う考えで、エドワード王の命令に疑問を抱く人物がいた。
「陛下」
「……スタンレー元帥。どうした?」
今は軍事とはまったく関係ない話。このタイミングでスタンレー元帥が発言を求めてきたことに、エドワード王は戸惑っている。
「少し話は戻りますが、ランカスター侯爵領の暴動の件で」
「……何かな?」
「暴動を主導した者たちの存在が確認出来ております」
「……それは今、報告しなければならないことかな?」
聞くまでもなく、その存在が何者かをエドワード王は知っている。
「銀狼傭兵団と名乗っていたようです」
エドワード国王の問いに答えることなく、スタンレー元帥は話を先に進めた。それを聞いて、今度は一部だが、うめき声を漏らす人が出た。銀狼の意味を正しく捉えた人々だ。
「そう。傭兵団が」
だがエドワード国王はほぼ無反応。
「陛下は暴動の首謀者とランカスター侯爵家の者どもを捕らえるように、軍に命令を発しました。それは、つまり、そういうことなのですか?」
ランカスター侯爵領で起きた暴動を鎮圧する。軍は相手が何者か知らないままに、ランカスター侯爵領に向かっていた。それをスタンレー元帥は疑問に思っている。
「ちょっと質問の意味が分からないね。暴動の鎮圧は命じた。原因がその傭兵団にあるのであれば、当然、捕らえるべきだね」
「そうですか……ですが、その傭兵団は我が軍が到着する前に消えました。それが原因なのではないですか?」
グレンを怒らせた。それが会談を拒否する理由ではないか。そうスタンレー元帥は言っている。質問の内容をぼかしているのは、一応は気を使った結果だ。
「やっぱり、分からないね。あとでもう少し分かりやすく説明してもらえるかな」
「……いえ。方針をはっきりさせていただけるのでしたら、それで結構です」
エドワード国王はグレンと戦うつもりなのか。これは軍にとっての大問題だ。少なくともスタンレー元帥は、絶対に勝てると言い切る自信がない。
「その為の使者だよ。方針は相手次第だね」
「しかし……いえ、分かりました」
その使者は人質をとっていることを示唆するものにならないか。それはグレンの怒りを買うことにならないか。この言葉をスタンレー元帥は飲み込んだ。不安を煽るだけと分かっているのだ。
「……少し誤解があるようだね?」
「誤解ですか?」
周囲の不安をエドワード王も感じ取った。それは彼にとって良いことではない。
「私は……まだ正式に決まったことではないが、ゆくゆくはフローラを妻にしたいと考えている。その為には家族の許しが必要だ」
「……そういうことですか」
「皇家の血筋となると複雑だから。私個人は、血筋なんて関係ないと思っているけどね」
「……分かりました」
エドワード国王の言葉が本心であるなら、極めて了承を得ることが難しい兄の説得に苦労するだけのこと。そうであって欲しいとスタンレー元帥は思う。あくまでも軍事的な面であって、政治となると話は別だと分かっていても。
始めての重臣会議は、エドワード国王の思惑に反して、臣下たちの心に不安の芽を植え付けることになった。
特にスタンレー元帥のグレンに対する恐れは、想像以上のもの。これは逆にエドワード国王の胸に不安を抱かせるものだった。